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俯瞰視点:甲斐③―1

 甲斐が死んだのは事故ではなく、もしかしたら殺されたのかも知れない……妹にそう指摘されて以来、彼は取り憑かれたように、そのことばかり考えていた。


 自分の生い立ち、父との関係、タイミングよく現れた保険屋などなど、考えれば考えるほど、それは真実のように思えてならなかった。そしてそれが確信と呼べるくらい強くなると、皮肉なことに、彼の生きようとする意思も強くなっていった。


 現実の甲斐はいつも汲々とする家族の世話に追い詰められていて、ともすると逃げ出したい、いっそ死んでしまいたいとさえ思っていた。だから、保険屋にあなたは死にました、臓器提供をお願いしますと言われた時、あっさりと頷いてしまった。本当なら、何かおかしいと考えるべきだったのに……


 誰かのために犠牲になるというのは、案外受け入れられるものだ。なんなら良かったとすら思える。だが、それが誰かの思惑であったのなら話は別だ。自分が誰かの金のために、それも父親の遊ぶ金欲しさのために殺されたのだとしたら……


 そんなの絶対許せるわけがない!


 甲斐は憎悪にぎりぎりと奥歯を噛み締めた。


 しかし、復讐をしようにも今の彼にはどうしようもなかった。彼は現在、現実世界にいるのではなく、仮想世界に精神だけが繋がっているという、おかしな状態なのだ。


 一度ログアウトした時、現実の彼は病院のベッドの上で死にかけていて、ベイジングスーツを着用させられていたから間違いない。実際に、自分の目でそれを確かめている。


 その後、自分の体がどうなったかは分からないが、保険屋からすればドナーカードにサインをした時点で、甲斐はもう用済みなんだから、生命維持装置を外されて殺されたと考えるのが妥当だろう。


 なのに、こうして意識が残っているというのは、何らかの奇跡か事故かがあって、自分の精神がサーバーに“アップロード”されたと考えるしかないだろう。正直、不可解ではあるが……


 今はとにかく、この状態がいつまで続くかは分からないから、まだ意識が残っているうちに、なんとかして自分が殺されたという事実を、現実世界の然るべきところに通報しなくてはならない。


 そのためには、どうすべきか?


 真っ先に思いつくのは、自分自身が現実世界に戻って警察に駆け込むことだ。それが出来れば理想的だが、安直にログアウトするのは危険だろう。さっきも考えた通り、現実の甲斐は生命維持装置を外されて、既に死んでいる可能性が高い。ログアウトした拍子に、精神アップロードまで解けてしまっては元も子もないだろう。


 次に考えられるのは、この仮想世界で協力者を見つけて、その人に警察に通報してもらうことだ。ここはオール・ユー・キャン・暴徒というオンラインゲームの世界の中だから、ゲームで遊んでいるプレイヤーを探せば必ず見つかるはずだ。実際、初日にコンビニ強盗に遭遇したこともある。


 そんなことを考えていると、遠くの方から洪水のようなサイレンの音が聞こえてきた。あんなに緊急車両に追われているのは、プレイヤーしかありえない。甲斐はそう思って、音を頼りに会いに行こうと考えたが、


「いや、待てよ……会ってどうする?」


 しかし、その考えはあっという間に消え失せてしまった。


 このまま、警察車両を追っていけば、プレイヤーに会える可能性は高いだろう。その人に向かって、「あなたはプレイヤーですか?」と挨拶するのも容易い。それで、その人が、「あっはい、そうです」と答えたとしよう。それで、その後どうするのだ?


「実は私、現実世界で殺されまして……」とでも言うつもりか? そんなこと突然言われて、一体、誰が信じるだろうか。冗談を言ってるか、新手のPKとでも思われて、殺されるのが落ちだろう。


 いきなり追いかけていって事情を話したところで、誰もまともに話を聞いちゃくれないはずだ。まずはもっと落ち着いた状態で知り合って、信頼を得てからじゃないと、こちらの話に耳を傾けてはくれないだろう。


 しかし、そんな悠長なことをやっていられる時間はあるのだろうか……?


「ねえ、りあむ? 便利屋の仕事なんだけどさ? マルチプレイ……じゃなくて……他の人と協力するような依頼ってのはあるのかな?」

「誰かと共闘したいの? 大きな仕事なら普通に共闘もあるでしょうけど、お兄ちゃん程度の駆け出しじゃ、そんな依頼来るわけないよ」


 つまり、プレイヤーランクが足りないと言うことか。


「……信用を得るにはどうすればいい?」

「それはもちろん、小さな仕事をコツコツこなすことだよね」

「それしかないかあ……」


 この世界に入り込んでから、これまでに数回依頼をクリアしてきてはいるが、共闘クエストが受けられるようになるまで、あとどのくらい依頼を請け負う必要があるのだろうか……正直、そんな時間を掛けてられるかわからないが、ただ手をこまねいていても仕方がない。


「わかった。それじゃ簡単な依頼からどんどん受けてくれないか。質より量でお願いします。掛け持ちできればなお良い」

「どうしちゃったの、お兄ちゃん。やけにやる気だねえ?」

「ちょっとね。背に腹は変えられないんだよ」


 妹は首を捻っていたが、特に怪しむこと無く引き受けてくれた。甲斐は早速とばかりに、妹に紹介された仕事を受けに家を出た。


 そうして最初に妹から回された仕事はゴミ収集の仕事であった。ゴミ収集車を運転して決められたコースを走り、途中にあるゴミコンテナからゴミ袋を回収して集積所まで持っていくと言う、そのまんまの仕事である。


 現実の便利屋にもありそうな仕事だったが、なんでゲームの中でまでこんな地味な作業をしなければならないのだ? ……とか思っていたら、案の定、回収したゴミの中に何かヤバいブツが紛れ込んでいたらしく、途中から警察に追われてのカーチェイスに変わっていた。


 どうにかこうにかパトカーを振り切って依頼主にブツを渡し、臨時収入をゲットして、休む間もなく次に受けたのはビルの清掃員のバイトだった。


 内容は妹に指定されたビルまで歩いていって、そこで待っていた先輩作業員なるNPCに制服を借りて公衆トイレで着替え(この時点でなんか怪しい)、裏口からカードキーを使って内部に侵入し、ゴミ収集のカートを押しながら各階を回る。


 ゴミ箱を見つけたらカートにぶちまけるだけの簡単な仕事で、おまけに社員が気を利かせて持ってきてくれるから、特に何も考えること無くぼけーっと作業を続けていたら、途中でおかしな社員が近づいてきて、拾ったというメモリースティックを届けてくれと頼まれたので、指定された部屋まで行くと、何故か妹から電話が掛かってきた。


 そして妹に言われるままにメモリースティックをパソコンに差したら、暫くして社内が慌ただしくなり、あちこちで社員が怒鳴り合ってる中で、いつの間にか居なくなっていたあの社員がどこにいるか聞かれたので、さあ? とだけ答えてビルを出た。一体、自分は何をやらされたのだろうか……


 お疲れ様と労いの言葉をかけてくる妹に、聞いてないぞと愚痴を垂れつつ、続いて車両盗難の依頼を受ける。前回と違って今回はディーラーに直接出向き、高級車に試乗してそのままバックレるという内容である。


 やりたい放題だな……と思っていたら、流石に高級車のディーラーだけあってドレスチェックがあったらしく、入店拒否されてしまった。仕方ないので近所のテーラーでスーツを仕立てて、着替えて行ったら今度はオーケーだったが、果たしてさっき来たばかりの客の顔を覚えてないのはゲームだからなのだろうか……?


 来店理由を適当にでっち上げ、店員に一通りの説明を受けてから、おもむろに妹に指定された車に乗りたいと切り出し、渋る店員にじゃあ要らねえよと強気に駆け引きしたりして、なんとか目的の車に乗り込む。


 助手席にその店員が当然のように乗ってきたが、まあ仕方ないかと文句を言わずにそのまま発進し、信号を4つほど越えたところで車を止めて蹴り落とした。バックミラーで地団駄を踏んでいる店員が小さくなってくると、どこからともなくパトカーのサイレンの音が響いてきて、またカーチェイスの始まりである。


 いつも通りに妹のナビに従ってグングン進んでいると、なんだか見覚えのあるビルばかり通り過ぎるなと思っていたら、初日に通った逃走経路そのままで、また橋脚ジャンプをさせられた。


 もっと逃走経路のバリエーションを増やして欲しいと抗議しつつ、車を転がし湾岸線に上がると、東京湾の大きな人工島が見えてきた。中央には今日も『(コフィン)』の居丈高に聳え立つ姿が見える。いい天気だ。


 その後、前回同様自動車工場に車を納品し、電車に乗って帰宅する。料理のできない妹に任せると毎日ピザになってしまうから、途中デパ地下に寄って食材を買い込む。こうして金さえ払えば何でも揃うが、ところでこの世界には東京しか存在しないのに、これらの食材はどうやって流通してるのだろうか。因みに今夜はすき焼きである。


 翌朝……前日と同じく、妹に簡単な仕事を紹介してもらい数をこなして帰宅し、そしてまた翌日、同じことを繰り返し……そうやって数日間が経過した。


 その間、毎晩、今夜こそ消えるんじゃないかと怯えながら、毎晩、可愛く甘えてくる妹を抱いたりなんかして、もうこのまま消えてもいいんじゃないかと、本末転倒なことを考え始めた時だった。


「送迎ドライバー?」

「うん。いつも仕事をくれてる親分さんが、最近のお兄ちゃんの働きを買ってくれて、やってみないかって。共闘、やりたかったんでしょう?」


 妹が言うには、この東京では3つの組がしのぎを削っているらしく、そのうちの一つが高井組と言うらしい。甲斐たちはその親分と懇意にしているそうだが、まあ建前だけで、他の組織から依頼がくればそっちも受けられるのが便利屋の気楽なところである。


 今回、その高井組長が最近幅を利かせてきた新興の半グレ組織を叩き潰すため、殺し屋を雇って襲撃をかけるそうなのだが、そのドライバーをやってくれないかとのことだった。殺しって……


「お兄ちゃんは襲撃班を目的地まで運んだ後、別行動で、予め逃走経路に用意してある車で待機、戻ってきた襲撃班を追っ手から逃がしてあげるのがお仕事だよ。直接、手は下さなくていいって」

「行きはよいよい帰りは怖いって奴だな」

「お兄ちゃん、得意でしょう? いつも警察車両から逃げてるから」

「まあね」


 そんな風に軽く返事はしたが、殺しの加担である。いくらゲームの中とは言え、あまり気乗りはしなかったが……本物のプレイヤーと接触するチャンスであるのは間違いない。今回は無理でも、これから度々仕事を貰えれば、いつか条件のいい人に巡り合える可能性もあるだろう。


 そんなわけで、妹の提案を受諾し、その日はいつもの簡単な仕事は全部ブッチして渋谷へ急いだ。高井組の事務所は渋谷にあるらしく、ハチ公前で待ち合わせしようとのことだった。


 渋谷に到着し、地下街の幅広い階段を上がると、すぐ右手に小さな広場が見えてくる。ハチ公はその真ん中に行儀よく佇み、今日もじっと山手線の出口を見つめていた。ひっきりなしに続いているクラクションとエンジン音が途切れ、信号が青に変わると、スクランブル交差点は人混みにまみれカオスとなった。


 みんなそれぞれ好き勝手な方向に行くのだが、誰一人として立ち止まる者が居ないのは、田舎者からすると相当気味が悪いらしい。因みに甲斐もその一人だった。明らかにアウェイと言うか、場違いだなと思いつつ、そんな有名な交差点の前でヤクザと待ち合わせをしている自分を思うと、なんとも微妙な気分になった。


 現実世界では、そのヤクザみたいな連中に殺されたかも知れないと言うのに、そのヤクザみたいな連中と一緒に自分はこれから誰かを殺しに行くのだ。まったくわけがわからない……


 そんなことを考えている時だった。


「あははははははは!!!」


 突然、どこからともなく哄笑が聞こえてきて、


「きゃあああーーーーっっっ!!!」


 という叫び声と共に、スクランブル交差点を渡っていた人々の列が奇妙に崩れた。それはもともとカオスであったが、もっとカオスになったというか、ブラウン管テレビに磁石を近づけたかのように、ぐんにゃりと曲がってて気持ちが悪い。明らかに、その真ん中で何らかの力が働いているようだった。


 どうしたんだろう? と思って身を乗り出すと、今度はパパパパパンっと、乾いた銃声が聞こえてきて、甲斐は思わず目をひん剥いた。聞いただけで銃声だと分かるようになってしまった自分にも驚いていたが、その音を発している者が明らかに常軌を逸していたからだ。


 スクランブル交差点の中央を見れば、人の身長ほどもある巨大な機関銃を乱射している男が見える。球形の銃座の中に椅子をくくりつけたような、いわゆるボールターレットと呼ばれる武装で、レールに固定された銃をシャーっと音を立てながら360°ぐるぐる回し、無差別に逃げ惑う人々を殺しているのだ。


 なんだこれは? 何かのイベントか? もしかして、待ち合わせというのはイベントトリガーか何かだったのか? と思いもしたが、


「ぎゃははははは! 初心者のみなさーん! オール・ユー・キャン・暴徒の世界へようこそ! 楽しい楽しい殺戮の時間ですよー!」


 などと叫んでいる言葉を聞いて、認識が変わった。


 今日まで幾度となく妹にはこの世界がゲームであると話していたが、彼女はそれを信じることは決して無かった。こんなにメチャクチャなことが起きていると言うのに、なんならステータス画面を経由して、手品みたいに早着替えをしたり、道具を出し入れして見せたと言うのに。NPCには、この世界を現実としてしか捉えられないのだ。


 ならば、この世界がVRゲームだと知っているあの男はプレイヤーで間違いないだろう。


 やっと、念願かなって、生身の人間と接触できたのだ!


 ただ問題は、その言動からして彼は初心者狩りと呼ばれるチーターであることだった。仮に彼がプレイヤーだとして、あんなやつとまともに会話が成立するだろうか? 寧ろ、自分も初心者として問答無用で狩られてしまう可能性の方が高いだろう。甲斐はそう判断すると、多少後ろ髪を惹かれる思いはしたが、見つかる前にさっさとずらかることに決めた。


 ハチ公像に背を向けて、逃げ惑うNPCの群衆に紛れて、渋谷駅の入り口方面へ、途中、二手に別れた人の波に乗って地下街へ向かおうと振り返る。すると、


「おっと、ダメだよーん? 僕ちゃんから逃げようったって、そんなのは100万年早いよ、ちみぃ~」


 地下街に続く階段の前に、なんとあの初心者狩りの男が先回りしていた。たった今まで、交差点のど真ん中に居たくせに。あのでかくて重そうな丸いターレットごと、いつの間にか駅前まで移動していたのだ。


「うわっっ!!」


 甲斐は驚きのあまり腰砕けになると、膝がガクンと折れて前のめりに倒れてしまい、そのまま前転受け身の要領で男の脇をすり抜け、地下街の階段から転げ落ちていった。


 その直後、たった今まで甲斐が立っていた場所目掛けてパパパパパン! っと機関銃の弾がばらまかれ、広場に背を向けて駅に飛び込もうとしていた人群れから血しぶきが舞い上がった。


「きゃああーーっっ!!」


 人々の断末魔をBGMに甲斐はゴロゴロと階段を転げ落ち、途中の踊り場でようやく体の自由を取り戻すと、怪我の有無を確かめる暇も惜しんで即座に立ち上がり、残りの階段をひとっ飛びするように駆け下りていった。


 地下に逃げ込んでしまえばこっちのものだ。殺戮が目的のあの男が追いかけてくることはない。そう思ったのだが、


「魔王からは逃げられない……なんつってなー!」


 甲斐が地下街に着地した瞬間だった。何故か真横の方から人を小馬鹿にしたような声が聞こえてきて、振り向けばそこにあの男が立っていた。機関銃の銃口をこちらに向けて。


 何故? どうして?


 頭の中は疑問符でいっぱいだった。確かに自分は彼の横をすり抜け、階段を転げ落ちて振り切ったはずだ……なのに、どうして自分よりも先に、あの男が地下街にいたのだ? ターレットごと瞬間移動でもしたのだろうか?


 そう、その通りだ。相手は初心者狩りなんて陰湿なプレイに血道を上げるチーターだ。ズルを前提としたプレイをしているんだから、これくらいのことは当然やってくるに決まっているだろう。


「きったね……」


 甲斐は唇の端っこを引き攣らせながら後じさりした。そんな彼の追い詰められた表情を、チーターはニヤニヤしながら見つめている。そして次の瞬間、


 パパパパパン!


 っと乾いた銃声が地下街に鳴り響いて、甲斐はダンスを踊るかのように、小刻みにステップを刻みながら後方に吹き飛び、壁に激突して床に崩れ落ちた。体から大量の血液が溢れ出し、壁や床を赤く染めていく。そんな無慈悲な殺戮の瞬間を、たまたま地下街で買い物をしていた客たちが目撃し、息を呑んでいた。


「お兄ちゃん……お兄ちゃん……いやああーーっ!!!」


 ナビのために入れっぱなしていたイヤホンからは、妹の悲鳴が漏れてくる。甲斐はそんな妹に返事することが出来ずに……


 ただ、唖然と……


 自分の死体を、


 俯瞰視点から、


 じっと見下ろしているのだった。


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