【交流】人生50年の時代に隠居はあるのか?
中世は短命。
50年生きれば長生きという話をした後の交流の模様をダイジェストにて
>>因幡 憂(元・ばうあー) 様より
人生五十年でも隠居ってするんですか?
>>呉王夫差 様
40歳ぐらいで隠居したらしいですね、中世は。
ちなみに織田信長は、形式上は41歳で隠居したそうな(家督は長男・信忠が継いだ)。
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すでに、【呉王夫差】様が返答してくれていますね。
隠居は存在はしたけど、文字の通りに【世間から隠れ】と【居を構える】ことができないのが実情だったと思います。
中央集権国家なら、権力者は地位から離れても顔役をする。
農村なら、ワラを編んだり、家を修復したり、仕事はいくらでもある。
楽隠居っていうのは、本当に理想だったと思います。
実際、信長さんも本能寺で死ぬまで、事実上の司令塔でしたから。
隠居といっても、後継者争いを止めるために名目上の頭首の座を譲る。
頭首死後の混乱を押さえるために、早期に権力移譲を行うのが目的でした。
百姓であっても、土地や水の争奪において血筋や系譜、責任者であることはこの上もなく重要です。
今も、農村で同じような現象があるみたいですよ。
まあ、会社でも同じですけど。
財産以上に、人間関係の引継ぎの方が厄介なのは、今も昔も同じですね。
映画の【清州会議】でも、後継者問題でもめまくってましたし。
後継者の移譲として、最悪の事例を一つ。
ルイ15世が早期に病死、若くして即位した16世とその妻マリーアントワネット。
その政権の行く末はフランス革命。
国王、王女が共に断頭台に送られました。
歴史にもしもはありませんが、権力移譲が緩やかに行われていたら、ルイ15世がもう少し長生きしていたら、悲劇と革命はもう少し先送りになったかもしれませんね。
たとえ、名ばかりの名大や名誉職であったとしても、旧体制の最高権力者が後ろ盾になり、全面的に支持する。
最高権力者が形ある財産のみならず、精神的な遺産を継承していることを周囲に知らせるのは、支配力や統率力を増すことにつながったのです。




