第128話 新たな決意へ
華音ちゃん発案の『ジャック・オー・ランタンゲーム』によって、幾つか心臓によろしくないイベントは生じたものの。
とにもかくにも、ハロウィンパーティーは盛況のうちに終了した。
賑やかだっただけに、皆が帰った後の我が家はなんだか少し物寂しくも感じられる。
「いやー、楽しかったねー」
満足げに言う唯華だけど、その表情にもどこか寂寥感が垣間見える気がした。
「あっ、そうだ」
かと思えば、今度は何かを思いついたような顔となる。
さては、新たなイタズラでも閃いたか……?
「私、着替えてくるね~」
そう思う俺を前に、唯華はそそくさと自室に戻っていった。
……まぁ、唯華の思惑はともかくとして。
パーティーの準備にコスプレのメイクに本番の諸々にと疲れてるだろうし、お茶でも淹れておくか……。
と、俺も思い立ってキッチンに向かった。
そしてカップ二つを手に、リビングに戻ってきたところで。
「わっ、お茶用意してくたんだっ。ありがとー」
ちょうど、唯華も部屋から出てきたみたいだ。
「これくらい、お安い御よ……う?」
振り返った俺は、口を開いたまま固まってしまった。
ゾンビ姿から着替えてきたはずの唯華が……また、違うコスチュームを着ていたから。
コスチュームというか、服自体は珍しい部類ではないと思う。
キャミソールにホットパンツという、家では割とよく見るラフな格好だ。
こないだ俺がプレゼントしたチョーカーも付けてくれていて、よく似合っていた。
……のは、いいんだけど。
着ているものが全体的に、茶色を基調としたどこか毛皮っぽい材質で。
頭の上には……いつかも見た、犬耳。
「んふっ」
俺の反応を見て、唯華は満足げな笑みを浮かべる。
こんな『イタズラ』を用意してくるとは……。
……いや、唯華のことだし更なる一手くらいは考えてそうだ。
今までなら俺はそれを受けて、驚いて、笑って、ドキドキして。
それで十分、満足してたし……それだけでも、とてもとても楽しいことだけれど。
けれど……そうだな。
たまには、こういうのはどうだろう?
♥ ♥ ♥
んっふっふー。
現在、この空間にお菓子は存在しない。
あれだけあったのも、ぜーんぶ皆で食べちゃったもんねー。
……皆でっていうか大半を高橋さんが食べてたような気がしなくもないけど、まぁそれはともかく。
これで秀くんは、私のイタズラを受けるしかないってわけっ。
さーて、何しちゃおっかなー?
んふふー、どんな反応してくれるかなー?
おっと、何をするにせよまずはこれを言わないとねっ?
「トリック・オアむっ?」
言葉の途中で変な感じになっちゃったのは、『あ』の形に開いた瞬間の口に何かが放り込まれたから。
同時に舌の上へと、柔らかい感触と甘みが広がっていく。
これ……マシュマロ?
「ふっ……俺が何も持ってないと思って、油断したな?」
してやったり、って感じの秀くんの顔……くっ、格好いい……!
「こんなこともあろうかと……思ってたわけじゃなくて、買い出し行った時に貰ったおまけがたまたまポケットに入ってただけなんだけどさ」
それから、ちょっと照れくさそうに笑う。
今度は可愛い表情なんて、ズルいんだから……!
……なんて言おうにも、マシュマロをモグモグしなくちゃいけなくて何も言えない私である。
むぐむぐ……よし、飲み込んだ!
「可愛いよ」
そう、秀くんには可愛いとこも……って、あれ?
私……今、無意識に喋ってた?
って、そんなわけはなく……。
「その格好も、よく似合ってる。チョーカーも……付けてくれて、嬉しいよ。思った通り、凄く可愛いと思う」
ちょっ……秀くん、急に何……!?
「……んふっ」
ギリ、表情は取り繕えた……!
はず、たぶん……!
「もちろん、唯華はいつも可愛いけど」
もう、秀くんったら……!
こんな風に不意打ちされたら、頬が凄く緩んじゃうでしょ……!
だって、これじゃまるで……!
「それ、私のこと口説いてる?」
みたいじゃない……!
「口説いてるよ」
………………。
…………。
……。
「ぴ?」
ぴ?
………………うわ思わず完全に固まっちゃった!?
あっはい、そういうことね!
はいはい、理解した!
完全に理解しましたよ!
私が油断してたとこに、『イタズラ』のお返しってことだよね……!
♠ ♠ ♠
「あはっ、まんまとやり返されちゃったねー」
一瞬固まった後で、唯華は少しだけ苦笑気味に笑った。
「ははっ、たまにはな」
俺も、それに合わせて笑う。
そう、今のはイタズラのお返し……それでいい、今はまだ。
「でも、可愛いと思ってるのは本当だけど」
「もう、上手くいったからって調子に乗っちゃってー」
もちろん、俺の言葉は本心からのものだ。
だけど今までは、そういった感情をあまり表に出さないようにしてきた。
それは、俺たちの関係性に少なからず変化をもたらしかねないものだから。
ずっと、それを恐れて踏み出せないでいた。
でもこれからは……変わっていきたいと思ったんだ。
直接的なきっかけは、文化祭での一件。
今日の出来事も、後押しにはなっているのかもしれない。
次は、『ハプニング』じゃなくて。
不本意な形じゃなくて……と、望む自分の声が大きくなっていくのが聞こえる。
自分の中でずっと燻っていた火が、少しずつ大きくなっていくのを感じている。
だから、決めたんだ。
ただ望むだけじゃなくて、進んでみようって。
……うん、そうだな。
さっきのは、唯華の冗句に合わせて返した形だったけど。
思ったよりしっくり来たというか、つまりはそういうことだよな。
進むために、俺はこれから。
唯華を、口説いていこうと思う。







