信号機
84.信号機
仕事終わりに車で地元に帰ってくると、奇怪な物がある事に気が付いた。
いつもの大通りを右に曲がって過ぎると、左手には田んぼが真っ直ぐに続く。その左手の田んぼのしばらくいった所の切れ目に小さな車道があって、そこから二十メートル程先にポツリと街頭もない闇に光る信号機がある。
割りとスピードが出る道なので、普段はそこを一瞬で通り過ぎていた。しかし、一週間程前からそのポツリと佇む信号機に、夜になると何か不思議なものが垂れ下がっている事に気が付いた。
来日も来日もそこを通るときにその垂れ幕の様な黒い影を見掛けた。朝方出勤するときにはそこには何の変哲もない信号機があるだけなのに、あれは一体何なのだろうかと、気になって仕方がなくなってしまった。
赤色に灯る信号機の、左に伸びるポールにそれは釣り下がっている。チラチラと信号の灯りに照らされて何かが見えるのだが、それが何なのかわからない。
あくる日もそこに垂れ下がる影の正体がどうしても気になって、ある日私はその田んぼの切れ目に続く細い車道に侵入していった。
その日もやはり影は垂れている。徐々に近付いて来ると、それが一メートル程もある巨大な物であるとわかる。
しかし、それが何なのかは未だ判然としなかった。
青く灯った信号機に向かって、私は二十キロで走りながら頭上を見上げた。
かなり近くになってもそれはむしろ信号機の青い光の影になって、真っ黒で何なのかわからなかった。
信号機の手前まで差し掛かった所で、青い光が赤色に変わって、何かが垂れ下がる信号機の前で停車した。そうして、またフロントから目前の信号機を見上げてみた。
「ヒッ……!!」
私は赤色に照らされたそれの正体を見上げて、縮み上がって絶句した。
それは、腰の所で体を折り曲げて、うつ伏せに垂れ下がる初老の男性であった。
落ち窪んだ瞳からポタリと赤い滴がフロントガラスに落ちた。男は目を剥いた苦悶の表情のまま、とても生きているとは思えない青紫色の表情を真下の私に向けていた。
私は赤信号を無視してアクセルを全快に踏み込んだ。
あの信号機には、まだ何かが垂れ下がっている。以来私は帰り道を変えた。




