SS15 健全なお話です
「空即是色受想行識亦復如是舎利子是諸法空相不生不滅不垢不浄不増不減是故空中無色無受想行識無眼耳鼻舌身意無色声香味触法無眼界乃至無意識界無無明亦無無明尽乃至無老死亦無老死尽無苦集滅道無智亦無得……」
外圧に負け、女装することになってしまった俺。
妙に落ち着くような、かと思えばとても蠱惑的にも感じられる、己の身を包んでいくこの空気が如何なるものなのか……などと考えないよう、般若心経を唱えながら極力心を無にしながら唯華の制服に袖を通していた。
呼吸は浅く、最小限に。
「以無所得故菩提薩埵依般若波羅蜜多故心無罣礙無罣礙故無有恐怖遠離一切顛倒夢想究竟涅槃三世諸仏依般若波羅蜜多故得阿耨多羅三藐三菩提故知般若波羅蜜多是大神呪是大明呪是無上呪是無等等呪能除一切苦真実不虚故説般若波羅蜜多呪即説呪曰羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦菩提薩婆訶般若心経……!」
そうして、どうにかフルセット……プラス、なぜか用意されていたウィッグまで装着して部屋を出た。
……すると。
──パシャァパシャァパシャァ!!
「っ!?」
鳴り響くシャッター音、連続で光るストロボの光に思わず目を瞑ってしまった。
──パシャァパシャァパシャァ!!
引き続きシャター音が鳴り響いている中、少しずつ目を開けると……。
「あれ? なんだ一葉、来てたのか」
──パシャァパシャァパシャァ!!
見慣れた肉親の姿に、正直ホッとした気持ちとなる。
いや、だって、唯華の制服を来た俺と唯華が二人っきりってなんか……どういう顔していいかわかんねぇじゃん……。
……と思ったけど、妹の前でもどういう顔していいかわかんねぇな?
「あのな一葉、兄のこの格好には深い事情があって……」
──パシャァパシャァパシャァ!!
ていうかさっきから鳴ってるシャッター音、唯華のかと思ったけど一葉もゴツいカメラ構えて連続でシャッター切ってるじゃねぇか!?
たぶんこれ、妹にも全部事情伝わってるやつだよね……!?
「……てか、ウチにそんなゴツいカメラなんてあったっけ?」
──パシャァパシャァパシャァ!!
なんか色々諦めた気持ちになって素朴な疑問を投げるも。
──パシャァパシャァパシャァ!!
「いや、無言やめてもらえる!? なんか怖いから! そういう妖怪か何かと入れ替わっちゃったのかな? とか考えちゃうから! 瞳孔も開いちゃってるような気がするし!」
その後、なんか目の据わった二人から無言で写真を撮られ続けるという辱めを受け……少しずつ会話可能になっていったというか、盛り上がってきた二人に辱められる場面に繋がるのであった。
無言でも無言じゃなくても地獄だった。
◆ ◆ ◆
結局、俺の『撮影会』は一時間以上続いたと思う。
二人が満足するまで辱められた後、ようやく着替えることを許された。
自分の服に戻った俺は、ホッと息を吐きながら唯華の制服を慎重な手付きで扱って……。
「そんじゃあこれ、クリーニングに出しに行こうな」
「えっ?」
俺の当然の提案に、唯華はなぜか目をパチクリと瞬かせる。
「えっ、っと……?」
その反応の意味がよくわからず首を捻ると、唯華はハッと何かに気付いたような表情に。
「あー、うん! クリーニングね! そうそうクリーニング! 必要だよね! でも、明日で良くないっ? 何なら明後日でも良くないっ?」
それから、なぜか妙に早口で捲し立てた。
「いや、一時的にとはいえ俺が着た制服が手元にあるとか気持ち悪いだろ……?」
「むしろ気持ち良くなれるよ!」
「えっ?」
「えっ?」
なぜか、俺と唯華の疑問の声が重なる。
「えっ、なんて……?」
なんだろう……今、何て言ったんだろうね……?
「んぁーっ……っと」
唯華は、一度視線を左右に彷徨わせて。
「ほら、一葉ちゃん今日は泊まってくでしょ? それなのにクリーニングとか、行ってたら時間が勿体ないしっ……って言いました、よ?」
俺と目を合わせないまま、そう言って下手くそな口笛を吹いた。
「へぇ、そうだったんだ……」
さっきのは、そんなに長く喋ってなかった気がするけどね?
早口だったからそう思うだけかな? そうだといいですね。
……とりあえず、ここは掘り下げるとなんか怖い気がしたので。
「それならまぁ……」
一応、納得しておくことにしたけれど。
「ふぅっ……」
なぜ唯華が安堵の息を吐いているのか、ちょっと気になった。
「ふぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ……! ご安心ください、健全です……! まだ、健全なやり取りです……! ですが、場合によっては今夜……! 使用方法によっては、十八歳に満たない私は義姉さんの部屋を退出せざるをえない可能性も微レ存です……! ワンチャンR-18タグあるでぇ……!」
あと、なんか一葉がめっちゃ興奮した様子でブツブツ呟いているのも凄く気になった。







