幕間002枚目 大森林での邂逅(かいこう)
お待たせしました。
僕っ娘ことサーシャ再登場です。
安心してください。
はいてま……生きてますよ。
もうどれくらい走ったか分からない。
なかなか追跡から逃れることができない。
現在、彼女は自ら囮となり強敵であるハクトウパンから逃げている最中であった。
なぜそんな事になったのかは読者の方はお分かりであろうが念のために説明しておこうと思う。
彼女はサーシャ=クレスト。
一人称は僕。
今流行りの僕っ娘である。
年齢は17歳であるが発育が良いので意外と胸はボリューミーである。
得意な武器は槍。
固有スキルは森の詩
スキルの効力は森林において移動速度が落ちないことと森林内における戦闘力の向上。
足場の悪い森の中においては貴重な固有スキルだ。
主に森に生息する魔物などが所有していることがあり、人が持つには非常に稀有である。
そのおかげか、本来ならば緊急クエストに参加できるほど高Rankの冒険者ではないのに特別に参加を許可されていた。
さすがに1人では危ないのでRankが高くて信頼できる冒険者と組めるようにオルガン=アッシェがセッティングしたのだが、訳あって現在は単独行動中である。
「まだ追いかけてくるの」
背後から咆哮が聞こえる。
ハクトウパン。
鷲の翼を持つパンダの魔物であり、このオクジェイト大森林においてかなり危険度が高い魔物である。子煩悩で我が子を傷付けたとなると全力で攻撃をけしかけてくる。
でも子供のことは結構放任主義の放置プレイなので、子供が危ないことをして怪我をしたら子供を叱るのではなく店長や責任者に文句を飛ばす輩……失礼、いわば馬鹿な親またはモンスターペアレンツなのだ。
最近では教育の現場ではなく介護や医療の現場にも進撃中だとか、そうでもないとか。
年輪を重ねていない若い木達がメキメキバキバキと音を立てて倒れていく。攻撃力の高さならその一文だけで説明できる。だから意地でも逃げなくてはならない。逃げ切ることが勝利条件。
止まったら最後だ。
彼女がうまく逃げ切っているのは、スキル【森の詩】の効力によるもの。足場の悪い森の中で移動速度が落ちないのもスキルの恩恵。だが、このままでは追いつかれるのは時間の問題である。
オクジェイト大森林は現在、白い靄で覆われている。何日かに一度そういう現象が起こる。
村の子供の探索クエストが緊急クエストになったのは白い靄により探索が困難だとギルドが判断したため。人海戦術を使うために緊急クエストにしたといっても過言ではない。緊急クエストは基本そのギルドにいる冒険者全員参加の義務が生じる。
もちろん怪我とか病気で参加できないこともある。
その時は緊急クエスト不参加届けの提出が義務付けられている。ちなみに提出はギルドのカウンターで本人または代理人によって受理される。
走り続けるのも徐々に厳しくなってきていた。
それでもサーシャは走り続けるしかない。
視界が悪くて気をつけて走らなくてはならないので余計にスタミナやメンタルが刻々と削られていく。
もちろんそれに連動してエネルギーも浪費されていく。エネルギーがなければスタミナもメンタルも回復しない。いわば空腹状態。
このままでは万事休す。
今は逃げること、生き延びること、共に森の中に入った仲間と合流することが最優先事項。
背後から未だに咆哮と共に木が削られる音などが聞こえてくる。
サーシャはわざと木と木の間が狭いところを走り抜ける形で逃げている。少しでもあの図体が木と木の間に引っかかることを狙ってだ。
だが、なかなかうまくいかない。バキバキと音を立てる音と咆哮だけが響く。後ろを確認したいが、そんなことをしている暇も余裕もない。
今はひたすら狭いところを狙って走り抜ける。ただそれだけ。
★
どれくらい走っただろうか。
気づくとハクトウパンの咆哮も、木がへし折られる音も聞こえなくなっていた。
「はぁはぁ……諦めてくれたの?」
サーシャは槍を杖代わりにして乱れた呼吸を整える。
無我夢中で逃げていた。
ただひたすら狭い所ばかりを狙って走っていた。
その甲斐あってどうやらハクトウパンから逃げることに成功したようだ。
だが、成功の要因はそれだけではなかった。
ハクトウパンは追いかけていても我が子の鳴き声を聴きとる能力が備わっている。そのため子ハクトウパンが何かしらの鳴き声をあげたのでそっちのほうを優先したのだ。
子ハクトウパンを誤って蹴っ飛ばしてしまい追われる羽目となったが、皮肉なことに子ハクトウパンのおかげで無事に逃げ切ることに成功した。
「もう嫌だよ、帰りたいよ」
どこをどう走ったのか分からない。
ハクトウパンから逃げ切ることに成功しても、まだ安心できる状況ではない。
我武者羅に
無我夢中に
本能のままに
逃げたサーシャ。
現在、大森林のどこにいるのか分からない。方位磁石も地図も場所が分かってこそ使える物であり、今はまるで役に立たない。
「うぅ……怖いよ。誰か助けてよ」
サーシャは目に涙を浮かべて、木にもたれるように座った。逃げ切れたことにより緊張の糸が解けてしまった。感情が溢れ出す。
涙が止まらず嗚咽だけが白い靄が支配する大森林に響く。
今は誰もいない。
仲間もいない。
ひとりぼっちだ。
遠くのほうでハクトウパンの雄叫びが聞こえたような気がした。
その雄叫びにビクッと反応するも、身体に力が入らない。
もはや疲労はピークだ。
肉体的にも精神的にも……。
こんな魔物がいるところで休んでいる場合ではないが、もはや動く気力はサーシャにない。
今、魔物が出てきても戦えない。
これがベテランの冒険者ならば何かしらの対策は練れるが、残念ながらサーシャはほぼ初心者に近い冒険者。
さらに付け加えるならば、この緊急クエストが初の大型クエスト。
薬草を摘んだり、素材を確保してくる通常クエストとは全く違う。
「怖いよ。誰か助けて……」
膝小僧を抱えながらサーシャは呟く。
「助けテあげようカ?」
「え?」
どこからか声が聞こえた。
サーシャは顔を上げる。
周囲に視線を向けるも、誰もいない。
「気のせい?」
「ソんなわけガない。コこだよ」
声と同時に白い影が現れる。
その影は徐々に形を作り、1人の少女へと姿を変えた。その姿はうっすらと全体的に白い。
「やァこンなとこロで、なんデ泣いていルの?」
「あ、貴方は……誰?」
本来ならば驚いてしまうところだが、今のサーシャにはそんな気力すら残されていなかった。目の前に現れたのが誰であれ、魔物ではなく人だということが彼女を安心させた。
「ソうだネ、名前ハ……うん。私はウリエル。あナたを助けにキた」
「ウリエル……ってあの四女神様の?」
「そウ、四女神ガひとりウリエルとは私ノことダ」
普段ならそんな戯言に耳を傾けない。しかし、突如現れてまるで静かに動く様はどこか人間離れをしていた。スイーっとサーシャの隣に移動する。
「その女神様がなぜ僕のところに?」
「そウだね。ここデ君を死ナせタくないンだよ。君は珍シイスキルの持チ主ダから」
白い少女がサーシャの瞳を覗き込む。その瞳は漆黒で、まるで吸い寄せられてしまうような錯覚を覚え、サーシャはすぐに視線を逸らした。
「ぼ……僕のスキルは、確かに珍しいよ。だから今回のクエストに参加できたんだから」
森の詩
足場の悪い森林内でも速度が落ちず、フィールド効果により少しだけ強くなる。そのスキルのおかげでサーシャのような低い冒険者が特別に参加できた。それは同行者付きという条件でだが。
「こんなスキルじゃなければ、僕はこんな目に遭わなくて済んだんだよ」
サーシャは膝小僧をしたまま顔を埋めた。今となっては自分の固有スキルが憎くて仕方ない。
「いヤ、私が言いたイのは《森の詩》ノことジャないよ。別ノスキル」
サーシャは顔を上げた。自分の固有スキルをそれ扱いされたのに苛立ったが、同時に別のスキルという単語に疑問を覚えた。
「別のスキル?」
「ソ、君にハあるンだヨ。別ノスキルガ」
「え、ちょっと待ってよ。固有スキルは1人につき1つ……」
「君はエクストラスキルノ所持者だヨ」
サーシャの台詞を被せるように白い少女は口を挟んだ。
「エクストラスキル? 僕が?」
エクストラスキル。固有スキルを鑑定する者でも鑑定できない特殊なスキル。それが発現する条件はただ1つ。神およびそれに準ずる者に認められた時。
「アのハクトウパンの戦イを見さセてもラった。あの時、君はハクトウパンの翼ニダメージヲ与えたネ」
「うん、なんかうまい具合にダメージ与えられてラッキーとは思ってた。そのおかげで僕が囮になってコイロを逃がすことができたんた」
そんなサーシャの台詞に白い少女はカカカと笑う。
「そんなたマタマの攻撃デダメージガ与エられるホド、ハクトウパンの皮膚は柔らカクない。君は認めらレたんだヨ。君が助けヨウとしていタ少女ヲ……いや少女と共ニいた神またハ準ずル者に」
「そ……そんな」
「驚くノモ無理ナいよ。私ハ君を死なセタくない。ダカら助けニキタんだ」
白い少女こと【ウリエル】は優しく微笑み、サーシャの頭を優しく撫でた。
「本当に帰れるの?」
「ダイジョウぶ、女神ウリエルノ名の下に約束シよう。ダカら名前ヲ教えテクレないか?」
「サーシャ……サーシャ=クレスト」
「ヨい名前じャ……」
白い少女【ウリエル】はサーシャと目を合わせる。漆黒の瞳がサーシャを覗き込む。
次の瞬間、サーシャの身体がビクっと震えた。
「約束シよう、こノ森の外へ。人ガいるトコろまで帰れルこトを」
虚ろとなったサーシャの髪を撫で、その頰に優しくキスをした白い少女こと偽ウリエルはグヒヒと不気味な笑い声をあげた。
肉体的にも精神的にも疲労していたサーシャの前に現れたウリエルを、名乗る者
お前は何者だ?




