第125話 ファッションの秋!
「秋といえば、ファッションの秋だよね!」
家を出る前、唯華はそんなことを言って張り切った様子を見せていた。
今日は、俺の服を買いに行く日。
唯華にそんなつもりはないだろうけど、いわゆるお買い物デートというやつだ。
女の子と一緒に出かけることを想定した服選びなんてしたことなかったもんだから、差し当たり持っている中で清潔感のあるもの……それから、唯華の前で着たことのない服をチョイスしてみた結果。
「おっ……なんだか今日の秀くんは、いつもとちょっと違っていつも通りに格好いいね!」
と言っていただけたので、まぁとりあえずは合格ラインということでいいと思う……たぶん。
そうして、俺の行きつけの店にやってきて。
「わーっ! すっごい似合ってるよ! かっこいいー!」
「そ、そうかな……? ありがとう」
ここでも唯華に褒められ、俺は照れくささに頬を掻いていた。
現在試着しているのは、唯華が見繕ってくれたものだ。
自分じゃ選ばない類の、少し派手なデザインだけど……うん、確かに思ったよりずっとしっくりくる感じがした。
「じゃあねじゃあね、次はこれいってみよう!」
そしてなぜか俺よりもずっとノリノリで、唯華はさっきから俺の服を選定してくれている。
今日の俺は、唯華が選んでくれる服を着ていくだけの着せ替え人形状態となっていた。
俺としてはありがたいんだけど──元々服装にこだわりのある方じゃないし、唯華に良いと思ってもらえることが何より重要だから──唯華はこれ、楽しいんだろうか……。
「いや、でもこれも良いかも……あっ、こっちも似合いそう~! うーん……でも、やっぱりこっちかな!」
……満面の笑みで選んでくれてるし、楽しそうではある……かな?
「秀くん、これ着てみて~」
引き続きとても良い笑顔で、唯華は新たな服を持ってきてくれた。
今回は、割とフォーマル寄りの一式だ。
これなら、普段着てるのともそんなに離れた印象じゃないな……なんて思いながら、フィッティングルームへ。
「どう、かな……?」
「うん、めちゃめちゃいい感じ! これはもう決定だよね!」
試着して尋ねると、唯華は笑みを深めてグッと親指を立ててくれた。
『それじゃ』
俺たちの声が、重なって。
「支払い……」
「次、探してくるね!」
購入手続きに移ろうとしていた俺の声を掻き消すように、唯華が元気な声と共にピュンとまた服選びへと戻っていった。
……まぁせっかくだし、何着か買っても良いもんな。
それに、唯華の好みをリサーチする良い機会でもある。
なんて思いつつも、己の顔に微苦笑が浮かぶのは自覚していた。
♠ ♠ ♠
それから一時間程かけて、俺の服の選定は完了した。
適当に無難なものを選んでいた今までに比べればかなり時間を費やしたことにはなるけど、楽しい時間でもあった。
これも、唯華が一緒に選んでくれたおかげだ
「この後なんだけど、私の服もちょっと見てっていい?」
「あぁ、もちろん」
だから、唯華の申し出に否があるはずもない。
というわけで引き続き、唯華御用達という店にやってきたわけだけど。
「ねぇねぇ。これとこれ、どっちが良いと思うっ?」
「うーん……」
両手にそれぞれ異なるタイプのシャツを掲げながら見上げてくる唯華に、俺は唸りを返していた。
「俺の意見なんて、参考にならないと思うけど……」
何しろ、同世代の女の子のファッションなんてあんまり気にしたこともないしな……。
「むしろ、秀くん以外の意見なんて意味ないんだけど?」
だけどクスリとイタズラっぽく笑いながらの返答に、何も言えなくなってしまう。
「なんてねっ♪」
もちろん、冗談ってことはわかってるけど……。
「でも、秀くんが好きな服なら何でも着てあげる……これは、ホントだよ?」
ほらもう、すぐこういうこと言うんだから……。
「た・と・え・ば~?」
なんて、ニマッと笑いながら唯華は店の奥の方へと消えていく。
そして。
「これとこれなら、どっちがお好みかな~?」
右手にはチャイナ服、左手にはセーラー服、それぞれ一式を持ちながら戻ってきた。
チャイナ服で活発に動く唯華も見てみたいし、ウチの制服はブレザーだからセーラー服は新鮮……じゃなくて。
「えっ……それ、買ったら着るの……?」
「そりゃ、買ったら着るよ?」
恐る恐る尋ねると、何を当然のことを? って表情が返ってきた。
まぁ、そうだよな……着るから買うんだもんな……。
しかし、いつ着るんだ……?
部屋着……?
まさか、外出用……なのか……?
確かにセーラー服なんて、それが制服な学校だったら当たり前に全員が着てるわけだし……。
チャイナ服だって、本場なら誰しも……いや待て、前に行った時にそんな服の人いたっけか……?
「ほら、もうすぐハロウィンでしょ? チャイナゾンビにするかセーラーゾンビにするか、迷っちゃうよねー」
「んあー、ハロウィン。そう、ハロウィンね」
そういやあったな、そんなイベント……自分に縁遠すぎて、忘れてたわ……。
……しかし、ゾンビなのは決定なのか?
「魔女の格好は、こないだの文化祭でしたしさー。ゾンビなら、メイクさえしちゃえば色んな格好に合わせられるでしょ?」
……たまに思うんだけど、俺の心って唯華に読まれてたりしないよな?
「さぁ、どっちがお好きっ?」
そして、迫られる決断。
「……どちらかといえば、こっちかな?」
迷った末に、セーラー服の方を指してみる。
「ふーん?」
何なんだろう、その含みがありまくる感じのリアクションは……。
「じゃあ、これとこれなら?」
続いて唯華が持ってきた服は、ミニスカナースとミニスカポリス。
なに、この店ってそういう店なの……!?
「……こっち、かな」
苦渋の選択として、ナース服を指差す。
「そっかそっか……こっちの二つの中なら、どう?」
「……こっち」
CAさんと巫女さんから、巫女さんを選択。
「これ or これ!」
「……こっ、ち」
アラビアンな衣装と大正ロマンな感じの着物の二択では、大正ロマンを選択する。
そうして、いくつの決断の時が訪れたことだろう。
「うん、こんなもんかなっ。ありがとね秀くん、参考になったよー」
唯華が満足げに頷いたところで、俺は密かにホッと安堵の息を吐いた。
「それじゃお会計、お願いしまーす」
しかしなんだかんだ結構長い間選んでたけど、店に迷惑じゃなかっただろうか……?
「これまでに出してもらったの、全部買いますのでっ」
いや、いい客だな!?
……ていうか結局全部買うなら、俺が毎回意見してた意味は……?
「んふっ」
なんて思っていた俺の耳元に、唯華が口を寄せてくる。
「ちゃーんと、秀くん好みのやつから着てあげるからねっ?」
毎度のことながら。
俺はこれ、どう答えるのが正解なんだろうか……。
……とはいえ、いつも通りここで終わっちゃうのは良くないな。
後半の流れはともかくとして、今日は唯華がわざわざ俺の服を選ぶために時間を作ってくれたんだ。
「ここは、俺が出すよ」
「や、それは悪いってー」
せめてこれくらいはと申し出るも、あっさりと固辞されてしまった。
「でも……それなら一つだけ、プレゼントしてもらっちゃおうかな?」
けれどそれだと俺の顔が立たないと思ってくれたのか、唯華は言葉を続ける。
「この中から一つ、秀くんが選んでよっ」
それから、アクセサリのコーナーを手の平で指した。
俺に一任してくれるのか、責任重大だな……なんて思いながら、一通り眺めてみる。
すると、吸い寄せられるように一つの品に目が留まった。
華美ではない、けれど優雅さが感じられるデザインのチョーカーだ。
今日唯華が選んだ服──そっち系のやつじゃなくて普通の方である──に合わせてみても、マッチするんじゃないだろうか。
そんな風にぼんやり考えていただけで、何か強い理由があって見ていたわけではないけど。
「うん……! それ、凄く素敵だね!」
俺の後ろからひょっこり顔を覗かせた唯華も、気に入ってくれたようだ。
じゃあ、これで良さそうだな……。
……いや待てよ?
なんか聞いたことがあるような気がするけど、チョーカーをプレゼントする意味って確か……。
「ずっと一緒」
引き続き俺越しにチョーカーに目を向けたままの唯華が、俺の耳元でそっと囁く。
うん、やっぱそういう意味があったよな……それから、他にも……。
「独占したい」
……うん。
あった、ような……気が、してきましたねぇ……。
「や、違うんだよ……!」
後に続く言葉も思いつかないまま、とりあえず否定を口にする。
いやだって、そんな意味を込めてプレゼントするなんて重すぎるし……。
俺に、そんな資格はないわけで……。
……そりゃ、まぁ。
そういう気持ちが全くないと言えば嘘になるというか。
そうなればいいなと思っている自分がいることも、否定出来ない事実ではあるけれど。
「ふふっ、わかってるって」
ただ、幸いにも唯華は軽く受け止めてくれているようだ。
「秀くんは、こう思ってるだけだもんね?」
そうそう、あくまで俺は……。
「犬耳はもうあるし、後は首輪だけだな……ってさ」
犬耳メイド唯華が首輪も付ければ、『完成』する………………って、んんっ!?
「いや、そんなこと思ってませんけど!?」
これに関しては、本当に……!
………………想像してみると、思った以上に……じゃなくて!
ホントに、そんなこと思ってなかったから!
少なくとも、これを見てた時点では……!
♥ ♥ ♥
「あはは、冗談冗談」
「マジで違うからな……?」
「ちゃーんと、わかってるってー」
もう、秀くんったら……そんなに顔を真っ赤にしちゃって、可愛いんだからー。
ホントに……ちゃんと、わかってるもん。
秀くんが私のこと、そんな目では見てないってさ。
……でも実際のところ、犬耳がかなりクるのは間違いないと思うんだよね?
こないだの犬耳メイドさんにこれもプラスしたら、ワンチャンそういう展開もありえないかな……?
鎖なんかも付けちゃって、秀くんがそれを握って……グイッて私を引き寄せて……「俺のものだ」なんて言われちゃったら……わひゃぁ!?
そ、想像だけで鼻血が出ちゃいそう……!
実際、私はもう秀くんのモノなんだし?
そのくらいの強引さを発揮してくれても、いいんだけどなー?







