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アバンダンド(見捨てられた学校で)  作者: 一天草莽


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36/41

36 見捨てないでよって!(1)

 とある男子寮の部屋。

 ふてぶてしく座る綺羅富士と向き合っていた高宮が苦々しく微笑む。


「さすがに対立が始まって数週間も経過すると、生活が疲弊してきますね」


「無理もないだろう。そろそろリーダー陣営に物資を分けるのもやめるべきかもしれないな」


「僕からの提案が許されるなら、それがよいでしょう。少なくとも、物資を半々に分ける現状は変えてしまうべきです」


「……だが、あいつらは話しても聞かないだろうな」


「はい。ですが、そのための綺羅富士先輩です。なにしろ綺羅富士先輩には力がありますから。彼らにはない、圧倒的な暴力が」


「言われなくても自覚しているさ。逆に言えば、こいつしかないってこともな。……で? もし行動に出るならば、何人くらい実際に動けそうなんだ?」


「これから声を掛けてみますが、間違いなくリーダーたちには負けないでしょう。単純な力勝負になるなら、僕たちが圧倒できるはずです。それで、具体的な作戦はどうしますか?」


 問われた綺羅富士は鼻で笑う。


「作戦? わざわざ頭でリーダーに勝とうとは思わんさ。単純明快に行くぞ。俺は真正面からリーダーに力勝負を挑む。余計な小細工は邪魔だ」


「確かに、それはそうかもしれません。――あっ、先輩を馬鹿にしているわけではなく」


「取り繕わんでもいい、わかっている。……よし、ならば明日、早速行動に移す。心の準備をしておけ」


「お任せください」





 翌日、女子寮。

 慌ただしく足音を立てて宗谷が駆け込んでくる。


「リーダー、大変だ!」


 まずは御手洗が反応した。


「どうした? そんなに慌てて何かあったのか?」


「何かあったどころじゃない! 綺羅富士たちがここに乗り込んできやがったんだ!」


 ここで初めてリーダーが反応する。


「綺羅富士が女子寮に?」


 焦りのあまり、普段の敬語を忘れてリーダーに報告する。


「ああ! あいつは仲間を引き連れて一部屋ずつ回って、一人ひとりに綺羅富士とリーダーのどちらに付くか脅して回っているんだ! 反抗的な生徒には暴力をふるって、それでも反論するやつはここから追い出していってる!」


 千藤が吐き捨てる。


「ついに綺羅富士は行動に出たか。辛抱というものを知らないらしいな」


「それよりどうなっているんだ? 大丈夫なのか?」


「今は朽木たちが対応しているけど、それもいつまでもつか……。喧嘩になったら綺羅富士には勝てないからな」


「朽木か……」


 御手洗は何も言えずにいる。

 宗谷はリーダに顔を向けた。


「なあ、リーダー。ここはリーダーが出て行って、綺羅富士をどうにかしてくださいよ」


「俺が出て行って話を聞くような相手ではないだろ?」


 千藤がリーダーの発言にうなずく。


「あいつのことだ。リーダーだろうと問答無用で殴りかかってくるだろうな。そして反撃もままならぬまま倒されて、あいつの勝利が確定する。おめでとう、暴力政権の誕生だ」


「だけど、このままじゃ……」


 悔しさに唇を噛む宗谷。その感情を知ってか、リーダーは宗谷を見る。


「わかっている。ここで篭城ろうじょうするつもりはない。綺羅富士は今どこだ?」


「あ、ああ、綺羅富士のところへは俺が案内しますよ」


 急いでいる宗谷はリーダーたちを案内する。

 そして、ついに綺羅富士の前にリーダーが姿を現した。


「綺羅富士……」


「ほほう……。自ら姿を見せてくれるとは、ついに屈服する気になったか、リーダー?」


 いや、と答えてリーダーは告げる。


「他人を従わせるために力のみを振るう人間に頭を下げるつもりはない。だが、無意味な流血沙汰を回避するためにも、ここを明け渡してやる。しかし、それは俺の名誉だ。貴様にくれてやるつもりはない」


「そうかい。俺には負け犬を追い立てる趣味はないんでな。無事で済みたかったら、一刻も早く俺の前から立ち去ることだな」


「そうさせてもらおう」


 抵抗もせず素直に引き下がるリーダーを見て、宗谷が声を上げる。


「ちょ、ちょっと待ってくれ、リーダー! ここをあいつに明け渡す気なのか!」


「そうだとも」


「……どうして!」


「自分の意見が聞いてもらえないからといって力に訴える人間は、決まって明確なプランを持ち合わせていないものだ。こちらから手を出さずとも、じきに自滅する」


「だからってこのまま逃げるのかよ?」


「当然だ。どうせ殴り合いでは勝てない。このまま戦って負けてしまうよりも、戦わずして撤退することに意味がある」


 そう答えたリーダーは振り返りもせずに綺羅富士の前を去った。

 いつまでも止まっていられず、御手洗が宗谷の手を引く。


「行くぞ、宗谷」


「本当にいいのかよ?」


 ためらう宗谷を見て綺羅富士が笑う。


「リーダーに異を唱えるのならば、ここでリーダーとの縁を切って俺の派閥に入ればいい」


「……くそったれ。それだけはごめんだ」


 そう言い残して寮を出る宗谷たちであった。





 どこに向かえばいいのかわからず、前を歩くリーダーの背に問いかける宗谷。


「逃げるってのはわかりました。けどリーダー、これからどうするんです?」


「とりあえずこのまま寮を離れて、校舎に本拠地を移す。その後は様子見だ」


「ふうむ……」


 様子見して、どうする?

 それをリーダーに言って、どうなる?

 そもそも俺は、どうしたいんだ?

 考え込むあまり無理に納得した宗谷が黙り込んでしまったので、彼に負けず劣らず今後のプランが白紙状態の御手洗が問いかける。


「あの、こちらからは?」


 これに答えるのは千藤だ。


「連中が勢いに乗っている今は距離を置いて静観するに限る。ああいう強引なやり方は、すぐにでも内部対立を生み出すに違いないんだ。そのときを狙えばいい」


「……また待つのか。俺も人のことは言えないが、本当に考えがあるんだろうな?」


 これには千藤ではなく、リーダーが答えた。


「臥薪嘗胆だ。心から屈するわけではない」


「わかったな、宗谷? まだ小言は続くか? 不満をためるくらいなら誰かを責めるために遠慮なく続けてくれていいが、聞きながら俺たちは綺羅富士に反対する人間を集めて校舎に向かわせてもらう」


「……わかったよ、そうしよう。俺も黙って手伝うさ」




 何はともあれ寮を再び追い出されたリーダーたちは校舎に拠点を移した。

 そして迎えた次の日。

 校長室にて運営会議が開かれた。


「さて、一日は無事に明けたわけだが」


 感情や表情を隠してはいるものの、安堵と疲労が半々ににじんでいるリーダー。

 気を遣いながら御手洗が問いかける。


「しかしリーダー、どうします? 綺羅富士に寮を完全に支配されて、しかも学園と外部との連絡口まで占拠されてしまっては、こちらに物資が回ってくることはありませんよ? 本来はリーダーが直接受け取るという約束も、リーダーの祖父が連行されてからはうやむやにされているらしく……。綺羅富士たちだけでも受け取れて、すぐに独占されてしまうんです。近いうちに生活が困窮することは目に見えています。何か策を打たなければ……」


「策か……」


「最悪の場合、綺羅富士に大きく譲歩する必要性も出てくるでしょう」


 本心ではその可能性を考えていることの裏返しなのか、御手洗の意見を千藤が強く否定する。


「いや、その必要はない。綺羅富士に譲歩するということは、暴力に屈するということだ。狭いコミュニティで一度でも暴力的な権力を肯定してしまうと、それが連鎖して泥沼化するのは目に見えている。それこそ一時しのぎにしかならん」


「譲歩も暴力も許さない……。じゃあ、いっそのこと情にでも訴えるか?」


「相手が綺羅富士じゃなければな」


 御手洗と千藤が向き合っているところへ、リーダーがぼそりとつぶやく。


 「……だが、やはり暴力は否定しなければならない。こちらから振るうのは当然、相手に使わせるのもだ。ここは規律と良心に訴えるべきだろう」


 これに朽木が初めて反応する。


「なあ、オレは馬鹿だから黙って聞いていたけどさ、具体的にはどうするんだ?」


「それを決めるための運営会議だ」


「オッケー、リーダー。つまり現時点では無策ってことだな。まあ、そう言ってくれるだけ安心したぜ。オレと違うお前らには馬鹿みたいに強がらないで欲しいからな」


 そんな発言を否定することもせず、襟元に手をやった後でリーダーは肩をすくめる。


「俺もお前たちを頼るようになったと思ってくれていい。今さらで悪いがな。それで、何かいい案はあるか?」


「いい案か、難しいな……」


 どっしりと背もたれに体重を預けて腕を組んだ朽木だが、考えても考えても名案は出てこない。

 千藤が沈黙を破る。


「まずは現状を確認しておこうか? 先日の一件によって物資の配給権を完全に綺羅富士に掌握され、誰も逆らえなくなってしまった。無論、敵対している俺たちに物資が流れてくる可能性はない」


 それを肯定したうえで御手洗が続ける。


「とはいえ、もちろん俺たちだって生きるためには最低限の食料が必要だろう。このまま静観しているわけにはいかない」


「しかし単純な力技では綺羅富士には勝てないだろう。数的にも不利だ」


「何とか味方を増やせればいいんだがな……」


 背もたれから背中を離した朽木が腕をほどいて二人に問う。


「仲間を増やすったって、今からどうやって増やすんだよ? みんな綺羅富士の野郎に屈しちまって、あいつのところに行っちまったぞ? オレたちのところに残ってくれたメンバーなんて、もう数えるくらいしかいないぜ」


「その点は安心しろ。わざわざあちらへ行った人間を取り戻す必要はない。綺羅富士に対する恐怖心で従っているだけで、あいつと対立している俺たちの邪魔をするつもりもないだろうからな。本質的には中立派だ」


 そう断言したリーダーではあったが、二年の中津が不安そうにする。


「ですが、今は綺羅富士先輩のところに行きたくないという人たちだって、いつまでここにいてくれるか……。このままじゃみんな食べるものがなくなって、意に反してリーダーを裏切ることになりますよ?」


「そうだぜ、このまま勢力として数で負け続けたら終わりだろ。自称不良のオレは負けて立場がなくなっても意地を張ってサボっていればいいが、お前らはそうもいかない。どんどん居場所がなくなるぞ」


「たとえ一人になってもリーダーの俺はリーダーとして居続けるさ。その心配はいらない」


「そうだな。俺たちにとって大事なのは勢力圏ではなくリーダーだ。もはや寮を取り戻すことは諦めて、校舎に本拠地を移した上で新しい生活を始めたほうが手っ取り早いかもしれない」


「長期戦を覚悟したほうがいいかもしれないか」


 千藤と御手洗が納得して会話を終えようとするので、朽木が割って入った。


「それはいいかもしれないが、何度でも言うぞ。食事はどうするんだよ? 綺羅富士に分けてもらうわけにはいかないんじゃないか? かといって向こうが暴力を行使する気なら、戦力的に乏しいオレたちが外部からの支給品を奪い返すのも難しいだろう」


「……あのう、やはりここは話し合いを始めるべきではないでしょうか? 二年生である僕の立場から言えたことではないかもしれませんが」


 遠慮しながら伝えた中津の言葉をリーダーが受け止めて熟考する。


「話し合いか。あの綺羅富士とか?」


「今の綺羅富士にまともな思考ができるとは思えないが。……なあ、会長?」


「だろうな、千藤の言う通りだ。リーダーが話し合いに出て行ったところで、あいつに手を出されたら最悪だ。綺羅富士の蛮行を本当の意味で止められるのはリーダーしかいないだろうし、ここでリーダーが綺羅富士に表立ってやられてしまうのは……」


 結論が出ぬまま言葉が終わってしまったので、朽木が手を上げる。


「なあ、それだったらオレらが交渉に行ってやるよ」


「俺ら? お前と、誰だ?」


「千藤、よく聞いてくれた。オレと中津だ」


 これに飛び上がって驚いたのは中津だ。


「ええっ? 僕ですか、またですか! 無理ですよ!」


「ほう……。お前たちに任せていいのか?」


「ああ、千藤。任せろ。なりふり構ってられないんだ。とりあえず持久戦に持ち込んでやる。なあリーダー、それでいいよな?」


「構わん。……期待する」


「おお、待っていてくれ! ほら行くぞ!」


 朽木は中津の腕を引いて飛び出す。





 寮の入り口の前、中津は不安そうに扉の先をのぞき込むながら語る。


「さて、こうして寮まで足を運んで相手を呼び出したのはいいものの、いったいどうやって綺羅富士先輩に話をつけるんです?」


「中津は本当に心配性だな。いいからお前はオレのそばで黙って見てろ。あいつのプライドさえ傷つけなければ、きっと可能性はあるはずだ」


「は、はぁ……」


「さて、あいつらが来たみたいだぜ。ほら、お前は堂々としてればいいんだよ」


 寮の中からやってくる綺羅富士たち。

 扉を出てまぶしそうにする綺羅富士が目を細めた。


「ほう、誰かと思えばリーダーではなく朽木か。俺に一体何の用だ?」


「もちろん大事な用事だよ。お前に話があって来た」


「俺に話ね、いいだろう。聞くだけ聞いてやる」


「そいつはありがたい。だったら聞くだけ聞いてくれ」


 ふっ、と短く息を吐き出した朽木。

 直後に大きく息を吸った朽木は膝を折って地面に手を付けた。


「……なあ綺羅富士、これは妥協案だ! 最低限こちらに食料を分けてさえくれれば、俺たちリーダー陣営からはもう何も言わない! お前の下にいる生徒たちにも説得をしない!」


「何をするかと思えば……なるほど、それは遠回しな敗北宣言か?」


「ああ、そうさ! そうだよ! 全員を平等に平和的に守りたがってたリーダーは渋るだろうが、実質、負けだ! お前は勝ったんだ! そう受け取ってくれて構わない!」


「ふん……」


 綺羅富士は黙って朽木を見下し続ける。

 そばにいた高宮がいつまでも土下座の姿勢を崩さない朽木に声をかけた。


「朽木先輩。そんなにリーダーと意見が合わないのなら、僕らのところに来ればいいじゃないですか。リーダーに気を使う必要なんてもうありませんよ?」


「ちょ、ちょっと、高宮君!」


 連れられてきて隣で土下座をする羽目になっていた中津は立ち上がろうとしたが、慌てて口をつぐんで座り直した。

 顔を上げないまま、朽木が答える。


「……すまんな、やっぱりオレは不良なんだよ。だから融通が利かないリーダーにも言いたいことはあるがな、それでもやっぱり綺羅富士のやり方は気に食わないんだ。自分の理屈や筋を大事にしたい。必要なら何度だってお前に頭を下げてやるが、心まではやれねえ」


「お互い様だな」


「先輩方を誘ってはみたものの、実のところ僕だって同感です」


 言うべきことは言い終えて、朽木は顔を上げた。


「それで、こっちからの頼みはどうだ? こんなの、子供のわがままを通すようなものだって自覚はあるけどさ」


「……ふん、よかろう。敵の情けで、最低限の食料だけは分けてやる。お前たちのリーダーには、ありがたく俺からの塩をなめろと伝えろ」


「よかった、それはありがてえ。お言葉に甘えて、そうさせてもらうか。……さて、お前は敵でも信用できる男だ。その言葉、聞いたからには信じるぜ」


「ふん。高宮、こいつらに早速何か持たせてやれ。手ぶらで帰すのもみじめだ」


「わかりました」


「ありがたく受け取っておくぜ、綺羅富士」


「勝手にしろ」


 そうして、ここに一つの妥協点が結ばれた。

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