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アバンダンド(見捨てられた学校で)  作者: 一天草莽


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32 釘を刺す(2)

 昼休みの教室。


「よし、昼休みになったな。御手洗、俺たちはリーダーのところへ行くぞ」


「そのつもりだ」


 いち早く教室を出て行く御手洗と千藤。

 その姿を見て朽木がつぶやく。


「忙しそうだな、あいつら」


「……ほどほどに生きればいいものを。どうせ何をしたって変わらないだろうに」


 無力感に満ちた声を耳にして朽木は広末へと顔を向ける。


「変わらないってこともないだろ」


「なるほどな、その意見には一考する価値がある。どんな些細な行動だって何かを変えることがあるだろう。だが俺が言っているのは大きな流れのことだ。そいつは変えられない」


「大きな流れは無理だとしても、小さなことでも自分の力で変えていけるんならいいだろ」


「そういうのを無駄な足掻きっていうんだろ?」


「お前なぁ……。自称不良のオレが言うことでもないかもしれねえが、無駄な足掻きを積み重ねてこそ、変わらない結果を変えていけるんだろうが」


「ふん、意味がわからないな」


「諦めている人間には理解できねぇよ」


 二人の言い争いが響いたのか、近くから声がかかる。


「なあ、君たち。こんなことを言う必要はないのかもしれないけれど、我慢できずに言ってしまうワタシを許してくれないか。ワタシもどちらかといえば元主任に賛成だよ。無駄な努力は事態を混乱させるだけだと思うんだ」


「おいおい長瀬、お前もか」


「勘違いしないでくれ、朽木。別に君を否定したいわけじゃない。だけどワタシは現状を受け入れることも必要だと思うんだ」


「……もちろん現実から目をそらすだけじゃ駄目だが」


「ああ。それにね、これは子供のころからのスパルタ教育で教えられた唯一のことだろう? みんな抵抗する意志を失っているんだ。反発しても無駄なんだ。従うまで、ワタシたちは延々となぶられる」


 かつてはそうだったかもしれないが、朽木はそれを否定する。


「でもよ、ここはもう、そんなスパルタとは違うだろ?」


「本当に違うって言えるかい? あのリーダーが今やっていることは、どんどんスパルタに近づいていっていると思うよ、ワタシは」


「残念ながら俺も否定できないな。もともと運営委員だったからこそ余計にそう感じる」


「うん。だとしたら、やっぱり反発するだけ無駄なんだ。出る杭はみんな打たれるだけだよ」


 何も言えなくなってしまう朽木。

 そんな三人の会話を離れて聞いていて、どちらかと言えば朽木を助けなくなった宗谷が意識的に大きな声を出す。


「そ、それよりみんな、早く食堂に行こうぜ! 腹が減っては戦もできないだろ!」


 しかしこれは、すぐそばから反応があった。


「なんだよ、宗谷。宗谷は食事のことしか頭にないの? ……それにね、あははっ、お腹が減っちゃって戦いにならないんなら平和でいいじゃないか。うんそうだよ、みんなもっとお腹が空けばいいんだ!」


「山原?」


 いきなり何を言い出したのかと、心配して顔をのぞき込んでくるリオに対して山原は屈託のない笑顔を返す。


「リオちゃん、だってそうでしょ? みんな昼食を食べたら元気になって、またつまらない言い争いを始めちゃうんでしょ? それをこれから毎日繰り返しちゃうんでしょ?」


「え……」


 どう答えたらいいものかわからず困惑するリオ。

 慌てて宗谷が間に入る。


「そ、そんなことないって。なんていうのかな、逆に俺たちはさ、みんな腹が減っているからイライラしているだけなんだよ、な?」


「……そうだな、オレもどうかしていた。こんなところで言い争っている場合じゃなかったな」


「いや、ワタシもすまない。余計なことを言ってしまったよ」


「……ああ。俺も悪かった」


 朽木に長瀬、末広の三人も山原を気にして自分の主張をひっこめる。


「わ、わかったらいいんだよ。さ、食堂に行こうぜ? みんなで仲良くさ!」


 気張ってみても空元気に過ぎないと、自分でもわかる声を出す宗谷であった。





 ところが、食堂に向かうため寮まで来た彼らを待っていたのは、大量の机や椅子によって作られた即席のバリケードだった。

 先頭を歩いていた宗谷が足を止める。


「な、なんだよ、これ?」


「もう……誰がこんなことしたの? 意味がわからないよ」


 山原が白い目で眺める。朽木も同様だ。


「こんなの絶対おかしいぜ。だが、こんなことするのは綺羅富士の野郎だろ」


 考えるのも億劫なのか、近づこうともしない末広が面倒そうに眺める。


「まったくだ。さすがに大胆なことをするよな」


「なあ、元主任。これでも何も変わらないって思うか?」


「どうなったってバッドエンドだってことだけは変わらないさ」


「そうかい」


 またしても朽木と末広がやりあっていると、バリケードの向こうから高宮が姿を現した。

 もともとは一年の学年主任として運営委員会に所属していた男子だ。


「おや、先輩方。そろいもそろって僕たちのもとへ降参しに来ましたか」


「降参も何も、状況がわからん」


「高宮、お前たちが何をやっているのか教えてくれるのか?」


 朽木と宗谷に問われた高宮は向こう側からバリケードの上に登って、両腕を広げる。


「見てわかりませんか? 想像できませんか? ……おや、そういえば運営委員会の皆さんの姿は見えませんね?」


「今、リーダーたちは校長室で話し合っている。たぶん綺羅富士のことでな」


「おい、高宮。いちいち所在を聞かなくてもわかるが、この状況だ。どうせ綺羅富士は寮の中にいるんだろ?」


「さすが朽木先輩、ご明察の通りです。ただ今をもって男女の寮はすべて、綺羅富士先輩によって占拠させていただきました。もちろん、これはリーダーと対立するためですから、この中に入るにはリーダーのもとを離れていただきますよ」


「くそ、また馬鹿なことを……。本当の不良をやってどうする」


「それより、朽木。どうする?」


 問われた朽木は宗谷を見て、すぐに返答する。


「どうするも何も、まずはリーダーに報告するしかないだろ! おい、みんな行くぜ!」


 そして彼らは全員でリーダーが待っているであろう校長室に向かった。





「すまない、失礼する!」


 ノックもそこそこに乱暴にドアを開け、ドタバタと慌てて校長室に入る宗谷たち。

 いったい何事だと驚いた御手洗がのけぞりながら振り返る。


「どうしたんだ、お前ら。今はリーダーと話し合い中だ」


「あ、いや、それは……!」


 大事な会議を邪魔しちゃ悪いだろうか、なんて常識が働いて無意識にブレーキがかかってしまった宗谷。

 むしろアクセルを踏んだ朽木が追い越すように宗谷の前に出る。


「そんなことよりオレたちから大事な話がある!」


「そんなこと?」


「ああ、会議室よりも緊急な現場の話だ!」


「現場だって? そりゃどこの……」


 事情がわからず戸惑う御手洗を制して、奥に座っていたリーダーが朽木たちを促す。


「よかろう、朽木。特別に無礼を免じて話を聞いてやる。なんだ?」


「端的に言う! 綺羅富士が寮を乗っ取りやがった!」


 朽木が騒がしいおかげもあって、ちょっとは落ち着いてきた宗谷が補足する。


「たぶん姿の見えない生徒はみんな寮の中に立てこもっている」


 それを聞いた途端、リーダーではなく御手洗が尋ねる。


「寮に立てこもる? 今までのサボりとは違うのか?」


 先ほどの高宮の振る舞いを思い出しているのか、朽木が両腕を広げて訴えかける。


「ぜんっぜん違う! 寮の入り口に机や椅子なんかでバリケードを作って、ここを通るためにはリーダーと手を切って綺羅富士の傘下に入れとか言ってきたんだ」


「わかるか、会長。綺羅富士に降参しなければ、食事もできないってことだ。これは相当にまずい状況だぞ」


 宗谷に詰め寄られた御手洗は苦虫を噛み潰したような顔をする。


「高宮のやつ、綺羅富士が何かするとは言っていたが、誰もいない無人の寮を狙って行動を起こすとはな……。リーダー、どうしますか? 彼らが言っていることが本当なら、俺たちは寮も食堂も綺羅富士に奪われてしまったことになりますが」


「安心しろ。食糧などの備蓄はすべて寮にある倉庫の中だが、外部からの物資はすべて俺が直接受け取ることになっている。今あいつらに追い込まれているのは俺たちだが、次の支給の日まで耐えれば、そのときに苦しむのはあいつらの番だ。放っておけ」


 あまりにも落ち着き払っているリーダーの姿に、危機感が伝わっているのか心配になる宗谷が焦りを隠して問いかける。


「次の支給の日って、それはいつなんです?」


「早ければ明日、遅ければ一週間後だ」


「遅ければ一週間後って、それまで断食しろってことですか? 校舎の中には食べ物なんて一つもないんでしょう。もし予定がさらに遅れて二週間後、三週間後ってなったら……!」


「だが、いつかは来る。死ぬ気で我慢さえすれば、形勢は逆転する」


 ぴしゃりと言い切ったリーダーに宗谷はたじろいだが、朽木は止まらなかった。


「黙って聞いていれば淡々と言ってくれるよな! これは普通に考えたら大ピンチってやつなんだが、リーダーは人間じゃないのかよ!」


「おいおい、待て待て」


 暴れてしまいそうな朽木を警戒した千藤が立ち上がって止めに入る。


「怒鳴りたい気分が理解できないわけじゃないがな。朽木、お前は殴る相手を間違っているんじゃないか?」


「うるせえ、オレは誰も殴りやしない! 親にも散々ぶたれてきたからな!」


「それをわめくだけの無能というんだ。ぶんぶん飛び回るハエと何も変わらん」


 そのセリフを耳にした末広がハハッと笑う。


「俺たちは虫けらかよ。はは、新しい学年主任は怖いな」


「優しくできないことを謝りはするが、厳しさを忘れて雑魚になめられるよりはましだ」


「だからって……」


 まだまだ不服そうな朽木だったが、続けるべき言葉がなかなか出てこなかった。

 リーダーが学帽に手をかけながら口を開く。


「……とにかく今は耐える時期だ。そう他の生徒にも伝えてくれ。方針に対する異論は認めないが、言いたいことは言えばいいし、それでも我慢できない不満があるのなら綺羅富士のもとに行け。こちらから止めはしない」


「……わかったよ」


 朽木は握りしめたこぶしを自分の腰に打ち付けるだけで不満を抑え込むのだった。

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