31 釘を刺す(1)
いつものように始まった運営会議の席上、一年の主任である高宮が立ち上がった。
「突然ですがリーダー、こんな茶番はもうやめてしまいませんか?」
「た、高宮君っ?」
驚きのあまり素っ頓狂な声を上げて、その場で椅子ごとひっくり返りそうになったのは二年の中津だ。
まるで動揺していないリーダーは冷静に問い返す。
「茶番、とは?」
「もちろん、この運営会議のことですよ。だって、こんなことをやっていて馬鹿馬鹿しくありませんか?」
「ちょっとちょっと、いきなり何を言っているのかな! ……ね、高宮君? たぶん冗談か何かだよね? ほら、今ならまだ謝ってすむから!」
千藤が首を振る。
「中津、少し黙っていてくれ。俺はこいつに発言の真意を尋ねたい」
「は、はい……」
中津は顔が青ざめて口を閉ざして、高宮は嬉しそうに微笑む。
「最年少である僕なんかの発言もちゃんと聞いてくれるなんて、さすが千藤先輩、頭ごなしに否定してくるリーダーとは出来が違いますね」
「高宮、言葉には気をつけろ。冗談だろうが本音だろうが、今の発言は許さないぞ」
横から割って入った御手洗が高宮をにらみつける。
上級生を恐れていないのか、傲岸不遜な高宮はわざとらしく首を縮めて怖がる。
「いやはや、やっぱりリーダーに心酔している会長は怖いですね。でも、無理に許していただかなくても構いません。僕は今日付けで一年の主任を降りる覚悟ですから」
「……なんだと?」
ええ、とうなずいて高宮。
「その覚悟を、たった一つのお願いをするために用意してきました。聞いていただけますか、リーダー」
「ああ、言ってみろ」
「ありがとうございます。……僕からのお願いというのは、とても簡単なことです。リーダーには、この学校のリーダーの座を降りていただきたい」
「高宮、お前!」
「落ち着け、御手洗。こいつは覚悟を決めているんだ。気に食わないのなら、怒鳴らず、この場で学年主任の肩書きを取り消せばいい」
「それは、そうだが……」
千藤になだめられて、立ち上がっていた御手洗は腰を下ろす。
リーダーが高宮の目を見つめながら問いかける。
「無論、高宮。俺に意見するからには、それなりの理由があるんだろ?」
「もちろんです」
「では聞こう」
わかりました、と言って高宮が続ける。
「リーダーは僕たちの象徴でいてくれれば、それでいいんです。実権は譲ってください。当然ながら僕たちもリーダーには敬意を払っているんです。本来はみんな殺されていたところを、あなたの活躍のおかげで命だけは助かったんですから。こうして学園に閉じ込められる形ではあるものの、リーダーには一目を置いています。どうか、ここは穏便な方法で済ませてください」
信じられない言葉を聞いた気分の御手洗が口を挟む。
「リーダーの実権を譲るって、いったい誰に譲るんだよ? リーダー以外に適任がいるのか?」
ふふっ、と不敵に微笑む高宮。
「それはもちろん綺羅富士先輩ですよ」
「綺羅富士? あの不良の綺羅富士か?」
とてもじゃないが人の上に立つような人間ではないだろうと千藤が否定的なニュアンスで問い返せば、高宮は綺羅富士を尊敬してやまない声色でひるむことなく答える。
「ええ。御手洗先輩はリーダーの従順な右腕ですし、千藤先輩に至っては、所詮リーダーが用意した傀儡です。それではリーダーがトップにいるのと何も変わりません」
御手洗たちが何も言い返せずにいると、リーダーがわずかにうなずいた。
「それは認めよう。……で、お前は綺羅富士をトップに据えることで何を変えたい?」
「変えたいのはもちろん、ここの方針です。今のまま全員が共倒れになってしまう最悪の状況を迎えるよりは、少ない物資を選ばれた者たちへと優先的に配給していくべきでしょう。状況によっては、違反者だけでなく底辺の追放も視野に入れるべきです」
「……追放だと? 簡単に言うが、それはここにいる俺たちにとって死と同義だぞ?」
苛立ちを交えて千藤が問い返せば、すべてを承知の上で意見している高宮は堂々と胸を張る。
「そうですね。確かに僕らは全員、政府によって一種のテロリストとして指名手配され死刑宣告を受け取っています。この学校から一歩でも外に出てしまえば、政府に歯向かった見せしめとして処刑台に連れて行かれることでしょう。ですが、たとえここに全員で残っていても、死を待つことには変わりありませんよね? ここを追放される側にも、誰かを追放する側にも、双方ともに生き残る可能性を残すためです」
「追放される側に可能性を残すも何も、フェンスの周りには見張り台が建設されているんだぞ? 無事に外へ出られるわけがないだろ。見つかった瞬間に終わりだ」
「でも、御手洗会長。万が一の場合に備えてフェンスには何か所か抜け道があるんですよね? そこからタイミングを見計らって一人ずつ逃がせばいいんです。それでも駄目なら、そういう人間はここに残っていても未来がありませんから」
感情を抑えた千藤が低い声を出す。
「高宮、お前は人として最低なことを言っているぞ」
「承知の上ですよ。非情な決断も時には必要だという当然の意見です」
これまた感情を抑えた御手洗があえて穏やかに意見する。
「たとえ俺たち全員の生活が苦しくなっても、だからといって意図的に誰かを見殺しにするわけにはいかないだろ?」
「外部から救いを求めて来た人間は見殺しにできても、ですか?」
「それは、みんなを守るために仕方がなかった決断であって……」
「ならばまた、この決断もみんなを守るための手段です」
「それは……」
討論に負けたというわけでもないが、みんなを守りたい、という目的だけは一致している御手洗は高宮の意見にも一理はあるだろうと感じてはいた。
この状況でいつまで今の生活を続けられるのか、誰にもわらないのだ。
やはり感情を抑えているリーダーが重々しく声を出す。
「……高宮。状況が状況だからな、何を提案しようとも俺はお前の人間性までは否定しない。だが、その意見は何があっても受け入れられない。リーダーとして、三年前に作った名簿に載っている人間は一人として見捨てるわけにはいかん。違反者でもない限りはな」
それを聞いた高宮は肩をすくめる。
「そうですか、残念です。それでは、みなさん、お疲れさまでした。本日をもって僕は運営委員を脱退させていただきます」
「綺羅富士のもとにつくのか?」
「はい、千藤先輩。そう理解していただいて構いませんよ。……ああ、もし僕たちの行動を止めるつもりでしたら是非挑戦してください。綺羅富士先輩も受けて立つはずですから。地道な根回しが、ようやく実を結び始めましたので」
「綺羅富士の奴、今までやけにおとなしいと思っていたら……」
「御手洗、これはすぐにでも手を打たないとまずいかもしれないな」
深刻な様子で顔を見合わせた綺羅富士と千藤ではあったが、リーダーはここでも感情を見せなかった。
「いや、ひとまずは綺羅富士の動きを見させてもらおう」
「そうですか。はは、きっとすぐにわかりますよ。人は規律じゃなく、結局は力に従うんだってことが。みんなが求めているのは、有無を言わせぬリーダーシップだってことをね」
数日後、朝の教室。
とぼとぼと元気なく教室に入り、黒板を見て宗谷は首を傾げた。
「……なんだ、これ?」
「よう、宗谷。何が何やらオレたちにもわからないんだ。朝来たら黒板に書いてあったらしい」
「何か意味があるんでしょうけど、いたずらじゃないわよね?」
「……山麓にオウム鳴く? どっかで聞いたような気もするけど。何かのメッセージか?」
三人が集まっているところへ、山原がやってくる。
「みんな、おはよう」
「あ、おはよう、山原。……あー、それじゃ、みんな、席に着こうぜ」
「そうだな。こんなことで悩むのも馬鹿らしい。オレも疲れてるんだ」
そろそろ時間だと、それぞれの席に着く。
なんとなく時計を見上げた宗谷がリオに語り掛けた。
「しかし、もうすぐ時間なのに集まりが悪くないか? 半分くらいしか来てないぞ?」
「みんな遅れているんじゃない?」
「それにしたって……」
と、隣で会話を聞いていた山原がいつもより低いトーンで声をかける。
「ねえ、宗谷。それ、いつも朝が遅い僕へのあてつけ? 他のみんなが僕より遅れてくるはずがないって、つまりそういうことなの?」
「ち、違うって!」
「最近みんな、僕に“おはよう”ってあいさつをするし」
「そ、そりゃ、朝なんだから、おはようだろ? 何を言い出すんだよ?」
「……よそよそしいよ。遅いときには遅いようって、いつも言ってくれてたのに」
「馬鹿、だってほら、今日はいつもより山原が教室に来るのが早かったんだって! まだ教室に半分も来てないくらいなんだから」
「ねえ、宗谷。僕が時計も読めない馬鹿だと思っているの? 時間、遅刻ギリギリじゃない」
時計を指さしながら宗谷をにらみつける山原。
宗谷はたじろぐ。
「……で、でもさ、時間ぎりぎりでも間に合ってるだろ?」
「僕はね、僕がいつもどおりの行動をしてるって、そう言いたいんだよ、宗谷」
「そ、それは――」
宗谷が口ごもった瞬間、教室の扉が開く。
入ってきたのは運営委員会のメンバーである御手洗と千藤だ。
「よし、みんなおはよう。……って、まだ半分しか来てないのか? まさか一時間くらい時間を勘違いして早めに来てしまったか?」
不安に思った御手洗は教室の時計を見上げる。
だが、その前に黒板に書かれた文字に目がいった。
「なんだ、この落書き」
「それ、朝から書いてあったらしいぜ。オレたちにも誰が書いたのかはわからん」
「山麓にオウム鳴く? これは確か……ええと……」
御手洗のそばで千藤がメモ帳を取り出して言葉を引き継ぐ。
「ああ、なんかの平方根、ルートの数字を覚える語呂合わせだったよな。えっと……そうそう、ルート六の語呂合わせだ。富士山麓にオウム鳴くって」
朽木が首をかしげる。
「で、なんでそれを黒板に? time waits for no one.なら、ハァ?って感じだが」
「そうですね。誰かが数学の勉強をやっていて暗記のために書いたのだとしても、富士を書き忘れているのでは役に立ちませんからね」
意識的に明るい声を出してエミがそう言えば、千藤が眉をひそめた。
「富士? ってことは、まさか綺羅富士か? そういえば他の生徒はどこにいる?」
「どこにいると言われたってオレも知らん。朝から来てないが? 本当は教室にそろっているのに『いないもの』扱いしているわけでもない」
会話を聞いていた宗谷も近づいていく。
「俺たちも知らないな」
すると、そばに来ていた山原がクスリと笑う。
「だって宗谷は馬鹿だもんね。知ってるわけないもんね」
「そうだけどさ……」
いつものように言い返さず、なにやら反応がおかしい宗谷を見て御手洗は不思議がる。
「なんだよ、ついに宗谷は自分が馬鹿なことを自認したのか? だったら今日は、お馬鹿記念日だな」
「そうしてくれ。来年も祝ってくれよ」
「ふむ……お前、調子悪いか?」
食事の量も減っているのだから無理もないが……、と心配する御手洗だが、そんなんじゃないと宗谷が手を振って話を終わらせた。
相変わらずメモ帳を片手に黒板を眺めているのは千藤だ。
「もしこれが綺羅富士派からのメッセージだとしたら……」
「何か先手を打たれたか? しかし、こんな状況でどんな手が打てる? 綺羅富士の真似をして寮に閉じこもってストライキか……?」
だとすれば、今すぐに寮へと向かうのは相手を刺激するだけかもしれない。
何を考えているにしても、まずは相手が実際に行動に出て、その要求や主張を聞くまでは待っていたほうがいいかもしれない。
なんにせよ考えていても仕方がないと、御手洗は小さく息を吐き出す。
「……ふう、仕方ないな。とりあえず授業をしよう」
朽木が耳を疑う。
「こんな状況でするのか? 半数もいないんだから学級閉鎖だろ」
「いや、やるぞ。みんな不安がっている時こそ、いつもの生活を続けることが大事だ。閉鎖したって他にすることもないからな」
「それに何があるのかわからない以上、バラバラになるのも危険だ」
そう言って千藤がパタンとメモ帳を閉じる。
山原も真面目な顔でうんうんと首を振っている。
「本当だよ。こんな大変なときに勝手なことしてバラバラになるなんてさぁ……。みんなどうかしているよ。ねえ、宗谷?」
「ん、まあ……。そ、そうだよな」
「わかってるなら、いいんだ。宗谷、僕は宗谷を信頼しているんだよ?」
「俺だってそうだって」
「ふうん……」
気持ちを切り替えるためか、はいはいと御手洗が手を打ち鳴らす。
「まあ、それより、ひとまず授業を始めるぞ。みんな席に着け」
そして今日も授業が始まった。




