SS5 ホラーなナイト
とある夜。
「あっ! これにしようよ、これ! 面白そうじゃない?」
今夜は映画鑑賞しようってことで、唯華に選定を任せていたんだけど……。
「あー……っと」
配信サービスの映画一覧から唯華が選んだタイトルを見て、俺は微妙な声を上げることになった。
「あれ? イマイチ惹かれない感じ?」
「そういうわけじゃないんだけど……大丈夫か?」
「何が?」
俺の確認に、唯華は不思議そうに首を捻る。
「それ、タイトルもパッケージもコメディっぽいけど割とガチめのホラーって聞いてるんだけど」
「へぇ、そうなんだ?」
あれ……?
なんか唯華、普通に平気そうな顔だな……?
「ふふっ、どうしたの?」
ちょっと拍子抜けした感じの俺を見て、唯華がクスリと笑う。
「や、唯華ってホラー苦手じゃなかったっけ?」
「あはっ、いつの話してるの? 今はもう大丈夫だし、何なら一番好きまであるよ」
「なんだ、そうだったのか……見た人のところにも『出る』って噂もあったりするけど、本当に大丈夫?」
「大丈夫だってばー」
「そっか……しっかし、変われば変わるもんだなぁ」
なんて、しみじみと思う。
子供の頃の唯華は、ホントにホラー系が全然ダメで……。
「昔はちょっと心霊番組観ちゃっただけで、トイレ付いてきてーって半泣きで俺に頼んできてたのにな」
「も、もう! 恥ずかしい思い出掘り返すの禁止っ」
ちょっと頬を赤くした唯華が、ぺしっと俺の肩を叩く。
「それよりほら、観よ観よっ」
「あぁ、そうだな」
憂いも消えたところで、改めて腰を落ち着けて視聴を開始する。
「あははっ! おっかしー! えっ、これホントにホラーなの?」
映画は当初パッケージの印象通りにコメディ調で明るい話から始まって、唯華もケラケラ笑っていた。
だけど徐々に狂気のようなものが垣間見えてきて、画面もなんだか全体的に暗くなり……。
「ひゅっ」
ひゅっ……?
音の発生源、隣を見ると唯華が真顔で画面を見つめていた。
「うん? どうかした?」
俺の視線を感じたか、こっちを見て首を傾ける唯華。
「や、何でも……」
「そ? ならいいけど」
聞き違いか何かだったかな? と誤魔化すと、唯華もテレビの方に視線を戻した。
画面内は、どんどんおどろどろしい雰囲気に。
主人公が見つめる先に一瞬だけ、ニヤリと笑う子供のような影が……。
「ぴゃん」
ぴゃん……?
またも横から謎の音が聞こえ、俺の意識はそっちに持っていかれた。
見ると、やっぱり唯華は真顔で画面を見つめている。
俺は薄々予感はしつつも、とりあえず様子を見ることに。
映画は、シンと静かな場面な差し掛かり……何かが『来る!』かと俺も息を呑んだその時。
──コトン
「ひゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!?」
「うおっ!?」
俺たちの背後で何かが落ちたような音が聞こえたかと思えば唯華が絶叫し、俺はその絶叫に驚いて絶叫しそうになった。
「なんかいるなんかいるなんかいるなんかいるなんかいるなんかいるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
半泣きになった唯華は、俺の腕に顔を埋めながら背後を指す。
俺は、とりあえず停止ボタンを押しながら音が鳴った方を確認。
「お、落ち着けって……ティッシュ箱が落ちただけだから。ほら、テーブルの端っこの方に置いちゃってたから」
「ホント……? おばけ、いない……?」
涙目で見上げてくる唯華。
なんか、ちょっと幼児退行してる感があるな……。
「いないいない、おばけなんていないよー」
おかげで、俺もついつい子供に話しかけるような口調になってしまった。
「ホントにホント……?」
「うん、ホントにホントだよー。ほら、見てごらーん?」
あやすように答えていると、少しずつ落ち着いてきた唯華が恐る恐るといった感じで後ろに目を向けていく。
それから、俺の指す場所にただティッシュ箱が落ちているだけなのを確認し。
「………………まっ、知ってたけどね」
「いや、流石にそれは無理筋が過ぎるわ」
いかにも平気そうな態度を取り繕う唯華にツッコミを入れると、唯華は気まずげな表情で目を逸らした。
「なんで強がったの?」
「だって……この歳になって、まだホラーが怖いなんて恥ずかしくて……」
「別に恥ずかしがることないと思うけど……そんな状態で、よく『何なら一番好きまであるよ』とまで言えたな……」
「……ワンチャン、十年ぶりに観たらそういうこともあるかと思って」
「逆に、観てもないのに克服出来てるわけなくない?」
「はい……」
問いを重ねると、唯華はシュンと項垂れた。
「ま、まぁでもほら、苦手なものなんて誰だってあって当たり前だしな? 俺も、ホラーそんな得意な方でもないしさ! ホラーなんて、観れなくても全然困らないもんな!」
なんだかこっちがイジメてるような気分になってきて、慌ててフォローする。
「なんか、こう、アレだな! 続きを観るって感じでもなくなったし、ちょっと早いけど今日はもう寝るか!」
気まずさに耐えかねて、そう提案しながら立ち上がる……が、唯華が引き止めるように俺の袖を摘んだ。
「秀くん……」
小さく呼びかけながら、縋るような目で見上げてくる。
「今日……一緒に、寝て?」
「そのレベルで無理なのにホントなんで強がったの!?」
最初から無理って言ってくれれば、強制なんてしないのに……。
にしても唯華のお願いは出来るだけ聞いてあげたいとは思うけど、一緒に寝るってのは流石に……いや。
「……わかったよ」
ここは、俺も覚悟を決めるか。
「だったら……今夜は、寝かさないぞ?」
「………………ふぇっ!?」
◆ ◆ ◆
◆ ◆ ◆
秀くんの言葉に、そういう意味かと思って凄くドキッとしちゃったけど。
「あははははっ!」
「馬鹿だよなー」
普通に、『今夜は夜通しコメディ映画を観よう』って話でした。
ですよねー。
なんて思いながらコメディ映画を観ていても、さっきの恐怖はまだ完全には消えてなくて。
だけど、それをわかってくれてるみたいに秀くんはさっきからずっと私の手を握ってくれてて。
その温かさが、私に安心をくれる。
でも、やっぱりまだ少し怖いから……もう少し、ちょうだい?
「っ……」
そんな気持ちを込めて秀くんの肩に頭を預けると、秀くんはピクッと少しだけ反応したけど……それだけ。
何も言わずに受け入れてくれるのが嬉しくて……その温かさに身を委ねているうちに。
「ふぁ……」
なんだか、眠くなってきた。
──コトッ
あれ……? また、ティッシュ箱でも落ちたかな……?
ふふっ……でも、もう怖くなんて……ない……よぉ……。
◆ ◆ ◆
◆ ◆ ◆
つんつん。
──トントントントン
「むにゃ」
つんつん。
──トントントントン
「……?」
つんつん。
──トントントントン
「んんっ……」
頬をくすぐられるような感触と、聞こえてくる小気味よいリズムが徐々に俺の意識を覚醒させていく。
つんつん。
──トントントントン
「ふふっ……やめろよ、唯華ぁ」
まだぼんやりする意識の中で、笑いながら頬の横に手をやるも空振った。
「なんか呼んだー?」
と、少し遠くから唯華の声が聞こえてくる。
「んぁ……?」
寝ぼけ眼を開いてみると、いつもと違う光景で一瞬頭が混乱した。
だけど、すぐに思い出す。
昨日唯華が眠った後……こっそり部屋に戻ろうとしたけど唯華が手を離してくれなくて、結局俺もそのままソファで寝落ちしたんだった。
すぐ隣で唯華が寝てる中で寝れるかよ……とか思ってたけど、最終的に眠気には勝てなかったみたいだな……。
「あれ? 呼ばれてない? ていうか秀くん、まだ起きてなかったり?」
「あぁ、いや、起きてはいる……」
そう言いながら、ゆっくりと身体を起こす。
流石に、ちょっと身体が強張ってるな……。
「やー、昨日はごめんねー? 私が変に強がっちゃったせいで」
「ははっ、構わないさ……」
眠りも浅かったのか、まだ頭の働きも鈍めだった。
「お詫びも兼ねて、今日は私が朝も作ってるから。もうすぐ出来るから、待っててねー」
「ん……」
そう言いながら、唯華はキッチンの方に顔を引っ込める。
それを、ぼんやり確認して……。
「………………んっ!?」
ふと、意識が一気に覚醒した。
──トントントントン
これは、唯華が包丁を使う音だ。
起き抜けから、ずっと聞こえてた。
キッチンからここまでは、一瞬で移動出来るような距離じゃない。
……だったら。
さっき、俺の頬を突付いてたの……って?
──きゃははっ
なんか、すぐ後ろからイタズラを成功させた子供みたいな声が聞こえたような気がしたけど……気のせい、だよな……?







