025枚目 コインならぬ穀潰しの女神様
「あ、あのエル?」
琴花は必死に呼びかけた。
だが返事がない。
ただの屍のようだ。
もちろんそんな馬鹿な話ではなく、ちゃんと呼吸もしている。大丈夫、はいてま……ではなく生きてます。
『妾の名前を名乗った途端フリーズしよった。こやつのスペックはもしかして旧型並か』
顎に手を添えたままの状態でウリエルもエルの顔を覗き込む。だが、エルには姿の認識はできていない。
『むむ、反応せぬ』
目の前でウリエルが変な顔をして笑いを取ろうとしても全く無意味なのだ。
『バージョンアップが必要じゃの』
「エル? 聞こえてる? もしもーし?」
一向に精神の世界より帰還されないエルフの美少年エル様。これでは物語が進まない。
『ふむ仕方ない琴花よ、往復ビンタじゃ』
ビシィっとエルに向けて指を刺すウリエル。
「ノーモア暴力ッ!」
もちろんその案を却下する琴花。
なぜ心配して食事まで運んでくれた人に往復ビンタをせねばならぬのか。
恩を仇で返すのが女神の教えか……。
いや、それ以前にバージョンアップの方法が往復ビンタなのか……。
『映りが悪いブラウン管テレビを斜め45度でぶっ叩けば直るのじゃ。ほれ気合を入れろ琴花ォォッ!』
またもやどこからか取り出した闘魂と書かれたハチマキを装着しているウリエル。
「いや意味分かんないし、人殴ったら犯罪だし」
なんでもかんでも根性論で片付けられるわけがない。時代は刻々と変化している。
昔のやり方が通用しない時代へと移りゆく。
例えを挙げるならば、うさぎ跳びというトレーニング法があるが、現在は関節や筋肉を傷めるスポーツ障害を引き起こす可能性が高いとして禁止されている。
時代に応じて常識やルールも変化されている。
『えぇーい、とりあえず手段は選ばぬ。その馬鹿面をどうにかせぇい』
「はいはい分かりましたよ女神様ッ!」
とにかくこのままでは話が進まない。
琴花はエルの顔の前で手をパーンと叩いた。
必殺、猫騙し。
でも猫騙しでは人は殺せない。
「あ……」
『妾の名前を聞いた程度で放心状態になるでないわ愚か者がッ!」
「ごめんなさい、名前を聞いた途端ボーっとしちゃって。でもそれだとコイロちゃんがハクトウパンを倒せたとのも納得できるわ」
非力な少女が投げた槍が高い守備力を誇るハクトウパンを貫いたのだ。何か巨大な力が介入しないとできない事だ。女神様の力ならばハクトウパンを倒すのも容易いであろう。
『くれぐれも周囲にバラすでないぞ。もしバラすような暴挙に出るならば……』
エルには見えていないが、ウリエルが指をポキポキと鳴らしているのが琴花には見える。
闘魂のハチマキはまだ額に巻かれたままだ。
「分かったわウリエル様。そんな馬鹿な事はしないと約束しますわ」
『四女神の名にかけて誓うか?』
「はい、私エルは四女神が一人ウリエル様の名の下に誓います」
エルは片膝をついて頭を垂れる。
『ふむ良きに計らえじゃ』
実際ウリエルの姿が見えていないので琴花の方に頭を下げる形となる。
が……肝心のウリエルはエルの背後にいた。
姿と声が認識できる琴花にとっては間抜けな光景。
さすがに女神の名の下に誓う神聖な場面にそこに私はいません、眠ってなんかいませんと口出しはできない。知らないことのほうがいい時もあるのだ。
神々しい女神様のイメージを壊してはいけないのだ。
『妾の声を認識できる奴がお主みたいな善良な心の持ち主で良かったわ』
ウリエルが満足そうに頷く。
「凄いわ、生きてるうちに女神様のお声が聞けるだなんて」
エルが目を輝かせた。
まるでお宝を見つけた子供のようにキラキラしていた。
「でもなんで私には見えないのかな〜」
エルが肩を落とした。
そんなにウリエル様が見たいのだろうか。
琴花には全く理解できない。
あれは、ただのうるさいだけの女神である。
コインがなければ、自ら力を使うことすらできない女神。
まさに穀潰しの女神ウリエル様である。
『【妾の眼】のスキルがあれば妾を見ることはできるぞ』
ウリエルの呟きに、目をランランに輝かせたエルが琴花の手をギュッと両手で包み込むように握る。
「コイロちゃん」
なぜか嫌な予感しかしない琴花。
この世界に降り立ってからそういうのに敏感な年頃となっている。
「片方だけ私にくれな……」
「あげませんッ! 却下ッ!」
予感は的中。
何恐ろしいことを言うのだこのエルフは……。
それでは目玉ほじくってよく聞けと言ってたウリエルと同類ではないか。
類は友を呼ぶのか……。
だからウリエルの声が聞こえるのか……。
『待てエルよ、目の取引はやっておらん。妾は崇高なる女神様じゃ。ノートを落とす死神と一緒にするではない』
「でもコイロちゃんは見えるんでしょ? なんか不公平だよ」
頬を膨らませて抗議するエル。
見た目はエルフの美少年、口調はオネェ。
未だに琴花はエルという人物像をうまく掴めていない。悪い人間ではないと思う。
たぶん悪い人間ではないだろう。
ただ少し特徴があるだけ……。
そう、個性的なだけだ。
『まぁ声が聞こえるだけでもよしとしておくれ。聖職者でもないのに聞こえるということ、お主は【妾の耳】のスキルの持ち主じゃ。それだけでも十分な特殊スキルじゃ。まぁ〜姿だけなら巷にある肖像画と変わらぬよ』
琴花は肖像画を見たことないので、どんな感じなのか分からない。女神様とは神聖なる存在であるから、たぶん物凄く美化されている可能性がある。
「肖像画通りならとびきりの美少女様ね、ウリエル様は」
『うむエルよ、やはりお主は清き心の持ち主じゃ。琴花にあとで妾の肖像画ミニを届けさせよう。感謝の涙で溺れ死ぬが良い』
「はい、ありがとうございますウリエル様」
頭を垂れるエル。口は悪くても女神様は偉大な存在。
だが、琴花にとってはやはりただのうるさいだけの女神様に過ぎない。
「でも声だけが聞こえるってことは、四六時中ギャンギャン声が聞こえるわけだよね。うぁ……生き地獄」
ボソッと呟いたつもりの琴花だったが、
『貴様ぁぁ、琴花ッ! よりにもよって妾の美声をギャンギャンだとッ! さらに生き地獄とは何じゃい』
口は悪いが、残念ながら耳はとても良いウリエル様。すぐさま反応して吠える。
「あ、あの喧嘩しないで。そのずっと聞こえてるわけじゃないの。だからコイロちゃんウリエル様に謝って。あともう少し声を抑えたほうがいいと思うわコイロちゃん」
声を認識できるエルにとっては、琴花とウリエルが口喧嘩しているように聞こえるが、声も姿も認識できない人にとっては、琴花が吠えてるだけにしか見えない。
「分かったよ、ごめんなさい」
『うむ妾も少し過剰になり過ぎたわ。すまぬ』
「3人で仲良くやっていきましょう」
エルは琴花と見えていないけどウリエルに微笑みを向けた。




