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アバンダンド(見捨てられた学校で)  作者: 一天草莽


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35 釘を刺す(5)

 それからほどなくして、新しい寮の部屋割りが決まった宗谷だったが、当然のように同室となった山原へと申し訳なさそうに話しかける。


「なあ、山原。まだ体が痛むんだろ? 本当に俺なんかと一緒の部屋でいいのか?」


「え、何? どうしてそういうこと言うの?」


「いや、だってさ、俺は綺羅富士の暴挙からお前を助けられなかったわけだし、なんとか無事に目を覚ましたといっても、まだ体調は万全じゃないんだろ? もっと頼れる他の人間と一緒にいたほうが、お前だって……」


「ふんふん、面白いこと言うね。でもバカかな? その必要はないよ」


 部屋の扉を開けたまま山原は廊下に立ち、どこかから持ってきた工具箱を開ける。

 そこから取り出したのは釘と金槌だ。

 一緒に持ってきたらしい手ごろな板を手に持ち、ドアのそばの壁に釘で打ち付けていく。


「何をやっているんだ、山原?」


「部屋の外に表札が見当たらなかったから、釘で板を打ち付けておこうと思って。だって、ここは僕たちの部屋なんだよ? これはね、その印。絶対に抜けないように打ち付けておいてあげるね、宗谷」


「いや、そんなところに釘がうまく刺さるか……? せめてテープで止めておくくらいにしとけって」


 できれば簡単にはがせるようにしておけと言いたかった宗谷の指摘には構わず、ガン、ガンと力強い音が響く。


「大丈夫、金槌で力いっぱいやったら刺さってくれたよ。ふう、これで安心してね? ……あ、そうだ。釘が余ったから僕たちの名前も作っちゃおう」


 そう言って閉めたドアの外側へと何本も釘を打ち付けて、釘の文字で山原と宗谷の名前を作っていく。

 ダン、ダン、ダンと念入りに。

 それなりに時間のかかる作業だが、宗谷は諦めて邪魔をしないことにした。


「お前の気が済むならいいけどさ……」





 数日が経過して、隣の男子寮から女子寮へと高宮がやってきた。

 対応するのはリーダーたち運営委員会だ。


「僕は綺羅富士先輩の代理でご挨拶に参りました。女子寮の生活はどうですか?」


「まずは言っておく、こうして女子寮を解放してくれたことには感謝する、とな。だが、もともとはお前たちの身勝手な行動が原因だ。それは決して許されることではない。当然、認めるつもりもない」


「それは残念です、リーダー。あなたの言葉、一言一句そのまま伝えておきますよ」


 挨拶はそこそこに、警戒感をむき出しにする千藤が話を促す。


「それより、そちらの本題はなんだ? 円満なご近所付き合いがしたくて俺たちのご機嫌を伺いに来たわけではあるまい」


「ええ。僕がうかがう顔色は、もはや綺羅富士先輩だけですから」


「ならば遠慮せず単刀直入に言え」


「そうさせていただきましょう。……綺羅富士先輩、そして当然ながら僕たちは、リーダーがトップの座を降りるまで男子寮に立てこもらせていただきます。要するに、これで完全に学生ごっこはお仕舞いということです。もはや誰も学校へは行かないのですからね」


「……そうかい」


 どうせ何を言っても無駄だろうと、千藤はそう返事をするにとどめた。

 リーダーも同じように考えたようだ。

 反論や疑問を言うでもなく、高宮の報告を受け入れる。


「いいだろう。この期に及んで授業の真似事などやっている場合じゃないからな。少なくとも事態が落ち着くまでは、な」





 高宮が帰った後、女子寮のロビーにリーダー派のメンバーが集まった。

 将来のことに不安を隠せずにいる彼らを前にリーダーが立つ。


「これからの生活に備えた新しい規則を発表する前に、忠告しておきたいことがある」


 その横に立つのは千藤と御手洗だ。


「綺羅富士がリーダーの退陣を望んで徹底抗戦に出ている以上、俺たちはより規律を深める必要があるってことだ。足並みが乱れれば、そこを付け込まれるからな」


「申し訳ないが、このまま衝突もなく、すべてが収束に向かうとは考えにくいんだ。だからって必要以上の無理を強いたいわけじゃない。可能な限りで協力を頼みたい」


 そして、寮生活や今後の学校生活における予定やルールが一つずつ語られていく。

 それほど厳しいものではないが、だからといって優しいものでもない。

 なにしろ、食事は依然として制限されたままなのだ。

 不満が爆発して暴動やトラブルが発生しないためにも、リーダーが声を張る。


「一時の感情で誤った行動をさせないためにも、ここで釘を刺さしておこうと思う」


「釘?」


 山原が首をかしげたが、その様子には誰も気が付かなかった。


「ここで俺は警告する。今度ばかりは、規則を破った罰は重い。ただし、お前たちが守ってくれるなら俺は全員を死ぬまで守る心づもりだ。それが不服なら、俺は止めはしない。潔く綺羅富士に頭を下げろ。いいな?」


 熱心にうなずく者、あいまいにうなずく者、リーダーの言葉を聞いた生徒たちの反応は様々だが、弱い者を見捨てると公言している綺羅富士のもとへ駆け出す生徒はいなかった。

 山原が隣に立つ宗谷へと顔を向ける。


「ねえ、宗谷」


「……ど、どうしたんだよ、山原?」


「ねえ、宗谷には釘を刺す必要はないよね?」


「当たり前だろ、俺たちは友達だ。心配するなって」





 数日後、しかし宗谷は考えを改めた。

 この数日、山原は以前にも増して宗谷への接し方が不安定になっていたからだ。


「なあ、山原。俺さ、やっぱりこの部屋を出ようと思うんだ」


 すでに決心は堅かったが、必要以上に山原を刺激したくもなく、なるべく穏便に伝わればいいと慎重に告げる宗谷。


「ん? 何? もう一度聞いていい?」


「考えたんだけどさ、俺は山原と一緒にいないほうがいいと思うんだ。正直なところ、俺は今でも自分の身の振り方に迷っていて、それがお前にも悪い影響を与えているんだと思う。山原には他にも友達がたくさんいるだろ? もっと穏やかで優しい人間と一緒にいたほうがいいと思うんだよ」


「思う、思うって、何を勝手に思っちゃっているのさ」


「勝手なのは謝るよ。でもこれはさ、お前のことを考えた結果だよ」


「それさ、本当に考えてくれてる? ……はあ。宗谷がどうしても出て行くって言うんなら、もういい。だって宗谷は馬鹿だから、口で言っても聞いてくれないもんね」


 一方的に会話を打ち切った山原は扉を開け、すたすたと部屋の外に出る。


「や、山原? 何もお前が出て行かなくても……」


 初動が遅れた宗谷は山原を追いかけるように立ち上がるが、その動きを邪魔するように山原は扉を外から閉める。


「ここに置いたままにしておいてよかった」


 たまたま廊下に置いたままにしていた工具箱から山原は釘と金槌を取り出す。

 ドスン、ドスンと、突如として鳴り響く鈍い音。

 山原は釘を叩きつけ、余っていた板を使ってドアが開かないようにふさいでいく。


「おい、山原、何をやっているんだ! そんなことやったらドアが開かないぜ!」


 ものの数分で数枚の板が大量の釘で打ちつけられて、扉は内側からは開かない。

 もっと力を込めて体当たりをすれば壊せるかもしれないが、すぐ外に立っているであろう山原にドアがぶつかってしまうかもしれないと想像した宗谷はためらった。


「綺羅富士君もリーダーも言ってたよね? だったら僕も宗谷が馬鹿なことをしないように、ちゃんと釘を刺さなくっちゃね?」


「く、釘ってお前……」


「こんな時こそ、みんなが一つに心を合わせて団結しなきゃいけないのに勝手なことしないでよ。ばらばらになったら駄目なんだよ、宗谷」


「だからって、ここに俺を閉じ込めてどうするんだよ!」


「大丈夫だよ。ここで僕が見張っていてあげる。構っていてあげる。これなら宗谷も安心できるでしょ? ……うん、そうだ。宗谷だけじゃなくて、みんなをここに集めてあげようかな? そして僕が見守ってあげるんだ」


「馬鹿なこと言うなよ山原! ドアが開かないんじゃ、食べるものも取りに行けないだろ! 気を確かにしろって!」


「僕の気は確かだよ! おかしいのはみんなのほうじゃないか!」


「落ち着けって! そりゃみんなそれぞれにいろいろな事情があって、おかしいのは認めるよ! けどお前は今、ちょっとおかしいんだって! お互い、冷静になろうぜ! お互いにな!」


「お願いだよ、宗谷。どこにも行かないでよ……見捨てないでよ……」


 今にも泣きそうな声ですがる山原。


「すまん、山原。俺はどこにも行かないから……。でもな、山原。今は、今だけはこの部屋から出してもらうぞ。窓から出て行くけど、別にお前を見捨てていくわけじゃないからな?」


 このままここに閉じ込められていてもよくないと、宗谷は窓から外へ出る。


「窓? ここは二階じゃん。馬鹿だよ、宗谷は……」





 その後、寮を出た山原は数人が集まっているのを見つけて近寄っていく。


「ねえ、こんなところに集まってみんなどうしたの?」


「や、山原か……」


 あんな別れ方をしたばかりなので、気まずそうに顔をそむける宗谷。

 それを知らない朽木やリオは普通に相手をして答える。


「ああ、ここで猫が死んでいたんだ」


「それで、埋めてあげようって」


 彼らは寮の前で猫の死体を見つけたのだった。

 しかしそれを聞いた山原は力ずくで猫を奪い取ろうとする。


「え? 何を言っているの? そんなのやめてあげてよ。眠ってるだけだと思うよ。死んでいるわけがないよ。いきなり埋めちゃうなんてかわいそうだよ。はなしてあげてよ」


 さすがに黙っていられず宗谷が間に入る。


「ちょっと待とうぜ、山原! 本当に死んでいるんだって! 悲しいけど死んじまったんだって、山原!」


「宗谷ったら何を言ってるの? そんなことないよ! 宗谷は馬鹿だから、どうしようもない馬鹿だからわかんないだけだよ!」


「そんなことないって! お前には辛いことかもしれないけど、死んじまったらしょうがないだろ! 死体をそのままにしちゃいられないんだから、埋めてやるしかないんだって!」


「埋めたら本当に死んじゃうじゃないか! 宗谷みたいな馬鹿とは違うんだよ!」


「いいから! ほら、二人ともちょっと落ち着けって! こんなところで喧嘩をするなよ!」


 最初はおろおろとしていたものの、次第に見ていられなくなった朽木は山原を背後から抱きしめるように抑え込む。

 力ではかなわず、身動きが取れなくなった山原は涙声でつぶやいた。


「なんで、なんでだよ……」


「すぐには認められないかもしれないけど、な?」


「そうだぜ、山原。悲しいのはみんな同じなんだ……」


 山原だけでなく、涙する彼らだった。





 その日の夜。


「みんな勘違いしているんだよ」


 こっそりと寮を抜け出して、一人でせっせと地面を掘り返す山原の姿があった。


「……あれ? ねえ、どうして? どうして動かないのさ……。死ぬなんてないよ……。死んじゃうなんてないよ……」


 目の前の現実が受け入れられず、誰もいない夜に山原はすすり泣く。

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