英雄エストラ
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ハリアーII攻撃機はゆっくりと降下し、洞窟前の空き地に着陸をする。
「あなたが、Mr. フユトミね。 待たせちゃった?」
パイロットはエンジンを停止させ、操縦席のキャノピーを跳ね上げてから声をかけてくる。
ヘルメットを脱ぎ、軽やかに機体から地上に降りると俺に歩み寄る。 若い女性だ。
短めのブロンドに青い目、スリムな身体に人懐っこい笑顔がよく似合う美人だ。
「あなたの本名は、Mr. ツカサ フユトミ。 日本人。 生前は陸上自衛隊の少佐で、富津駐屯地第8対戦車ヘリコプター隊所属。 そこでアパッチ・ロングボウ AH-64Dのパイロットをしていた。 合ってるよね?」
彼女は握手をするために、俺に手を差し出した。
「私は、エスター・トラジェット。 英国人。 前の世界で死んだ時は、イギリス海軍 艦隊航空隊 第804海軍飛行隊所属の少佐。 インヴィンシブル級 航空母艦の所属だった」
俺は、差し出された手を握り握手をする。
彼女の手は細い、が力強く握りかえされた。
「私も転移者って訳なの。 但し、ここはあなたの居た時代より700年ほど前だけどね。 よろしく。 後継者さん」
今居るこの場所は、俺がユマ達と過ごしている世界の700年前だって言うのか?
「あなたは、英雄エストラなのか?」
「英雄なんて、そんな大したもんじゃない。 でも、エストラって呼ばれているのは確か。
この世界の仲間たちが私につけた愛称よ。 エスター・トラジェットだからエストラなんだって。 面白い略し方でしょ?」
「いろいろと聞きたいことはあるが…まず状況を説明してもらえないか?」
「混乱させてごめんなさい。 あなたをここに呼んだのは私なの。 説明するわ」
「私はヘルド王、キメリウスを倒しに行くところ。 ツカサをここに呼んだ理由は、私の能力を引き継いで欲しいから」
彼女はにっこり笑った。
「多分、 私はこの戦いで命を落とす。 それは分かってる。 でも、もしそうなら、私は同じ目的で戦っている人に能力を引き継ぎたい。 私の遺志を継いでもらいたい。 そのようにデウス・エクス・マキナに願ったの」
デウス・エクス・マキナは、俺をこの世界に転移させた神の名前だ。 話から察すると彼女もこの神に転移させられたのだろう。
「願いは叶えられて、あなたはここに連れてこられた。 良かったわ。 あの神様、面倒くさがりだから、放って置かれるかと思ってた」
どこからどこまでが、神の仕組んだ事だったんだろう。
「確かに、俺はヘルド王を始末しなければいけない。 遺志を継ぐとは、その事を言っているのか」
「そう。 あいつは、この時代でも核を撃とうとしてる。 放っておけば明日にでも撃つかもしれない。 今から止めにいくところ。 でも私は完全には成功しないようね。 残念だわ」
俺は何と言って慰めようか迷った。 彼女は自分の命をかけてヘルド王を阻止しようとしている。
伝説によると、それは部分的には成功する。 しかし彼女の命は失われるのだ。
彼女は既に吹っ切れているのだろう。 淡々と話し続けた。
「でも、いいの。 私がこの世界で愛する人たちを救えるのだし。 そして少なくとも、700年の間は奴の召喚能力の妨害も出来る」
彼女は俺の目を射すくめるようにじっと見た。
「あなたは、…自分の愛する人を救いたいのよね?」
俺は、…俺は …そうだ。 それが俺の存在意義だ。
「そのとおりだ」
「ならば、私の持っている力を引き継いで。 自分の時代に戻った時に使えるようになる」
「俺はもう、兵器の召喚能力は持っているが」
「知ってる。 こっち来て。 そばによって」
俺は彼女に引き寄せられた。
彼女は呟く。
「兵器セットの移行条件を満たさないと…、移行元の術者は移行対象者の名前を念じながら、肉体的接触を少なくとも30分の間、維持すること。 しかし、非常時で時間の確保が難しい場合、代替手段として…」
彼女は、そのまま俺に抱きついた。 そして顔を近づけ、俺の唇を吸いキスをする。
着痩せするタイプなのだろう、押し付けられた肉体は俺が思っていたより豊満だ。
俺はめまいがした。 いや。 抱き心地ちが良い彼女の身体のせいじゃない。
視界に突然文字が表示される。
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召喚士エスター・トラジェットより、ステータスの強制書き換えリクエストが発生。
召喚士 冬富 司の兵器セット、並びにアビリティを更新する。
アビリティ:”複数同時召喚”を取得。
これにより同一カテゴリー兵器の複数召喚が可能。 最大数は術者のレベルに依存。
特性:”デウス・エクス・マキナの加護”を取得。
これにより兵器召喚の際のクールタイムが減少。 短縮時間は術者のレベルに依存。
兵器及び兵器カテゴリーを以下のとおり追加。
<<航空機カテゴリー>>
ハリアー GR.9 攻撃機を追加
C-130 ハーキュリーズ輸送機を追加
<<銃器・弾薬カテゴリー>>
バレットM82対物狙撃銃を追加
<<艦艇カテゴリー>>
==>召喚者の国籍(日本)による変更が発生。
アーレイバーク級ミサイル駆逐艦の追加要請はキャンセルされた。
次の艦艇に修正しオーバーライドする。
こんごう型護衛艦”こんごう”を追加。
及び上記に連動する兵器システム、パトリオットPAC-3を追加
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これはなんだ? 俺は彼女から離れ、酷い目眩が収まるのを待つ。
「大丈夫?」とエストラは心配そうに俺に声をかけてくる。
10秒ほどで、目眩は収まった。
「これは、一体?」 俺の問に彼女は答える。
「私の兵器類とアビリティの中から、移行可能なものをあなたに移したの。 私が死ねば、あなたが使えるようになる。 元の時代に戻れば使えるわ」
彼女は軽く、俺にまたキスをした。 「うまく使ってヘルド王を止めて」
「ありがとう。 これで敵に一泡吹かせることが出来そうだ」
「あなたに会えてよかったわ。 美男子さん。 ごめんなさい。 そろそろ行かないと。 仲間が待ってる」
彼女はハリアー攻撃機に向かって走り、乗り込む前に振り返る。
「私、この世界に来れて良かったと思ってるの。 感謝している。 本当に愛する仲間たちを見つけられたし、一緒に過ごせた。 ツカサ、あなたもお幸せにね。 あなたの大切な人を守ってあげて」
ハリアーは、ジェットエンジンの甲高い音を響かせながら青空の中、上昇していく。
エストラはヘルド王との戦いで、彼女の持つユニークアビリティ”願い”でヘルド王の召喚能力を封じ込める。
”願い”の発動コストは術者の命だ。 俺は後でそのことを知った。
◆
元来た洞窟に入り、行き止まりまで進み、また入り口まで折り返した。
この洞窟はタイム・トンネルだ。 往復すると700年前の過去と現在が接続される。
今のところ俺だけが使用可能のようだ。 デウス・エクス・マキナのしわざなんだろう。
あのしつこい魔族のエレシュキガルは、まだ出口を見張っているかもしれない。
シルフィードが心配だ。 俺の脱出を心配して、まだ周辺を飛んでいる可能性がある…と思うのは思い上がりだろうか?
もう出口が近い。 俺は脳内でシルフィードを呼ぶ。
『シルフィード聞こえるか?』
『聞こえるわよ! ツカサ、大丈夫?』
『大丈夫だ。 エストラにも会えた。 目的は果たした』
『エレシュキガルは、まだ出口にいると思う。 待ってて。 すぐ戻る』
『…いや。 急がなくていい。 多分、来る前に終る』
出口には、先ほど俺を閉じ込めた光の壁は無い。 俺は外に出た。
東の空が明るくなり始めている。
エレシュキガルは、やはり居た。
洞窟前にある空き地の向こうで、ボケーとしゃがんで待っている。
こちらに気がつくと慌てて立ち上がり、膝のホコリを払う。
「ツカサちゃーん。 待ちくたびれたわよ。 死ぬ準備できたあ?」
「悪いな。 できていない」
死ぬのはお前だからな。




