034枚目 カエルは蛇に睨まれたので普通に帰りたい
フライドフェザーに蹴られたところが地味に痛い。
いや訂正。
地味にではなく結構痛い。
目に涙が浮かぶ。
ものすごく泣きたいし、もう帰りたい。
だが、今はそんな泣き言を言っている場合ではなかった。目の前にいる魔物フライドフェザーに立ち向かわなければならない。琴花は何としても冒険者にならなくてはならない。
琴花は歯を食いしばって武器を構えた。
クェェェェェェッ!! フライドフェザーが駆け出す。エルが足音も立たず琴花の横に立つ。駆け出してきたフライドフェザーの脚による攻撃を盾で弾く。
邪魔が入ったことに怒りを露わにしたフライドフェザーは翼を大きく広げて固有スキルを放つ。
無数の羽根が琴花達を襲う。
無数の羽根が琴花達の視界を塞ぐように舞い踊る。
「前が全く見えな……痛ッ!」
無数の羽根がまるで別の生き物かのように琴花達の周辺を動き回る。露出されている皮膚の部分を薄く撫でるように。だが確実に切りつけていく。
【集中しろ琴花】
「落ち着いてコイロちゃん。羽根自体にはそんなに攻撃力はないから恐れないで。あれは目眩しも同時に兼ねているのよ。落ち着いて対処すればどうってことないわ」
でも痛いことには変わりない。攻撃力がないといっても切り傷や創傷ができるってことは、やはり痛いってことなのだ。
【ふっふっ、攻撃力はないと言っても皮一枚程度なら軽く切れるから注意じゃぞ。ほれほれ新品の新聞紙や本などで指を切ってしま……】
「ウリエルうるさいッ!! 邪魔ッ! しばらく退場」
目の前の戦闘に集中できないので、琴花は眼鏡をはめた。今は戦闘以外の助言は必要ない。女神様のありがたい御言葉でもいらないものはいらない。
「こんな状況で女神様にそんな事を言えるのはコイロちゃんくらいね」
苦笑しつつエルが琴花を守るように前に立つ。
目の前で舞い踊る羽根をエルはナイフで振り払っていく。視界が徐々に明けてくる。
「むしろ気をつけるのは羽根で目の前が見えにくくなった後にやって来る蹴りよ」
ナイフである程度羽根を振り払うとそこにフライドフェザーの蹴りがやって来る。エルはそれを少し身体を横にずらすだけで攻撃を避ける。
そして避けるのと同時にすり抜けていくフライドフェザーをナイフで一閃二閃と胴体を斬りつけていく。盗賊ならではの素早いナイフ捌き。琴花だと避けるだけで精一杯であるが、熟練した技術がそれを可能にする。冒険者は伊達ではないのだ。
「コイロちゃん今よッ!」
「分かった。やぁぁぁぁぁぁ」
エルの合図と共に琴花は武器を振り上げて駆け出した。
★
「はい、お疲れ様。よく頑張ったねコイロちゃん」
無事にフライドフェザーの解体を終えたエルは満面の笑みを琴花に向けた。
「はい、これがフライドフェザーの魔核よ」
魔核とは魔物の中にかならずあるもの。同時に誰が討伐したかを記録してくれるため誰がトドメを刺したとかで揉めた時にものすごく便利なものである。
「これで一つ目のクエストクリアーね」
「うん、そうだね」
これでめでたく琴花は冒険者である。
魔核を持ってオクジェイト村へいざ行かん。
「じゃあ次のクエストに行きましょう」
「え? 次?」
「もう忘れちゃったのコイロちゃん。石碑の見守りよ。み.ま.も.り」
「石碑……? あ、あぁ普通に忘れてたよ」
琴花はすっかりその事を忘れていた。
フライドフェザーや大森林の魔物と戦っているうちに頭から抜け落ちていた。それだけ普段使わない精神的な何かを消費していたのだ。
「それじゃ出発しましょうコイロちゃん」
「うん」
エルの出発の合図と共に琴花達は歩き始める。次のクエストである石碑がある場所へ。
「ところでコイロちゃん何か忘れてない?」
しばらく歩くとエルは振り返り、琴花にそう問う。
「え? 何かって?」
しかし、肝心の琴花はこれ以上重要な事が何なのか全く分からず首を傾げた。
「とても重要な事なんだけど」
「えー、えーと……ごめん分からない」
「ウリエル様のことよ」
「ウリエル? ウリエル……あ」
戦闘中に集中できなかったためウリエルを退場させた事を思い出し、琴花は慌てて眼鏡を外す。
「ひぃぃッ!」
【のぉ〜琴花よ。なぜか今宵の虎徹は血に飢えておる。不思議なことに今宵は若い女の血に飢えておるのじゃ】
キラリと光る刀を携えたウリエルがそこにいた。般若の面をつけていて、あまりの殺気の強さに琴花は身動きできなかった。蛇に睨まれた蛙といえば良いのか。恐ろしいほどに身体が動かなかった。
今まで感じたことのない殺気。少し前に戦ったハクトウパンとは比べものにならないほどの殺気。
【どうした琴花よ。妾は別に怒っておらぬ。ところで辞世の句の準備はできたか?】
琴花の命が消えるまでのカウントが静かに動き始めた。




