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KAIというプレイヤーの実在性:マイア④―3

 久しぶりの母との会話で滔々と語られる科学技術の数々に、母はやはり母だなあと呆れるというか、諦めるような心境で話を聞いていた時、唐突に、甲斐の名前が飛び出してきた。


 母は、父と近衛とは殆ど接点がなく、もちろん彼らから話を聞いたわけではないだろう。なのに、どうしてそのことを知っているのかと驚いて尋ねてみると、


「マイアちゃんがおかしな夢を見てるっていうのは、三田さんから聞いていたのよ。内容までは知らなかったんだけど……」

「じゃあ、どうして甲斐君の名前が出てくるの?」

「その理由の一つは……勘ね」


 母は鼻息荒くそう返してきた。与えられた情報が乏しい中で、いい加減な仮説は立てない主義じゃなかったのか……?


「もちろんそうだけど、直感だって大事なのよ。さっきパラレルワールドの話をしていたでしょう? その時、ちょっと閃いたのよ。もし私たちが生み出す重力が、パラレルワールドと交信しているとしたら、あなたの心臓が見せる記憶は、別の誰かの物ってことになるわよね。そう、それはただの直感でしかないのだけど……でも、あなたはKAIって名前に心当たりがあるのよね? よかったら、聞かせてくれないかしら」

「う、うん……わかったよ」


 マイアは問われるままに夢の話を聞かせてあげた。心臓移植直後、その持ち主だったらしき甲斐の夢を見始めたこと。彼はゲーム世界に閉じ込められていて、現実に戻ろうとしても出来なかったこと。途中で、ゲームの外側に飛び出してしまって、チートスキルを手に入れた下りを話すと、母はかぶり付くように身を乗り出し、そして最後に妹が人面瘡に罹患したことを話すと、深刻そうな表情でまたあの目をしていた。


 話を聞き終えた母は、暫くの間そうやって沈思黙考していたが、やがて自分の考えをまとめているかのように、ゆっくりと話し始めた。


「昨日、マイアちゃんのことを呼び出しておきながら家に帰らなかったのはね、実はお父さんの会社が今、凄く混乱してるのよ」


 そりゃCEOが殺人事件で殺されたのなら当然だろうと思いきや、そうではなく、


「あなたも知っているオール・ユー・キャン・暴徒のサーバー内でね、今チート行為が横行しているのよ。その数があまりにも多いから詳しく調査していたんだけど、するとどうやらKAIという名のプレイヤーが関わっているらしいことを突き止めたの」

「それって、甲斐君のこと!?」


 今度はマイアが身を乗り出して聞くと、


「多分ね……でも、名前と特徴がわかっているならすぐ見つかるだろうって、それらしいプレイヤーを探してみたんだけど、それが全然見つからなかったのよ。いくらオール・ユー・キャン・暴徒には数十万人のアクティブユーザーがいると言っても、ログを調べれば絶対に見つかるはずなのに。ところが、そういったユーザーの痕跡は全く見つからなかった。


 更に奇妙なことにチーター達はみんな彼とどこで出会ったか覚えて無くて、おまけに、どうやってそのチート能力を手に入れたのかも覚えてないって言うのよ。流石にそんなの信じられないと思ったんだけど、彼らの殆どは普通のプレイヤーで、チートには興味がなくて、中には手に入れたは良いものの一度も使ってないっていうプレイヤーもいたわ。だから信憑性が全くない……とまでは言えない状況だった。


 で、そんな時に、ゲーム内で人面瘡までが流行りだしたのよね」

「それって私の心臓に出来た、あの……?」


 母は頷いてから、


「そう、それ。ある時から何故か、プレイヤーではなくて、NPCを中心におかしな腫瘍が体のあちこちに現れるっていう現象が起きていたのよ。NPCにしか発生しないから、発見が遅れてしまったっていうのも、現実の人面瘡と似てるわよね……


 もちろん、開発陣がそんな悪趣味な設定をゲームに盛り込むはずがないから、何が起きているのか調べてみたんだけど、それによるとこれはテクスチャじゃなくて3Dモデルの生成エラーだと判明したの。この腫瘍はNPCの表面を覆っている皮膚(テクスチャ)に、なんらかの原因でノイズが混じって、サーバーがNPCの体をモデリングする際に、そのノイズが悪影響を及ぼすという冗長性エラーだった。ちょっと分かりにくいだろうから、簡単に言えば、本来ならあり得ないはずのCPUの計算間違いが起きていた……と考えられるわけ。


 これを放置しておくと、そのうちNPCは生成すら出来なくなってしまうから、現場では慌ててソースプログラムから何から何まで調べ始めたんだけど、その原因は未だに特定できていない……分からないから、今は対症療法的に、人面瘡を手動で削除していて、そのためだけの人員を確保して24時間体勢で見張ってるって状況なの」

「それで、お母さんが呼び出されたってわけ?」

「ええ……あのゲームは元々私が居た頃にローンチされたタイトルだから、最初のコードを書いたのは実は私だったのよね。でも、そんなのもう昔の話だし、今は株を持ってるだけで経営にも何も関わっていなかったんだから、行ったところで何の役にも立たないでしょうって、そう思ってたんだけど……」

「……何か分かったの?」

「あるいは……」


 母はまたほんの少し考えをまとめているかのように沈黙してから、


「現場を訪れた時、開発スタッフは原因究明のためにまずは人面瘡の発生条件を根気よく調べていたのよ。とは言え、発生する可能性のあるNPCはサーバー全体で億を越えるから、まず見つからないだろうと思われていたんだけど」

「億? 東京の人口だってそんなに居ないのに、なんでそんな人数がいるの?」

「NPCは、実際にあのゲームの中に住んでるわけじゃないのよ。殆どのNPCは、プレイヤーが観測した時にだけ現れる、エキストラみたいなものなのね。中には全プレイヤーが認知している特殊なNPCもいるけど、それだって実はサーバーにユニークなNPCが存在しているわけじゃなくって、ユーザー一人ひとりが必要な時に、都度都度呼び出されてるに過ぎないの。そうね、例えば、サーバーには1億人の役者が待機していて、プレイヤーの行動に準じて、必要に応じて演じ分けていると考えてちょうだい」


 マイアは頷いて、


「なんとなく分かるよ。となると、それだけの人数を、人力では調べ切れないよね?」

「ええ、私もそう思ってたんだけど……ところが、それがあっさり見つかっちゃったのよね。あるNPCに人面瘡が現れる際には、実は必ず大量のメモリスワップが発生していることがわかったのよ」


 マイアはガクッと椅子からずり落ちそうになった。母の話は大概予想外のことだらけだが、今日は正直多すぎる気がする。取りあえず、わからないことを聞いてみる。


「……メモリスワップって?」

「えーっと……簡単に説明すると、CPUは何らかの計算を行う前に、主記憶装置(メインメモリ)ってところにデータを展開するのね。私たちが普段使ってるストレージ、例えばHDDとかSSDから取ってこようとすると遅すぎて話にならないから。ところが、メインメモリはストレージと比べて容量が圧倒的に少ないから、扱うデータが大量過ぎると溢れちゃうことがあるのよ。


 で、そんな時CPUはどうするかって言うと、一旦メモリー上のデータをストレージに保存して、緊急性の高い演算から処理するように出来てるの。これがメモリスワップ。この際、ストレージに保存されたデータのことをページファイルって言うんだけど……


 でもね、オール・ユー・キャン・暴徒は世界で最も成功したVRゲームでしょう? 平時でも何十万人もがアクセスしてるゲームだから、それを稼働しているサーバーは、これ以上ないほど大量のデータを扱うことに長けてるのよ。それこそ、世界で最も優れたスーパーコンピュータを凌駕するほどにね。


 そんなスーパーコンピュータに、大量のメモリスワップが発生するなんて、中々考えられないのよ。よっぽど大規模なイベントでもやってるならともかく、何もない平時に一体、どんな処理をしたらそんなことになるのかって……」

「分からなかったの?」


 母は深刻そうな表情で頷き、


「そう、分からなかった……大量に生成されたページファイルを調べたところ、そこに展開されていたデータは、ただのゲームのプレイデータでしかなかった。しかもそれは同じ内容の繰り返しだったのよ。まるで、DDOS攻撃を食らってるような感じだったから、まず私たちは外部からの攻撃を疑った。


 でも、やっぱり、それもあり得ないのよね。さっきも言った通り、このゲームは世界で最も成功したVRゲームだわ。それを稼働しているコンピュータは世界最強、おまけに政府の要請でコフィンのシミュレーションを行ってもいるから、サイバー攻撃対策は万全と言って過言じゃない。


 なのに、どうやってそんな古典的な攻撃が可能なのかが分からない。しかも、その目的もさっぱりわからないでしょう? まさか人面瘡を再現するのが目的とは思えないし。ただの嫌がらせにしかならないじゃない?


 だからやっぱり、外部じゃなくて、内部的な見落としが何かあるんじゃないかって思ってるんだけど……例えば、MOD的な手法で、内部からチートを使って攻撃するとか」

「チート……? もしかして、それで甲斐君が関係しているって思われてるの?」

「ええ、そう。お誂え向きに、KAIというチートプレイヤーの目撃情報と、人面瘡の流行は時期が一致してるのよ。だから運営チームは現在、KAIを捕まえようと躍起になっているところなんだけど」


 母のその言葉に、マイアは椅子から立ち上がって抗議する。


「甲斐君はそんなこと絶対にしないよ! 彼は寧ろ、妹さんが人面瘡に罹ってしまって、助けようとしている側なんだよ!?」


 そんな娘の切羽詰まったような抗議に、母も同調するように、


「ええ、私もマイアちゃんの言う通り、彼がそんなことを目論んでるなんて思っていないわ。でも、全く無関係とも思えないじゃない?」

「そう……かなあ……」

「そもそも、これはそんな単純な話ではないわよね? KAIというプレイヤーの実在性は、彼と接触した人々によって保証されているけど、でもそんな彼らはどこでKAIと会ったのかを覚えていない。なのに、チート能力だけはどこからか手に入れている……


 マイアちゃんは、あなた自身がゲームをやっているわけじゃないのに、ゲームをやっている甲斐の夢を見ているのよね。彼は現実に戻ろうと足掻いていたけど、何度も失敗している。もしマイアちゃんの夢が本当なら、彼はすでに死んでいるのだから当然でしょうけど……これについては、今後、警察の捜査の進展を待つしかないでしょうね。


 この二人のKAIが同一人物だとしたら、彼と接触した人に記憶の混乱が起きるのは何故なのか? 本当に彼がゲームの世界に存在するなら、彼の何かしらのデータがサーバーに悪影響を与えている可能性は大いにあるでしょう。ただ、実在したとしても、彼を見つけることは不可能に近いかも知れないわね……」

「……どうしてそう思うの?」

「簡単よ。彼に会ったと思われる全ての人から、彼に関する記憶が失われているのだから。もし彼を発見しても、それを覚えていられないのだとしたら意味がないでしょう?」

「そっか……」


 仮にそうだとしたら、どうすれば彼のことを救うことが出来るだろうか……? マイアが新しい悩みに頭を抱えていると、母はまたあの目をしながら呟いた。


「案外、私たちは既にKAIに出会っているのかも知れないわ。それを覚えてないだけで……そう……全ての人が忘れてしまう中で、マイアちゃんだけが夢という形で彼のことを記憶している。心臓という共通点が、それを許しているのか……それとも、二人の関係性がそうさせるのか……」


 母は何かに気づいているのだろうか? マイアがそれを尋ねようとするより先に、母は顔を上げると、


「どちらにしろ、私は彼に会わなければならない。会って、確かめねばならないことがあるから……」

「でも、会うって言っても、どうやったら彼に会えるのかな?」

「会うこと自体は簡単なはずよ。彼は運営に会いたがっているのだから、呼びかければ、彼の方から出てくることは間違いないわ。でも、仮に会えたとして、それを覚えていられなければ無意味でしょう? そういう意味で、彼に会う機会はただ一度限り……そのたった一回で、彼を救い出す方法を見つけなければ、雲をつかむようにまた彼は消えてしまう……だから彼に会う前に、準備が必要なのよ」

「準備……ねえ、もしかして、お母さんは何か気づいたことがあるのかな?」


 すると母は難しそうに唇を結びながら、ほんの少しだけ目を閉じ、


「……まだ仮説の段階だから、今はまだ何とも言えないわ。ただ、私の考えが正しければ、彼をゲームの中から救い出すことは可能なはず……そのためにも、彼のことを少しでも多く知りたいの。だからマイアちゃんは、これからもまた彼の夢を見たら私に教えてくれないかしら?」


 マイアは頷き、母に協力を約束した。いや、寧ろ母の協力を得たと言った方がいいだろうか……


 今まで、助けたくても手も足も出なかった夢の話に、ようやく解決の糸口が見えたかも知れない。マイアはそんな予感がしていた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 「もし私たちが生み出す重力が、パラレルワールドと交信しているとしたら」重力は強い力、弱い力、電磁気力に比べて非常に弱いので、その力の大部分は余剰次元に流れているという仮説があります。一見荒…
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