038枚目 石碑前での戦闘 その2
「ちッ! このままじゃあいつやられてしまうぞ」
ナヴァナが舌打ちをした。そのナヴァナの視線の先には、エルと漆黒の者との戦いが繰り広げられていた。ただ戦いといっても、相手の槍は射程範囲が広く、なかなか懐に飛び込めず苦戦しているエルの姿がそこにあった。
「エル、ナイフじゃ不利だよ。一度下がって」
琴花が声を上げると、エルは頷き琴花達がいる所まで戻る。
「エル、これ」
「これはサーシャちゃんの槍ね」
琴花がエルに見せたのはサーシャの槍。
琴花をハクトウパンから守るために使用した槍。
そして《さーしゃ くれすと》と名前がデカデカと書かれている槍。
【やはりサーシャの槍は小学生の文房具みたいじゃの】
「これであいつを倒してエル」
「うん、正直ナイフだときつかったのよ。ありがとう使わせてもらうわね」
エルは琴花から槍を受け取ると、利き手である右手に槍と一緒に包帯を巻いた。
包帯を巻き終えたエルは深呼吸をして、再び漆黒の者へと立ち向かった。
これで射程距離ではイーブン。後は実力のみ。
迫ってくるエルに漆黒の者は槍を突き出す。それをタイミング良くエルは持っている槍で払う。
そこから一合二合と槍の刃と刃が交じり合う。適度に距離を置いては相手の隙を突いていくが、槍を普段から扱っていないエル。やはり分が悪い。
「くそッ! このままじゃジリ貧だぜ」
エルと漆黒の者との戦いを見ながら、ナヴァナはそう毒づいた。そして筆箱ようなケースを取り出す。
その中に入っているのは注射器。
ナヴァナは腕をまくり、それをブスっと突き刺した。
「………………くぅ〜血が巡るこの感じ、ジンジンキタキタァー」
と叫び出した。
目はどことなく虚で……。口元からわずかながらのヨダレが垂れている。
「うわ……」
その姿に琴花はドン引きした。
【あれは、スイートビーが出す毒を加工したヤツじゃな】
「スイートビーって、あの蜂の魔物だっけ」
【うむ、あやつの針から抽出される毒は、本来ならば種族スキル『天国から地獄』のせいで、気持ち良いからグロッキーな気分に陥るが、その毒を特殊加工することにより強力な痛み止めになるのじゃ】
「でも注射器で刺して、目が虚だし大丈夫なの?」
【たしか、低確率で副作用で高揚感ってのがあったはずじゃ。青春とアドレナリンが爆発じゃ】
「あの野郎ぶっ殺すッ!」
ナヴァナは唾を吐き、剣を構えた。
そして駆け出した。
「死にぃぃさらぁぁぁせぇやぁぁ」
ナヴァナは漆黒の者に剣を突き出す。
「グ……うルさいナ」
が、叫びながら走って来る奴に気付かないほど敵も馬鹿ではない。
迫りくるナヴァナが突いてきた剣を槍で弾いて軌道をそらし、漆黒の者はナヴァナの腹に槍を突き刺した。
「ナヴァナァァァ」
エルと琴花が同時に叫ぶ。
「が、がふぅあ……」
ナヴァナの口から血が混じった泡のようなものが吐き出される。
「……邪魔ヲすルからダ」
漆黒の者はそう吐き捨て、槍を引き抜こうとする。
「さ…….させるかよ」
が、ナヴァナが引き抜こうとする槍の太刀打ちと呼ばれる部位を両手でガッシリと握りしめていて引き抜けない。
「こ、コイつ」
ナヴァナの抵抗に焦る漆黒の者は何度も蹴りを入れて、なんとしてでも引き抜こうと奮闘する。
【ボサっとするでないぞエルッ!! 今が好機じゃぞ】
ウリエルが叫ぶのと同時にエルは動き出した。
ナヴァナが予想外の抵抗をして焦っている漆黒の者に向けて槍を突き出す。
だが、判断はわずかに漆黒の者のほうが早かった。引き抜けない槍を諦めて回避行動に移る。
結果、槍は漆黒の者の心臓ではなく、漆黒のマントを突いた。致命的なダメージを与えることはできなかった。だが、相手の懐に飛び込むことに成功したエルは左手で隠し持っていたナイフを引き抜き、漆黒の者の肩に突き刺した。
「グ……おノレェェェい」
漆黒の者はエルを突き飛ばす。
突き飛ばした拍子にエル突いた槍の刃が漆黒のマントに引っかかる。
漆黒のフード付きマントが剥がれる。
「え……」
「うそ……なんで」
【お、お主は】
漆黒のフード付きマントが剥がされて出てきた人物を見て琴花達は驚愕した。
そこにいたのは……。
サーシャ=クレスト。
琴花をハクトウパンから逃すために囮になった冒険者の少女だった。
漆黒の者の正体はサーシャ=クレスト。
自分の槍に名前を書く僕っ娘です。




