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アバンダンド(見捨てられた学校で)  作者: 一天草莽


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09 彼らなりの授業(1)

 とある平日、三年教室の教壇に立つのはリーダーと御手洗の二人だ。


「さて、突然だが今日は、お前たちにテストをしてもらおうと思う」


「聞いて驚くな、抜き打ちだ」


 淡々と説明する二人の言葉を受けて、教室には驚きが満ちた。


「ちょっと待ってくれないか、その話。学年主任である俺も初耳なんだが。ほどほどに生きるのがスローガンだから、テストする必要なんてないと思うが」


「おいおい、リーダーたちも不良か? 不意打ちなんて卑怯だぞ!」


「テストかよ、くそ! サバイバル訓練を積んでるだけあって俺は人よりも健康体だが、今からでも仮病で乗り切れるか?」


「佐波、仮病はさすがに無謀だ。だが俺にいい案がある。ボイコットするのさ」


「そうだよね、千藤君! テスト反対! せめて延期! 抜き打ってどうする!」


「あーもー、お前らちょっと落ち着けって。山原もジタバタするな」


「そうよ、落ち着きなさい。まずはちゃんと話を聞いてみましょう」


「よく言った」


 露骨に抜き打ちテストを嫌がる男子の喧騒を落ちつけさせた宗谷とリオに感謝しつつ、微笑を浮かべたリーダーは彼女を指差した。


「どうも……」


 と遠慮して頷くリオ。

 あれ、俺は? と思った宗谷だが、えこひいきしないリーダーは律儀なので彼にも指さした。当然、感謝の微笑み付きだ。

 雑に扱われるのに慣れていた宗谷は照れもあって普通に嬉しくて黙った。


「これまでの授業のやり方では、俺たちにとって足りない部分が確実にある。この状況、これからの時代を生き抜くためには、もっと切り込んだ手法が必要かもしれない。そこで、お前たちに授業のやり方をテストしてほしいと俺は考えた」


 すぐ横に立っている御手洗がリーダーの言葉を引き継ぐ。


「つまるところ、今日はその実験みたいなもんだ。テストはテストでも、授業のテストだな。どんな授業をやったらいいか、全員で身をもって体験してほしい」


「そういうわけだ。後はお前たちに任せたぞ」


 そう言い残して、学生帽のつばに手をかけたリーダーは一人だけ教室を出て行った。

 やはり今日も授業には参加しないらしい。


「はい、それでは任されましたっと。さて、ということで誰かに先生役として教壇に立ってもらうわけだが、どうするかな」


「どうするかなって、一番向いてそうな御手洗会長はやってくれないんだね……」


「すまんな、山原。俺は生徒会長として、生徒の代表を務めているからな。先生役はパスだ」


「生徒会長として率先して先生役をやってほしいものだがな」


「うるさいぞ、宗谷。……よし、それじゃあ最初の一人は俺が適当に選んでやろう。そうだな、特に理由はないがエミ、お前がやってみろ」


「ひゃい?」


 名指しされたエミは油断していたのか、びっくりして声が裏返る。


「え? わ、私ですか? うーん。教えるものが何もない私よりも教師をするのにふさわしい人は、この教室だけでもざっと二十人ほどいますが」


「ほとんど全員じゃないか、それ」


 という宗谷の声に、なぜか納得するエミ。


「ああ、なるほど。だから私が選出されたのですね。私がこの教室の中で一番、授業を受ける側にはふさわしくないと」


 これには御手洗が即座に否定を加えた。


「すまん、エミを指名したのは目についたからで、そんなつもりはないぞ?」


「つもりがなくても結果として現れるんですよ、人間の言動には。ですが、すんなり納得です。なにしろ皆さんは素晴らしい生徒ですから、教師をするにはもったいないです」


「それ、褒められているのか?」


 いや、ちっとも褒めてないよな、と思う宗谷。

 人を褒めるのが好きなエミは何でも褒めようとするあまり、皮肉すれすれの無理やりなことも多いのだ。

 ともかく、すんなり移動して教壇に立ったエミは自分と入れ替わるように席に着いた御手洗に尋ねる。


「で、普通に授業をするんですか? 先生として教えるのは何をやっても?」


「まあ、一発目だから気楽にやってくれていいよ。一般的な教科である国語や英語を俺たちが普通にやっても無理なんじゃないか……ってことで始めた授業形式や科目のテストだから、教えたいことは何でもいい」


「そうですか。始業式の日にやった感じのやつですね。では、私ではなく皆さんの生徒ぶりに期待しましょう」


「僕はエミちゃんにも期待しているよ!」


「さすがお優しい山原さん、ありがとうございます。……えっと、それでは一つ問題を私が作りましょう。皆さんのセンスあふれる答えを期待します」


「どきどき……」


 と、無意識なのか声に出して緊張を表明する真由である。

 そんな友達の姿を見て、逆に落ち着いてきたのがエミだ。

 みんなの顔を見渡しながら問いかける。


「そうですね、それでは落ち込んだ友人を励ます際の、センスあふれる言葉なんてどうでしょうか? これを言えばいいんじゃないかっていう、そういう言葉を思いつく人はいませんか?」


「うーむ……」


 とはいえ、いきなり出題されても臨機応変に答えるのは難しい。

 ある種の心理テストを受けさせられているようなものだ。

 適当に答えるにしても、考える時間がそれなりに必要だろう。

 そう思われた教室ではあったが、


「よし、誰も行ないなら俺が一番手に答えよう。全員に方向性を見せるのが参謀の役割ってものさ」


 と、真っ先に声を上げたのは千藤である。

 いつからクラスの参謀になったのやら、落ち込んでいる友人を励ますための言葉、というものを彼なりに答える。


「一度の失敗くらいで落ち込む必要はない。失敗は成功の母なんだ。成功の父が誰かは知らんが、どんどん失敗して婚活させようぜ。ほら、次の課題を用意してやった。やれ」


 なるほど、と感心するエミ。


「ものすごく前向きなようでいて、実際には落ち込む隙も与えない問答無用って感じの励まし方ですね。一見すると冷たいようですが、くよくよと悩む暇もないほど忙しくするのは一つの対処法かもしれません。さすがの千藤さんでした。他の人はどうでしょう?」


 次に名乗りを上げたのは長瀬だ。


「おや、落ち込んでいるのか? よし、君の感情に流されてワタシも一緒に落ち込んでやろう。……ぐおおおおおお! なぜだああああ!」


「はい、落ち込んでいる友人も引くぐらいの落ち込みっぷり。実際に効果があるのかどうかは別として、並々ならぬセンスをひしひしと感じます。長瀬さん、ナイスセンスです」


「あ、じゃあ次は僕!」


 はいはい、と実に楽しそうな山原だ。とても誰かを励ましそうな雰囲気ではない。


「そっか、落ち込んでいるんだね~。へへ、僕には何もできないけどね~」


「これはもう尊敬するほど何も励ましてあげられていませんが、何もできないってことが逆に励ましになっていると思いますよ。山原さんらしいというか、さすがです」


「はっはっは! 存分に落ち込め! うじうじしている間、ここぞとばかりにお前を追い抜いてやるぜ! ああっはっはっは!」


「さすが朽木さん、弱った友人を相手に容赦のない振る舞いです。ですが、朽木さんの友人ならその言葉で逆に奮い立ちそうで驚きますね」


 などなど、次々と発表していく中、最後に白羽の矢が刺さったのは宗谷だ。

 ……落ち込んだ友達の励まし方?

 と、あまりピンと来ていないながらも答えはする。


「まあ、頑張れよ。次があるだろ?」


「…………」


 こんなもんかな、と照れながら言ったら、周りの反応はあまりよくはなかった。

 いつも口うるさい割にはその程度かよ、みたいな空気感が漂っている。

 さすがのエミもどうしたものかと困った。


「……宗谷さん、なんですかそれは。もしかして励ましているつもりですか?」


「え? なんで俺のは駄目なんだ? 褒めてくれよ」


「いや、だって……」


 いつもはもっといろいろ言うじゃないですか、と、褒めるのを忘れて言いそうになる。

 あっ、と慌てて口をつぐんだエミ。

 褒めるのは無理筋でもいいが、けなすのは彼女の主義ではない。

 授業の進行が止まったのを見て山原が助け舟を出した。


「まったくもう、宗谷のは励ましじゃなくて気休めだよ。そんな言葉、聞かないほうがまだましだね!」


 続くのは朽木と佐波だ。


「そうだぜ。あえて言おう、お前の台詞はカスであると」


「なんか一気にしらけちまったな。ここがサバイバル大会の会場だったら何人か死んでる」


「ひっでー。……なあ、今まさに俺が落ち込んじまったから今までの全部、俺に言ってみてくれるか? ほんとに励まされるか実験してやるよ。一番駄目だったやつは赤点な」


「まあ、頑張れよ。次があるだろ?」


「ん、確かにそれちょっと突き放されてる感あるね! 自分で言ったやつだけど相手に寄り添えてないね!」


 とまあ、思わず宗谷が立ち上がったところで一区切りがついたようだ。

 やれるだけやれたエミが満足げにうなずく。


「まあ、ちょうどいい時間になったでしょうか。これで私の授業はおしまいです。さすが宗谷さん、なんでも終わらせてくれます」


「それ、褒めてくれているんだよな?」


「まあまあ、お前のそれは個性なんだから誇れよ。あとエミはお疲れ様だ。……えっと、次に行くやつはいるか?」


 まずは宗谷に落ち着いて座るように促してから、簡単にエミをねぎらった御手洗は教室を見渡す。

 誰もやらないようなら再び誰かを指名しなければならないが、と思っていると、誰に言われずとも立ったのは千藤だ。


「よし、次は俺が行かせてもらおうか」


「おお、千藤か。お前はしっかりしているから任せられそうだ」


「確かに安心して任せられるな。千藤は主任の俺より優等生っぽいからな」


 自分を卑下してそう言った主任に対して、運営委員会の仲間でもある生徒会長の御手洗はさすがに注意を述べずにもいられない。


「それはお前あれだぞ、ちょっと反省したほうがいいぞ」


「これでも一年のころは千藤よりも俺のほうがしっかりしていたんだがなぁ……。あれから二年経って、時間が悪いほうに流れたらしい」


「お前次第だろ、流し方は」


 だからもっと頑張れよ、と言外に伝えた御手洗だが、すでに今年度の目標を「ほどほどに生きる」に決めていた主任はほどほどに受け止めた。それ以上言っても心に響かないのはわかっていたので、しつこく迫って険悪な関係になるのを避けたがった御手洗は身を引いた。

 その間に、エマと入れ替わるようにして教壇へ移動した千藤。

 御手洗と主任の二人に視線をチラッとやってから、リーダーに続くナンバーツーとナンバースリーの関係に意識を向けつつ口を開く。


「さて、この際だから人の上に立つ者が学ぶべき帝王学についての授業をやろうと思ったが、やめだ。いくら知識を詰め込んだところで付け焼き刃にしかならん。授業を受けた程度で帝王になれるなど、その考え方がまず三下だ」


「うーむ、なるほど。組織のリーダーになるのは生まれ持ったカリスマが一番必要だからな」


「そうだとも、宗谷。お前にはないやつな」


「うるせえ。あったって自分からゴミ箱に捨ててやるよ」


「俺にもないから安心しろ。……そこで、今から授業という形式で考えてみようじゃないか。頑張っても帝王にはなれない俺たちに必要な生き方とは何か、をな」


 そして始まる千藤の授業。

 誰かが手を上げるというのではなく、座ったままそれぞれが好きに答えていく。


「えっと、僕は……宗谷っていう馬鹿な友達を反面教師にして謙虚に暮らす?」


「地道にサバイバル生活?」


「ひねくれて不良ぶる?」


「ひたすらゴマをする?」


「ガクガク、ブルブル?」


「流れに身を任すか?」


「ほどほどに生きていく?」


「永遠の二番手に決まっているだろ」


「……お前らはすでに自分なりの生き方というものを見つけているようだな」


 どれが誰の発言かを明らかにするまでもなく、呆れ半分で感心する千藤である。

 乗り遅れた宗谷も同様だ。


「お前らには俺も驚いたぞ。事あるごとに口うるさいと言われる俺でも、将来の目標とか人生観みたいな質問だと即答できねえってのに」


「あなたはその口うるさいのが生き方でしょ?」


「でもこれ今聞かれてるのは必要な生き方だろ? うるささ必要か?」


「うーん……ギリ」


「あっよかったあ。リオに完全否定されたらうるさく泣きわめくとこだったわ」


 一命をとりとめた、と言わんばかりに腕で額の汗をぬぐうしぐさをして見せる宗谷。

 あくまでも冗談ぶってはいるが、ちょっとくらいは本心が混ざっているかもしれない。

 二人のやり取りには構わずに千藤が授業を続ける。


「だが、それじゃ駄目だ。こんな状況に置かれた俺たちは、もう普通の生き方をしたって絶対に救われない。なにしろ世間一般的には俺たちはあぶれ者であるからだ」


「くう、さすがに絶望するね、その言葉。耳が痛いよ」


「だが目をそらすな。現実を受け止めろ」


「ところがどっこい、夢じゃありません。これが現実! 現実、対、虚構!」


 そう叫んだ朽木はスルーされる。


「……はじめに言っておくが、俺たちが高校生として普通の勉学に力を注いでも、世間に対して効率のいいアプローチはできないだろう。もちろん、だからと言って何も知らない子供のままでいいとは思わない。だが、俺たちがすでに一つの選択をしてしまった以上、普通の道は歩けないだろう」


「普通の道か……」


「そうだとも、宗谷。普通に頑張って一般的な学業を極めることは難しい。つまり俺たちは辞書となり他人から引かれるような人間ではなく、逆に辞書を引くような人間となるべきだ。言いたいことはわかるか?」


「ただ知識を詰め込むより、知識を持った人間を使う? よくわかんね」


「わかれよ。郷に従うのではなく、郷をひらく人間だ」


「うーん。僕にもよくわかんないけど、たぶん、それこそリーダーだよね」


「ああ。確かに俺たちは井の中の蛙だが、かろうじて大海を想像することができている。しかし一方、大海の魚はこんな井戸があることすら知らないだろう。ならば俺たちにできることは、このことを広い海に向かって伝えていくことかもしれない。それはつまり少数派から多数派への、せめてものメッセージだ」


「意外と深いな」


「俺たちが生きていく意味や価値は、まさにこの部分にある。俺たちの生き様が、そのままメッセージとなって誰かに届く。だからこそ、もし俺たちの生きる先に明るい未来がないとしても、俺たちなりの未来の可能性を示唆できるかもしれないということは、俺たちにとっての希望だ」


「千藤……」


 生真面目な御手洗などは真面目に聞き入っている。


「テスト授業とは違ったが、俺からは以上だ」


「なわぁ! よかったよ、千藤くんの話!」


「ああ、感動した! オレ、お前に投げ銭する!」


 などなど、反応は上々だった。

 ひとしきり盛り上がって、教室が落ち着いてきてから御手洗は咳払い。


「こほん。……で、次は誰が行く?」


 この後はすごくやりづらいだろうな。

 そう思いつつ、その後も何人かの授業が続けられるのだった。

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