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甲斐太郎に関する調査報告書:マイア④―4

 母が住むコフィンの大豪邸に引っ越してきてから、あっという間に1週間が経過していた。マイアはその間、甲斐の夢を見たり見なかったり、なんとももどかしい日々を過ごしていた。


 甲斐に会いたいという母の要請もあって、マイアは彼の情報を出来るだけ引き出したかったのだが、何しろ彼女が彼のことを見れるのは夢の中だけなので、まずは眠らなければ話にならないのであるが、人間そう何度も都合よく眠れるわけもなく、睡魔が訪れるのを漫然と待つより他無かった。


 そしてようやく眠れたとしても、必ず甲斐の夢を見るとは限らず、また、見ても内容をよく覚えていなかったり、覚えていてもただの日常風景だったりと、何か役立つようなことが起きるとも限らなかった。何しろ、マイアは甲斐の夢を見るとは言っても、本当に見ているだけで、彼の行動に介入することは出来ないのだ。


 夢の中で甲斐がいくら危険な目に遭おうとも、理不尽な運命に立ち向かおうとしていても、彼女はそれを見ていることしか出来ない。それを母に伝えたところで、何かが変わるわけでもなく、そう考えると、この行為に意味があるのか分からなかった。


 ところで、この一週間で、はっきりと変わったことが一つだけある。何故かマイアと甲斐の時間間隔が、加速度的に隔たっていっているのだ。


 今までマイアが一晩で見る甲斐の夢は、ゲーム内での数時間か、せいぜい数日間の出来事だった。それがこの一週間、甲斐が過ごしている時間は明らかに早くなっていて、一晩の間に数ヶ月が経過するのがザラになっているのだ。


 その間、甲斐はログアウトしたら初日に戻ることを利用して、妹が人面瘡を発症したら初日に戻ってやり直す……そんなことをひたすら繰り返しているのである。


 どうして突然、2つの世界の時間間隔に乖離が起きたのか? この現象について母に相談したところ、彼女は恐らくサーバーを強化した影響ではないかと言っていた。


 人面瘡問題が出て以降、運営チームはその原因がメモリスワップにあると見て、一時的にサーバーの増強を図った。更にはプレイヤーに開放していたMOD用のAPIも使用停止にして、万全を期して原因の究明に当たろうとしたのだが、その結果、メモリスワップは無くなるどころか増えてしまったそうなのである。


 運営チームは予想外の挙動に困惑して、今後更にサーバーを増やすか、逆に元に戻すか、会議を続けているところらしい。母はこの現象と、甲斐の世界が加速していることには、なにか関連性があると考えて、一人原因を探っているようだ……チームに相談はせずに一人というのが、いかにも彼女らしいが。


 ともあれ、こんな具合に甲斐も母も目的を持って邁進しているというのに、マイアは一人だけ睡眠時間を増やそうなんていうバカバカしい努力を続けていた。出来るなら、自分も甲斐のために何かしてあげたいのであるが……何とも歯がゆいことである。


 ところでまた話は変わるが、こちらへ引っ越してくる際に母と約束した通り、新居でも三田のお世話になることになった。話を持ちかけると彼女は快く引き受けてくれて、マイアの隣の部屋に引っ越してきた。多分、父を失ったばかりのマイアを気遣ってのことだろう。その気持ちは有り難かった。


 因みにコフィン内を縦横無尽に動き回っているお掃除ロボットが思いのほか優秀らしく、ここでの彼女の仕事は専らマイアの話し相手くらいのものであり、仕事が楽になったと案外喜んでいるようではあった。だから気が引けるのであろうか、彼女は目白の本宅の管理も今まで通りに続けてくれており、3日に一度はあちらへ行って、掃除をしたり郵便物を届けてくれたりと、色々やってくれていた。


 そんなわけで一週間が経過した今日、三田が目白の方へ行くというから、マイアも私物を取りに自宅へ一時帰宅することにした。私物というのは言うまでもない。ノエルのことである。


 近衛の事件で警察に逮捕されたあの日から、実はノエルは本宅へ置きっぱなしだったのだ。あの時、ノエルを持っていこうかどうしようか迷って、流石に警察署にぬいぐるみ持参では恥ずかしいと思い、泣く泣く置いてきたのだが、こんなに長い間離ればなれになるのは初めての経験だった。


「あ! マイアちゃん! ボクを置いてくなんて、酷いよう……」


 だから案の定と言うべきだろうか、私室に入るとわかりやすくノエルが拗ねていた。


「ごめんごめん! 本当はもっと早く来たかったんだけどね? お母さんが嫌がってるから迎えに来づらくって……」

「お母さん? ボクが居ない間に何があったの?」


 マイアは警察に連れて行かれた日から、今までにあったことを話して聞かせた。


「へえ……なんだか、とんでもないことになっちゃってるね。一緒に居られなかったのが残念で仕方ないよ」

「ごめんってば、これからは出来るだけ一緒にいるからね」

「マイアさん……誰と話をしているんですか?」


 マイアとノエルが話をしていると、下で郵便物の整理をしていた三田が部屋まで様子を見に来た。いつもならプライベートに干渉するようなことはしないのだが、流石に誰もいない家の中から声が聞こえたのでは、彼女も気になったのだろう。マイアは悪いことをしたと思いつつ、


「あ、三田さん。ノエルと話してたんだけど、驚かせちゃったかな?」

「ノエル……? それってマイアさんがずっと大事にしてるテディベアのことですか?」

「うん。実はね、昔お母さんがおしゃべり機能を付けたらしいんだけど、最近まで気づかなかったんだ。それがこのあいだ突然喋りだして……」

「それはマイアちゃんがボクの充電をしなかったせいだよ」

「わっ! 喋った!」


 三田は本当に喋りだしたノエルを見て驚いている。マイアはそんな三田によく見えるようにノエルを抱き上げつつ、


「お母さんが作っただけあって、結構かしこいんだ。よかったら三田さんも、ノエルに話しかけてあげてください」

「へえ、そうだったんですか……えーっと、それじゃあ、おっほん、はじめまして……ノエルさん?」


 マイアに促された三田は、流石にいい年してぬいぐるみに話しかけることに抵抗を感じているのか、若干照れくさそうにしていた。ところが、そんな三田の決意を裏切るかのように、いつまで経ってもノエルは返事を返さなかった。


 せっかく恥を忍んで話しかけた三田は放置プレイみたいな状況に耐えきれず、みるみるうちに顔が赤くなっていく。彼女に恥をかかせるつもりなんて無かったマイアは慌ててノエルの目を覗き込みながら、


「ちょ、ちょっと、ノエル? どうして三田さんのこと無視するの?」


 するとノエルは機械的に、


「ボクはマイアちゃんの声にしか反応しないように設定されてるからね」

「え? そうだったの?」

「うん。ボクは子供の世話をするために作られたシッターロイドさ。全ての子供の声に反応していたら、取り合いになっちゃうでしょう? だから予め登録された声にしか反応しないように出来ているんだ」

「ああ、携帯の生体認証みたいなのかな……ごめんなさい、三田さん。そういうことらしいです」

「残念です」


 と言いつつも、三田はこれ以上話しかけなくてもいいと知って、ホッとしているようだった。マイアが苦笑しながら、そんな三田の姿を見てみれば、彼女は手になにか大きな封筒を持っている。


「それ、どうしたんですか?」


 マイアが尋ねると、三田は思い出したようにその封筒を差し出し、


「そうでした。郵便物を整理していたら、お父様宛にこんなものが届いてまして……」


 受け取ったマイアが差出人を調べようとすると、封筒に『NNL探偵事務所』なる社名が印字されているのが見えた。確か、都内でもそこそこ大きな興信所だったはずだ。父に何故こんなものが送られてくるのか不思議だったが、プライバシーを侵害するわけにもいかないから、いつも通り彼の書斎に置いておこうと思ったが、


「そっか……お父さんはもう居ないんだっけ……」

「どうしますか? 中を見てみますか?」


 マイアが改めて父の死を思い出し表情を曇らせていると、三田が気遣いながらも尋ねてきた。流石にこれを見なかったことにするわけにもいかないだろう。マイアは頷くと、机からハサミを出してきて、封筒を開けて中身を取り出した。


 すると中には数枚のA4サイズの紙の束がクリアファイルに収められており、その表紙には『甲斐太郎に関する調査報告書』なる文字列が並んでいるのが見え……


 マイアの心臓が、ビックリして早鐘を打った。


 そう言えば、父は甲斐のことを調べている最中に、何者かによって殺害されたのだ。その後、色んなことが立て続けに起きたせいですっかり忘れていたが……彼女は父が最後に何をしようとしていたのか、その報告書に何かヒントが書かれていないかと、食い入るように読み始めた。すると報告書の一枚目に、いきなり知りたかった情報の、ズバリそのものが書いてあった。


「これって……」


 そこには甲斐太郎が住んでいたと思しき家の住所が書かれてあった。場所は埼玉……エアフロートとは丁度真逆の方角である。マイアはこの情報をどう扱うべきか一瞬悩んだが……取りあえず、甲斐太郎という人物が本当に実在したのかどうかだけでも確かめたいと思って、見に行くことにした。


*******************************


 三田にタクシーを呼んでもらい、甲斐家へ向かっている最中に、マイアは調査報告書の続きを読んでみた。それによって父が何を知りたがっていたのかまでは分からなかったが、報告書には主に甲斐家の家族について調査した結果が記載されていた。


 甲斐家の家族構成は父母と兄弟の4人。現在は一家離散状態で、重度の精神疾患である母親は施設に預けられ、兄は行方不明、暴走族の弟は家出状態で友人の家を転々としており、そして父親はヤクザ組織に出入りしているらしく、これ以上深入りするのは危険と判断し調査を終える、と報告書は結んでいた。


 肝心の兄・太郎の行方については、興信所も結論が出なかったようで、おそらくは父親が出入りしているヤクザ組織と何らかの関係があるのではないか? と推察していた。兄は一家の中で唯一定職に就いており、病気の母と弟の面倒をよく見ていた。尤も、定職と言っても駅前のパチンコ屋のバイトであり、あまり稼ぎはよくなくて、一家を支えられる程ではなかったようだ。その兄が居なくなってしまったことが、一家離散の直接の原因になったと考えられるそうである。


 近所付き合いはほぼ無く、父親が何をやっていたのかは不明である。たまにトラブルが起きると、自分はヤクザであると嘯いて周囲を威圧していたようだ。弟が大きくなると体力的に父子の立場が逆転し、喧嘩が絶えなくなったらしく、それが弟の家出の原因と目されている。そんな父であるが、最近は羽振りがよく、飲み歩いている姿を近所の人が目撃していた。


 報告書には心臓移植の情報が欠けているようだが、もし、マイアの夢が真実を反映しているなら、父親の羽振りが良くなった理由は言わずとも知れていた。


 報告書を読み終えたマイアは、直接家に向かうのではなく、まずは甲斐が働いていたというパチンコ屋へ行ってみることにした。駅前のパチンコ屋は平日だと言うのに大勢の客で賑わっており、フロアの奥では威勢のいいアナウンスをしながら、店員たちが忙しそうに歩きまわっていた。


 未成年のマイアは中に入るわけにはいかないから、どうしようかな? と店の回りをぐるぐる回っていると、三田が駐輪場を掃除しているおじいさんを見つけてきてくれた。話を聞いてみたら、彼はこのパチンコ屋のオーナーだったらしく、


「甲斐君……? ああ、知ってるよ。ずーっとここでバイトしてたんだけどねえ、突然、来なくなっちゃったから、仕方なく解雇したんだよ」


 オーナーはそう言うと、箒を壁に立てかけ、胸ポケットからタバコを取り出して火を付け、客の自転車の荷台に腰掛けた。


「あれは何年前だったかなあ……寒い日にプルプル震えながらやってきてさ、ここで働かせてくれって、どう考えても中学生にしか見えなかったから断ろうと思ったんだけど、明らかに飯も食って無さそうだったからなあ……やせ細って。弟もいるんだって言うし。可哀想になっちゃって、ちょっと飯でも食わせてやるつもりで面倒見てやったんだよ。それ以来、一度も欠勤することなく真面目に働いてくれるから、信用してたんだけど……それが急に来なくなっただろう? どうしたんだい、一体? お嬢ちゃん、何か知ってるの?」


 マイアは夢のことを話そうか迷ったが、どうせ信じては貰えないと思い、


「いえ、それが知りたくて、こうして話を聞きに来たんです」

「そうかあ……何があったんだかなあ……もし、彼に会うことがあったら、また店に来いって言っといてくれよ。働きたくないってんならそれでいいからさ。遊びに来いってよ」


 彼は最後に深呼吸するようにタバコを吸い込むと、長々とため息のように煙を吐き出して去っていった。


 駅前から移動して、今どき生活排水でも垂れ流しているかのような悪臭を放つドブ川に沿って進み、古い工場地帯に入って暫く歩くと、そこに甲斐家はあった。


 築何十年か想像もつかないような古いモルタル二階建ての建物で、上下に4部屋ずつが並んでいる。長年風雨にさらされ続けた壁が黒ずんでおり、二階に上がる鉄階段が途中で崩れ落ちているから、どうやって登るのかと思ったら、反対側に別の階段がついていた。尤も、その階段すら、今にも崩れ落ちそうだった。


 甲斐家はその二階の一番奥にあるらしい。思い切って尋ねてみたが、人の気配はしなかった。報告書では最後に残った母親は施設に預けられたそうだから、もうここに住んでいる人はいないのだろう。


 隣の人に話を聞ければ……と思ったのだが、隣にも人は住んでおらず、そもそも建物全体からも人が住んでるような気配はしなかった。もしかして、無人なのかも知れないと建物を眺めていたら、そんな二人の様子を遠巻きに見ていた近所の人が教えてくれた。


「そこならもう何年も前からずっと無人だよ……二階の奥に住んでたチンピラがねえ、相手構わず喧嘩売るから、住んでた人がみんな出てっちゃったんだよ。大家さんが追い出そうとして頑張ってたんだけど、相手はヤクザだろう? 怖いから泣き寝入りさ。そいつが最近ようやく居なくなってくれたから、さっさと建物を解体しちまおうって、急いで工事の手配してるところなんだよ」

「男の子の兄弟が住んでたそうですけど……?」


 近所の人はそっけなく首を振り、


「そう言えば小さいのがチョロチョロしてたね。よく親父に追い出されて、夜中にメソメソ泣いてる声が聞こえてきたな。同情してる人もいたけどさ、私はうるさくって仕方なかったよ。最近は見かけないけど、何してるんだかね」


 彼はあまり甲斐家に好印象を持っていないようだった。マイアはお礼を言うと、建物を後にした。


 さて、報告書を頼りにこうして実際に甲斐の家を確かめに来たわけだが……どうやら甲斐という青年がいたのは、これでもう間違いないようだった。それがマイアの夢に出てくる甲斐と同一人物であることも、バイト先や近所の人の話からして確実だろう。甲斐はこの街で、ろくでなしの父に怯えながら、母と弟を守って暮らしていたのだ。


 そしてそれが間違いないと分かった今、甲斐がその父親に殺された可能性も非常に高まったと言えるだろう。報告書には、最近、父親の羽振りが急によくなったと書いてあった。そして甲斐は行方不明となり、誰もその居場所を知らない。


 前回、近衛のことで逮捕されたときには、警察はマイアの話を全然聞いてくれなかったが、これだけ証拠が揃った今なら、信じてくれるのではなかろうか……? マイアはもう一度、警視庁のあの刑事に会いに行こうと心に決めた。


 そんなことを考えながら、工場地帯の曲がりくねった狭い道を歩いていると、駅に続く道路を塞ぐようにして、男たちが屯している姿が見えた。みんな派手な柄物のシャツを着ていて、いかにも悪そうな風貌をしていた。多分、警察が見たら、カタギじゃないと一発で看破しただろうそんな相手の前を、マイアは怖いな~……と思いながらトボトボと通り過ぎようとした。


 するとそんな彼女を阻むように、男たちがわざと前に立ちはだかった。敵意に満ちたその行動に恐れをなして、マイアは来た道を引き返そうかと振り返ったが、見ればたった今彼女が歩いてきた道路に、いつの間にか白いバンが停車していて、その中からまたガラの悪そうな男たちが降りてきた。


 明らかに異常な事態である……マイアがオロオロしていると、その後ろに黙って付き従っていた三田が、彼らの前に進み出て毅然と言い放った。


「なんなんですか、あなた達は。道を開けてください」


 きっと彼女も怖かったのだろう。いつも冷静沈着な彼女の体が小刻みに震えている。男たちはそんな彼女の勇気を踏みにじるかのように、威圧的に彼女の前に立ちはだかると、


「どけっ! オバサンには用はねえんだよ」

「きゃあっ!!」


 ドンッと突き飛ばされた三田が道路に転がる。予想外の出来事に、受け身を取れなかった彼女の両手両膝から血が出ている。


「三田さん!」


 マイアは怖いのも忘れて、すぐに彼女を助けるつもりで駆け寄ろうとした。すると、そんな彼女の手を男の一人が強引に引っ張った。手首をひねられるような痛みが走り、彼女の顔が苦痛に歪む。その拍子に抱きかかえていたノエルが地面に落っこちた。


 すると、突然、キュイキュイキュイキュイ!!!! と、耳をつんざくような電子音を響かせながら、ノエルが大きな声で騒ぎ立て始めた。


「緊急警報! 緊急警報! 助けてください! 助けてください! 女の子が拐われそうになっています! 誰か警察に通報してください! 緊急警報! 緊急警報!」


 その声が信じられないくらい大きかったから、間もなく近くの家々の窓やカーテンが開いて、中の人達が外の様子を窺おうと顔を覗かせた。彼らはそこにいたヤクザな集団にぎょっとして、すぐ引っ込んでしまったが、少なくとも一人くらいの通報は期待してもよさそうだった。


 それはヤクザ連中にも予想できたのであろう。彼らは大騒ぎしているノエルを遠くへ蹴り飛ばすと、逃げようとするマイアの腕を捕まえて、ギリギリとねじ上げるように引っ張って連れ去ろうとした。


「痛いっ! 痛いっ!!」」


 悲痛な叫び声が辺りに木霊するが、彼らがそんなことで躊躇するわけもなく、マイアは痛みを堪えながら、バンに乗せられたらおしまいだと必死に抗った。しかし、病み上がりの彼女にそんな体力があるわけもなく、抵抗は殆ど無意味で、ズルズルと引っ張られていくだけだった。


 地面に転がっていた三田が慌てて立ち上がるが、追いかけようとする彼女を別のチンピラが乱暴に平手打ちをする。マイアはその光景にカッとなってほんのちょっとだけ抵抗は強まったが、それも一瞬のことで、すぐにまた為す術もなく引きずられていく。


「助けてくださいっ!!」


 彼女は叫ぶも、周囲の家の人達はもう決して顔を覗かせようとはしなかった。バンの扉が開き、男たちが彼女を押し込もうとする。マイアは必死にドアにしがみついて、それに耐えようとしていた。


 と、そんな時だった。ブオンブオンと、遠くの方からけたたましいエンジン音が近づいてきたかと思いきや、それは1台や2台どころではなく、数十台からなるバイクの爆音へと変わっていった。


 続々と集まってくるバイクの群れに、何事か? と見ていれば、そこにはマイアを連れ去ろうとしていたヤクザ達を取り囲むように、夥しい数の改造車と改造バイクに乗った若者たちが、威嚇するようにわざとエンジン音を響かせて道を塞いでいた。


 全員まるで昭和の映画にでも出てきそうな、レトロな特攻服を身に着けて、これまた100年前のツッパリ映画でしか見たことがないような、リーゼントやらパンチパーマに深いソリコミを入れ、各々サングラスやら眼鏡やら、やたら目付きの悪い顔つきでヤクザ連中のことを睨みつけている。


 その時、一台のバイクが物凄い勢いでヤクザの集団の中に飛び込んできて、今まさにマイアを連れ去ろうとしている連中の前でアクセルターンを決めた。驚いたヤクザが突き飛ばすようにマイアの手を放し、彼女はつんのめって転びそうになる。するとその一台は、それを予想していたようにマイアの体を掻っ攫うと、まるで宅配便でも運ぶかのように、そのまま仲間の方へと彼女を連れ出してしまった。


「ガキがあ!! なにしやがんだ!」


 激昂したヤクザが怒鳴り声を上げる。ビリビリと鼓膜を震わすような声が響き渡り、一触即発の雰囲気に街は怯えているようだった。マイアはそんな騒ぎの中心で、突然現れた暴走族に拘束されながら、このまま彼らに身を委ねていてもいいのかどうか、かといってヤクザに連れ去られるのもゴメンだと、ハラハラしながら成り行きを見守っているしかなかった。


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