ヘルドの女
◆
俺達の隊は修道院を確保した。
リンダとシルフィードたちの戦況が気になり聞いてみる。
彼女らは大聖堂の制圧に向かった。そこは敵が兵舎の代わりに使っている。
『雑魚はあらかた排除したわ。今は残ったオーガと戦闘中、もうすぐ終わる』とシルフィードが、俺の頭のなかに直接答える。
『了解だ』
シルフィードがオーガに遅れをとる事はあるまい。
俺はロドルフに伝令を送るよう頼み、本隊から増員の兵を呼ぶ。
大聖堂と修道院を確保しながら、さらに先まで戦線を広げるためだ。
囚われていた市民たちと負傷者兵を後方に送り、必要な兵を残すと俺たちは大聖堂に向かった。
リンダとシルフィードが俺達を出迎える。
「ツカサ! 制圧完了。敵はほとんど倒したわ。10数名ほど逃がしたけど」 リンダが報告をする。
「修道院の方の制圧は完了して、囚われていた市民たちは開放した。そちらも負傷兵を後方に下げてくれ」
「リンダ!! 俺の活躍を見せたかったぜ」 とロドルフ。
全く無視するリンダ。
「いや凄かったんだぜ~。なあフユトミ! 俺、最高だったよな。なあ?」
悪いが俺は助けんぞ。女の気を惹くとか、そういうのは個人競技だからな。
「さあ、街の中央部の確保にいくぞ」
◆
現在までの戦果は次のとおりだ。
市門前の広場に集まっていた敵の大部隊は、シルフィードが蹴散らした。
アパッチが敵の本部であった商館をミサイルで潰し、兵たちは、街の主要拠点である修道院と大聖堂を確保している。
大勢は決したと考えて良いだろう。
残りは、市民の家や商店、ギルド街などのある中央部だ。
小規模な建物が多く、街の機能を維持させる為だろう、今も市民たちが働かされている。
巻き添えにせずに、ヘルド兵の掃討を行うのは難しそうだ。
アパッチの航空支援のもと、俺たちは隊列を組み中央部に乗り込む。
しかし、制圧は思ったより簡単だった。
俺達が大部隊で姿をあらわすと、ヘルド兵たちが逃亡を始めたからだ。
敵の本部を最初に潰したのが効いたのだろう。軍を統率する上位の指揮官はあらかた死んでしまっているから、逃亡しても罰するものがいない。
ヘルド兵が市民たちを人質にとらなかったのも、助かった。
この時代・世界の一般的な考えからすれば、人質に意味があるのは貴族だけだからだろう。
平民を盾にしても、一緒に殺される…というのが奴らの考え方のようだ。
それでも逃亡が遅れた100人程度のヘルド兵を、俺達は始末した。
敵の略奪や陵辱、殺害などの残虐行為を考えれば、市民たちに見える形で報復を行う必要があったからだ。
そして街の中央部の半分あまりを制圧した頃。
勝ち戦の予感に、緊張感が薄れかけていたその時。
一人の兵が息せき切って、俺たちのところに走ってくる。
「どうした?」とロドルフは、やってきた部下に尋ねた。
「フユトミ殿、ロドルフ隊長! 破壊した商館の中から女が現れて…兵たちを虐殺しています。我々では歯が立ちません」
「女? ヘルド兵か?」
「分かりません。外見は人間の女です。しかし、半裸で鎧も着ていないのに、我々の剣や弓を弾きます」
やばそうな相手だ。 俺は思った。
◆
「リンダ、ロドルフ! 後は頼む。アパッチはこの場所で待機させる。何かの罠かもしれん、気をつけろ」
「了解よ」
「了解」
俺は中央部を、残した兵と共にリンダとロドルフに任せた。
離れたところで戦っているシルフィードに現場に来るよう伝えると、俺は走った。
商館は開戦時にアパッチのヘルファイア・ミサイルの直撃を受けて崩壊したはずだ。
破壊された瓦礫の中から女が出てきた? ただ者ではなさそうだ。
俺は予備兵力として待機させておいた10式戦車を呼ぶ。
10式戦車のいる場所は、商館からそう離れていない。
『10式。商館まで来てくれ。急げ!』
『了解です♪』
俺は目的の商館に到着した。
商館であった残骸の前には、半裸の女が一人いる。均整のとれた体つきに豊満な胸。白い肌。
意外にも美しい顔だ。と言うか絶世の美女だ。
しかし、俺は違和感を感じる。顔形が整い過ぎているのだ。
女の周りには味方の兵の死体。数十体はあるだろう。損傷が激しい。
いくつかはバラバラになって胴体らしき肉塊、頭、腕が撒き散らかされている。
一人の兵が首を捕まれ、そのまま女に地面に叩きつけられる。
身体と首が、不自然に折れ曲がる。
「女から離れろ。撤退するんだ」俺は生き残っている兵たちに声をかける。
持っていた89式小銃を連発射撃に切り替え、撃った。
女の身体が連射された5.56mm普通弾を全てはじく。
そして、俺に気が付きこちらを向いた。
「ハーイ。あんたがフユトミ ツカサね? やっと会えた! 良かった」
女は俺に向かって歩き始める。
「聞いていたより可愛いじゃない。こういうの好みだわー。抱いたげる。あたしの事、好きにしていいわ。ほら!」
女は俺を招き寄せるように両腕を広げる。
こいつ頭は大丈夫か?
『10式戦車、射撃位置に着きました。いつでもどうぞ♪』
主砲を撃つには、敵と俺達との距離が近すぎる。
『重機関銃、撃て!』
10式車載の12.7mm重機関銃が火を噴く。
1分あたり800発を超える連射速度で、銃弾が女の白い肌に降り注いだ。
「痛あぁーい」
女は身をよじる。少しは効いているようだ。その証拠に女の目が少し涙目だ。
「フユトミちゃん、サディスト。もう少し優しくしてよ」
「お前は何者だ?」
「あたし? あたしはヘルド王の女で、エレシュキガルって言うの。魔族だけど気にしないよね?」
女は話し続ける。
「フユトミちゃん、うちらの首都のタリス、攻撃したでしょ。ヘルド王かんかんに怒って~。で、あたしに殺してこいって」
女は、舌なめずりするような下品な顔になり言葉を続けた。
「でも、やーめた。あたし強い男って好きー。顔も好みだし。あたしのものになれば、生かしておいたげる」
「うちの国来れば、好きなことできるよ~フユトミちゃん、強いんだから、殺したり、犯したり、好きにすればいいじゃん。
国王に私からも謝ってあげるよ。 謝れば許してくれるさあ!」
俺は女の長セリフを聞いているフリをしながら、周囲を確認する。
十分周囲との距離が取れれば、10式の主砲が撃てる。
問題は敵から近すぎる俺自身をどうするか…ってところだが。
だが俺は、見たくない光景を見てしまう。ユマとアネットが右後方、数十メートル先にいるのだ。
馬鹿な。なんで強敵のすぐ側に、のこのこ出てくるんだ。
…いや、馬鹿は俺だ。ここは彼女らの待機場所の近くだ。
近くで騒動があったのを知ると、俺の事が心配になり遠くから確認しようとしたのだろう。
俺は何気ないフリを装いながら、敵に声をかけようとした。だが遅かった。
この女―エレシュキガルと名乗った魔族―は、恐らくシルフィードと同じように俺の表層の思考を読む。
「へー。そいつが、あんたのいい人なんだあ」
女はユマの方を見る。
「じゃあ、ごめん。彼女、殺すね。そうすれば、あんたの心もあたしのもの」
エレシュキガルは、右手を振ると氷のような透き通った槍を実体化。無造作にユマたちに投げつける。
槍は女の手を離れると巨大化し、ユマに突き刺さる…ように見えた。
槍は青い光の壁に進路を阻まれ、エレシュキガルの手元に舞い戻る。
「好き勝手するんじゃないわよ!」
ようやく到着したシルフィードが、俺の後で叫ぶ。
エレシュキガルは、眉をひそめた。
「少女の姿はしてるけど…でも人間じゃないわね。ああ、そうか、竜の子ね。
帝国に飼われている出来損ないの竜」
「出来損ないかどうか、試してみる?」
「フユトミちゃんの事が好きなんでしょ? 抱いてもらえない出来損ないのクセに」
今だ。俺はユマ達の方に走る。
「フユトミちゃん、逃げようたって、そうは…」
アパッチのM230E1 30mmチェーンガンが敵に炸裂した。
1500mを超える有効射程ギリギリからの援護射撃だ。
機関砲の直撃弾を受けて、敵は無様に跳ね飛ばされる。
「10式! 今だ!」
44口径120mm滑腔砲、10式の主砲からHEAT-MP弾が発射される。
この距離では発射とほぼ同時に、エレシュキガルを直撃…するはずだった。
いかなる手段を使ったのか、弾頭は逸れ、女は直撃から免れた。
しかし、当たらなかったとはいえ、かすったのだ。音速を超える弾頭の衝撃波が女の身体を襲う。
そして砲弾は間近の残骸に着弾し、爆発と破片が女に降り注ぐ。
殺ったか?
「あーちょっと効いたかな? フユトミちゃん、激しすぎ」
女はボロ雑巾のように地面に叩きつけられたにも関わらず、のっそりと立ち上がった。
しかし、ダメージのせいだろう身体はふらついている。
「私たちに歯向かって、そんなにあたしに殺されたいなら、いーわよ、どーやって殺すか考えといてあげる。
そういうのも好きだもん」
「フユトミちゃんが死んだって、私の好きにする手段なんて色々あるのよ」
女は苦しいのか身体を震わしながらも、俺を見て無理に微笑む。
「今日のとこは撤退してあげるー じゃあねー また遊ぼうね!」
エレシュキガルは片手を上げ、何か呪文を唱えると消え失せた。
最後の強敵を退け、その後間もなく俺達はエフェソスの街を開放した。




