024枚目 御利益のある焼き鳥
「書物からの知識だけど、ちゃんと二本の足で帰って これますようにと願いを込めて作られたものなんですって」
『二本足で立って手を着かないことから、相撲の世界では焼鳥の材料である鶏は縁起物として扱われておるのぅ〜』
お土産としてとても大人気らしい。
「すごいんだね焼鳥。ごちそうさま」
お皿に乗っていた焼鳥を完食し、琴花は手を合わせる。それに「はいお粗末様」とエルが返す。
ご利益や縁起物には日本人は弱い。
琴花も他の日本人と同様、そういうものには弱いしゲン担ぎとかもしたくなる。
「本当に無事に帰れて良かったわ」
飲み物をグイッと飲み干してエルは琴花の細い腕に手を伸ばした。
まるで女性のような白くて細い指。
少しくすぐったさを感じてしまう。
「本当にこんな細い腕でハクトウパンを倒したなんて、目の前で見ていても信じられないわね」
満遍なく琴花の腕を触っていくエル。
くすぐったくて仕方ない。
「うん、なんか投げたら倒せたからびっくりしてる……かな」
「でもハクトウパンってものすごく身体が固いのよね〜」
「あの固いってそんな風には見えなかったけど」
パンダの身体が固いわけがない。
タイヤに丸まって笹を食べているイメージしかない。
「そう? 刃物でもなかなかあんなにドスって刺さらないのよ」
『そりゃー刺さるわな。妾がおればお茶の子さいさいじゃ』
もちろんエルが言っているのはハクトウパンの守備力のことであり、柔軟性の話ではない。
「とても武器とかを普段から持ってる手もしてないし」
エルは琴花の手をそっと握って顔を近づけてくる。
心なしか身体もズズイと近づいてくる。
距離感やパーソナルスペースという言葉はこの世界にはないのだろうか……。
「あ……逃げないで」
「あ、うん逃げてないよ。ただちょいと距離感が……ね」
無意識ではあるが、少しずつエルから距離を置こうとする琴花。口調はアレだがエルは見た目は美少年。
やはり近づかれるとドキドキしてしまう。
『琴花よ、チューするなら今じゃぞ』
顔を両手で隠す仕草をするウリエル。
だが微妙に指の隙間から目が見えている。
この女神様は明らかに止める気がなく、面白がっている。
エルの顔が近づいてくる。
琴花は距離を置こうとするも、いつの間にか壁側に追いやられていた。元々そんなに広い部屋ではない。
琴花が逃げられるスペースなど、たかが知れている。
壁ドンだ。
背中が壁にドン。
使い方は間違っているが、これも立派な壁ドンだ。
「……聞こえる」
琴花に顔を近付けたエルがボソッと呟く。
「な、何が?」
ドキドキの音であろうか……。
琴花は思わず胸に手を当てて、止まれ止まれと心臓に念を送る。もちろん止まるわけがないし、意識すればする程ドキドキが加速する。
顔から火が出そうになる。
『焦れったいのぅ〜。よし琴花よ、先に行け』
どこに行くというのだ?
蛇に睨まれたカエルではないが、全く動けない。
魅惑でもかけられたかのように。
エルがそーっと手を伸ばしてくる。
琴花の髪を優しく撫でるつもりであろうか……。
琴花は目をぐっと閉じる。
「意識しないと分からないけど、コイロちゃんに近寄るとよく聞こえる」
「な、何が」
「コイロちゃんじゃない誰かの声が……」
「………………はい?」
琴花は目をパチリと開けた。
するとエルは琴花から離れる。
『ありゃ終わってもうた、つまらんのぅ』
ウリエルは大きな欠伸をにしてゴロリと寝転がる。
さっきまで見ていたアニメやドラマが終わった途端に興味を失くした子供のように……。
「あの……」
今さり気に言われた【誰かの声】というキーワード。呑気に寝ている場合じゃないぞウリエルと琴花は念を送るも、残念ながらウリエルには届かず。
ものすごく嫌な空気の流れ。
「初めましてエルです。よろしくお願いします」
のほほんとした空気をまといながら頭をペコリと下げるエル。
「コイロちゃんじゃなくて、そこにいるのは誰?」
「ふぇッ?」
『ふむ、何やら面白くなってきよったのぅ』
気だるげに身体を起こして、エルを見つめるウリエル。
「え、えーと何のこ……」
「誤魔化してもダメよ。声ならしっかりと聞こえてるから」
「えーと……」
しどろもどろになる琴花の後ろからウリエルが身を乗り出した。
『お主も妾の姿が見えるのか? どうじゃこの美貌ッ! あまりの美しさに感涙ものじゃろ』
ウリエルが満面の笑みでエルにアピールする。
だが、見た目は少女。
美貌と言うにはまだ遥か遠い。
どちらかというと、無理して背伸びをしようとする早く大人になりたい少女だ。
「ごめんなさい、声は聞こえるのだけれど姿は見えないのよ」
苦笑するエル。
せっかくのアピールもどうやらエルには見えないらしい。
『なんじゃ、見えぬのか。つまらんのぅ』
そう言ってウリエルは横になろうと……。
「ちょっと寝ないでよ。ここ重要なところでしょ」
もう誤魔化しが効かないので琴花はエルの目の前でウリエルに語りかける。
『ふん、妾の美貌が分からぬ者と会話する舌なんぞ持たぬわ』
ベーっと舌を出すとウリエルは琴花に背を向けるように寝転がる。
すっかり拗ねてしまったウリエル様。
仕方ないじゃないか、だって見えないのだから。
「いつからですか? その声が聞こえ始めたのって」
「そうね〜、具体的には分からないけどコイロちゃんと会う少し前には聞こえていたと思うわ」
『つまりはその声を頼りに琴花を発見できたというわけか。いきなり見つけたわと言われて何の事だかさっぱりじゃったが、これではっきりしたのぅ』
たしかに初対面の時、エルは「見つけたわ」と言っていた。それは迷子の子供ではなく琴花の事だったようだ。
「それでね、声の出処や私以外にも聞こえているのかと色々と確認して、今に至るって感じかしら。どうやらレイやオルガンには聞こえていないみたいなの。他の冒険者にもね」
森の中で戦闘をしながらも声についての検証をしていたことよりも、検証をしていることに気づかなかったことに琴花はため息をついた。
さすが冒険者。
抜け目がない。
のほほんとしているくせにやる時はやるようだ。
とにかくウリエルの声だけ認識できる人物と琴花はめでたく巡り合ったということである。
「あ、そういえば声は聞こえてるんだけど、なぜかコイロちゃんが貴方に語りかけてるとき、一部だけザーザーと言って聞こえないのよ」
それは個人情報保護法か、はたまた放送倫理委員会のコードに引っかかるのか……。
『それはもしかすると、妾の名前を呼ぶ時かもしれんな。一応名前のところだけ当事者以外に漏れないように細工してあるのじゃ』
「あら、そうなの? もし宜しければお名前を教えてもらえないかしら?」
エルが頭をペコリと下げると、満面の笑みを浮かべてウリエルは立ち上がり扇をバッと広げた。名前くらい普通に教えればいいのにと心の中で呟く琴花。
『ふむ、本来ならば琴花以外に気安く名前を語りたくはないが、妾の大事な琴花を助けてくれた礼じゃ、特別に教えてやろうぞ、感謝の涙で溺れ死ぬがよいぞ』
「そんな前置きいらないから早く自己紹介してやってよ」
『むむ、ここが唯一妾の見せ場じゃろ。外野は黙っておるのじゃ』
「はいはい、分かりましたよ」
ウリエルの貴重な見せ場らしいので琴花は大人しく引き下がる。そうしないと一向に話が進まない。
『妾はウリエル。四女神がひとり、コインを司る女神じゃ。エルよ、よしなにじゃ』
焼き鳥をツマミに麦酒が飲みたい。




