第48話 脱衣所にて
風呂場に向かった唯華を見送った後、しばらく。
さっき見た光景に乱れていた俺の脈拍も、流石に落ち着きを取り戻してきた頃のことだった。
「……ぅん」
「……ん?」
唯華の声が聞こえた気がして、読んでいた本から顔を上げる。
「秀くーん」
すると、今度はハッキリと聞こえた。
少しくぐもったその声は、どうやら浴室から呼びかけてきているようだった。
「どうしたー?」
風呂場へと向かい、とりあえず脱衣所の扉越しに尋ねる。
「ごめーん、シャンプーの替え取ってきてもらえるー? 昨日買ったの、キッチンに置きっぱなしにしちゃってたー」
「りょーかーい」
それから、軽く返事してキッチンへと向かった。
すぐに、無造作に放置されているレジ袋の中にシャンプーの詰替えパックを発見。
それを手に脱衣所まで戻って、コンコンコンと扉をノックする。
「入るぞー?」
「あいあーい」
念のための確認は怠らない。
万一何らかの理由で唯華が脱衣所にいたりしたら、目も当てられないからな……物理的な意味でも……。
というわけで気持ち慎重に脱衣所の扉を開けて中を窺ってみるけど、もちろん唯華の姿はない。
「ここ、置いとくな。口はもう切ってあるから」
洗濯かごとか、極力『余計なもの』を目に入れないよう注意しつつ浴室の扉の前に詰め替えパックを置く。
これで後は、俺が出ていった後に……。
「ありがとー」
「っ!?」
なんて思っていたら急に浴室の扉が開いて、思わず硬直してしまった。
「やー、うっかりうっかり」
と、唯華が顔を覗かせ手を伸ばしてくる。
「ん……? どうかした?」
そして、硬直したままの俺を見て首を捻った。
「……や、別に」
……オーケーオーケー、落ち着け俺。
今見えているのは、顔と手のみ。
普段から露出している部分であり、何も動揺するようなことはない。
隠れてる部分は、今……とか、想像するんじゃない!
濡れた髪や頬を雫が伝う様がなんだか……とかも、考えるんじゃない!
いや、というか、さっさと退出……。
「……っと」
しよう踵を返しかけたところで、視界の端に唯華の濡れた手からパックが滑り落ちる様が見えて。
「っとっとっと」
「っ!?」
それをキャッチし直すために唯華が大きく身を乗り出したせいで、身体の方まで見え……!?
「んふっ」
咄嗟に目を逸らしたけど、ちょっとだけ見えてしまった……と気まずい思いを抱く俺に対して、唯華はイタズラっぽく笑う。
「流石の私も、この場面ならタオルくらいは巻いてるってー」
だとしても、なんだよなぁ……!
いかにも頼りないタオルでしか隠れてなかった姿を思い出すと……いや、思い出すなっての!
「期待に添えなくてごめんねー?」
「や、期待とかしてないし……! 本当に……!」
とか、言えば言うほどなんか墓穴を掘ってるような気分になってきて。
「そ、そんじゃ、俺はこれで」
結局気まずさが払拭されないまま、今度こそ振り返って脱衣所を後にする。
「ありがとねー」
背中に、唯華の改めてのお礼を受けながら。
「……ふぅ」
後ろ手に脱衣所の扉を閉めたところで、思わず安堵の息が漏れた。
不埒なことを考えるなよ、俺……!
唯華は俺のことを信頼してくれてるからこそ、こんな風に気軽に頼んでくるんだから……!
◆ ◆ ◆
◆ ◆ ◆
「……ふぅ」
秀くんが出ていった後、思わず安堵の息が漏れた。
だって……タオルを巻いてるとはいえ、ほぼ裸の状態で秀くんと顔を合わせるって……!
なんかこう、背徳感みたいなのがあって変な気持ちになっちゃいそうだったもん……!
大丈夫? 平気な顔、出来てたよね?
でも。
今度は、ちゃんと出来てたんじゃないっ?







