41 行き詰まり(3)
翌日、校庭にて急遽集会が始まった。
「みんな、今日はこうして集まってくれて礼を言う。ありがとう」
深々と頭を下げるリーダー。
「最初にはっきりと明言しておこう。今回の出来事は、すべてこの俺に責任がある」
整列を無視して前に立っていた綺羅富士が否定する。
「ここまでくれば、もはやお前だけの問題じゃないだろ。むしろ、どちらかというと俺のほうが大きな責任がある」
「……なあ綺羅富士、約束通りに俺の顔を殴ってはくれないか。それで全員の気が済むとは思わないが、誰かが俺に罰を与えるべきなんだ」
「やめてくれ。今さら俺に誰も殴れやしない。わかっていたことなんだ。俺に正義なんてないってことくらい」
「誰にもないさ。誰にもな」
リーダーも綺羅富士も、どちらも自分こそが一番の悪者だと思っていた。
ここに集まっている周りの人間はみんな、自分たちの身勝手な行いに巻き込まれてしまっただけだと。
実際にはそんなこともないと、そう信じている朽木が誰にともなくつぶやく。
「結局、オレは何もできなかったんだ。偉そうなことばかり言っていたくせに、現実には何もできなかった。……これがオレの限界なのか? あるいは、オレたちの……」
その声が聞こえていたにしても、いなかったにしても、それに答える声はなかった。
おそらく全員が、彼と同じように悩み苦しんでいたからだ。
リーダーとて例外ではない。
全員を引っ張っていく責任がある立場上、あるいは一番深刻かもしれなかった。
「このままじゃ駄目だろうと、そう思っていた。お前たちが俺を信じてついてきてくれたのに、このままじゃあ、何もできずに俺たちは力尽きていくだけなんじゃないかとな……。だから俺はお前たちに力強く成長して欲しくて、そう考えたら厳しく当たってしまって……」
この生活、この状況、そしてこれからのこと。
大なり小なり不満を抱いている人間は確実に存在しただろうが、話を聞いていた誰もリーダーを責めはしなかった。
褒めも、慰めも、何も。
ただ静かにリーダーの言葉に耳を傾けていた。
「けれど、俺は、お前たちにたくましくなって欲しかったんだ」
懺悔するように語られる。
「だから、もしかしたらと、この期に及んで俺は思った。あの無能で無策で情けなかった大人たちも、心の底では、ひょっとして俺たち若者のことを心配してくれていたかもしれないってことを……。こうして歯向かってみて、ようやくわかったんだ。遅すぎるが、俺たちは決して、本気で見捨てられていたわけじゃなかったんだろうって……」
自分で言っていて、ふっ、と小さく笑ったリーダーは否定的に首を振る。
「もちろん、それは俺の考え過ぎだろう。あのスパルタは生易しいものじゃなかった。……でも、俺は本当に謝らなければならないと思っている。この場にいるお前たちを巻き込んでおいて言える立場じゃないが、やっぱり俺たちのやり方は間違っていたんだ。自由や信念より、最も大事なものは命だ。俺たちは自分たちの命を蔑ろにしすぎたんだ」」
リーダーはこぶしを握る。
「いいか、正義なんかのために命を捨てるな。自分の命も、他人の命もだ。けれど、命のために正義を捨て去れとまで言うつもりはない。だけどな、たとえどのような苦境に陥ろうが、その状況で耐え忍んでも生き延びる命には、正義以上の価値が生まれるはずだ」
握っていたこぶしを開いて、パーにした手を顔の前にあげる。
その手のひらを眺めながら、どこか遠くを見るようにリーダーは語った。
「俺は神という概念が嫌いだが、存在すると仮定しよう。その神が全知全能だとすれば、神に生み出された俺たち人間に失敗作はないはずなんだ。だから、この世の誰も否定される必要はない。どんな人間であろうと、ちゃんと生きていてもいいんだよ」
そうだ。生きていていいんだ。
お前たちは、生きていていい。
お前たちだけでも……。
全員の耳に届くようにリーダーは声を張り上げた。
「俺は今日付けでリーダーの座を降りる! 後任については、明日からゆっくりとお前たちで決めてくれ! だが、俺にはリーダーとして最後に一つだけ仕事が残っている! 何か言いたいことがあれば、それが終わってからにしてくれると助かる! 約束しよう、絶対にお前らをこの状況から助け出してみせると!」
「待ってください、リーダー! それはどういう……!」
御手洗の呼び止めにも反応せず、最後に深々と一礼したリーダーは全員のもとを歩いて去った。
どこへ向かうのか、誰にも告げず。
振り返ることなく校庭を離れながら、リーダーは胸中で思う。
「これは決して言葉にはしないが、今のは俺なりに考えた、お前たちの卒業式なんだ。どうかみんな、一人残らず明日にはここを卒業して、開かれた未来を生き抜いてくれよ」
祈るように、願うように、彼は全員の未来を希望した。
「スパルタ制度のもとで鞭を打たれ、自由も人権も奪われた生活に戻るのは、間違いなく苦しいだろう。でも忘れるな。過酷だろうが歯を食いしばって生きろ。這いつくばってでも、みんなで生きていくんだ」
学校の正門、そのすぐ外に、一人の少年の姿があった。
たった一人で学校を出てきたリーダーだ。
監視の職務についていた兵士たちは驚き、用心深くリーダーを取り囲む。
「お前から姿を現すなんて意外だな。俺たちに囲まれてしまえば無事に戻れるわけもないというのに、どういう算段だ?」
リーダーは力なく首を振る。
「算段なんか俺にはありません。ただ、彼らのことをお願いしたくてここに来ました」
「彼ら?」
「はい、彼らのことです」
リーダーは布をかぶせた台車で運んできた三人の遺体を確認させる。
「……ほう? そうか、中で死んじまったのか」
「はい。自由に動けない俺の代わりに、ちゃんと親元に届けていただきたくて」
「そういうことなら安心しろ。俺たちはそこまで鬼じゃない。犯罪者だろうが遺体は遺族に引き渡すことになってんだ。それくらいの願いなら叶えてやるよ」
「ありがとうございます」
リーダーは深々と頭を下げる。
「ただ、もう一つだけお願いがあります。頼みがあります」
「一体なんだ? お前を拘束する準備をしている間、ついでだから言ってみろ」
「俺たちは全員、国家反逆罪などで死罪を言い渡されているのですよね?」
「そうだな」
「ですが、リーダーである俺が自ら出頭すれば、その処刑と引き換えに、他のみんなの死罪は取り消されるのだと、そう政府は明言していますよね?」
「確かに、そういう呼びかけが以前なされているな」
「でしたら、ぜひお願いします」
「お願いだって?」
少年テロリストの首謀者と語られている彼が何を頼むつもりなのか警戒しながら怪訝な顔をする兵士に向かって、闘志のすべてが消え去っているリーダーは懇願する。
「はい、お願いです。俺は……いえ、僕は結局、こんなことしかできないんです。だけど、だからこそお願いします。僕なんかの代わりに、あいつらだけは、全員、殺すことなく受け入れてやってください! どうか、どうか!」
「……それは、お前なりの自首か?」
「……はい。僕には、みんなを悲しませることしか出来ませんでした……」
地面に膝をつき、学帽を脱ぎ捨てて土下座するリーダー。
「本当はみんなを助けたかっただけなのですが、行き詰ってしまいました。ですが、それでもたった一つだけ、僕にも出来ることが残されていたのです。それが、こんな方法しかないのは情けないですが……」
かくして、自ら出頭したリーダーは政府に反旗を翻した見せしめとして処刑されることが決定した。敷地内に残された少年少女の処遇は、スパルタ制度に批判的な国内外の世論を注視しながら、近日中に協議されることになっている。




