黒竜の呪い
◆
ヘルファイア・ミサイルを黒竜に向かって発射する。
着弾まで数秒。
竜は炎を引きながら飛び込んでくるミサイルに気が付き、シルフィードから離れて飛び上がろうとする。
巨体に似合わず、動きが俊敏な竜だ。
飛んだ。
目標の移動を感知したヘルファイアは、進路を変更する。
辛うじて黒竜に突き刺さる。
ミサイルは浅い角度で尾の付け根部分に着弾し、タンデム成形炸薬弾頭が起爆。
竜の魔法シールドが明るく輝き、対戦車ミサイルの爆発に対抗する。
…爆発の破壊力は削がれたようだ。
しかしダメージは完全には防げなかった。
尾の付け根がえぐられ、中の肉がむき出しになっている。
残念ながら致命傷ではなさそうだ。
苦しげに竜は咆哮すると、俺のヘリの方を向き憎々しげに睨む。
黒竜よ。まだ安心するのは早い。終わりじゃない。
ヘルファイア・ミサイル、次弾発射だ。
黒竜は力を振り絞り、高度を上げミサイルを何とか振りきった。
そして形勢不利を悟ったか、高速で飛行しながら逃げていく。
エンジンの片方をやられた、今のアパッチでは追撃は無理だ。
『シルフィード! 黒竜は逃げたぞ!』俺は倒れている竜に呼びかけた。
『…ごめん。…ありがと』シルフィードは苦しげに俺の心の中に返答する。
シルフィードの声を聞き、少し安心した。
すぐにでもシルフィードの側に行きたかったが、その前にやらねばいけない事があった。
俺は、叩き落とした敵の攻撃ヘリ“ホーカム”の方を見た。
地上の林の中に不時着し、横倒しになっている。
アパッチのTADSを使いズームで敵ヘリを観察する。
敵パイロットらしい影がコックピット内に見える。
失神したのか、それとも死んだのか? …いや動いている。
何かに引っかかって、席から出られなくなっているらしい。
奴は俺と同じ召喚能力を持っているのだろうか?
そうだとすれば、かなりの脅威だ。
どうやって、この世界に来たのか? 敵側に他に召喚士の仲間がいるのか?
捕虜にして尋問したい欲求に駆られる。
だが負傷したシルフィードを連れてすぐに移動しなければいけないし、森に残してきた少年達もいる。
余計な手間も時間もかけられない。
あんたは運が無かったな。
俺はチェーンガンをホーカムのコクピットに叩き込んだ。
◆
ぐったりしているシルフィード…青い竜の側に着陸した。
「シルフィード。大丈夫か?」
竜は少女の姿に戻る。
顔色が悪い。息が苦しそうだ。
おかしい。
俺と以前戦った時は、ここまで酷くはならなかった。
竜の回復能力は強力な筈なのだ。
俺はシルフィードと黒竜との交戦の状況を思い出す。
そういえば、黒竜が首筋に噛み付いていた。何かされたのか?
言いたかった言葉を無理やり飲み込む。
“なんで、すぐに逃げなかったんだ”
責任感が強いシルフィードは、多連装ロケットシステムM270 MLRSの車両群を守り切った。彼女は逃げなかった。
シルフィードのお蔭で、全てのロケット弾を首都タリスに浴びせる事に成功したのだ。
「シルフィード。俺に出来ることはないか。どうすれば助けられる?」
少女は目を開け、苦しそうに言う。
「…大丈夫…ごめん。森へ連れて行って。あの子達を回収しないと。本当に大丈夫だから…」
しかし、これでは…
こんなに痛めつけられるなんて。
この場所にとどまる訳にはいかないのは確かだ。
逃げた黒竜はこの場所を知っているのだ。援軍が来るかもしれない。
少女を抱き上げ、アパッチのコックピットになんとか収める。
俺は1基だけ残ったエンジンを注意深く操りながら、エトとリナが隠れている森に急いだ。
◆
俺はエトとリナが隠れている森の上空に戻った。
最初に会った空き地に姿は無い。
上空から、周辺の森を赤外線を使って探す。
焦りながら10分も探しただろうか。
いた。
二人の影らしき白い姿が、ヘルメット内に投影される。
ヘリに気がついたのだろう。二人は空き地に向かって走っている。
森の中を移動しながら、こちらに向け手を振っている。
同時に俺は10人ほどの集団の影を赤外線で感知した。200mほど先だ。
俺はかまわず広場に降下を始めた。
二人以外の集団の影は敵なのか、たまたま通りかかった隊商なのか、今持っている情報ではわからない。
襲ってくればチェーンガンで破壊するまでだ。
降下中に周囲をもう一度確認すると、敵らしき姿は……襲って来ていない。
逃げ出している。俺のヘリに気がついたのだろう。
着陸するとシルフィードを降ろし、駆け寄ってきたエトとリナに合流した。
◆
「シルフィードさん苦しそう。大丈夫ですか?」リナが心配そうに聞く。
アパッチはもう飛べない。
ホーカムから食らったダメージのせいで、飛行に支障が出ている。
一旦送還してクールタイムが過ぎるのを待つ必要がある。
シルフィードを救う為には、一刻も早く帝国に戻るしか無い。
他の手段を俺は知らない。
アパッチがいなくなったので、89式装甲戦闘車に乗り換えて移動する必要がある。
森を抜け、道沿いに出なければならない。
シルフィードを背負い移動している最中、彼女の様態が急変する。
肩に掴まっていたシルフィードの腕から力が突然抜け、俺の背中から転げ落ちそうになる。
あわてて彼女の体を支え、地面に横たえる。
顔が土気色だ。目は焦点を失っている。
慌てて脈を診る。ほとんど無い。
「シルフィード!」俺は叫んだ。反応は無い。
シルフィードが死ぬ?! まさか。嘘だろ。
リナが何か言い出そうとして、止めたのを俺は見逃さなかった。
「リナ。どうした」
彼女は言い出すべきかどうか、迷った様子だったが俺に急かされ話しだす。
「フユトミさん。私、お伽話で聞いたことがあるんです。
竜は自分が愛している人、想い人の生命力を使って寿命を延ばせるって。
でも、それをする竜は悪い竜だって。」
「そのお伽話では竜と両思いになった人間の女が命をあげるんです。
その人が竜にキスをすると、竜は助かるんです。でも、その女の人は死んじゃって」
リナがはっとした顔になった。
「ごめんなさい。私やっぱ話すべきじゃなかった。忘れてください!」
いいや。
「ありがとう。教えてくれて」
お伽話がどこまで正確かなんて、試してみなけりゃ分からない。
俺はシルフィードの唇に顔を近づけると、自分の唇を重ね、シルフィードの体を抱きしめた。
お前が俺を好きだなんて事はある訳ないか、でも、
生きてくれ、と願いながら。
俺は気が遠くなるのを感じた。まるで生命力が吸い取られているような。
ユマの顔を思い浮かべる。
奇跡が起こってシルフィードが助かって…もし俺が死んだらごめんな。
◆
「本当に余計な事してくれたわ! えっち、すけべ!」
シルフィードは、少なくとも文句を言える程度には回復してくれたようだ。
顔色はまだ悪いが、赤みがさしてきている。
脈を診たが正常だ。さすがに竜の生命力はすごい。
死にそうだったなんて、夢だったのだろうか。
「放っておいてくれれば、元気になったのに」
彼女は恥ずかしそうに横を向く。
「え、そうなのか。
すまない。お伽話を信じてしまって」
彼女の表情が凍りつく。
「お伽話。って。竜の想い人の伝説の話?」
「うん。そうだ」
「そ、それ嘘だから。竜が自分の好きな人の生命力貰えるって大嘘だから」
シルフィードはそう言ってから、俯いた。
「ごめんなさい。でもやっぱりお礼は言わないと。
助けてくれてどうもありがとう。生命力を貰ったのは本当の話。
ツカサの寿命は恐らく数年短くなった。本当にありがとう」
「それ位で助けられたのなら安いものさ。気にするな」
「そう言ってもらえると嬉しいわ」
俺は聞きたかった事を聞いた。
「それで、一体何が起こったんだ。竜と言うのはそう簡単に死なないと思っていたんだが」
「黒竜に呪いをかけられたの。首を噛まれた時に呪いの言葉を聞いてしまった。
でも、もう大丈夫。呪いは消えたから」
勘違いしないでよ、と彼女は横を向きながら顔を赤らめ付け加えた。
「竜の想い人だけが生命力をあげられる、ってのは嘘だからね。
そ、そこは逆だわ。人間の方が、竜“を”好きな時に命をあげられる。
うん、これが真実。絶対的な真実。乙女の純情的に間違いないわ」
リナが意地になったように反対した。
「でも、このお伽話、昔から伝えられた真実だってお婆さんが言ってた。
お婆さん嘘嫌いだったし。
竜の方が人間に恋してるって絶対に聞きました。
私、嘘なんて言っていません」
「そ、そう。 う、うん。 人間には間違って伝わったんじゃない?
リナが嘘言ったなんて私言ってないし。
でも、それワタシ的になんというか、空気を読んで欲しいと言うか…立場もあるし」
最後の方のシルフィードの声は小さくなり、良く聞こえなかった。




