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虫の知らせ:マイア②―3

 翌日も早朝に目が覚めた。誰にも起こしてもらってもいないのに、こんな早い時間に自然に目が覚めるのは不思議な感覚だった。それも2日続けて。こんなことは入院中の規則正しい生活の間も無かったことなのに、よっぽど昨日のことが気になっていたのだろうか?


 なんだか虫の知らせみたいだな……などと思いつつリビングへ下りていくと、丁度、三田が出勤してきたところだった。朝食の支度もお願いしているから、元々彼女が家に来るのは早いのだが、それにしたって今日は早すぎると思っていると、


「ちょっとお父様のことが気になりまして……昨日もお帰りにならなかったんですね」


 冷蔵庫の中身を見ながらそんなことを口走っている。彼女の退勤時間は夕方だから、父が帰宅してるかどうかなんて分かるはずがないのに、今日に限ってマイアと同じ理由で目が覚めてしまったのは、本当に虫の知らせってやつなのだろうか……シャレにならないからやめて欲しい。


 その後、2日連続夕飯の残りでは飽きるだろうからと言う三田に、追加でおかずを一品作ってもらって、二人で食卓を片付けてからお茶をすすりつつ、本当に父はどうしちゃったんだろうね? と駄弁っていると、リビングの電話が鳴った。


 この時代、家に電話がかかってくること自体が非常に珍しいことなので、一体、何事か? と戸惑いつつ電話に出れば、それは父の秘書をやっている男で、


「朝早くから申し訳ございません。社長はご在宅でしょうか?」


 彼が言うには、父は2日続けて無断欠勤しているらしい。もちろん、自分の会社なのだから無断欠勤するのは全然構わないのだが、そろそろ決裁が必要な書類が溜まってきているので、出来れば出社してほしいとのことだった。


 まるで寝耳に水の言葉に驚き、何から話せば良いのか、つっかえつっかえ父が2日続けて帰宅していないことを告げると、向こうも異常を察したようで、すぐに社員や関係各所に当たってみるから、そっちも心当たりに聞いてほしいと言われ、電話を切る。


 不安そうにこちらを見ている三田に電話の内容を伝え、父の部屋に行って緊急時のためのアドレス帳を持ってきてもらい、会社の人だけでは手が回らなそうな相手に、思いつく限り電話をする。


 そしてついに父が見つからないまま、アメリカの親戚のところに電話をかけている最中、今度は珍しくインターフォンが鳴った。


 かつての誘拐事件の記憶があるため、アポ無しの面会者がこの家に来ることはまずない。宅配業者には別の場所に運んでもらっているので配達もない。


 それでも来るようなのは、何も知らないモグリの営業くらいしかありえないので、丁重にお帰り願うこと前提に三田が応対に出て、マイアはその横でモニター越しに相手の顔を拝もうとしていたのだが……そこに映っていたのは意外にも、誰もが知ってるある特徴的な制服を着た人物だった。


 警察官である。彼らはこれまた特徴的な手帳をカメラに見せつけながら、


「あ、鷹司さん? それともロックスミスさんって言ったほういいですか? えー、突然、すみません。こちら警視庁のものなのですが、少々お話よろしいでしょうか?」


**************************


 警察が家にやってくること自体が、一般人にはかなりのプレッシャーである。それが玄関先ではなく、出来れば家の中でゆっくり話を聞きたいと、ほぼ問答無用に押し通されては、正直生きた心地がしなかった。


 何も悪いことはしていないのに……いや、持って回った言い方はやめよう。父のことがあるから、嫌な予感しかしないのだ。


 マイアの代わりに応対に出た三田は、そわそわして落ち着かないマイアと3人の警察官を応接室に残し、飲み物を取りにキッチンへ走っていった。警察官は二人は制服、一人は私服で、気を利かせているつもりか、彼らは三田が帰ってくるまで本題には入らず、世間話をしたりしてマイアの緊張を解そうとしていたが、それは無駄に終わった。


 三田が全員分のお茶を出して、マイアの背後にお盆を持って直立すると、私服の男がおもむろに口を開いた。


「あー……マイアさん、でよろしいでしょうか? ジョージ・ロックスミスさんの娘さんの」

「は、はい」

「今日は、お父様はご在宅でしょうか?」

「い、いえ」


 まさか、知らずにここに来たのだろうか? そんなはずはない。警察が来たのは、父に何かがあったからに違いない。どうしてこんな遠回しに聞こうとするのだろうか? まるで尋問されてるようだ……


 いや、実際そうなのだろう。そんなことを考えていると、刑事は続けた。


「えー、それではお父様がどこにいらっしゃるか、あなたはご存知ですか?」

「いいえ……あの、今朝、父の会社から電話があって、無断欠勤しているらしく、その父を探しているところだったんですけど……父に何かあったんでしょうか?」

「あー、そうでしたかあ。会社の方にも、今別の警官が伺ってると思います」

「はあ……そうなんですか?」

「ええ、失礼ですが、マイアさん。昨日、あなたは何をしていましたか? どちらにいらしていました?」

「昨日……ですか? 一日中、家に居て、勉強していましたけど……」

「それを証明出来る人は?」

「こちらの三田さんくらいですけど……」


 背後に立っていた三田がコクリと頷く。それを見て刑事も頷く。まるで最初から分かっていたみたいだ。


「そうですかあ……」


 何だかやたらと歯切れが悪い。何をそんなに言い淀んでいるのかはわからないが、こちらからもう少し強く聞いた方がいいのではないか? そう、マイアが勇気を出して尋ねようとしていると、彼は先手を打つように、


「あー……いいですか、マイアさん。落ち着いて聞いて欲しいのですが……」

「はあ」

「実は、あなたのお父様らしき人物の遺体が、先程発見されまして……」

「はあ……はい?」


 一瞬、何を言われているのかわからなかったマイアは気の抜けた返事をしかけたが、すぐにその意味が恐れていた以上のことだったと理解し、突然、心臓が跳ね上がるような強いショックに見舞われた。


 心臓がバクバク鳴り出して、一歩も動いてもないのに、まるで全力疾走した後であるかのように息切れがして目眩がする。グラッと重力に負けそうになって、眼の前の応接机に手をつこうとしたが、焦点が合わなくて、彼女はガチャンとティーカップを倒しながら、そのまま机に突っ伏した。


 慌てて三田が駆け寄り、彼女のことを抱き起こす。


「大丈夫ですか、マイアさん!? 刑事さん! この方は心臓の手術をしたばかりで、こういう話をいきなりするのはやめてください!」


 三田が睨めつけるように冷淡な口調で言うと、警察官たちはたちまち降参するかのように両手を挙げつつ、言い訳がましく、


「ええ、そのことについては、もちろんこちらも承知していて、だから出来るだけ刺激しないように聞いたつもりだったのですが……申し訳ない。どうしても必要なことですから……」

「ちょ、ちょっと待ってください……おまわりさん。お父さんが死んだって……本当なんですか?」


 マイアは三田を押しのけるようにして刑事に尋ねた。彼は三田の顔をちらりと見てから、自分の手帳に書いてあることを確認するように開いて、


「はい。本日明け方頃、犬の散歩中の老人が遺体を発見し通報、その後現場に駆けつけた鑑識によって死亡が確認されました。遺留物から、遺体はジョージ・ロックスミスさんであると推定され、こうしてご家族に確認してもらおうとやってきた次第で……」

「うそ……でしょう……?」


 マイアは呆然と応接室の椅子に腰を埋める。刑事はそんな彼女に淡々と機械的に、


「驚かせてしまって大変申し訳ありませんでした。後で署までご足労願いたいのですが……その前に二三質問してもよろしいでしょうか。マイアさんから見て、最近のお父様のご様子に何か変化があったりしませんでしたか? 例えば、脅迫を受けてるとか、はっきりとは分からなくても、普段とは違った何かを感じたとか」

「……いえ……全然。私は本当に数日前に退院したばかりでしたから……」

「そうでしたか。お手伝いさんの方も? 何か気づいたことは?」


 三田は黙って首を振っている。実際、ここ数日の父に変わったところなど何もなかった。変わったことがあるとしたら、マイアの夢のことくらいだが、そんなことを警察に言っても仕方ないだろう。


 そんなことよりも、父が死んだのはどういう状況でなのだろうか? 散歩中の老人に発見されたということは、室内ではなく屋外、それも路上にいたということか? なら、なんらかの事故に巻き込まれたということだろうか? それとも、事件に?


 混乱しながらもマイアが詳しいことを尋ねようとすると、その機先を制するように、刑事が質問を続けた。


「マイアさんはつい先日まで病院に入院していたんですよね? 難しい手術だったんですか?」

「え? はい。とても……」

「心臓の移植手術ですよね? 難しいだけじゃなくて、中々受けることも出来ないって話ですよね。ええと、ドナー? が見つからないから」

「ええ、そう聞いてます……」

「マイアさんが手術を受けられたってことは、その、ドナーが見つかったと言うことですか? そんなに、簡単に見つかるものなのですか?」

「いいえ、ですから、最初は全然見つからなくて、病気もどんどん進行していっちゃって、もう死ぬしか無いってギリギリまで追い込まれたところで、運良く見つかって……」

「それは幸運でしたね。どうやって手に入れたんです?」


 マイアは、なんでこんな矢継ぎ早に聞かれるんだろうと面食らいつつ、


「私は詳しいことは……近衛さんて方が、あちこちに手を尽くして見つけてきてくださったんです。彼とは家族ぐるみの付き合いで……」

「それだけですか?」


 刑事は少し食い気味に聞いてくる。なんだか雲行きが怪しくなってきたような気がしながら、


「それだけじゃなくて、えーと、信じられないのですが、私の婚約者です」

「ふーむ……あなたは近衛さんとの婚約が不服だったんですか?」

「とんでもない! 寧ろ、近衛さんの方が、私なんかでいいのかなって思ってたくらいで……あの、おまわりさん? なんでそんなこと聞くんですか?」


 刑事はその問いには答えず、手帳になにか書き込みながら続けた。


「家族ぐるみの付き合いがあったそうですが、婚約者の近衛さんとお父様との関係は良好でしたか?」

「……昔、父が会社を立ち上げる時に、近衛さんのご実家が出資してくださったのだと聞いています。それ以来の付き合いだと」

「失礼ですが、お父様は外国人ですよね? 近衛家とはどうやって知り合ったんですか?」

「それは……あの、おまわりさんは知ってるんじゃないですか?」

「一応、お尋ねします」


 警察の口調は有無を言わさない。マイアは何だか嫌な気分になり、背後の三田を振り返った。彼女も同じように眉をひそめている。スーパー家政婦の彼女が嫌悪感を隠さないくらい、その質問は不快なものだったが……


「はあ……元々、近衛家と知り合いだったのは、母の方です。私の母と、近衛家が親戚だったもので、それで」

「ご両親は何年も前に離婚なされているようですが、それでも近衛家とお父様との友情は続いたんですか。お母様は嫌がったんじゃありませんか?」

「それは……私にはわかりません」

「失礼ですが、マイアさんのお母さんと言えば、大変ご優秀な方ですよね? 鷹司イオナ博士。アップロード理論の」

「そう……ですけど……」

「あなたと近衛さんが結婚することによって、ゆくゆくはその成果を近衛家が継承することになりますよね? 投資家として、それを狙っていたということは?」


 警察の質問はもう、父の死とは殆ど関係ないところにまで及んでいる。流石にここまでくると警察が近衛を疑っていて、根掘り葉掘り聞いているのは間違いないだろう。


 しかし、マイアにはよくわからなかった。一体、近衛の何を疑うというのだろうか? そもそも、父はどうして死んだのか。仮に殺人だったとして、その犯人が近衛であると警察は疑っているのだろうか?


 マイアは、流石にそれはないだろうと思い、


「あの、おまわりさん。これは事情聴取なんですか? それならそうとおっしゃってくだされば、いくらでもご協力しますが……でももし近衛さんを疑っているのであれば、多分、勘違いだと思いますよ? 何を疑っているのか分かりませんが、父と近衛さんは仲良しでしたし、彼は悪い人じゃありませんから。私が証明します。なんなら、ここにお呼びしましょうか? 私が頼めば、すぐに来てくれると思いますよ?」


 マイアがじっと目を見ながら落ち着いた口調でそう言うと、刑事は暫くの間黙ってその目の奥を見つめていたが……やがて何かに納得するかのように、パタンと手帳を閉じると、仲間の警察官の方に振り返って、確認するようにお互いに頷き合ってから、またマイアの方へ向き直って、


「近衛さんでしたら、既に任意同行という形で、警視庁の方へいらしてもらっています」

「え!? そうなんですか?」


 彼は悪い人じゃないと請け合ったばかりなのに、その近衛が既に捕まっているとは思わず、マイアは情けない声をあげてしまった。とは言え、警察も彼を悪人として断罪しようとしているわけではないらしく、


「近衛さんが、どのような手段でマイアさんの心臓を見つけてきたのか、実はそれが問題になってるんですよ」

「どういうことですか?」

「彼はあなたを助けるために、かなり無茶をしていたようで……どうも、国際手配もされている違法な臓器売買シンジケートに依頼した形跡があるんです」

「そんな……」


 と驚きはしたものの、マイアも薄々そんな可能性もあるのではないかと疑っていた。こうしてそれが事実だと分かった今、そのことを糾弾すべきなのか、それともそこまでして手に入れてくれたことを、やはり感謝すべきなのか、彼女にはわからなかった。


 ただ、今気にすべきはそんなことではなく、


「尤も、あちらもプロですからね。ちゃんと約束通り金を払えば後腐れはなく、脅迫を受けたりとかそういうことは無いはずなんですけど……どうも、それを知ったあなたのお父様が、何故か組織のことを調べようとしていたらしくて」

「父が……?」


 何故、父がそんな危ない橋を渡ろうとしたのかは分からない。ただ、そのせいで彼は取り返しのつかない事態を招いてしまったのは確かのようだった。


「ええ、組織を調べていたお父様は、不用意にそれに近づきすぎたみたいで……どうも末端の構成員あたりに見つかって拉致された挙げ句……殺されたようなのです」


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