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アバンダンド(見捨てられた学校で)  作者: 一天草莽


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30/41

30 ここは学校ですよ?(3)

 放課後、食堂。

 なんとなく同じテーブルに座った朽木を前に宗谷がため息を漏らす。


「ようやく佐波も生徒指導室から開放されたってのに、教室には一度も来なかったな」


「あいつら、あの小屋に二人で住むつもりなんだろう。まあ、リーダーが最後まで妹のことを認めなかったのだから、その気持ちは理解してやりたいが……」


「でもよ、あいつら食事はどうするんだ? 佐波の分はあるにしても、それで二人が足りるか? そもそも俺たちだって、一人分をもらっていても足りないっていうのに」


「佐波はさ、こんな場所でサバイバル生活なんて無理だとわかっていながら、意地を張っているだけなんじゃないか? ……こんなこと言うのもなんだが、オレはあいつらを助けてやりたい気分だよ。不良ごっこしてるオレに何ができるかわからんが」


「だけど今のままじゃ俺たちのほうもまずいぜ。誰かを助けている余裕があるわけじゃない」


「だよな」


 沈黙する二人。そこにリオがやってきた。


「はい、あなたたちの食事よ」


「ああ、リオ、ありがとう。会話に夢中で自分たちで取りに行くのを忘れていた」


「私が気を利かせただけだから大丈夫。イライラや不安できつく当たっちゃうときがあるのを謝りたい気分もあるし」


「いや、謝る必要なねえよ。たぶん、みんなお互い様だからさ」


「それにしても、食事は今日も芋か……これだけ、だよな?」


 物足りなさそうに尋ねてきた朽木にリオは肩をすくめる。


「仕方ないのよ。次の物資の提供が予定よりも遅れていて」


「だが、さすがに食事がこれだけだときついな……明日も、明後日もこうだと思うと」


「ねえ、宗谷」


 三人で会話をしていると、とぼとぼと足音を立てた山原が背後から近づいてきた。

 宗谷は振り返る。


「おお。どうしたんだよ、山原」


「そんなにお腹が空いているなら、ほら、これ。僕の分も食べていいよ?」


 そう言われた宗谷は山原からの突然の申し出に困惑する。


「……え? いや、ちょっと待とうぜ? 今日は食事これだけだろ? それを人にやっちまったら、お前はどうするんだよ」


「宗谷は馬鹿なの? そんなこといいから、これを食べてって言ってるの。どうして受け取らないのさ?」


「いや、だから聞いてなかったのか? 今日はそれしかないんだから、それを誰かにやったらお前が大変だろ。お前の分はお前が食えって」


「もう!」


 と言った山原が声を荒げる。


「だって、宗谷、今、自分でお腹が空いたって言ったじゃないか! それだけじゃ全然足りないって、僕はちゃんとこの耳で聞いたよ! だったら僕の分も食べてよ! 宗谷が元気なくなっている姿を見たら、僕もどうしていいかわからないよ!」


「……わ、悪かったよ。すまん、元気出すから、な? ほら、俺は大丈夫だって」


「宗谷は馬鹿だから信じられないよ。嘘だったら許さないからね」


「嘘じゃないって。俺はこれだけで大丈夫だ」


「そう、ふうん。……そうだ。じゃあリオちゃん、君に僕のをあげるよ。はい」


「え?」


 まさか自分に来るとは思っていなかったリオがぽかんとする。

 山原は構わずに続ける。


「だってリオちゃん、ずっと落ち込んでいるもんね? それって、これからのことが不安だからでしょ? ほら、だったらこれから毎日僕がリオちゃんに食べ物を分けてあげる。それなら安心でしょ? それなら笑っていられるよね? ほら」


「ば、馬鹿じゃないの? 私は山原にこそ食べて欲しいわよ! それにねえ、私が心配しているのは何も食事だけのことじゃなくて……」


「でもリオちゃんが落ち込んでいると、みんな落ち込んじゃうんだよ。だったら僕が力になってあげるから、食事の心配だけでもなくしてよ。ほら、僕らは支えあうって約束したでしょ? ね? 忘れてないよね?」


「支え合うつもりなら、山原もちゃんと食べて! 山原が倒れたら駄目でしょ?」


「ひどいよ、リオちゃん。そうやって、今さら僕を突き放すなんて寂しいよ」


「つ、突き放しているわけじゃなくって!」


「ううん、もういい。リオちゃんが平気なら僕は安心だから……」


 山原はそう言い残すと歩き去っていく。

 今のやり取りを眺めていた朽木が不安そうにする。


「おい、山原は大丈夫か?」


「まずいな、あいつ。よくない癖が出始めてやがる……」


「よくない癖?」


「ああ、あいつって見境がなくなるんだよ……」





 同じ食堂内、離れたテーブルには真由とエミ、それから長瀬がいた。

 少なくなった食事を前に真由が嘆く。


「こ、これだけじゃ絶対足りないよ……」


「がんばって、真由。次の物資がたどり着いたら、もう少しましになるはずだから」


「そうだね。それまではこれで我慢するしかない」


「で、でも、もう、つらいよ……」


 励まし合っている三人のもとへと、足音も立てずに忍び寄る山原。

 テーブルの上に自分の皿を置こうとする。


「だったら、はい、僕の分をあげるよ。真由ちゃん、これならお腹も膨れるでしょ?」


「え、でも……?」


 素直に受け取る気にもなれず、返答に困る真由。

 山原は構わずに他の二人にも笑顔を向ける。


「よかったらエミちゃんと長瀬さんも分けて食べてくれていいよ。僕、みんなが喜んでくれたら嬉しいから」


「優しくしてくれてありがたいのですが山原さん、あなたは食べたんですか?」


 エミが問いかけると、山原は首を傾ける。


「ん、どうして? どうして僕に聞く必要があるの?」


「どうしてって、それは当たり前でしょう? 答えによっては受け取れないからに決まっているじゃないですか!」


 と普通のことを言えば、山原が急に怒ったようになる。


「受け取れないって? なにそれ、どうしてさ! どうしてみんな僕の思いを受け取ってくれないのっ? そんなに迷惑なのかな、僕は!」


「そ、そうではなくて……。迷惑というわけではないですよ……?」


「だったら、いいよね? そう言うんだったら黙って受け取ってよ。はい」


 山原はテーブルの上に皿を置き、立ち去る。


「待ちたまえ」


 だが、長瀬がその腕をつかんだ。

 強引に足を止められて、山原が意外そうに振り返る。


「え、なに、長瀬さん? お礼だったらいらないよ?」


「そうじゃない。これを」


 長瀬は山原に皿を返す。


「ど、どうして返すのさ? 長瀬さん、君は抵抗しないって、そう言ってたんじゃないの? どうして僕には抵抗するの? 僕だけには抵抗するの?」


「だから、そうじゃない。抵抗しているんじゃないよ。ただワタシは君に――」


「もういいよ。でも、もし今後やっぱり必要になったら、そのときは頼ってよね!」


 山原は皿を受け取ると立ち去っていく。

 寂しそうな顔をする長瀬を真由が心配する。


「な、長瀬さん?」


「こんなワタシでも、山原のことだけは心配だったのにね……」





 校舎裏、茂みの奥にある隠れ家。

 ここに佐波兄妹が二人で過ごしていた。


「兄さん、これは兄さんだけで食べて」


「兄に気を遣う馬鹿がいるか。いいからちゃんと食べてくれ。俺も食べるから」


「でも悪いよ。私のために、いつも兄さんはみんなより少ない量しか食べられないなんて」


「そんなことない。俺はお前がいる分、みんなより幸せなんだ。みんなは家族と離れ離れなのに、俺にはお前がいてくれる。それだけで俺は幸せなんだ」


「嬉しいけど、つらいよ。嬉しいからこそ、つらいよ。私……」


「お前が食べてくれないほうがつらいって、今のお前ならわかるだろ? どっちかが一人だけ食うと、お互いに気を遣って不幸になるんだ。だから俺はお前と分け合いたい」


「でも、兄さん……」


 そのとき、コンコンと扉がノックされた。

 誰が来てもいいように身構える佐波は警戒心をむき出しにして問う。


「……だ、誰だ?」


「僕だよ、佐波君」


「山原? どうした?」


「ひとまず扉を開けてくれないかな。ここを開けてよ、佐波君」


「ああ、待っていろ」


 相手が山原だと知り、安心した佐波は扉を開ける。

 受け入れてもらえて喜んだ山原は持ってきた皿を差し出す。


「ありがとう。はい、これ」


「え? これ……まさかリーダーが?」


「ううん、違うよ。だけど安心して。盗んできたわけじゃないから」


「じゃあ、どうして?」


 山原は笑顔で答える。


「決まっているじゃないか。僕の分を佐波君たちにあげようと思って。だって佐波君、妹さんと二人なのに、一人分しかもらえないんだよね? そんなの駄目だよ」


「確かにありがたいけど、お前はどうするんだよ? それ、お前の分なんだろ?」


「だから、僕の分をどうしようと僕の勝手でしょ? はい、これは妹さんにでもあげて」


 無理にでも渡そうとする山原だが、そんな彼を逆に心配する佐波は受け取りを拒否する。


「だから、お前の分はどうなるんだよ? そんなの受け取れるわけないだろ」


「そんなの受け取れるわけがないって、やだなぁ……。佐波君まで何を言い出すのさ? いつもみんなの余った分をもらっていたじゃない? どうして僕の分はもらってくれないの? ねえ、一体何が違うの?」


「いいか、山原。それが余った分じゃないからだよ。お前の大事な食事だからだ。そんなの、もらっても喜べない」


 ふうん、と答えた山原は小屋の奥をのぞき込もうとする。


「じゃあいいよ、佐波君。妹さんを出して」


「……どうしてだ?」


「え。聞かなくちゃわからないの? 佐波君の代わりにあげるんだよ」


 これも佐波が拒絶した。


「……いや、それもやめてくれ。あいつは俺から受け取るだけでもつらそうな顔をするんだ。お前の食事まで奪い取るようなことをしたら、あいつはここを出て行くとか言い出しかねない」


「ひどいよ、佐波君。じゃあ僕は迷惑だっていうの?」


「そうじゃない。ありがたいからこそ、そいつは受け取れないんだ。……いいか、山原。もう俺たちには構うんじゃない。俺たちと仲良くしているところをリーダーにでも見咎められたら、お前もどうなるかわからないんだ」


「……構うなって?」


 本来は優しさであったはずだけれど、冷たく突き放された印象を受けた山原は声を荒げる。


「ちょっと、佐波君! 構うなってどういうことさ! 今までの友情はなんだったのさ!」


「大事な友情があるからこそ、お前のためを思って言っているんだよ!」


「僕も佐波くんのことを思ってるよ! 思っているから構うんじゃない!」


 佐波はそれでも拒絶する。


「駄目だって、山原。俺に構っていちゃ駄目だ。お願いだから、お前は……」


「わかったよ、佐波君。わかった」


 山原は佐波の言葉を最後まで聞かずに立ち去ってしまう。


「山原……」


 その態度に思うところはあれど、心配そうに目で追うだけで佐波は山原を追いかけることはしなかった。

 その後――。

 誰にも望むような反応をしてもらえず、がっかりして一人で歩く山原。

 この学校に来る前のことを思い出して、落ち込んでいた。


「みんなどうして僕を否定するのさ? そんなに僕のことが嫌いなの?」


 立ち止まり、うつむく。


「……そっか、やっぱり僕は誰にも必要とされていないんだ。ここに来る前から、みんなに会う前から、ずっとそうだったもの。父さんや母さんにさえ愛されなかったもの。みんなに好かれたいと思って来たのに、みんなのこと大好きなのに、伝えられていないのかな? みんな落ち込んでいるから余裕もないのかな?」


 そして山原は顔を上げる。


「うん、きっとそうだ。ああ、だったら僕、みんなを励まさなくちゃ!」


 彼の目には空がとんでもなく青く見えた。





 山原のいない教室で、彼を心配してリオが言う。


「……ねえ、最近、山原の様子が変じゃない?」


「オレもそう思う」


「もしかして何かあったんでしょうか? 宗谷さんは知ってます?」


 エミに問われ、迷いつつも宗谷が口を開く。


「実はさ、あいつ、スパルタ教育の中で昔いじめられていてさ……。教師からは度を越した体罰を受けていたし、両親からは心無い虐待を受けていたんだよ」


「本当か?」


「ああ、本当だ。俺が会ったとき、あいつは死んだ目をしていた。だけど、俺もあのころは似たようなもんだったから、二人で一緒に立ち直ったんだ。苦労したけどな」


「知らなかった……」


「言わなかったんだ。リオやみんなが知らなくったって仕方ないよ。で、あいつ、たまに人から冷たくされると昔のトラウマがよみがえるらしいんだ。そうなると、こっちが何を言っても誤解して聞く耳を持たないんだ。最近はなかったんだけど、この状況で耐えられなくなったらしい」


「事情は理解した。それで、オレたちはどうしたらいい?」


「一番いいのは、あの状態の山原にあまり関わらないことだ。無視するわけじゃなくて、あまり刺激せずに温かく見守っていてほしいんだ」


 リオは納得と疑念を半分ずつ抱えて尋ねる。


「それで大丈夫なの?」


「……大丈夫、と、思う。今まではいつも一時的なものだったんだ。どうか今回もそうであって欲しい。無理に励まそうとすると会話がずれて、こじれて、余計に長引いてしまうんだよ。だからさ……」


 苦しそうに声を絞り出す宗谷の様子を見て、朽木がため息をつく。


「わかったよ、宗谷。お前も悩んでいるってことくらいわかるから、そんなに申し訳なさそうな顔をするな」


「うん、そうね、宗谷は悪くないわ」


「すまない、みんな。ちょっと俺も今は余裕がなくなっていてさ」


「それはみんなそうよ。ここにいるみんな、余裕なんて……」





 校長室。

 リーダーと御手洗が顔を合わせて話していた。


「リーダー、あれからもう一ヶ月以上が経ちますが……」


「限界状態も、そういうものとして続けば慣れそうか?」


 御手洗は言いにくそうに返す。


「お言葉ですが、さすがにそれは無理でしょう。慣れるのにも限度はあります。みんな疲弊しているようです」


「それも当然か。心配だな。……千藤はどうしている? 規律は取れているか?」


「千藤はよく働いてくれています。全員に注意して回る嫌われ役を、俺たち以上に演じてくれているのですから。しかし、それだけに反発も大きくなっているらしく、一年と二年の間で小競り合いもあったとか」


「そうか。……問題を起こした生徒には適正な処分を与えているか?」


「はい。……ですが、やはり閉塞感が問題なのでしょうか。今までの対策では対処しきれないというか、監視の網をくぐって違反する生徒がいるという報告も入っています」


「それはまずいな。どんな些細なことでも不公平感は取り払わなければ、大きな暴動になる。規則をさらに厳しくし、疑わしきは罰していけ」


 御手洗はゴクリとつばを飲む。


「……で、ですがリーダー、ここは学校ですよ? 監獄でも、ましてやスパルタ機関でもないのです。そこまで厳しくするのは、ここで生活せざるを得ない生徒のことを考えると……」


「御手洗、その考え方は改めてくれ。いいか御手洗、もはやここは学校ではない。ただの学校だとは、もう思わないでくれ。最初から無理があったんだ」


「……わかりました。これからは、ここにいるみんなの生活を第一に考えます。苦境に立つ生活を、少しでも改善するために」


「お前にも苦しい決断を強いることになって、すまない」


「いえ、こんなのはリーダーについていくと決めた時から覚悟済みです」


「頼もしいよ」


 感謝と信頼を伝えるべく、リーダーは頭を下げる。

 御手洗は顔を上げた。


「しかし……この世界に神はいないんですかね?」


「御手洗、その言葉、二度と口にするな。神なんぞのような空想の存在ではなく、現実だけを見据えるために」


「現実……」


「現実の、あいつらを見るために」

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