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神様の見てる世界:甲斐③―4

 気がつけば、甲斐の体からは重力が消えていた。いつの間にか、彼は得体の知れない真っ白な空間に佇んでいて、見上げればそこには、たった今まで自分が歩いていた街並みが浮かんでいた。


 ただし、そこにあるのはちゃんとした建物ではなく、厚みを持たないただのハリボテだった。例えば、昔の3Dゲームで主人公が壁に近寄り過ぎると、カメラが荒ぶって壁の向こう側が見えたり、キャラクターの中身が透けて見えてしまったりすることがあったが、そんな感じに見えるのである。


 街の中から見れば、そこには完璧な世界が広がっているように見えていたのだが、一歩その裏側に出てみれば、実は世界はこんなことになっていたのだ……


 甲斐は改めて、自分がいるのはゲームの世界であることを実感しつつ、その中で違和感なく暮らしていた自分に寒気を覚えた。でも、それも仕方ないだろう。壁も、天井も、自分が立っている地面さえも、実は厚みを持たないただの見た目だけだったなんて、一体誰が想像出来ようものか。


 ともあれ、種が分かれば色々試したくなるのが人情と言うもので、甲斐は落ち着いてくると、エディット飛行が出来るのを利用して、ハリボテの街の中をもっとよく見てみようと近づいていった。


 ハリボテは、ほんの少しでも角度があれば色がついて見えるが、完全に後ろ側に回ってしまうと、何も描画されず透き通っていた。手に触れてみても当たり判定は無く、あっちからこっちには来れないが、こっちからあっちへ戻るのは容易そうだった。


 体全体があっち側に戻らなければ、体の一部だけなら出し入れも可能のようで、試しに通行人がいる前で腕を出し入れしてみたら、悲鳴を上げて逃げていった。多分、彼からすれば、突然壁から腕がニョキニョキ生えてきたように見えたのだろう。


 ところで、そうやって面白がって何人かの通行人を脅かしていたら気づいたのだが、描画されているのは甲斐が落ちた用水路の周囲数百メートルの範囲だけで、それ以外の場所はどうやったって見えなかった。高速道路を上から見れば、たくさんの車が通り過ぎていったが、それは少し進んだ先で透明な壁に吸い込まれるかのように、唐突に消えていく……それじゃ、あの広大な東京の景色は、一体どこへ消えてしまったのだろうか?


 そう考えた時、そんなもの元から存在しないのだと、甲斐はすぐに思い至った。


 なにしろここはゲームの中なのだ。ゲームの中には、実際にコンクリートで出来たビルなんてものは存在しない、あるのはそういうビルがあるという『情報(データ)』だけだ。ビルという情報は、普段はストレージの中に保存されていて、必要に応じてプレイヤーがいる周囲だけ描画すればいい、それだけの話だ。


 コンシューマゲーム機を思い浮かべて欲しい。実際に、常に街の全データを描画しようとしたら、それには莫大なメモリーが必要になるだろう。ゲームの世界が東京都だけに限られると言っても、建物だけでもとんでもない情報量があるだろうし、そこで生活している人間(NPC)や、そこに棲息している動植物や、風に舞い上がる砂埃なんて現象までシミュレートしなければならないとしたら、そんなのはスーパーコンピュータを持ってきたって不可能だ。


 しかし、プレイヤーが何百万人いようとも、彼らの周囲数百メートルを描画するだけなら話は別だ。仮に空を覆い尽くすほどの摩天楼を描画する必要があったとしても、見た目だけのハリボテでいいなら、その情報量はたかが知れている。ビルの中身を描画しなくてもいいというだけで、ものすごいメモリーの節約になるのは言うまでもないだろう。


 ゲームを提供しているサーバーは、プレイヤーの位置情報を常に把握していて、現在位置から見えるマップ情報を描画して、プレイヤーはそれを見る。プレイヤーが移動する度に描画し直すわけだから、かえって大変そうに思えるかも知れないが、プレイヤーだってずっと動き続けているわけじゃない。例えば電車の中から見る風景のような、似たような景色は使い回すことが出来るだろうし、エレベーターの中みたいな殺風景な閉鎖空間なら、とんでもなくメモリーの節約にもなるだろう。ログアウトしたら、描画すらしなくて済むのだ。


 つまり、今、甲斐の目の前に浮かんでいる景色も、そうやって描画されたものなのだろう。それが切り替わらなくなってしまったのは、彼が世界の外側に出てしまったせいで、サーバーが彼の位置情報を見失ってしまったからだ。そう考えれば辻褄が合う。


 サーバーは、そうやってプレイヤー一人ひとりに、別々の世界を見せていたのだ。


「こうやって外から見てみると、えらく狭い世界に押し込められたものだな」


 甲斐の口からは自然とそんなセリフが漏れ出た。


 それはさながら透明な檻の中で暮らしている人を覗く万華鏡のようだった。この中で暮らしている人は、外の世界が見えない。外にいる人だけが、そこが檻の中だと気づいている。


 いや、現実もさして変わらないのではないか。人間がリアルタイムに扱える情報なんて、実際、眼の前のたかだか数百メートルが関の山だ。それ以上の情報は、常に人づてに聞いているだけで、直接経験しているわけではない。


 もし世界の外側に神様がいるなら、案外、人間のことをこんな風に見ているのかも知れない。


 そう思って、今度は世界の外側の方を振り返って見れば、さっきまで何も無いと思っていた空間のあちらこちらに、ポツンポツンと何かが浮かんでいるのが見えた。もしや? と思って近づいてみたら、案の定、それは一つ一つが誰かの見ている世界のようだった。


 中の景色がゆっくりと動いて見えるのは、多分、この世界の中心に、この風景を見ている人が居て、その人が歩き回っているからだろう……甲斐はそう考えて、おーい! と叫んでみたが、返事は返ってこなかった。


 聞こえないのかな? と思って、更に声を張り上げてみても反応がなく困っていると、よく見れば通行人のNPCたちも反応していないことに気がついた。さっきは反応があったのに、今はないのは、多分、世界が違うからだろう。あっちは元々甲斐が見ていた世界だが、こっちは知らない誰かが見ている世界なのだ。


 そう都合良くはいかないか……と、ため息交じりに振り返る。世界はそれこそ人の数ほど存在していたが、そのどれとも接触することが出来ないのだ。そう考えると、神様ってのは案外、孤独な存在なんだなと妙に寂しく思えてきた。


「……ん?」


 さて、何も出来ないんじゃ仕方ないと、自分の世界に戻ろうとした時だった。甲斐は視界の片隅に、なにか違和感のようなものを感じた。


 なんだろう? と思って振り返ってみれば、そこには同じように誰かの世界がぷかぷか浮いていたのだが、中の様子がどうも違う。何が違うのかと言えば、他の世界はどれもこれもコンクリートジャングルや、近代的な建物の中だったりするのに、その世界だけはやたら殺風景な荒野と言うか、グランドキャニオンみたいな峡谷と言うか、とにかく東京とは思えないのだ。


 そしてその世界の中央付近には、鳥みたいな生物がパタパタと羽ばたいている姿が見えた。しかし、なんだか、大きすぎる気がする……その縮尺がおかしいことを気にしていたら、突然、その鳥の下の方からボォォー―ッ!! っと炎の柱が巻き上がったかと思いきや、同時にビュンビュンと何本もの矢が飛来して、空飛ぶ生物を攻撃し始めた。


 何事か? と目を凝らしてみてみれば、先程鳥みたいだと思っていた生物は、なんとドラゴンで、その下には小さな人間が……いや、ドラゴンがあまりにも大きいから小さく見えるだけで、数名のパーティーを組んだ冒険者たちが、剣と魔法を駆使して戦っていたのである。


「なんだこりゃ!?」


 甲斐は目をひん剥いた。いくらオール・ユー・キャン・暴徒の世界が目茶苦茶だからといって、これは流石にあり得なさ過ぎるだろう。チーターが持ち込んだ武器だって、ここまで世界観をぶち壊しにはしない。これじゃ世界が違うと言っても過言じゃないだろう……


「ん? 世界が違う?」


 自分で言っておきながら、言い得て妙だと甲斐は思った。その通り、ここは世界が違うのだ。いや、ゲームが違うといった方が正しいだろうか? きっと今、目の前でドラゴン退治を繰り広げている人たちは、オール・ユー・キャン・暴徒ではなく、全然別のゲームをしているのだ。


 サイバーテクニクス社は、一つだけのゲームを作っているわけじゃない。他にもいろんなゲームをリリースしているが、その中には中世ファンタジーを舞台にしたMMORPGもあったはずだ。そして、同じ会社が開発しているのだから、きっと使ってるゲームエンジンも一緒なのだろう。もちろん、描画エンジンもだ。


 ここがどこだか分からないが、仮にメモリー空間を可視化したものだとして、その同一空間上に同じ描画エンジンを使った世界があったら、同じ方法で見ることも出来るだろう。普通ならメモリーは保護されていて、他の世界なんて見えるわけがないだろうが、何しろ今は普通じゃない状況である。


 そんなことを考えていると、頭の中でキンコンカンコン音が鳴り響いて、


『魔法スキル・ファイヤーボールを習得しました』


 などと、やたらシステマチックな声が聞こえてきた。何だそりゃ? と、体のあちこちを触ってみた後、ステータス画面を開いてみたら、色々文字化けを起こしていた。


 元の画面を覚えているから操作は可能だったが、何かを得たとしても、それで何かを失っていては元も子もない。これ以上おかしなことにならないよう、甲斐はいい加減元の世界に戻ろうと考え、来た道を急いだ。


 殺風景な上に、同じような世界が並んでいるから、一瞬迷子になりかけたが、どうにかこうにか元の世界は見つかった。甲斐はこの後どうすればいいかわからなかったが、とにかく中に入ればいいだろうと、エイヤッと景色の中に飛び込んだ。


 ぶくぶくと水をくぐり抜けるような感覚がしたかと思えば、次の瞬間、甲斐の体は例の用水路の上にパッと瞬間移動していて、そのまま落下し腰を強かに打ち付けてしまった。バシャンと水しぶきが上がる。


「あいたたたた……戻ってこれたな」


 腰を擦りながら立ち上がると、辺りはすっかり薄暗くなっていた。どうやら、世界の外と中では時間の流れ方が違うらしい。もしくは、別のゲームに寄り道したせいだろうか?


 びしょ濡れになってしまったズボンを脱いで絞れるだけ絞り、気持ち悪い感触に耐えながら再度履いた。水が綺麗なのが唯一の救いだった。


 その後、橋まで戻ってきた甲斐は下りてきた時に使ったロープを登ろうとしたが、細くて手に食い込んで痛くてしょうがないから、当初の予定通りに河口までのんびり歩いていくことにした。すると数百メートルほどであっけなく終点にたどり着き、そこにあった階段を使って堤防に登った。


 海釣りに来ていたらしき釣り人に、なにやってんだこいつは? といった感じの目つきで見られたが、気にすることなく堤防を後にすると、乗り捨てた車のところへ戻る。ところが、探しても車が見つからない。いくらそういうゲームとはいえ、治安が悪すぎやしないか? このゲーム……


 仕方ないので、その辺で新しいのを調達しようと歩き出すも、こういう時に限って路上駐車は見つからない。人んちの車庫から盗むと、手配レベル2から始まっちゃうんだよな……と躊躇している時、ふと思い立って、


「ファイヤーボール」


 なんとなく手のひらを前方に翳しながらそんな言葉を口走ってみたら、手のひらから炎の弾が飛び出して、たまたま前方を走っていた車にぶつかり、ドカンとふっ飛ばしてしまった。


「マジかよ……?」


 いきなり爆発した車の中からドライバーが泡を食って飛び出してくる。彼からしてみれば、何の前触れもなく車が故障したように思えただろうが、手配レベルが上がっているのを見るからに、システム的には原因は特定されているようだった。


 甲斐はそれを確認すると、警察に射殺されないよう、放置自転車をパクって逃げ出した。そのせいで手配レベルは2に上がったが、果たしてこのママチャリでどこまで逃げ切れるだろうか……


 彼は冷や汗を垂らしつつ、必死にペダルを漕ぎ続けるのであった。


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