調査
◆
俺は英雄エストラが剣士カミュに世界を託したと言われる、アケルの森の調査をする事に決めた。
時間は深夜を選ぶ。
今回は領地の奪回が目的ではない。 少人数で行動し、調査が済めば素早く撤退するのが原則だ。
出来れば敵に気が付かれたくないところだが、戦闘の覚悟はしておくべきだろう。
シルフィードだけを連れて行く。
ユマの絶対魔法防御の能力を考えれば、純粋に戦略的に考えるのならば、彼女を一緒に連れて行くべきだと思う。 しかし俺は嫌だった。
アケルの森のそばにあるバドレアの街は、今となっては王国の中央部で唯一ヘルドが制圧している拠点だ。
エレシュキガルが居る可能性が高い。前回の戦いで、奴は俺の心を読んでユマを殺そうとした。
彼女を連れて行くのは危険過ぎる。
「ツカサ。 私も一緒に行きます。 今回は危険なのでしょう? 私は回復もできるし魔法防御も…」
「駄目だ」
「嫌です。 一緒にいきます。 もう離れたところでツカサの心配してるのは嫌です」
ユマは人質になって離れていた時に余程怖かったのだろう。 俺と離れるのを極度に嫌がる。
「前回の戦いで、エレシュキガルは君を殺そうとした。 今回の目的地には奴がいる可能性は高い。 一緒に居るところを見つかれば、君から殺そうとするだろう。 危険過ぎる」
ユマが聞きたがっている言葉とは違うだろう。 だが俺は、事実だけを端的に伝えた。 恐らくこれが俺の欠点だ。
「君が居ると俺は全力で戦えない。 分かって欲しい」
「…足手まといと言うことでしょうか。 ごめんなさい。 無理を言って迷惑をかけるつもりは無かったんです」
ユマは下を向く。
「私、ドラゴンになりたい。 そうすればシルフィードさんみたいにツカサと一緒に戦えるのに」
そこまで想ってくれるユマに、俺は動揺するが絶対に連れてはいけない。
涙混じりになったユマの顔に俺は気づかないフリをした。 確かに俺はフェミニスト失格だ。
◆
深夜になった。
シルフィードは竜に変身して夜空に舞い上がる。
俺はアパッチで、シルフィードと一緒にアケルの森を目指して飛ぶ。
魔族は当然、魔法が得意だ。 夜に飛んでいるからといって気が付かれない保証はない。
『ツカサ。 もうすぐ森の上空よ。 じゃあ打ち合わせ通り、私は魔力が集まっている場所を探すわ』
俺達は、森の中の目的の場所に何か目印があると推測していた。 目印は魔力を使った何かである可能性が高い。
『頼む。 俺も赤外線で疑わしい場所を探してみる』
二人で上空から手がかりを懸命に探す。
俺の視覚は、ヘルメット内の表示照準システムに浮かび上がる赤外線画像だ。
怪しそうなのは、ぽつりとある井戸のように見える穴。それと崖に開いた洞穴のようなものくらい。 井戸と洞窟の間は2kmほど離れている。
『シルフィード。 どんな具合だ?』
『井戸のようなものと、崖にある小さな洞窟に、ごく弱い魔力を感じるわ。 魔力を感じるのはその二つだけね』
『では、井戸から探そう』
俺は井戸の上空にヘリを飛ばす。
周りは森が深く、ヘリを降ろす場所が無い。
シルフィードが飛んでいるヘリの下に来て、乗り移れるように速度を合わせてくれた。 俺は彼女に飛び移る。
一緒に地上に降り、彼女は少女の姿に戻った。
目的の場所のすぐそばだ。
「ハズレみたいね」 シルフィードが呟く。
レンガを丸く組み合わせて造られた西洋式の井戸は、中を覗くと濁った水が底の方に溜まっている。
「恐らく魔法で水を汲み上げる仕掛けなんだと思う。 もう動かないけどその名残で魔力が少しだけ残ってる」
昔、近くに村落があったのだろう。 そこで使っていたと思われる何の変哲もない、ただの井戸。
「次の場所に行こう」
俺達は急いで、もうひとつ見つかった怪しい場所である、崖に開いた洞穴に飛んだ。
今度の場所では洞窟前で森が消え、岩や石混じりのむき出しの地面が広がっている。
そこには低い木がまばらに生えているが、ヘリをなんとか降ろす事が出来た。
俺は機体から外に出ると、警戒させる為にアパッチを単独で上昇させる。
シルフィードは地上に降りると、魔法の光で周囲を照らした。
俺は、少女姿の竜と一緒に洞窟に向かう。
◆
『テキ セッキン』
アパッチが警告する。 やはり来たか。
「シルフィード、敵だ」 伝えるのと同時に、俺はアパッチの視覚で敵を見る。
赤外線で浮かび上がる高速で迫る人型の影。 悪魔のような羽に女性らしい柔らかな身体のシルエット。 魔族だ。 エレシュキガルだろう。 もう間近だ。
『攻撃だ。攻撃しろ』
アパッチのチェーンガンが咆哮し、射撃を開始する。
「急ぐぞっ」 俺はシルフィードに声をかけ目的の洞穴に走った。
調査さえ済ませれば、エレシュキガルの相手をしてやる必要は無い。
突然、後方からゴンっと大きな音がする。
振り返った俺が見たものは、巨大な槍に貫かれ、コントロールを失った相棒―アパッチの姿だった。
機体を空に留めることが出来ず、ヘリは墜落を始める。
地面に叩きつけられた相棒は、瞬時に耐久限界を超え、光の粒と成って崩壊する。
愕然とする俺の前に、上空から艶めかしい女の声がする。
「ツカサちゃーん。 お久しぶり。 会いに来てくれるなんてうれしい!」
「しつこい女は嫌われるわよ!」
シルフィードが魔法シールドが発動。 青色の光が俺たちの周囲を囲み魔族への防壁と成る。
俺は87式自走高射機関砲を召喚する。 そして、エレシュキガルに言ってやる。
「お前の顔なんて見たくもない」
奴は、微笑みながら右腕を上げた。
「じゃあ、死になさい。 死んで私のものになりなさい」
実体化した87式が、巨大な車体に搭載した二門の90口径35mm対空機関砲での砲撃を開始する。
35mm機関砲弾の雨が、エレシュキガルの展開したシールドにぶち当たった。 奴のシールドが反応し着弾点が輝き出す。
砲弾はシールドに遮られ、奴の身体には達していない。
しかし一分で1,000発を超える連射は、奴をその場に釘付けにした。
「くっそぉー。 フユトミー。 そこに居ろ~。 待ってなさい。 すぐ殺してやる」
シールドの維持がキツイのだろう。 魔族の女は苦痛に顔を歪める。
「シルフィード。 今のうちだっ!」
俺達は目的の洞穴に駆け込んだ。 だが中に入れたのは俺だけだった。
一緒に入ったシルフィードは、穴の奥から爆発的に溢れ出た光に、外へ弾き飛ばされる。
俺の方は何とも無い。 光はシルフィードだけを外に弾き飛ばした。
彼女の元に駆け寄ろうとしたが、入り口が光の壁で塞がれている。
外に出られない。 閉じ込められたようだ。
『シルフィード。大丈夫か?』
『痛い~。でも大丈夫。 あんたは?』
『俺は大丈夫だ。 だが閉じ込められた。 シルフィードは逃げろ。 87式はそんなに保たない』
『でも、あんた…』
エレシュキガルが苦痛をこらえて、87式自走高射機関砲に魔法の槍を投げつけた。
87式は瞬時に光の粒と成って崩壊する。
『逃げろ! 今は戦闘でリスクを負う必要は無い。 俺は大丈夫だ。 多分、エレシュキガルもこの洞穴には入ってこれない。 この洞窟が俺達の目的地だ』
『分かった。 今は逃げる。 必ず後で迎えに来る! 死なないでよ。 絶対!』
シルフィードは竜に変身して空に舞い上がった。
エレシュキガルは、戦闘で消耗したのか、ぜーぜーと息をしながら、俺の居る洞穴に向かってくる。
俺は相手なぞしない。 洞窟の中を奥に進み始める。
「ちょっとー 何よこれ。 開けなさいよー フユトミー 逃げるなああ!」
やはり、入って来れないようだ。 俺は読みがあたってホッとした。
◆
調査用に持ってきたLEDライトを使いながら、俺は、洞窟の奥の方へと進んだ。
洞窟は緩やかに下の方へ傾斜している。
長い洞窟だ。 俺が通るには十分な高さだ。
空気は湿っぽく壁面には苔らしきものがびっしり生えている。
上から時々、しずくが落ちてくる。
300mほど進んだろうか。 俺は落胆した。 行き止まりだ。
洞窟は細くなりいくつかに分かれている。 分かれた小さな洞窟は人間が入り込める大きさではない。
何らかの仕掛けがあるのかと思ったが、どう見ても自然の洞窟だ。
ここは目的地ではないのだろうか? いや、そうだとしたら、あのシルフィードを跳ね飛ばした光は一体何なのだ。
来る途中で何か見落としたのだろうか? 俺は洞窟を元に戻り始めた。 今度は何も見逃さないように周囲に十分注意を払う。
何も無い。 もうすぐ入り口だ。 エレシュキガルはまだ居るのだろうか?
…いや、おかしい。 入り口付近が明るい。 人工の光や、魔法の光では無い。 明らかに自然光で太陽の光だ。 今は深夜の筈なのに。 俺は腕時計を見直す。
旧式の針が指している時間は深夜で間違い無い。
俺はゆっくり洞窟の入口に向かう。 エレシュキガルがいれば、今の俺では対抗出来ない。
…幸い奴の気配は無い。
洞窟の入口から入ってくる光は、どう見ても今が真っ昼間なのを示している。
俺を閉じ込めた光の壁も無い。 外に出た。
周囲を見回す。 太陽が高い。
それに暑い。 今は秋の終わりなのに。
この気温は、春か初夏だ。
頭上から爆音が聞こえる。 この音は久しぶりだ。 ジェットエンジンの作動音。
見ると、一機の軍用機が青空を背景に降下してくる。
垂直離離着陸機 ハリアーII 攻撃機だ。
ハリアーIIは滑走路を使うこと無く、エンジンの噴射方向を変えることによってヘリのように飛び立ち、降りることが出来る攻撃機だ。
ハリアーIIはゆっくりと降下し、洞窟の前の空き地に着陸をした。




