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男子だと思っていた幼馴染との新婚生活がうまくいきすぎる件について  作者: はむばね
第1章

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第35話 その日のこと

 その日は、何の変哲もない平日だった。


 少なくとも、朝の時点では。


「おっはよー」


「あぁ、おはよう。今日はフレンチトーストにしてみたよ」


「わーっ、美味しそー! 秀くん、結構レパートリーあるよねっ!」


「簡単なのばっかだけどな」


「またまた、ご謙遜を~……っと。見て見て、カレンダー! 今日、大安吉日だって!」


「おぉ、縁起が良いな」


「んっ」


 唯華は、一つ頷いて。


「なんか良いこと、ありそうだねっ」


 ニコリと笑った。


 そんな風に……いつも通りに、笑顔を交わし合っていたはずなんだ。



   ◆   ◆   ◆



 学校でも、特筆すべきようなことは何もなかったと思う……少なくとも、俺目線では。


「それじゃ九条くん、また明日」


「あぁ。また明日な、烏丸さん」


 いつも通り、唯華とは別々に帰る。


「……ちょっと、新しい参考書でも見繕っていくか」


 家の前で鉢合わせたところを見られたりすると良くないし、俺の方は少し時間を潰してから帰ろう。


 そんな思いつきで、俺は商店街の方に足を向けることにした。



   ◆   ◆   ◆



 参考書を見るついでに、中古ゲーム屋にも寄った帰り。


「ついつい、衝動買いしちまったな……」


 苦笑する俺の手にあるのは、子供の頃に唯華と何度も対戦したゲームのリメイク版だ。


 オリジナル版も実家にあるんだけど、こないだ帰った時に起動しようとしたらうんともすんとも言わなくて二人でガッカリしちゃったんだよな……。


「唯華、喜んでくれるかな」


 そう呟きつつも、唯華は喜ぶだろうって半ば以上確信していた。


 その笑顔を想像するだけで、思わず頬が緩んでしまいそうになる。


 ──ヴヴヴヴヴヴヴッ


「っと……唯華か」


 振動するスマホの画面を確かめると、『烏丸さん』の表示。


 登録名は、誰かに画面を見られるようなことがあってもいいようにという配慮である。


「もしもし?」


『もしもしー? 秀くん、今大丈夫?』


「あぁ、問題ないよ。どうかしたか?」


 電話越しの唯華の声は気楽げなもので、重大事の類ではなさそうだと俺も気楽に応じる。


『大したことじゃないんだけど……今、どの辺りにいるー?』


「商店街の中程ってとこかな」


『やった、それちょうどいいとこー! 実は、お醤油切らしてるのに気付いてなくてさ。良ければ、買ってきてくれない?』


「オッケー、了解だ」


『よろしくねー』


「そうだ、今日は他にもちょっとしたお土産があるから」


『ホント? 楽しみー! それじゃ、待ってるから……あっ、えっ?』


「ん?」


 ブツン。


 最後に謎の声を残して、通話は切れた。


「なんだ……? 何かあったのか……?」


 家の中から掛けてきてたみたいだし、何があるわけでもないだろう……とは思いつつも、念のため電話を折り返す。


 けれど。


「出ない……か」


 いつまで経っても、コール音が虚しく響き渡るだけだった。


「なんか意味深な感じに切るっつー、唯華のイタズラの可能性が一番高いよな……」


 今頃、家でネタバラシする時のことを考えてほくそ笑んでるのかもしれない。


 ……なんて。


 この時の俺は、そこまで深く考えなかった。



   ◆   ◆   ◆



「ただいまー……あれっ?」


 帰って早々、違和感に気づく。


「唯華、出掛けてんのか……?」


 室内の電灯が、全て消えていたのである。


 てっきり唯華がいると思ってたから少し意表は突かれたものの、とはいえちょっとした用事で出掛けることもあるだろう。


「んんっ……?」


 電灯を点けて、再度違和感。


 ただ、こっちは随分と微妙なもので、最初は自分が何に違和感を覚えているのかわからなかった。


 けれど、室内を見渡しているうちにふと気付く。


「……家具が、ちょっと移動してる?」


 よく見てみれば、移動の跡が見て取れるのだった。


「まぁ、だからなんだって話なんだが……」


 誰がやったかって、唯華しかいないんだから。


 移動距離がほんの僅かなのは、模様替えでもしようとして、俺の帰りを待った方が良いことに気付いたとか……か?


 ……そんな風に、あり得る可能性を考えつつも。。


 なんとなく……本当に理由の一つもない、なんとなくだけれど。

 俺の胸に、嫌な予感じみたものが生じ始めたのも事実だった。


「ははっ、なんてな」


 それを、意識して明るい声で笑い飛ばす。



   ◆   ◆   ◆



 それから、数時間が経過した。


 もうとっくに夕食の時間を過ぎており、流石にここまで連絡がないのは不自然と言わざるを得ない。


「どこまで出掛けてんだ……?」


 焦燥感を押さえながら、今日何度目になるかわからない唯華へのコールを開始する。


『おかけになった電話は電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないため……』


「クソッ、やっぱ駄目か……」


 そして、何度目かになるかわからない悪態をつきながら通話を切った。


 外で掛け直した時はコールまでは鳴ったのに、今じゃ無機質な音声が繋がらないことを示すだけ。


 ──カチッ……コチッ……カチッ……コチッ……


 時計の秒針の音が妙に、大きく響いているように感じる。


 いつかの夜にも、同じことを思ったな……そうだ、あれは唯華が熱を出した日のことだ。


 唯華は部屋で寝込んでて、俺はこうしてリビングに待機してて……なんてぼんやり考えていた時に、ふと気付いた。


「……待てよ?」


 そういや、唯華の部屋の中を確かめてなかったよな?


「昼寝してるだけ、ってことなんじゃないのか……?」


 昼寝するから、スマホの電源を切った。


 そして、ちょっと寝過ごしているだけ。


 なるほど、辻褄が合うじゃないか。


「唯華ー?」


 唯華の部屋のドアを、そっとノックする。


「………………」


 室内からの反応は、ない。


「唯華? いるんだろ?」


 今度は、気持ち強めにノック。


 それでも、やっぱり室内からの反応はない。


「唯華、入るぞー?」


 焦燥感に背中を押され、そう断りながら室内へと足を踏み入れた。


 部屋の電灯を、オン。


 ベッドには、ぐっすり寝こける唯華の姿が……。


「……いない、か」


 なかった。


 まぁ正直に言えば、流石にこの仮説は不自然だろうと思ってはいたんだ。


 ただ、何かあり得る可能性を考えていないと不安に押しつぶされそうで。


「スマホが壊れて急遽ショップに向かった結果、手続きに時間がかかってる……とか?」


 新たに捻り出した仮説も不自然だってことは、当然わかっていた。


 だとしたら、書き置きの一つくらい……。


「……ん?」


 何とは無しに室内を見回していたところ、唯華の机の上に一枚のルーズリーフが置かれていることに気付いた。


 俺の知る限り、あれで意外と几帳面な唯華は机の上に何かを出しっぱなしにするってことはほとんどない。


 ってことは、つまり。


「なんだよ、あるんじゃねぇか……」


 ドッと疲れた気分で、唯華の書き置きを手に取る。


「どうせなら、リビングの方に置いてくれれば………………は?」


 その文面を確認して、俺の脳は一瞬フリーズした。


「は……? え……?」


 次いで、頭の中が疑問一色に染まる。


「なん……で……?」


 書き置きの内容は、非常にシンプルである。


 理解は容易、誤解のしようもない。


 短く、ただ一文の走り書き。


 曰く。


『実家に帰ります』

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