第84話 お昼休みの訪問者たち
「来ちゃった♡」
昼休み、そんな言葉と共に俺たちの教室を訪れたのは華音ちゃんだった。
確かに、二学期からウチの学校に転入してくるとは聞いてたけど……。
「華音!? 何しに来たの!?」
「やっほー、お姉。ここの制服、可愛くていいよねーっ」
目を見開く唯華に対して、その場でクルンと回る華音ちゃんのズレた返答。
「烏丸さんの妹……?」
「そういや確かに似てるな……」
「デカい……おっぱ、いや、あの堂々とした態度、人としての器が……」
「秀一先輩って……九条くんのこと、だよな……?」
「どういう関係なんだ……?」
「デカい……」
と、教室がザワつく中。
「どもども! 唯華お姉の妹、烏丸華音です! 本日は、お姉のクラスの皆さんにご挨拶に参りましたっ! よろしくお見知りおきいただけますと嬉しいでーすっ!」
華音ちゃんは、横ピースを目のところに持ってきて堂々と挨拶する。
「ちょっ……! 皆、お騒がせしてゴメンねーっ!」
そんな華音ちゃんに、唯華が慌てて駆け寄っていく。
「えーっ……と。とりあえず、こっち来なさいっ!」
「ほいほーい」
一瞬迷うような表情を見せた後、唯華は俺たちの方に華音ちゃんを引っ張ってくる。
扉の前に陣取っているよりはマシ、と判断したようだ。
「そこ、座ってっ」
「はーい」
空いた椅子を指差す唯華の指示に従い、華音ちゃんは腰を下ろす……けども。
「ちょぉい、華音!? どこに座ってんの!?」
華音ちゃんが座ったのは……俺の、膝の上だった。
「あっ……! ごっめんなさーい! 間違えちゃいましたっ♡」
「……間違えたなら、仕方ないね」
「でもでも、ここってなんだかとっても座り心地がいいなーっ。だから……このままでお話し続けても、いいですかっ?」
「ウチのクラスで変なサービスを利用してるとか噂が立ちかねないから、やめてね」
「ところで、『センパイ』って響き……なんだか、ちょっとエッチだと思いませんかっ? ねっ……秀一センパイっ?」
「俺は特にそういう感じ方をしたことはないかな」
俺の首元に腕を回してくる華音ちゃんに、粛々と返す。
「すげぇな九条くん、あの状態で一切の動揺を見せないこととかあるのか……!?」
「あしらい慣れてる感じ……?」
「だとしても、あの『圧』を目前にあんな無反応でいられるものなのか……!?」
「てか、普通に恋人なんじゃない……?」
……いかんな、このままじゃあらぬ誤解が広まってしまいそうだ。
流石に、強行的な手段に出るべきか……と、逡巡していたところ。
「はいっ、終わり終わり! 華音、初対面の先輩相手に失礼ぶちかまさないのっ!」
『初対面でその距離感……!?』
唯華が一言フォローを入れながら俺から華音ちゃんを引き剥がすと、今日イチで教室内がザワついた。
まぁ、俺も逆の立場だったら同じ反応になるだろう。
「はーいっ。すみませんでしたっ、秀一センパイっ!」
「……間違いは、誰にでもあるからね」
この流れで俺が何を言っても悪手になりそうで、そう言うに留めておく。
「ていうか、初対面……? 九条くんって、自己紹介とかしてないよな……?」
「出会って即一秒で膝の上だったからな……」
「でも、最初からずっと『秀一センパイ』って呼んでるよね……?」
「いやぁ、それがですねっ」
ヒソヒソ話していたクラスメイトの一人……クラス委員の白鳥さんへと華音ちゃんが急に話しかけ、白鳥さんがちょっとビクッとなった。
「私、こちらの衛太センパイとはちょっとした幼馴染? 腐れ縁? みたいなカンケーでしてっ。たまーに連絡取ったり取らなかったりなんですけどっ?」
「あ、はぁ……」
まぁ、これ自体は嘘じゃないよな。
衛太の家と唯華たちの家は、昔からの付き合いらしいし……ただ、何の話なのかは白鳥さん同様俺もわからない。
「衛太センパイが『ウチのクラスに九条秀一っていう、オレの次にイケメンな男がいるから見に来なよ』とか言うんでっ? それもあって、本日お邪魔した次第なんですよーっ」
「あ、はは……そういえばオレ、言った……かなー? そんなことも……」
咄嗟に話を合わせたらしい衛太だけど、流石に頬がちょっとヒクついていた。
「あの、でも、さっき一目で九条くんのこと見つけてたような……?」
「聞いてた特徴と完璧合致してたんで、ラクショーでしたっ」
「そうなんだ……」
言い切る華音ちゃんに、白鳥さんもちょっと微妙な表情ながらも一応納得したようだ。
「てかてか、衛太センパイっ。オレの次にイケメン、とか大嘘じゃないですかーっ」
「え? そ、そうかな……?」
それはそうだ。
衛太も、言ってもいない大ボラで糾弾されるとは……。
「衛太センパイより、断然イケメンじゃんっ♡」
「あはは、確かにそうかもね」
衛太としてはここで否定するわけにもいかないだろうけど、何なんだこの茶番は……。
「ぶっちゃけ私、一目惚れしちゃったかもですっ♡」
「ちょっと華音、何言い出すの!?」
華音ちゃんの言葉に、先程をも上回る教室内のざわめき。
一部の女子からは、黄色い歓声も上がっているけど……いやマジで、何なんだこの流れは……!?
「はは……ありがとう、お世辞でも嬉しいよ」
「えーっ? ホントなのになーっ?」
一応、周囲から見て冗談だと取れる範囲ではあるだろう。
……が、しかし。
実際、オレは先日華音ちゃんから『告白』を受けている。
あの時は俺も冗談の類だと思ったけど、唯華が言うには華音ちゃんは本当に俺のことが好きらしい。
この間初めて会ったばかりだっていうのに、どこに好きになってくれる要素があったのやら……まさか、今の『一目惚れ』っていうのもあながち冗談じゃなかったのか……?
本当はすぐにでも、改めて告白に対して断りの返答をするべきだ。
とはいえ、この状況。
まさか皆の前で拒絶するわけにもいかないし、この流れで俺が華音ちゃんと教室外に連れ出すのも妙な噂が立ちかねないよなぁ……。
「さってと」
なんて思っていたら、またも華音ちゃんが口を開く。
次は何を言うのかと、内心身構えていると……。
「お姉のクラスのセンパイ方にご挨拶も出来たし、念願の秀一センパイにもお会いできましたしっ! 今日のとこは、これでお暇しまーすっ!」
と、華音ちゃんはあっさり帰るようだ。
「……次来る時は、ちゃんと大人しくしとくんだよ?」
「はーい」
ちょっと苦々しい調子で言う唯華に、華音ちゃんは快活に返事する。
もう来るなとは言わない辺り、唯華もやっぱり妹は可愛いんだろう。
俺だって、もしも一葉が教室に遊びに来てくれたら嬉しいもんな。
まぁ、引っ込み事案なあの子がそんなことするわけないだろうけど……んんっ?
よく見たら……教室の扉からちょこっとだけ顔を覗かせてこっちを見てるのって……一葉、だよな……?
あんなとこで、何やってんだ……?
ていうかなんか瞳孔が開ききってる感じがするんだけど、大丈夫か……?







