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アバンダンド(見捨てられた学校で)  作者: 一天草莽


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05 休日の寮生活(1)

 三年目の始業式から数日後の日曜日、休日を謳歌おうかする男子寮は実に穏やかな一日を迎えていた。

 場所は山原の部屋である。


「おーい、山原。そろそろ起きたらどうだ? 早く起きないと、お前の分の昼飯がなくなっちまうぞ。いくら休日だからって、いつも遅くまで寝過ぎなんだよ。結局は今朝だって朝食も取らないで二度寝しちまったんだろ? この俺が起こしてやったのにさぁ……。それとも、このまま今日は寝て過ごすのか?」


「ん……」


 ごしごしと目をこすり、生気のこもっていない半目で宗谷を見上げる山原。


「お、やっと目が覚めたか?」


「あれ、宗谷?」


「そう、俺だぜ」


「んふっ……」


「……って、こらこら。気持ちよく目を閉じようとするんじゃない」


「んー。ねえ、宗谷も一緒に寝ようよ。ほらほら、僕の横に入っていいから」


「なっ、おまっ! 馬鹿か!」


 夢見心地に寝ぼけたまま、自分の横に空きスペースを作る山原。

 男子寮の狭いベッドだ。二人で寝れば密着することになる。


「いくらなんでも、ちょっと待とうぜ! どうして俺はお前に誘われているんだ!」


「なわわ? 宗谷ったら朝から何を騒いでいるのさ?」


 ようやく意識がはっきりしてきたようで、うーんと背伸びをしてベッドから上半身を起こした山原。うっすら汗をかいている宗谷に訝しげな顔を向けるが、頭を切り替えた宗谷はこれまでのやりとりを忘れて答える。


「ふー、やっと本格的に目が覚めてくれたのか。ちなみにもう昼前だぜ」


「あれ? 本当だ。えっと、おはよう」


「へい、遅いよう。というわけで、今から一緒に食堂に行くぞ」


 もうそんな時間だ。

 寝起き直後の山原も、わざわざ起こしに来てくれた宗谷を待たせては悪いと素直にベッドを出る。


「あ、うん。じゃあパパッと準備するから、ちょっと待ってて」


「まあ、もうすでに遅いんだ。今さら無理に急ぐ必要もないって」


「だらだら~」


「やっぱ急げ」


 宗谷はちょっと山原を甘やかしすぎているのではないかと反省した。





 寮の一階にある食堂に向かう廊下の途中、何の気なしに山原は口を開いた。


「ねえ宗谷、今日もまたジャガイモ料理なのかな?」


「さ~て、どうかな? 今日はちょっと気前がいいみたいだぜ?」


「そうなの?」


 ぽかんとした表情の山原に向かって、今朝の体験を自慢したい気分の宗谷は得意げに語る。


「なんでも今回は特別に大量の仕入れがあったらしくてさ、朝食からして豪華絢爛、酒池肉林だったんだぜ!」


「え……?」


「今、こうやって話しながら思い出しても、よ、よだれが……」


「ひ、ひどいや! 僕をほったらかしにして、ご馳走!」


「ほったらかしにはしていない。わざわざ起こしてやったのに二度寝したお前が悪いんだろ」


「く~。早起きは三文どころの得じゃないね!」


「早起きって言うほどか? 朝食は時間通りだったぜ」


「二度寝をすることによって得られる幸せは三文どころかプライスレスだと思ってのに! 騙された!」


「それさ、お前を騙していたのって自分だろ? 誰も二度寝しろなんて言ってないからな」


「なるほど。……さては僕、策士だな?」


「見事に自分の策に溺れているわけだが……」


 山原の言い分がおかしくて、苦笑しながら宗谷は歩く。

 やがて食堂に入ると、そこには二人もよく知る先客がいた。


「あ、リオちゃんおはよう」


「ん? あら、山原は遅いよう」


「確かに遅いわな。でも、ちょうど昼だから時間的にはいいんじゃねぇか」


 いつものことで呆れつつも擁護気味に宗谷が言うと、別の方向から挨拶が来た。


「おお、山原か。遅いよう」


「あ、佐波君もいたんだ。おはよう。……で、そんなところで何しているの?」


 サバイバル研究会に所属する男子である佐波は、なにやら食堂のテーブルの周りに、即席のテントのように大きな布を張っていた。床には布団まで敷いていて、確かに何をやっているのか意味不明である。

 よくぞ聞いてくれましたと、問われた佐波は胸を張って答える。


「いやなに、大したことじゃないが。今朝はたっぷりの食事にありつけたからな。その栄養やエネルギーをなるべく長く体内に貯蓄できるように、昼食の時間まで静かに待機していようと、ここにテントを張ったのさ」


 自信満々なところ気の毒だが、すかさず宗谷が肩をすくめた。


「お前もサバイバル研究会なら、もっと他にやるべきことがあるだろ」


「やるべきことってなんだよ。サバイバルの基本は耐えることと、忍ぶことだぜ?」


「へ~。そうなんだ。サバイバルは耐え忍ぶってことなんだ」


 そんなことを言って山原がそれなりに感心してくれたので、何も考えていない適当な相槌であったとしても構わない佐波は喜びに顔を輝かせる。


「おう、山原はわかってくれるか? もちろん理解してくれるよな? わかったら返事は?」


「イエッサバ!」


 これは「イエス、佐波!」を短縮した、サバイバル研究会に特有の合言葉である。

 残念ながら山原による即興であり、明日には忘れられているだろうが。


「ははは、俺のサバイバルな生き様に感服したなら、山原もサバ研に入るか? 今なら俺に続いてナンバーツーの座だぜ!」


「あいにく山原には忍耐力なんてないけどな」


 昔からよく知っている宗谷からの指摘に反論するでもなく、山原自身も首肯した。


「うん、それは否定できないね。僕って何をやっても飽きっぽいし、つらいことや退屈なことは我慢できないタイプだし」


「大丈夫、そうやって自分で認めているだけ進歩よ」


 よしよしと慰めているつもりか、そう言って山原の肩を叩いたのはリオであった。

 佐波が山原に問いかける。


「……そういえば朝食のとき見かけなかったが、山原はあえて食事の時間をずらしたのか? それ、誰に対する時間差攻撃だ?」


「なわわ~、そんなんじゃないよ」


「あはは、朝に顔を見せなかったのは意図的なものじゃないんだ。寝坊助な山原は今まで寝ていただけだぜ」


 本人に代わって宗谷がそう付け加えると、佐波は目を丸くして驚いた。


「なに、今まで寝ていただと? もしかして、朝食と昼食をまとめて摂取するつもりか。なんという前衛的なサバイバル戦術だ! 咀嚼と消化を一回の食事で済ませようとは効率的っぽいじゃん。あなどれねぇ!」


「一食分を食べ損ねた分だけ、はっきりと損しているけどな」


 冷静な宗谷の指摘も、一人で楽しくなっている佐波には聞こえなかったらしい。


「しかし、ああ、なんということだろう。噂に聞くところによれば、朝食に引き続き昼食もご馳走だっていうじゃないか! まさにサバイバル天国!」


「なわ! 本当なのかな、それって!」


「ほら、だから言っただろ? 今日は気前がいいってさ」


 そう言った宗谷がケラケラと笑っていると、遠くまで響く能天気な笑い声が気に障ったのか、どこからともなく朽木がやってきて憎まれ口を叩く。


「まーったく、ほんとに騒がしい奴らだな。お前らは静かに飯を待つこともできないのか? これなら犬のほうがよっぽど利口だぜ」


「あ、朽木君じゃん。おはよう」


「おっと山原か、遅いよう。……っていうか、佐波。お前は何をしているんだ?」


 邪魔なテントに気づいた朽木は白い目で佐波を見る。

 つい先ほど山原たちに尋ねられた時とは違って、若干むっとして彼は答える。


「寮内サバイバル生活に決まっているだろ」


「んなこと威張って言うことじゃないだろ。馬鹿みたいだぞ」


「俺が威張るからサバイバル……っと、そんなことより朽木、お前さえよければ食べ残した分の飯は俺にくれないか?」


「やだよ。自分の分は無理してでも全部食うよ。不良ぶるのにも腹は減るんだよ」


 米粒やパンくずの一つも渡しそうにない朽木のつれない返事に落胆した佐波だが、すぐに気を取り直した。


「じゃあ、宗谷でいいや。ちょっとでもいいから、食事の量が多いと思ったら俺に分けてくれ」


 言われた宗谷は不満と不服を隠さない。


「断る。……っていうか、お前はいつも人の食事の残りを集めたがるよな」


「うんうん。しかも食事の後、いつもどこかに姿を消しちゃうし」


 続けて山原がそう言ったのを聞いて、朽木がにやりと笑った。


「さてはお前、校舎裏の捨て猫にエサあげてる系の不良だな? そいつは感心しないぜ、あざといぞ」


「自称不良のお前には言われたくないな。もっとも、お前は逆に猫のエサを奪い取って食べていそうなくらいだが」


 そんなわけないだろと言い返す朽木とイメージはその通りだろと佐波が言い合いを始めたのを尻目に、蚊帳の外にいたリオが会話を引き継いだ。


「そういえば佐波って寮の外で寝泊りしているのよね?」


「俺にも寮の部屋はあるが、たまにしか帰らないな。基本的には校舎裏にある隠れ小屋でサバイバル生活だ」


 それを聞いた宗谷が相槌を打つ。


「サバイバル生活ねぇ……一応は学校の敷地内、フェンスの内側なんだよな?」


「そうだぜ。なんたって寮の部屋は同居人が怖いしさ。ほら、例のあいつだよ。あいつと部屋に二人っきりじゃ、誰だって帰りたくなくなるだろ?」


「なはは……」


 同居人の怖さを力説する佐波に山原は言葉を濁すしかなかった。

 と、賑やかな雑談を聞きつけたのか、三年の学年主任である末広がやってきた。


「おー。ぼちぼち人も集まってきたみたいだな」


「あ、主任。おはよう!」


「山原か、遅いよう」


「僕だけやっぱりそれなんだ。……ん? そういえば今日の食堂当番って主任か。大丈夫?」


 なにしろ今年度に入ってから適当主義を始めた主任である。

 他のことはともかく、さすがに料理をいい加減にされては困るので、食堂に集まった彼らが不安に思うのは当然の反応だ。

 しかし、その主任をしてポジティブにさせてしまうのが、ご馳走の力であろう。


「まあな。本当は適当に食材を皿に盛り付けて、これが新メニュー“盛り”だぞって感じで料理当番をこなそうと思ったんだが、俺は今朝ここに来て驚愕した。なんと豪華絢爛な食材が揃っているではないか。これは料理にも腕がなるというものだ」


 それを聞いて、朝食を食べ逃した山原は床に膝をつく。


「うう、酒池肉林っていうのは本当だったんだ……」


「さすがに酒はないが……。確かに朝食は、朝に出すにしては力を入れすぎたかもしれないな」


 気分がいいのか、言葉だけで反省して悪気がなさそうな主任の言葉を聞き、リオが呆れて不服を述べる。


「そうよ。私とか全部食べられなかったんだからね?」


 しかし不服でないのが佐波である。


「そのおかげで俺は残り物を頂戴させていただいたわけだが」


「なにそれ、僕にも残しておいてくれればよかったのに!」


 ぷりぷり怒っている山原を主任がなだめる。


「落ち着け山原。いつだって人生にはクールダウンが大事だぜ。安心するんだ。なぜなら俺が朝食に負けず劣らず最高の食事を、このランチタイムのために腕によりをかけ、時間をかけて作ってきたんだからな」


 それを聞いた朽木が口をとがらせる。


「料理自体はすっげー楽しみだが、もうこれ以上時間をかけるのはやめろよ? さすがに腹が減って待ちきれねぇ」


「はっはっは、そう言うと思って、まずは前菜だ。今から持ってきてやるよ」


 腕まくりした主任は調理場とテーブルを行き来して、彩りのいい盛り付けをされた料理の皿を机の上に並べていく。宗谷と朽木は仲良くそろって身を乗り出した。


「こ、これが前菜……」


「ご、ごくり……」


 二人に負けじと山原も手を合わせる。


「なわぁ、おいしそうだね!」


「はっはっは、それだけじゃないぞ?」


「えっ?」


 我慢できずに手を付けようとしていた彼らは驚いて主任を顧みる。

 その反応を見て満足そうなのは主任だ。


「聞いて驚け、ランチの主役はそこにあるカニだ!」


 どうだ! と調理場にある食材の山を指差す主任の先には、立派なカニがあった。


「なわ! 新鮮なカニがいる!」


「嘘だろ? カニ料理だと……」


 信じられないものを見た山原と宗谷は目を見開いてカニを注視している。


「そうだ。カニだぜ。カーニバルだぜ。前菜を食べ終えたら俺が調理して出してやるよ」


「これはサバイバル戦術的にも早く食わねば……」


「激しく同意する」


 佐波と朽木がそろってつばを飲み込み、みんな一斉に前菜をがつがつと勢いよく食べ始める。

 これならすぐにでもメインディッシュが必要になるだろう。


「はっはっは、慌てなくたって料理は逃げないんだ。どうせならゆっくり食べてくれよ」


 腕を振るった主任としても、おいしそうに食べてくれて嬉しいのか満足そうだ。


「いや、逃げて行きそうだぞ」


「……は? 何が?」


 宗谷が何を言っているのか理解できなかった主任だが、念のために食材の山を振り返る。


「にゃ?」


 驚きに目を見開いた彼の視線の先にいたのは、どこかから入ってきた一匹の猫。

 おいしそうなカニをくわえたまま、いずこかへ走り去っていく。


「ああ、貴重な食材が!」


「まさかの猫に盗まれちゃった……」


 がっくりと落ち込んだ佐波と山原とは違い、血気に逸る朽木は目を怒らせる。


「追っかけるぞ、あのドラ猫! 裸足のままでも構わない!」


 料理当番である主任はつま先立ちになって、座っていた全員に指示を出す。


「おう、追っかけるなら任せた! お前ら全員、さっきの猫からカニを取り戻して来い。そしたら俺が料理してやる!」


「仕方ねえな、たぶんこの中だと一番足の速い俺が先陣を切ってやる!」


 彼らの中で一番のスプリンターであるかどうかはともかく、それくらいの意気込みで宗谷は席を立って駆け出した。よほどカニが食べたいらしい。

 ほぼ確実に一番足が遅いであろう山原は、すでに姿が見えなくなっている猫よりも宗谷を追いかけて走り出す。


「なわっ? 待ってよ、宗谷! ねえ、ちょっと待ってったら、宗谷!」


「よし、佐波! あいつら二人が追っかけるっていうならオレたちも行くか」


「うまそうな食材はサバイバル的にも見過ごせないからな」


 朽木と佐波も遅れながら走り出した。

 血気盛んな彼らを見送って、主任は振り返って首をかしげる。


「リオ、お前は行かないのか?」


「……当たり前でしょ? 馬鹿馬鹿しい」


 テーブルに頬杖をついて一人ため息をつくリオだった。

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