40 行き詰まり(2)
不意に、朽木が思い出したように問いかける。
「なあ、そういえば佐波は? 最近めっきり姿を見ないけど、大丈夫なのか?」
どうだったろうかと考える末広がこめかみに指を当てながら答える。
「姿を見ないのは無理もないさ。あいつなら妹と一緒に隠れ家で生活しているんだろ?」
「そうだけど、それにしても佐波の姿を全く見かけないってのも不安じゃないか? いくらサバイバル生活をしているとはいえ、最近じゃあ食べ物を受け取っているところを見かけないよな? いろいろありすぎて、あいつらのことを意識する暇もなかったが……」
「……ん、そうだったか? まあ、言われてみれば確かにそうかもしれないな」
空腹や疲労もあって、ここ数週間の記憶がはっきりしているとは言い難い。
寮が占拠されて食堂が封鎖されていたこともあり、誰がどこにいるのかもあやふやで、佐波がどうやって生活しているのか想像もつかなかった。
「……なあ、だったらさ、これから様子を見に行こうぜ」
その提案を受けた朽木が意外そうな顔をする。
「行こうぜって、宗谷、お前も来るのか? 見に行くにしても俺たちだけで行くから、きついなら無理はしなくてもいいぞ?」
「ありがとう。でも俺も行くよ。もう友達が早まってしまうようなことがないように、できることをやっていたいんだ、今は」
「そっか、そうだよな。じゃあオレたちと一緒に佐波の様子を見に行くか」
「ああ」
そして校舎裏の茂みの奥、佐波の小屋にやって来た朽木たち。
ノックをしようとした朽木がその扉に違和感を発見した。
「ん? なんか扉に張り紙がしてあるぜ」
「ふむ、何か書いてあるな。もしかして佐波からのメッセージなんじゃないか?」
末広が朽木の隣に立つ。宗谷は一歩下がったまま、うつむいた。
「……なんだよそれ。嫌な予感しかしないぞ」
「とにかく読んでみよう。話はそれからだ」
その張り紙は、手紙のようになっていた。
代表して、朽木が声に出して読む。
「みんな、申し訳ない」
宗谷が顔を手で覆う。
「最初に謝られるなんて、そのあとに明るい話題が続くわけないだろ……」
「……宗谷。とにかく続けるぞ?」
「ああ、続けてくれ。途中でやめるわけにはいかないんだ。最後まで聞かせてくれ……」
うなずいた朽木が朗読を再開する。
「俺のサバイバル活動は妹のためのもので、妹を生かしてやりたかったからだ。けれど、その妹が俺の目を見て言うんだ。ごめんなさい、ごめんなさいって。あまりにも繰り返し言うものだから、ひょっとして俺は、妹の願いを勘違いしているんじゃないかと思い始めた」
「……どうしてそうなるんだよ」
「だから俺は、妹に謝り返したんだ。こんなことになって本当にごめんって。そしたら妹のやつ、やっと笑ってくれたんだ。こうして私たちは許し合えたから、これで、お互いに思い残すことはなくなったよねって。……だから俺たちのことは、もう大丈夫だ。どうかこの扉は決して開けず、このまま閉ざしておいてくれないか」
おとなしく聞いていた末広が口を手でふさぐ。
「まさか、あいつら……」
「……信じたくはない。けど、確かめなきゃいけない。あいつの頼みを無視することになるが、念のために開けて確認するぞ」
「つーかよ、佐波もそんなことを頼む前に、もっと俺らを頼ってくれてよかったんじゃないのかよ……。何を考えているんだ……」
力が抜けて落胆した宗谷は涙をこらえながら地面に膝をつく。
その日の夕刻ごろ、体育館に全校生徒が集まっていた。
「ちゃんとしたものが俺たちにできるとは思えないが、今から山原と佐波兄妹の形式的な葬式を行う。せめて気持ちを、冥福を、あいつらに伝えてやろう」
そんなリーダーの言葉から始まった簡易な葬式は、しめやかに行われた。
すすり泣く声が体育館のいたるところから響いたけれど、トラブルになるような問題は何もなく、一時間ほどで解散となった。
その後、最後まで体育館に残ってから校長室に戻ってきて、御手洗が目元を指で揉みながら尋ねる。
「リーダー。なんとか無事に葬式は終わりましたが、その、彼らをどうするつもりですか?」
奥まで進んだリーダーは椅子に座らず、暗くなった空を窓から見上げる。
電気が消えた室内。もうそろそろ寝るくらいしかやることがなくなる。
「あれから何度も考えてはみたが、俺たちに本格的な墓地が用意できるわけもないからな。さすがに遺体をここに埋めるわけにもいかないだろう。なんとかして外にいる彼らの親元に届けてもらうつもりだ」
「……まあ、それが無難でしょうね」
「もし可能なら、責任者として俺も遺族のもとへ謝りに行きたいが、それは叶わぬだろうな」
「……できるとしても、手紙を書いて渡すくらいでしょうね」
「そうか。残念だ」
「……リーダー。これでみんなの気持ちに整理がつくのでしょうか? 山原や佐波たちは報われるでしょうか?」
「いや、これだけじゃ不十分に決まっている。無論、これだけで終われるほど甘くはないさ。感情というものは、理性よりも度し難い」
「では、一体どうするつもりですか?」
「残念ながら、俺一人にできることは、もはやあまり残されていない。だが、最後に集会を開きたいと考えている。……頼めるか?」
「集会ですか? はい、お任せください」
「助かるよ」
葬式が終わって、星空の下、宗谷は校舎の外で立ち尽くしていた。
「もう俺、どうしたらいいのかわからないよ」
彼を心配して隣に付き添っていたリオは、今にも倒れそうな宗谷を支える。
「ちょっと、宗谷。大丈夫?」
「大丈夫なんかじゃない。もう自分が何をしたいのかさえ、わからなくなっちまった。どう生きていけっていうんだ。俺は死にたいよ、生きていく自信がない」
「……うん。きっと、みんなそうだと思う。わからなくなって、苦しんでいるんだと思う。でも、でもさ……」
「なんだよ?」
「宗谷、私のことはまだ好きでいてくれてる?」
「それは……そうだよ。嫌いにはなれねえよ」
「だったら私を悲しませないで。私は宗谷に死なれるの、いやだよ」
「……わかってる。わかってるんだ。俺は、お前がそばにいてくれるだけでいいってことくらい」
「ごめん、私って卑怯だね。でも他に励まし方を知らなくて……」
いつしか、互いに寄り添って涙する二人だった。




