人間とNPCの境界:甲斐④―2
「あんた、チート使ってるでしょ?」
ゲーム世界に閉じ込められて、初めてのマルチミッションは成功に終わった。一緒になったプレイヤー達とも仲良くなって、アドレス交換もして、これから外の世界について聞いてみようかな? と思った矢先にチートがバレた。
不正を非難するような真剣な瞳に、甲斐は射すくめられてしまって身動きが取れなかった。ミッション中はずっと気さくで、一番話しやすかった相手だったので、出来ればこれからも仲良くして行きたかったのだが、こんなことで不興を買ってしまうとは……
甲斐は慌てふためきながら、どうにか挽回できないかと言い訳を探した。ところが、その様子を見てかえって相手は確信したらしく、ふっと表情を和らげると、
「やっぱり。なんか怪しいなって思ったんだよ」
「いや、その……そんなんじゃなくて……」
「あーいい、あーいい。別に非難するつもりはないんだ」
TAKAはパタパタと手を振りながら、
「どうせこういうゲームだからさ、やる奴はやるし、俺のプレイの邪魔にならなきゃそれでいいんだよ。悪かったな、脅かして」
「うっ、すみません! 邪魔とかPKとか全然そんなつもりはなくって、単にクエスト成功させたかっただけなんです。許してください」
甲斐が平身低頭謝罪すると、TAKAは少々困惑気味に、
「いや、全然いいってば……でも、ちょっと意外だな」
「意外?」
「チートやる奴はいくらでもいるけど、高難度で、運営にバレずにやれるのって、まず滅多にはいないからさ。ほら、ここの運営って政府絡みって噂だろう?」
「政府!? あれ? このゲームの運営ってサイバーテクニクス社じゃないんですか? 開発の」
意外な言葉が出てきて面食らってると、彼はいよいよ怪しんで、
「……言動から何から、あんたマジで初心者っぽいけど? 一体、どうやってんの? 後学のために聞かせてくれないかな」
「えーっと、それは……その……」
方法を教えるのは簡単であるが、果たして教えてもいいのだろうか……下手に広められたりしたら、この目茶苦茶なゲームが破綻する可能性もある。それでメンテナンスとかが始まってしまったら、自分や妹がどうなるか分かったもんじゃない。
しかし、この世界に来てからようやく手に入れた外の世界との繋がりである。ここで手放してしまうのももったいない。
「絶対、誰にも言わないからさ? 頼むよ」
「……わかりました」
甲斐は結局折れて、彼に相談がてら話してみることにした。
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例の用水路まで行く道中で、改めてTAKAから自己紹介された。実を言えば現実の彼はコフィンに在住している大金持ち……つまり、
「ええっ!! TAKAさんってアップロード者だったんですか!?」
「まあね」
「アップロード者って実在したんだ……」
「実在するする。この話すると大抵驚かれるんだよな。証拠見せろっていい出すやつもいるし……だから本当だったらこんな風にすぐ話したりはしないんだけど。あんたの秘密を教えてもらう代わりと言っちゃなんだが、これで信用してくれないか?」
「信用するも何も。別に秘密を打ち明けてくれなくっても、普通に教えましたよ?」
「まあ、気分の問題さ。こう、人間離れしてしまった今となっては、逆に人間らしいことをやってないと落ち着かないって言うか……分かるかな」
その気持ちはなんとなく分かった。甲斐も自分が生きてるんだか死んでるんだか、よく分からない状態だった時は、上手く心の平静さを保てなかった。甲斐は妹が居てくれたお陰で立ち直れたが、TAKAはどうやって克服したんだろうか。
アップロード者といえば、大金持ちの代名詞で苦労知らずのように思われているが、案外そうでもないのかも知れない。
「……ところで、さっき言ってましたけど、ここの運営が政府だってのは?」
甲斐はしんみりしてしまった車内の空気を変えようと質問した。
「ん? ああ……あくまで噂なんだけど。今日やったミッションでコフィンを襲撃しただろう? 実はあれ、政府主催のシミュレーションなんだってさ」
「……どういうことです?」
「ほら、コフィンってさ、リアルだと世界中の反政府組織からの標的になってるだろ? ゲームほどじゃないけど、リアルでも島内には警察がごまんと駐在してて、常にテロを警戒している。政府はその警備のために、もしもテロが起きるなら、どういう攻撃が予想されるかってのを、このゲームを使ってシミュレートしてるらしいんだよ。つまり、俺たちがあのタワマンを攻める手口を、現実の警備にフィードバックしてるってわけ」
甲斐は感嘆の息を吐いた。確かに、このゲームのプレイヤーは目茶苦茶な連中ばかりで、想定外の攻撃を警戒するならうってつけの相手だろう。
「でも、その割りには結構簡単にクリア出来ちゃいましたよね? こんなんで対策になるんですか?」
「言うねえ……政府としては、要はどんな攻撃パターンがあるかを知れれば、それでいいんだよ。結局、これはゲームだからねえ。クリアできないほど難度を上げてプレイヤーのやる気を削いじゃったら、それはそれでデータも取れなくなっちゃうから」
「ああ、そっか」
甲斐は失言を恥じてポリポリ頭を引っ掻いた。
「コフィンはリアルでの俺の家でもあるからさ。だから、どういうテロ対策をしてるのかってのには興味があったんだよ。それでゲームを楽しみがてら、マルチミッションにもちょくちょく顔を出してたんだけど……そんな中で初心者のくせにやけに落ち着いたのがいるからさ、ちょっと目立ってたんだよ。あれ、俺が投げた粘着爆弾になんかしてたの、甲斐さんだろ?」
「あの時すでにバレちゃってましたか。すみません、手出して」
「いいよ、あれくらい。別にあれくらいなら、BANされたりもしないから安心して」
いや、寧ろBANされたらどうなるか知りたいくらいだが……甲斐はふと思いついて、
「それじゃTAKAさんってこのゲーム始めてから長いんですよね? アップロード者だし。もしかして、運営に知り合いとかって居たりしませんか?」
「知り合い? ああ、何人かいるけど……別にチクったりしないよ?」
「いや、そうじゃなくって……いや、寧ろそうして欲しいっていうか」
「あん?」
甲斐は少し迷ったが、彼に相談してみることにした。
「実は……僕ももしかしたらアップロード者なのかも知れないんですよ。もしかしてって言うのは……」
甲斐が自分がゲームの中に閉じ込められていることを話すと、TAKAは最初は妹と同じく胡散臭げな表情をしていたが、話が進むに連れて段々と真剣なものへと変わり、
「……もし、それが本当なら、とんでもないことじゃないか?」
「信じられないかも知れませんが、本当なんです。もし、運営に調べてもらったら何か分かるかも知れないから、出来れば紹介して欲しいですけど……」
「ああ、いいよ。こんな嘘吐いても仕方ないもんなあ?」
「よかったあ……実は結構参ってたんですよ。どうやっても帰る方法が見つからなくて」
「それは気の毒に……俺に出来ることなら何でもするから」
甲斐はホッと安堵の息を吐いた。ゲーム中でプレイヤーに会いたいと行動をし始めてから結構経つが、ようやく適任と呼べるような人に巡り会えた。こんな荒唐無稽な話、妹じゃなくても中々信じてもらえなかっただろうが、彼がたまたまアップロード者だったお陰で、頭から否定されずに済んだようだ。
後は約束通り運営に紹介して貰えれば、ゲームのログを調べて、甲斐というおかしなプレイヤーが紛れ込んでいる証拠が見つかるだろう。現実の自分が生きているかどうかはもう期待してないが、これで少なくとも何が起きたかくらいは分かるはずだ。
そんな話をしているうちに、二人の乗った車は目的地のマップの境にある用水路へたどり着いた。車を降りた甲斐は、橋を渡る途中で上流を指差し、
「ここを遡って行ったらどこにたどり着くのかな? って試していたら、テクスチャの抜けがあって、マップの外側に出ちゃったんですよ」
「マジで、そんなバグが残ってたの? はあ~……」
感心しきりのTAKAを連れて、堤防から階段を下りて用水路へ侵入する。いつ来ても周囲がひっそりとしているのは、ここがマップの切り替え地点でもあるからだろうか。先程の橋の下をくぐり、千葉県と神奈川県の境目の川を遡っていくと、やがて例の場所にたどり着いた。
見た目では分からないが、もう何度も来ているから周辺の景色で分かった。甲斐はそこまで来ると、後ろを振り返ってTAKAに先を譲った。彼が、ここなの? といった感じに小首を傾げながら無防備に進んでいくと、
「うおっ!?」
あると思った地面が無くて、足を踏み外した彼は川の中へと真っ逆さまに落ちていった。それを見届けてから、甲斐もドボンと飛び降りる。
川底を通り抜けてしまえば、もうそこは世界の外側で、息も吸えるのだが、始めてきたTAKAは勝手が分からず暫くの間藻掻いていた。そのうち、甲斐が平然としていることに気づいた彼は、ちょっと恥ずかしそうに動きを止めると、周囲を見回しながら、
「すげえ……昔、コンシューマゲームでこんなの見たわ。壁に向かって歩いてると、カメラがバグって壁が透明になるんだよな」
「そうそう、そんな感じで。向こう側から見えるテクスチャが、こっちからは見えないんですよ」
「逆に、こっちから中の様子は窺えるけど、中からは俺たちが見えないのか……そうだ! 今から通り魔さん脅かしに行こうぜ?」
「いや、そうもいかないんですよ」
「なんで?」
甲斐は世界の内側ではなく、周辺を指さして、
「ほら、よく見ると、ここ以外にも同じように箱庭世界が見えるでしょう? どうやら、これらはみんな、プレーヤー一人ひとりが今見てる視点で、一つ一つの世界はプレイヤーの可視範囲に限られてるっぽいんですよ」
「あ! これ、プレーヤー一人ひとりの視点なのか! ふーん……そういう作りになってるんだ。あれ? じゃあ、何で俺らは同じ場所にいるんだ?」
「えっ? ……さあ? 会話している相手は、同じ世界に存在するとかですかね」
言われてみれば……プレイヤーが別々の世界を見ているなら、甲斐とTAKAは別々の箱庭世界から、この外側に出てこなければおかしい。どうして、二人同時に出てきたんだろう? と首を捻っていると、
「ところで、チートスキルは? これで全部ってわけじゃないんだろう?」
「あ、そうでした。実はこの世界、オール・ユー・キャン・暴徒のだけじゃなくって、別のゲームもあちこちにあって……」
甲斐がそうして説明している時だった。ビデオ映像にノイズが走るように、一瞬、TAKAの姿がブレたと思ったら、突然、その彼が意味不明な言語を喋りだした。
「縺ク縺医?√◎縺?▽縺ッ髱「逋ス縺?↑縺」
「え……!?」
その現象にはちょっとばかり覚えがあった。以前、妹を連れてきた時、彼女もこれと同じように突然会話が成立しなくなって……
「縺ゅl?溘??縺ゅ▲縺。縺ォ隕九∴繧九?縺ッ縲∝挨繧イ繝シ縺ョ蝓弱§繧??縺医°」
「ちょ、ちょっと……TAKAさん!?」
突然、TAKAは何かに気づいたかのように後ろを振り返ると、甲斐を置いてどこかへ向かおうと歩き始めた。甲斐は彼を止めようとして、肩を掴もうと手を伸ばしたが……その手がTAKAに届くよりも前に、その姿がぐんにゃりと波打ったかと思いきや、次の瞬間、彼の体は光の礫となって消滅してしまった。
「……あれ?」
空を切った手がパタリと落ちる。まさか、本物の人間であるはずのTAKAが消えるとは思わず、甲斐は呆然と立ち尽くした。これではまるで、NPCと変わらないではないか……
しかし、今日、ここに来るまで交わした会話を思い出しても、彼がNPCだったなんて信じられない。甲斐は何かの間違いじゃないか? と思って、TAKAが戻ってくることを期待して、そのまま十分くらい立ち尽くしていたが……
「そうだ! 電話だ!」
アドレス交換したことを思い出して、慌てて世界の内側へと戻った。
内側へと戻った甲斐は、早速携帯を取り出して、電波が届いていることを確認してから、アドレス帳を開いてTAKAのIDを呼び出した。
しかし、呼び出し音が10コールくらい鳴っても相手が中々出ない。おかしいな……まだ、世界の外側にいるのかな……などと考えていると、20コールくらいして、ようやく、
「……はい?」
「あ! TAKAさんですか!? 良かったあ~……無事だったんですね?」
「……?」
甲斐は勢い込んで尋ねたのだが、相手のリアクションがどことなく余所余所しい。どうしたんだろうと思っていたら、電話の相手は少し刺々しい調子で、
「……あんた、誰だ?」
「え?」
たった今まで一緒にいた相手に、いきなりそんなことを言われて絶句する。まさか別人のIDに掛けてしまったのかとも思ったが、アドレス交換は機械が行っているのだから、間違いようがないだろう。甲斐がまごついていると、電話の相手は訝しげに、
「これ、どうやって掛けてきたんだ? ゲームなのに、いきなり非通知なんて表示されてビビったけど……俺のアドレス、どうやって知ったの?」
「どうやってって……ついさっき、アドレス交換したんじゃないですか」
「はあ?」
「いや、だって、一緒にコフィン攻めたでしょう!? 僕が運転手で、TAKAさんは助手席から粘着爆弾ポイポイ投げてて、最後の大ジャンプで通り魔さんと二人で僕のこと海に落っことして、その後アドレス交換したじゃないですか? 覚えてないんですか?」
相手は困惑しているのだろうか、はあはあと息遣いだけが延々続いた後、
「ちょっと、言ってる意味が分からない」
「そんな……その後、おまえ、チート使ってるんだろう? って言ってきたんじゃないですか。そんで教えてくれって言うから二人で世界の外側を見に行って……」
「チート……? 世界の外側……?」
「そうだ! 道中でTAKAさん、自分がアップロード者だって教えてくれましたよね? これって、僕しか知らないことなんじゃないですか?」
「ちょっと待て、俺そんなことまで教えたの……? うーん……信じられないんだけど。もう少し詳しく話してくれないか?」
甲斐は言われたとおりに今日起きた出来事を順を追って話した。TAKAはそれを聞いても、全然身に覚えがないと言っていたが、チートには興味があるらしく、
「正直、あんたが言ってることは眉唾にしか思えないけど、その世界の外側ってのは気になるなあ。チートを使ってるのだけは、どうやら本当っぽいし」
「だから、全部本当なんですってば、信じてくださいよ」
「いきなり信じろって言われてもなあ……そうだ! じゃあ、その世界の外側ってのに、俺も連れて行ってくれよ。そうしたら信じるからさ」
「またですかあ? ……別にいいですけど」
正直、二度手間とも思ったが、ここでこうして話していても埒が明かないだろうし、寧ろそうした方が手っ取り早いだろう。それに、もう一度あちら側へ行った時、TAKAがどうなるか、結果も気になった……
また言葉が通じなくなって消滅してしまうのか、それとも、ちゃんと残って今度こそ運営を紹介してくれるのか……
そんなことを考えながら、今か今かと待ちわびていたら、TAKAがふらりとやってきた。意外と近くにいたのか早い到着にホッと胸を撫で下ろしつつ、どうもと手を振りながら駆け寄っていったら、相手はこっちのことが分からなかったからか、少し戸惑いの顔を見せてから、
「あ、どうも。あんたが甲斐さん? はじめまして。いやー、普通の人で良かった。来てみたら知らない連中が大勢いて、袋叩きにされるんじゃないかって思ってドキドキしたよ」
「そんなことしませんってば……っていうか、本当に覚えてないんですか? ほら、見てください。自分の携帯にはTAKAさんのアドレスがちゃんと載ってるんですよ」
「……本当だ。どういうことだ? 俺は教えた覚えないんだけど」
TAKAはまだ信じられない様子だったが、少なくとも甲斐のことは信用してくれたようだった。とにかく、まずは電話で話したことが正しいかどうか確かめてみようと、堤防から用水路へ降りていった。
道すがら、さっき起きた出来事を話すと、
「その、あんたが言う、世界の外側ってところで俺が消えちゃったの……? ふーん……侵入禁止区域に入ったんなら、そういうこともあるかも知れないけど、それで記憶まで消えるわけないからなあ。本当に作り話じゃないの?」
「だから、違いますって」
「そうかい。まあ、行ってみればわかるさ」
TAKAは考えるよりも行動したほうが早いと言わんばかりに、甲斐の前をずんずん歩いていった。そろそろテクスチャの切れ目が近づいてきたので、注意しようとしたら、
「のわっ!?」
声をかける前に足を踏み外して世界の外側へと落ちていった。
また、さっきやったみたいに地面の下で藻掻いている……
甲斐もそんな彼を追いかけるように、ドボンと足を踏み入れると、川底を突き抜けて世界の外側へと降りていった。そしてバタついているTAKAを引っ張って制止し、ちゃんと息が出来ることを伝えたら、彼は落ち着きを取り戻して、
「ふえ~……参ったな。本当にこんなことになってたなんて……じゃあ、なにかい? 甲斐さんが言ってたことも信憑性が出てきたってこと? でもなあ……」
「本当に覚えてないんですか?」
「ああ、本当に覚えてな縺?h縲ゅ@縺九@縲√%繧後?縺セ縺溯ヲ倶コ九↓荳也阜縺ョ螟門?縺?縺ェ縲る°蝟カ縺ォ騾壼?ア縺励◆譁ケ縺瑚憶縺?°縺ェ?」
一瞬、TAKAの姿がブレたと思ったら、彼は話をしている最中にまた消滅してしまった。甲斐は彼が消えていく姿を呆然と見送った後、しばしの間、言葉を無くして佇んでいた。
ようやく、体が動くようになってから、甲斐は思い出したかのようにマップ内に戻って、TAKAのアドレスへ電話してみた。するとさっきみたいに20コール分は優に待たされてから、彼はやっと電話に出て、
「あんた誰?」
彼は、自分たちは初対面であると主張していた。今日は一個もミッションをしていないと言っていた。甲斐はそれ以上、話をする気にもなれず、謝罪をして電話を切った。
これは一体……どういうことだ?
TAKAも言っていた通り、あそこは侵入禁止区域で、開発としては想定外の場所に出ているのだから、思いもよらない不具合が起きることは想像できる。しかし、それは例えば強制的にマップ内に戻されるとか、ゲーム内で死亡判定されるとか、そういうシステム的な対抗処置が行われるというだけで……
まさか人間の記憶が丸々失われるなんてことが、あり得るわけがない。
記憶が無くなるとしたら、ロールプレイをさせられているNPCだけだ……それじゃあ、何か? TAKAはNPCだったのか? 彼との付き合いは今日一日しか無かったわけだが、その間に交わした会話を思い出しても、にわかには信じられなかった。彼がプレイヤーで、アップロード者だと言う話も、例えば、テロ対策としてコフィンを攻撃するマルチミッションがあるというのも、信憑性が高いと思っていたのだが、これらは全部作り話だったのだろうか。
じゃあ、一体、なんで甲斐はプレイヤーのフリをしているAIとコフィンを攻めるなんてミッションをやっていたんだろうか? まるで意味がわからない……
いや、そういうお遊びがあるというのであれば、それはそれで構わないだろう。だが、どうして一緒に遊びにいくAIが、あそこまで人間らしく振る舞う必要があるのだろうか? C3POみたいなのでいいじゃないか。そっちのほうが逆に燃える。
本当に、TAKAはNPCだったのだろうか……甲斐は混乱しながら携帯のアドレス帳を眺めていた。そういえば、連絡先を交換したのはTAKAだけじゃなかった。彼はそれを思い出して、もう一人のプレイヤーに連絡してみた。
「あ、もしもし? 通り魔さんですか?」
「やあ、どうもどうも、甲斐さん。早速電話くれたんすね。なんすか? マルチのお誘い?」
「いいえ、ちょっとお尋ねしたいことがありまして」
「はあ……なんすか?」
「あの、通り魔さんってTAKAさんって人のこと知ってます?」
すると通り魔は感心したようにハイハイと返事し、
「ええ、知ってますよ。このゲームでは有名なトップランカーの一人ですよね。エンドコンテンツのコフィン攻めばっかやってるって言うクレイジーな方で、俺も何度か一緒したことありますよ。甲斐さんも知り合いだったんすか?」
「知り合いも何も、今日、僕たち3人であのミッションクリアしましたよね? 最初は4人だったけど、一人脱落して……」
「はあ? ええ、確かに4人で始めて3人でクリアしたけど、TAKAさんはいませんでしたよ?」
甲斐は下唇を噛み締めて唸った。正直、ため息を吐くのも億劫な心境だったが、聞いておかねばなるまいと、その時の話を詳しく尋ねてみると……どうやら彼は、甲斐には全く聞き覚えのないプレイヤー二人と、甲斐を交えた4人でミッションをやったと記憶しているようだった。
以前、初心者狩りに殺られた時、何度も死に戻りを経験した。その度に妹の記憶は巻き戻り、甲斐の死が無かったことにされていたから、都合に合わせてNPCの記憶に改ざんが起こることは知っていた。
だから、もしかしたらNPCかも知れないTAKAの記憶が改ざんされたというのも理解できるが、しかし、それに合わせて通り魔の記憶まで改変されているのはどういうことだろうか? 彼はプレイヤーのはずだろう? 人間の記憶が書き換えられるわけがない。
「あの、通り魔さん。実はゲームのバグを発見してしまったんですけど、チートに興味ありませんか?」
「え? チート? なになに?」
チートという単語に食いついた彼を用水路まで呼び出し、世界の外側まで連れてってみようと考えた。まるで女郎蜘蛛みたいな手口だが、相手に悪いとか言ってるような状況ではなかった。
呼び出された通り魔は何も疑うこと無くホイホイとやってきて、甲斐が世界の外側を発見した経緯を聞いてゲラゲラと笑っていた。普通、思っても試そうなんてしないでしょ? そう言ってテクスチャの隙間から外へと落ちていった彼は……
「縺イ繧?▲縺ッ繝シ?√??繝ッ繧ッ繝?き?」
彼もまた、TAKAと同じように、光の礫となって消えてしまった。
多分、そうなるんじゃないか? と思っていたから、今回はショックは少なかった。しかし、これでますますわからなくなった。
あの二人は、人間だったのだろうか? それとも、NPCだったのだろうか? 話していた限りでは、彼らは人間以外の何者にも思えなかった。
今となっては、AIが人間を騙すなんてことはお茶の子さいさいの出来事だ。運営がその気になれば、ミッションに人間のフリをしたNPCをこっそり混ぜることも可能だろう。
だが、そんなことをして何になるんだ?
プレイヤー人口の水増しとかは考えられるが、オール・ユー・キャン・暴徒は世界でも人気のオンラインゲームだ。それに、あのコフィン攻めが高難度のエンドコンテンツであるというのも本当だろう。そこに水増しのNPCなんて混ぜるだろうか?
しかし、NPCであることを否定すれば、彼らは人間ということになり、人間の記憶が改変されてしまったという事実だけが残る。このゲームには、そんな前人未到の技術が仕込まれているのだろうか? 正直、そんなことは考えられない。大体、それならどうして甲斐は平気なのだ?
じゃあ、やっぱり彼らはNPCだったのだろうか……しかし、彼らすら人間でなかったと言うのなら、この世界に本物の人間なんて本当に居るのだろうか?
正直なところ、今の甲斐はもう現実世界に戻る気はなかった。だが、戻る戻らないに関わらず、現実世界がどうなっているのか、一度本気で確かめてみた方がいいような気がする……甲斐はそう考えると、今度こそ本物の人間を見つけてみようと決意した。しかし、それにはまずどうすればいいのか……今の彼にはわからなかった。




