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マルチミッション:甲斐④―1

 人生は失敗の連続である。失敗は成功の母である。名人と呼ばれた吉田兼好は、勝たんとして打つべからず、負けじと打つべしと説いた。即ち、負けを知る者が勝つのである。トライアルアンドエラーという言葉もあって、人間は失敗から多くを学ぶということをみんな知ってるわけだが、現実の我々は失敗を恐れて行動しない。それじゃ勝利も得られないと分かっているのに、負けるかも知れないという負の感情のほうが勝ってしまうのだ。


 でもゲームは違う。失敗してもやり直しが利くから、みんな色々試してみる。まあ、中にはゲームですら勝敗に拘って、誰かの作ったチャートをなぞることしか出来ない者も居るけれども、大体の人は失敗しても、またやり直せばいいさと気楽にチャレンジするものである。


 かく言う甲斐もその口で、初めてやるゲームでは説明書を見るよりも前にコントローラーを握って、まずは何回かゲームオーバーするタイプだった。


 あの日以来、甲斐は色々試行錯誤していた。


 妹を失ってしまったことですっかりやる気も失ってしまった彼は、ずっと避けていたログアウトを敢行したわけだが、一度試したからには二度目はもう抵抗がなくなって、それからも何度かログアウトをしてみた。


 その結果、ログアウトをすると彼の場合は現実世界に戻るのではなくて、初日に戻るということがわかった。つまり、初めてこの世界に来たばかりの時、眠っていたら妹にベッドから落とされた、あの瞬間に戻されるのだ。


 因みに、その度に妹の記憶はリセットされるみたいで、すぐさまチュートリアルを始めようとするからまいってしまった。あのカーチェイスも大ジャンプも、もう何度も繰り返しているから失敗することはないのだが、逆に言えば同じことを強制的に繰り返させられるから苦痛なのだ。せめてチュートリアルスキップ機能があれば良かったのだが、報酬を受け取るために訪れる川崎の自動車工場の社長も重要NPCだからか飛ばせないのだ。彼が居ないと、初心者は金の稼ぎようがないから仕方ないとはいえ、融通の利かないシステムである。


 ともあれ、そうして説明的に報酬を受け取って家に帰ると、妹はいつものように宅配ピザで一人宴を開いているのだ。今夜はすき焼きだ―! と宣っておきながら、さっさと忘れて好物のピザにかぶりついている彼女は、らしいと言っちゃらしいのであるが、やはり機械的な印象を抱かせた。


 ログアウトをすれば、今日、たった今、食べたばかりのピザの味を彼女は忘れる。


 あの日、風邪を引いた甲斐を看病し、看病された彼女はもう居ないのだ。


 それは人間の生死と何が違うんだろうか……? 彼女は甲斐がヤングケアラーだったことも、父親に殺されたかも知れないことも、現実世界からやって来たと主張していることも覚えていないのだ。


 そう考えると、ログアウトとは、自分の死を受け入れることと殆ど変わらないのかも知れない。


 人生は一期一会だ。出来ればもうログアウトはせず、この世界で出会った彼女との記憶を繋いでいきたいと、そう思った。


 あのマップの境にある用水路から、世界の外側へは相変わらず行けた。


 試しに妹以外のNPCを連れて行ってみたが、消えることも確認済みだ。ただ、妹とは違って他のNPCは消えてもすぐリスポーンするというか、補充されるみたいだった。それは完全に同じキャラと言うのではなく、例えばよく襲撃されてるコンビニのアルバイトみたいに、別人が復帰する感じだろうか。この点からしても、妹は少し特殊なNPCだったみたいだ。


 因みに、外の世界で得られるスキルはログアウトしてもリセットされず、ファイヤーボールは今でも使えた。また別の世界に行けば新しいスキルも覚えられるから、やろうと思えば最強キャラを作ることも可能なのだが、最初のうちはそれで新スキルを覚えて楽しんでいたのだが、すぐに飽きてしまった。


 元々、何でも出来る世界だから、仮に大魔法を使って街をパニックにしたところで、いつもとそれほど変わらないのだ。ただし、瞬間移動のスキルを使えば、いつでも世界の外側に行けるから、これは重宝していた。これさえあれば、もう決して警察に捕まらないで済むだろう。


 そんなこんなで、チートスキルを駆使しながら、日々行われる一般クエストで日銭を稼いでいた時だった。


「高井組……?」


 ある日、妹がもっと稼がないか? と新たな仕事を持ってきた。別に、ただ暮らしていくだけなら十分な稼ぎがあったから別段興味は無かったのだが、その名前に聞き覚えがある気がして、彼女に続きを促した。


「うん。いつもハッキングの仕事でお世話になってる石川さんって人がいるんだけど、最近のお兄ちゃんの活躍を聞いたみたいで、一度組の方に顔を見せろって言ってるんだ」


 それで思い出したが、石川とは確か前回ログアウトをする前に、甲斐のことを追いかけてきたヤクザのことだ。あの時は自暴自棄になっていたせいで、失礼なことをしたとも思うが……結構、強引なやつだったから、ここで断ったらまた面倒なことになるかも知れない。


「この街には顔役みたいな組織が3つあるんだけど、これからもこの仕事を続けていくなら、どこかに所属していたほうがいいと思うよ」

「そうか。じゃあ、仕方ない……高井組の事務所は渋谷でよかったっけ?」

「え? あ、うん。なんだ、知ってるんじゃん」


 知ってるも何も、前回、初心者狩りが来たりしなければ、普通に待ち合わせ場所で会って、今ごろ仕事をしていたはずなのだ。


 そういえば、結局、あの初心者狩りはNPCだったわけだが……もしかして石川に会おうとしたら、また出てくるのだろうか? 今回はあの時とは違って、こっちもチートスキルてんこ盛りだから楽勝だろうが、しかし、あんな面倒な糞イベントを、本当に運営が用意したとは思えないのだが……


 そうやって警戒しながら前回同様、渋谷のハチ公前で待ち合わせをしたのだが……今回は特に事件は起こらず、ぼーっと待っていたら普通に石川がやってきて、普通に事務所まで案内してくれた。


 彼は組織の構成員について軽く説明した後、主に裏社会の仕事を牛耳っていること、そして他の二大組織と抗争状態にあることも教えてくれたが、


「いいか? 俺たちはヤクザじゃない。高井コーポレーションの社員だ。それだけは間違えちゃいけねえ」


 と、非合法組織であることは頑なに認めなかった。何でも、オーナーが組長と呼ばれるのを嫌がるらしい。何がどう違うんだかよくわからないのだが……ともあれ、名称だけでいいなら合わせておくに越したことはない。


 甲斐が承諾すると、彼は満足したように頷いてから、連絡先を交換してきた。これからは何か仕事があったら、妹を介さずに直接甲斐の電話に掛けてくるそうである。逆に、甲斐も何かあったら、いつでも電話を掛けてきてくれて構わないらしい。まあ、それで実際に電話をしたら、どうせ不機嫌になるのだろうが……


 事務所を出て、スクランブル交差点まで戻ってきて、本当に初心者狩りは現れないのかな? とうろついていたら、早速石川から電話が掛かってきた。初仕事は品川であるらしい。現地についたらまた指示するからと電話を切られ、まだ受けるとも言ってないんだがな……と思いながら電車に乗るため駅に向かった。品川なら山手線に乗ったほうがどう考えたって早い。


 品川に到着して海の方へ歩いていたらメールが来て、指定の場所へ迎えとマップが表示された。現場に到着したら、かつてコンビニ強盗が店に突っ込んできたのと同じ装甲車が置いてあって、どうやら甲斐はその運転を任されたらしい。


 こんなにゴツい車は転がしたことはないが、大丈夫かな? と車の周りをチェックしていたら、いきなりポンと肩を叩かれて、


「よう! あんたも同業者? TAKAです、よろしく!!」

「あ、どうも……甲斐です……」


 なんだか気さくな感じの男にいきなり声を掛けられた。この街でこんな風に話しかけられたのは初めてだったからリアクションに困っていたら、また別の男がやってきて、


「あーっ! TAKAさん、久しぶり―!! またオーキャン始めたの? ナイス暴徒!」

「あ、通り魔さん、おひさっす。いやあ、最近リアルが忙しくって。ナイス暴徒!」


 二人はガッチリと握手を交わしている。何なんだろう、こいつらは? と様子を窺っていたら、またもう一人やってきて、三人で和気あいあいと会話を交わしている。曰く、リアルの仕事がうんぬん、曰く、今期のアニメがかんぬん……とてもNPC同士の会話とは思えない。


 NPCじゃないと言うなら、こいつらは何だというのか……?


「あの……もしかして、あなた方3人はプレイヤー……リアルの人間ですか?」


 すると3人はぽかんとしながら、


「はあ、当たり前じゃん?」


 甲斐はごくりとツバを飲み込んだ。


 まさか、あんなに会いたいと思っていたプレイヤーに、こんなにあっさり会うことが出来たなんて……


 紆余曲折があって、今はもうそんなに現実世界に戻りたいとは思っていなかったが、それでも外のことは気になった。おいそれとログアウトも出来なくなってしまった今、出来ればこのまま彼らと親しくなって、外の状況を聞いてみたいところであったが、


「あの、ちょっといいですか?」

「なに?」

「最近リアルであった出来事を聞きたいんですけど……」

「いいけど……おっと、ごめん、ミッション始まった」


 その言葉と同時に、甲斐の目の前にホログラフみたいなスクリーンが浮かび上がった。見れば他の三人の前にも、同じようなスクリーンが見えている。


 画面にはどうやらこれから始まるクエストの達成条件が書かれているようで、甲斐はまず、目の前の装甲車で三人を指定場所まで運ぶようにと指示されていた。


 運転席の扉を開けると、他の三人もそれぞれ乗ってきて、黙ってシートベルトを付けていた。悪漢のくせに行儀が良いと思いもしたが、ぶっちゃけしないと普通に死ぬので、みんな体に染み付いているのだろう。


 今どきマニュアル車なんて珍しいなと思いながら、思い出すようにクラッチを踏んでいたら、カーナビにマップが表示されて指定場所へ向かえと指示が出された。場所は羽田空港の滑走路を越えたその先……東京湾岸エアフロート。


「甲斐さんって、マルチ初めて?」


 本物の人間に囲まれてると思うと何だか緊張してきて、無言で車を走らせていたら助手席に座ったTAKAが声を掛けてきた。


「あ、はい」

「そっかあ……いきなり高難度はきっついなあ。俺たちも出来るだけフォローはするけど、運転手はちょっと独特だから、とにかく死なないように気をつけて。まあ、死んだら死んだでなんとかするから。はっはっは」

「はあ……」

「おっと、早速お出ましだ。とにかくでっかい奴の射線! 射線に入らないように気をつけて!」

「は、はい!!」


 湾岸線を通って羽田空港まで来たら、ナビはターミナルビルへ突っ込むルートを表示していた。冗談だろうと思いつつ、指示通りに回転扉をなぎ倒して吹き抜けの広場に侵入し、北ウイングから滑走路へ飛び降りた。


 するとまるで知っていたかのように警察車両が待ち構えていて、あっという間にカーチェイスが始まった。その中には今まで見たことのない戦車も混じっていて、容赦なく砲弾がぶっ放された。あれに当たったら、いくらこの装甲車でも一溜りもないだろう。


 甲斐が射線を避けるように車を左右に走らせていると、後部座席の二人が箱乗りになって追いかけてくる警察車両にマシンガンを浴びせていた。助手席のTAKAは上部の窓から粘着爆弾をぽいぽい放り投げている。


 しかし甲斐が車をランダムに回避させているので狙いが定まらず、それは一発も敵にヒットしなかった。バックミラー越しにそれを見ていた甲斐は焦れったくなり、粘着爆弾の起動を目で追うと、タイミングを合わせて、


「……サテライトレーザー……」


 口の中で呟くと、天空から光が飛来して次々と戦車が爆発炎上した。


「おお!! やるじゃん!」


 それを粘着爆弾の仕業だと勘違いした後部座席の二人がハイタッチをして喜んでいる。もう砲撃が飛んでこないことを確認すると、甲斐は車を真っ直ぐ走らせ、滑走路を抜けてエアフロートへ続く桟橋へと向かった。


 実を言えば、現実のエアフロートはこんな風に空港から直接つながっていたりしない。本当ならアクアラインを抜けて海ほたるにあるジャンクションから北上するのだが、このゲームには千葉県がないのでこんなことになってしまっているのだ。


 尤も、そのお陰で広い滑走路をまるまる使ってゲームのステージに出来るのだから結果オーライだったのだろう。難所を抜けて島内に入ったら、警察車両はますます過激な物に変わっていたが、建物があって射線が切れるから、運転はさっきよりずっと楽になった。


 土地勘が全くないエアフロート内を、カーナビに従って進んでいくと、やがて目的地が見えてきた。どうやらそこは地下駐車場になっているらしくて、螺旋状のスロープを壁を擦りながら降りていったら、だだっ広い空間にたどり着いた。


 きっとここは何かの施設で、現実では車がいっぱい停まっているのだろうが、ゲームの中には一台も停まっていないから、かなり不気味だった。


 車が停止すると三人が飛び出して、


「それじゃ甲斐さん、こっから別行動だから」「グッドラック」「生きてまた会おう!」


 彼らは甲斐を置いてさっさとどこかへ走っていってしまった。どうすればいいんだろう? と思っていたら、またさっきみたいに目の前にスクリーンが表示されて、なにやらごちゃごちゃと指示が書かれている。その内容を確かめようとしていたら、


「あたたたたたっ!!」


 いきなりどこからともなく風切り音が聞こえてきて、見れば駐車場の入口の方から、警官隊が銃撃しながら編隊を組んで近づいてくるのが見えた。


 水をも漏らさぬ執拗な銃撃に、まるで装甲車が紙で出来てるかのように削れていく。甲斐はその影に隠れて慌てながら、


「ファストトラベル!」


 呪文を唱えると、ビュンと視界が加速して、彼は一瞬にして世界の外側へと飛び出していた。透明なテクスチャの向こう側では、さっきの警官隊が目的を失ってしまい、まるでゾンビみたいにウロウロしている。


 ファストトラベルとは、いわゆるルーラみたいな移動魔法のことなのだが、そんなものこのゲームには存在しないので、行き場を失って世界を飛び出してしまうようなのだ。これはこれで便利だから、警官から逃げるのに使っているのだが……


 甲斐は哀れな警官隊を外から眺めながら、さっきから表示されているディスプレイの内容を確認した。するとどうやらミッションが更新されたようで、運転手の甲斐は実行犯の3人と別れて、逃走用の車両を確保する役目を負っているようだった。


 確保すると言っても、予め用意されている車両に乗って、指定場所まで転がしていくのが任務内容なのだが、道中では警官隊が襲ってくるし、罠も仕掛けられているから、かえって実行犯よりも難しいようだ。


 道理で仲間が初心者の甲斐を心配していたわけだが……今の彼には何てことないだろう。寧ろ人目がない分、チートも使い放題なので気楽なくらいだ。


 甲斐はミッションの内容を確認すると、ゾンビになった警官隊に見つからないよう、コソコソとゲーム内に戻って、隠し通路みたいになっているビルのメンテナンス用通路を進んでいった。


 通路には案の定そこかしこに罠が仕掛けられていたが、全部チートで排除する。


 高性能なセントリーガンがファイヤーボールによって、まるで飴細工みたいに溶けていく……現実だったら、こんな異常な方法を使えば、あとでバレてまずいことになりそうだが、この世界ではどうせ一日経ったら何もかも元通りなのだ。遠慮なく破壊させて貰う。


 熱のせいで歪んでしまった鉄扉を蹴り開け外に出たら、いきなり目の前にツートンカラーの警察車両が停まっていて、一瞬、見つかったと思って焦ってしまったが、どうやらこれが逃走用の車だったらしい。


 運転席に乗り込むと、自動的に次の目的地を示すカーナビが起動した。今度はオートマチックだから難しいことは何もない。鼻歌交じりにラジオでも聞こうとしたら、dinスペースにはラジオの代わりに、何かニトロとか書かれているスイッチが付いていて固まった。正直、嫌な予感しかしない。


 仕方がないのでラジオを諦め、目的地へ向けて車を発進させた。行き先は中央塔、通称コフィンと呼ばれる建物である。


 現実では政府の研究機関であるそうだが、ゲームの中ではいけ好かない金持ち共のタワーマンションに変えられていた。そこでは日夜、貧乏人から巻き上げた金で金持ち共がどんちゃん騒ぎを行っているらしく、さっき飛び出していった三人はそいつらに制裁を加えに行った……という設定らしい。


 コフィン前の広場に着いたら、中から銃撃音が聞こえてきて、既に警察車両がたんまり集まってきていた。道理で逃走用にパトカーが用意されていたわけだと思いつつ、何食わぬ顔でその中に紛れる。


 普通なら、すぐ気づかれそうだが、警官たちは全然気づかず、甲斐は風景に溶け込んでいた。しかし、これでは仲間も気づけないんじゃないのか? と心配していると、建物内からズドン! っと爆発音が鳴って、仲間の二人が飛び出してきた。


「おわ! 甲斐さん居た! マジかよ、あんた!」「わははは、賭けは俺の勝ちだな!」


 甲斐の心配をよそに、二人は建物から出てくると、警察官をバズーカで吹き飛ばしながら、真っ直ぐこっちへ向かってきた。どうやら彼らには甲斐の位置が見えてるらしい。一人、見当たらないからどうしたのかと尋ねると、


「死んだ」


 と素っ気ない答えが帰ってきた。まあ、どうせ、セーブポイントでリスポーンするだけだろう。二人が飛び乗ったのを確認してから、アクセルをベタ踏みして広場から逃走を開始する。


 行きはよいよい帰りは怖いというが、今回は帰りのほうが楽だった。あれだけ居た戦車や装甲車はいつの間にか姿を消し、追ってくる車両は同乗の二人が片付けてくれる。きっと装甲が薄くなった分、投入される敵車両もランクが下がったのだろう。そうしなければ、誰もクリアできないからだ。


 そんなことを考えつつ、人工島を抜けて滑走路へ戻ってくると、ターミナルビルをバックに夥しい数のパトカーがバリケードを作っているのが見えた。手持ちの武器では、あれだけの数をどかすのは不可能だろう。だが、迂回する道はどこにもない。


 さあ、どうする? ……と焦っていたら、見ればそのバリケードの手前にいかにも飛んでくださいと言わんばかりのスロープが“何故か”置いてあった。手元にはニトロと書かれた謎のスイッチもある。これはあれか? あれなのか?


「南無三!」


 まるで今から首でも括るかのような心境でスイッチを押すと、瞬間、車は爆発的なスピードで加速し始めた。ハンドルを押さえているのがやっとの状態で、重力に逆らって歯を食いしばっていると、やがて車は狙い通りにスロープを昇って、ポンッ! ……っと、ロケットのように飛び出し、空へと上がっていった。


 すると突然、パトカーのドアの辺りから翼がニョキッと生えてきて、続いて後部のトランクが開いたと思ったら、ゴオオオーーー……っとアフターバーナーを吹いて、車は空を滑空し始めた。


 高度は200メートルくらいは稼いでいるだろうか? 警官隊のバリケードを飛び越え、ターミナルビルさえ飛び越えて、パトカー……というか、もはや飛行機はグングン飛んでいく。


 ところでこれ、着地はどうするんだろう? と唖然としながら後部座席の二人を振り返ると、彼らは何故かいそいそとパラシュートを付けて、ドアを開いて車の外へと飛び出して行ってしまった。


 パッと花が咲くように、2つの落下傘が空中で開いた。甲斐がそんな光景をあんぐりとしながら見送っていると、いつの間にか高度を失っていた車は海へとドボンと落ちていった。


****************************


 ゴボゴボと海水を飲みながら、必死になって車から抜け出し海面まで浮上する。もうちょっとで窒息するギリギリのところで、息も絶え絶えどうにかこうにか海上に顔を覗かせたら、すぐ目の前に海浜公園が見えていた。どうやら羽田空港を飛び出して、隣の島まで来てしまったらしい。


 東京湾のくせに海水はとんでもない透明度で、海底の白い砂までもがくっきりと見えていた。やっぱりゲームだなあと思いながら、犬かきで泳いで島までたどり着いたら、さっき飛び出していった二人が待っていて、甲斐のことを引っ張り上げてくれた。


「……あんなになるって知ってたんなら、先に教えて下さいよ」

「ごめんごめん。まあ、初心者の洗礼だと思って」


 そのセリフから察するに、どうやらわざとだったようである。ちぇっと舌打ちしながら陸に上がり、木のデッキに濡れた体を横たえると、人型にじんわりと水たまりが広がっていった。まるで殺人現場みたいだ。


 ところで、こんなにのんびりしていてもいいのだろうか? 空港は目と鼻の先で、そこにいる警官隊も見えているのに、彼らがこっちを気にしている様子は見受けられなかった。普段なら既にサイレンの音が聞こえているだろうに、ずいぶん静かなものである。


 それで気づいたのだが、あれだけやっておきながら、手配レベルが一つも上がっていない。そういえば、ミッション中もずっと星が増えてる形跡がなかったから、多分、マルチミッションが行われてる最中は、普段とは別のシステムが働いているのだろう。


 こういうところは本当にゲームだよなあ……と妙な感心をしつつ、よっこらしょと上体を起こすと、仲間の一人が近づいてきて、


「甲斐さんおつかれ。君も高井派閥なんでしょ? これからまた一緒するかもだから、よかったらアドレス交換しない?」

「あ、はい」


 携帯を取り出してアドレス交換したら、アドレス帳に『通り魔』と言う名が追加されていた。物騒である。二人のやり取りを見ていた『TAKA』も、俺も俺もと寄ってきたので、彼ともアドレス交換をする。


 昨日まで妹以外に誰も登録されていなかったアドレス帳に、一気に名前が増えた。石川も含めると、なんと当社比4倍である。これでもう誰にもぼっちと呼ばせないぜとほくそ笑んでいると、


「それじゃ、また。あざっしたー」

「また会ったらよろしくねー。ほんじゃあ」


 と手を振って、二人はあっさり背中を向けて去っていった。あくまで仕事の上での付き合いと言うことだろうか。まあ、ゲームの世界にリアルはあまり持ち込みたくないし、このくらいサバサバしていたほうが付き合いやすい……と思ったところで気がついた。


 そういや、その現実世界について聞きたいんじゃなかったっけ? ミッションが過激すぎてすっかり忘れてしまっていた。


 今更、呼び止めるのもなんだし、機会を逸してしまった。後で教えてもらったアドレスに電話してみようか……とか考えていると、公園の出口付近で挨拶を交わしていた二人のうち一人が引き返してきた。


 あっちは確か、TAKAだったっけ? と思いつつ、


「あれ、TAKAさん。どうかしたんですか?」

「うん、ちょっと忘れ物したっていうか、聞きたいことがあるんだけど……」


 引き返してきたTAKAはそう言って、まだデッキの上でへたり込んでいる甲斐に手を伸ばす。甲斐がその手を取って起き上がろうとすると、彼は少し表情を固くして、


「ところでさ、甲斐さん……あんた、チート使ってるでしょ?」


 引き上げられた拍子に飛び込んできた目が笑っていない。TAKAの射すくめるような瞳に気圧されて、甲斐は何も返事をすることが出来ずに固まってしまった。


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― 新着の感想 ―
[一言] >現実では政府の研究機関であるそうだが、ゲームの中ではいけ好かない金持ち共のタワーマンションに変えられていた。 さりげなく重要な伏線ぶっ込んでくるスタイル、嫌いじゃない
[気になる点] 誠死ね! [一言] チーターも死ね!
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