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アバンダンド(見捨てられた学校で)  作者: 一天草莽


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38 見捨てないでよって!(3)

 今日も今日とて校長室で会議をしていたリーダーのもとへ、駆け込んでくる生徒がいた。

 朽木だ。


「リーダー、大変な情報が入ったぜ!」


「どうしたんだよ、朽木。そんなに慌てて」


「おっと、千藤。お前もいたのか。いやなに、綺羅富士関連で新しい話を耳にしたのさ。今度ばかりはリーダーといえど黙っちゃいられないと思うぞ」


「前置きはいい。早く報告しろよ」


「わかってるって、そう急かすな。なんでも綺羅富士のやつ、自分に反抗的な人間は容赦なく殴りつけているってよ。文字通りの鉄拳制裁だ」


 眉根にしわを寄せた御手洗がうなずく。


「ああ、その話か。俺の知るところによれば、綺羅富士本人はそうでもなくても、あいつの部下を気取っている一年と二年の連中が手を出しているって話だが」


 はあ……と息を吐き出した千藤が腕を組む。


「そうか、その噂は本当だったか。なかなか事実関係を確認できなくてな。ある程度は綺羅富士も口止めして回っているのかもしれんが……」


 しばらく考える時間を置いて、千藤が立ち上がった。


「なあ、リーダー、正直に言えば俺は綺羅富士がどこまで落ちようが、逆にどこまで上り詰めようが、知ったことではないと思っている。一致団結するべき事態を前に反旗を翻した愚か者に、わざわざ降伏するつもりもない。だが、あえてこの言葉を口にしたい」


「言ってくれ」


「義を見てせざるは、勇なきなり。今が動くべきタイミングだ。さすがにここを見過ごせば、リーダーは名実ともに失墜するぞ」


「リーダー、俺もそう思います。綺羅富士たちの暴挙を見逃し続ければ、確実にみんな駄目になりますよ」


 二人に負けじと朽木も説得に熱が入る。


「行動してくれるってんなら、なんだっていいんだ。勝とうが負けようが、どっちだっていいんだ。もちろんオレも手伝う。できるだけのことはする。お願いだよ、リーダー。やっぱりリーダーの力はオレたちにとって大きいんだ」


「それはそうかもしれないが……」


 即答を避けているリーダーに対して、千藤が強い意志を込めた目を向ける。


「なあ、リーダー。リーダー派のみんなには俺が呼びかけるから、全員で綺羅富士に立ち向かおうじゃないか。その時が来たと思っていいんじゃないか? もちろん俺たちはあいつらと違って、向こうの本拠地に殴りこむわけじゃない。あくまでも交渉で白黒つけるべきだが」


「……わかった。そこまでお前たちが言ってくれるのならば、俺も行こう。あいつには直接言ってやりたいことがある」


「よかった。それでこそリーダーだ」


「よし、決まりだな。じゃあオレが綺羅富士を校庭にでも呼び出しに行くぜ。人をいっぱい集めるんなら広いほうがいいだろ」


 朽木の言葉を合図にして、全員が立ち上がった。





 およそ一時間後、校庭。


「ふん、リーダーが自ら俺の前に姿を現すとは意外だな」


 寮から出てきた綺羅富士が校庭へと足を踏み入れた。


「それにしても、そっちに残っている生徒たちは本当に勢ぞろいしているのか。だが、みんなやせ細っていて、とてもじゃないが俺たちに勝てそうには見えないな。もしや、そろって頭を下げにきたか?」


「強がりを言ってやりたいが、やめておこう。それもあながち間違いではないからだ」


「ほう……? やけに素直だな」


「だが勘違いはするな。今日はお前たちに降参するためではなく、とある頼みをするために頭を下げるつもりだ」


「……頼みだと? お前が、俺にか」


「そうだ。俺が、お前にだ」


「いいだろう。リーダーであるお前が頭を下げるってんなら、頭ごなしに拒否するつもりもない。聞くだけ聞いてみようじゃないか」


「それを聞いて安心した」


 本当に安心したのか、リーダーは肩の力を抜いた。

 綺羅富士も緊張を解く。

 多くの人間が見守る中で、リーダーが小さいながらもよく通る声で語り掛けた。


「……なあ、綺羅富士。今まで黙っていたが、実は俺はここにいる全員を救える方法を一つだけ知っている」


「……なんだと? 俺の聞き間違いでなければ全員を救えると言ったか?」


「ああ、そうだ。俺は確かに全員を救えると言った。だから一度、その方法を実行するため俺にすべてを任せてくれないか? もしそれが失敗したときは、潔くお前にリーダーの座を譲ろう。その時、お前は俺を笑って見下せばいい」


「……先に一つ確認しておきたい。それはすぐに結果を出せるものなのか? 一年も二年もかかるようでは待ってられないぞ」


「ああ、俺の行動次第で、いずれかの結果は、すぐにでも訪れるはずだ。ただし、行動のタイミングを見極めるのに少しばかり時間がかかるかもしれないが……。綺羅富士、それでも許してくれるのならば、俺は、もう一度ここにいる全員の先頭に立ちたい。どうか、頼む」


 そこまで言ってリーダーは頭を下げる。

 綺羅富士はその姿を見ながら答える。


「一度は俺もお前を信じた男だ。友情など微塵もないが、狂った政府に大演説をして、殺される寸前だった俺たちを救ってくれたのはお前だからな。当然、今でも尊敬の念はある。最後の最後、リーダーに一度だけ命運を掛けてみるのも、実はやぶさかではない」


「そうか」


「だがな、俺もここまで攻勢に出た以上、何事もなく退くわけにはいかない。何かしらのけじめをつけなければ、周りにも示しが付かない」


「お前らしいな」


「リーダーに対して覚悟を問うのは無粋だろう。だが、あえて俺はお前に問いたい。そこに俺以上の覚悟があるのか? 最悪、死んでもいいって覚悟が」


「無論だ……と言ってやりたいところだが、お前も言葉だけでは納得できないんだろ? いいぜ、だったら俺を力いっぱい殴ってくれ。殴ってその憤りを俺にぶつけろ。きっと俺は耐えてみせる。すなわちそれが俺の覚悟だ」


「一発じゃすまないぞ?」


「無論だな。一発くらいで倒れるほど、俺の覚悟はやわじゃない」


「ほう? せっかく俺がリーダーを殴るんだ。お前は全員の前で無様に殴られてもいいのか? プライドやメンツまでもが粉々になっちまうぞ?」


「無論だとも。むしろ全員をこの場に集めて、お前の殴る姿を見せ付けてやれ。そして彼らにたまりにたまった不満や怒りを、お前が代表して消し去ってくれ」


「そうかい。それじゃ遠慮なく殴らせてもらうが、もちろん恨みっこなしだよな?」


「当然だな。俺はそこまで矮小な男じゃない。器量だけは大きいぜ」


「ふん、それを聞いて決心した。おい高宮、今すぐこの場に全員を集めろ! 見せたいものがある!」


「わかりました!」





 ほどなくして、寮の中にいた綺羅富士陣営の生徒たちも校庭に集まった。

 数名を除いて、ほぼすべての生徒が勢ぞろいしたことになる。


「さて、大体の生徒は集まったみたいだな。そろそろ始めてもいいか?」


 きっかけを探していた綺羅富士の問いかけにリーダーがうなずく。


「ああ。こちらの覚悟はできている」


「ほほう。じゃあ、遠慮なく始めさせてもらうか」


「いいだろう。……だが、その前に御手洗、こいつを預かっていてくれ」


「あ、はい。わかりました」


 今までかけていたサングラスをリーダーは御手洗に手渡した。

 それから学帽を脱ごうとして、結局はズレを直しただけで手を降ろす。


「綺羅富士、一つ、お前に頼みたい条件がある。外部の人間と交渉を行う必要を考えると、俺は顔を傷つけられるわけにはいかない。最低限でいい。綺羅富士、どうか俺が目立つ怪我を負わないように殴ってくれ」


「それなら安心しろ。俺は殴り慣れている」


「それなら安心した。俺は殴られ慣れてないんでな」


 そしてリーダーを殴り始める綺羅富士。そんな二人を多数の生徒が周囲で見守る。

 殴っては倒れ、倒れては起き上がり、起き上がっては殴られる。

 その繰り返し。

 さすがに不安になってきた御手洗が隣の千藤に声をかける。


「おい、止めなくていいのか?」


「あれでお互いの気が済むんだ、ここは放っておくに限る。……結局、どちらも馬鹿だったという話さ。腹が減って大喧嘩をしていたって話だろ」


 何とも言えない感情で語り合う二人の声が聞こえたのか、一年の高宮も肩をすくめた。


「そう……ですね。お互いのトップがあれでは、その下で気をもんでいた僕たちまで馬鹿馬鹿しく思えてきますよ」


「実際馬鹿だよ、オレたちは。馬鹿じゃなきゃ、こんなところにいないだろ?」


「ええ、まあ……」


 見ているほうが疲れてしまうくらい続いた後、思う存分たっぷり殴ることができた綺羅富士は倒れたリーダーを見下ろす。


「約束した通り、一時的に停戦協定を結んでやるよ。ただし、今後も不満があったら問答無用で殴らせてもらうからな」


「ああ、いつでも受けて立とう。こんな態勢では説得力もないだろうがな」


 殴り続けたことで息が上がっている綺羅富士はリーダーに手を差し出し、無理に引っ張って立ち上がらせる。


「最後に一発、こいつはげきだ!」


 言った瞬間、無防備なリーダーのどてっぱらに一発をぶち込んだ。


「くふっ! 今までで一番重かった気がするが、目を覚ますには十分だな」


「二度と閉じるんじゃねえぞ」


「……そうしよう」





 リーダーたちが一段落を迎えて全員が解散した後、リオと朽木が校舎の廊下で立ち止まり顔を見合わせていた。

 二人で何か話しているらしい、と気づいた宗谷が近づいて声を掛ける。


「……ん、お前ら、そんなとこで何をやっているんだ?」


「いや、ほら。なんだか壁が傷だらけになっているから……」


「これさ、なんか文字みたいだろ? ぐにゃぐにゃでオレには読めんけど」


「文字?」


 気になって壁に近づいていく宗谷。

 熱心に見つめていると、その模様が文字に見えてきた。


「山……に、これは原……?」


 それで自分も読めるようになった朽木がポンと手を打ち鳴らす。


「そっか、これってよく見たら山と原の繰り返しか。まるで呪詛みたいにたくさん書いてあるんだよ。なんか怖いよな?」


「これ、ヤンバルだ……ヤンバルの名前だよ……」


「え? ああ、そういえばそうだっけ。ヤンバルって漢字だと山原と書くんだったな。カタカナの印象が強いけど」


 大量の文字を眺めながらリオが首をかしげる。


「でも、それにしたって、どうして山原の名前が?」


「ちょっと俺、山原を探してくる!」


「ええっ?」


 驚いた二人には構わず、駆け出す宗谷。

 ほどなくして、寮の廊下に血のあとを発見する。


「なんだよ、この血……」


 死ぬほどの量ではないが、無視できる量でもない。何があったのか不安に思いつつ追っていくと、その先にいたのは壁に向かってナイフを突き立てる山原だった。


「ああ、宗谷。気付いてくれたんだ。やっぱりこれくらいしなきゃ駄目なんだね」


「おい! お前、何やってるんだよ?」


「僕ね、綺羅富士君に殴られてわかったんだ。これくらい強い衝動じゃなくっちゃ、みんな忘れちゃうんだって。だからね、僕は僕を忘れないために、まずは自分に刻んでみた。痛いけど、はっきりわかるよ、宗谷。僕はちゃんと、ここにいるって」


「何を言っているんだよ? そんなの当たり前だろ……!」


「当たり前じゃないよ!」


 叫んだ山原は一度離したナイフを再び壁に突きつける。


「だってみんな、僕のことを全然構ってくれないじゃないか!」


「そ、それは……」


「こうやっていろんなところに僕の名前を刻んでいるのに、みんな僕を無視したように振る舞うんだ。ねえ、もしかしてみんなは、今の僕みたいに体に刻まないと忘れるのかな?」


 壁に突きつけたナイフで、ガリガリと文字を刻む山原。

 本人は必死だがブルブルと手が震えているので、うまく字を書けていない。


「これで駄目だったら、どこに刻めばいいの? ねえ、みんなの心はどこ?」


「落ち着けよ、な? とにかくそのナイフを置けって」


「僕ね、ここにいるんだよ? 宗谷はさ、体に刻まないと忘れちゃうのかな?」


 山原はナイフを手に宗谷に向き直る。


「ちょっと待とうぜ……」


「なはは、またそれか。そうやって僕を馬鹿にして」


 あーあ、と言った山原は飽きたようにナイフを手放す。


「もういいよ、宗谷。待って待って待ち続けて、僕の居場所はどこにもないんだね!」


 そう叫んだ山原はいきなり走り出した。


「くそったれ、ちょっと待ってくれよ!」


 さすがに放ってはおけず、動揺したせいでわずかにスタートが遅れたものの、結局は宗谷は階段を使って上の階に行った山原を追いかけることにした。





 校舎の階段を駆け上がり、開いていた扉から屋上に飛び出した宗谷。

 フェンスの向こうに山原が立っていた。


「山原!」


 自分の名前を呼ぶ宗谷の声に振り返る山原。


「よかった、宗谷だ。僕は宗谷に聞いて欲しかった」


「わかった、聞くから! 聞くから、そこを動くなよ……?」


「宗谷、僕はね、ずっと、ずっと叫んでいたんだ。ここに来る前から、ずっと心の中でみんなに叫んでいた」


「叫んでいたって、何を?」


「僕はね、宗谷。みんなが僕を見放していく夢ばかりを見ていたんだ。だから、僕はいつも叫ばずにはいられなかった……どうか、僕を見捨てないでよって!」


 泣き叫ぶような山原の声は、しかし、ひときわ強く吹いた風に掻き消えた。

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