23 俺たちが嫌っていたやり方(1)
早朝、運営会議。
本格的に議題の討論へと入る前に、学帽のつばを手でつかんだリーダーが御手洗に問いかける。
「生徒指導室に入っている佐波の様子はどうだ?」
「まだ少し荒れています。暴れるような気配はないですが」
「そうか、まだ俺の決定に不服といったところか。反省には長くかかりそうだな。ならば、もうしばらく突っ込んでおく必要がありそうだ」
「ですがリーダー、いくら佐波がリーダーの方針に反発したとはいえ、さすがにやりすぎでは? ほどほどにしろとまでは言いませんが……」
「今後も安定した生活を送るためにも、生徒一人一人に規則を守らせる必要がある。たとえばこの先、いつか今よりも切迫した状況に陥ったとき、今回の判断が役に立つはずさ」
「それはわかりますが……」
反論や苦言を諦め、黙り込んでしまう御手洗。
代わりに口を開くのは一年の学年主任である高宮だ。
「恐れ多くも一年主任の立場から言わせてもらいますが、今回のリーダーの対応には賛成しかねます。僕ら一年生を多く含んだ人間を、無闇に威圧する決断だったと思わずにはいられません。普通の生徒までが厳格な規則と罰を恐れてしまい、不安や心配がはびこるでしょう。それが不満やストレスにつながってしまうのではないかと、僕には心配です」
「まあまあ、高宮君。その心配もわかるけど、リーダーはもっと大きな心配を考慮しているわけであってね……」
行き過ぎた発言をしそうな高宮を中津がなだめようとしたが、リーダーは気にしなかった。
「高宮、お前は統率を失った集団の恐ろしさを知っているか? たとい知らずとも、それに想像が及ぶか?」
「押さえが利かなくなる……ということですか? ええ、もちろんそれは危険でしょう。ですが極度に不満や緊張が高まってしまうのも同様に恐ろしいものでしょう。いつ、何がきっかけで爆発してもおかしくありません。それは結果的に規則を失うことにつながりませんか?」
「だからこその処罰だ。別に俺は、個人的な感情で佐波のことを憎んでいるわけじゃない」
これに、高宮ではなく御手洗が答える。
「それはみんなわかっていますよ。おそらく佐波自身もですがね」
三年の教室。
いかにも不安そうな表情を宗谷に向ける山原が、ボソッと尋ねる。
「ねえ、宗谷。大丈夫なのかな?」
「何が? ……って、聞くまでもなく佐波のことだよな?」
「うん。馬鹿な宗谷のくせによくわかったね……」
しょんぼりと顔をうつ向かせる。
まるで覇気がない。
「お前さあ……。悪口も皮肉も、そんなに落ち込んだ顔で言われたら俺だって怒れないぞ。お前が元気ないせいで、二重に落ち込むからやめてくれよ……」
「宗谷は心配じゃないの?」
「心配って、だから佐波のことだよな? そりゃあ、あいつは大事な友達なんだからもちろん心配だが、今はリーダーの許可が出るのを待つしかないだろ。勝手なことをして事態をかき乱すわけにはいかない」
「なんだよ、それ。友達を見捨てるっていうの? 見損なったよ、宗谷」
「うぐっ……。いつになく厳しいな、山原」
「なのにさ、いつもどおり馬鹿だよね、宗谷って」
「それはさ……」
「はぁ、もういいよ。このことを宗谷に相談した僕が馬鹿だった」
「あ、おい!」
宗谷の呼び止めもむなしく、がっかりした様子の山原は教室を出ていくのだった。
教室を出た山原が向かったのは生徒指導室だ。
ここには今、罰として佐波が閉じ込められている。
「ふう……。緊張するけど、誰も行かないなら僕が行くしかないよね。宗谷は口うるさいだけで全然頼りにならないし」
山原は深呼吸をすると、鍵の掛かっている扉の前に立つ。
どのように声をかけるべきか悩んで、あえて元気よく扉をノックする。
「ねえ、佐波君! 佐波君、そこにいるっ?」
「ん? その声は山原か……どうした?」
何をするでもなく座っていた佐波は立ち上がり、よろよろと扉に近づいていく。
姿が見えないながらも彼が近づいてきた気配を察して、扉越しに山原は声をかける。
「ちょっと佐波君の様子を見たくなって来たんだ。なわわ、でも扉が開けられないんじゃ様子も見られないよね。ど、どうしよう?」
「そうか、だったら安心してくれ。俺は無事だ。俺はな……」
「……佐波君? どうしたの? 声だけでわかるくらい、なんだか辛そうだよ。気になることがあるなら言ってくれていいよ。僕に出来ることなら協力してあげるから」
「そうか、すまない。……なあ、山原。俺がここに閉じ込められて、もうどのくらいになる?」
「えっと、もうすぐ一週間になるかな?」
「そうか、それはまずいよな……」
「佐波君?」
話が見えなくて首をかしげる山原。どうやら佐波には何かあるらしい。
「なあ、山原。お前は俺がサバイバル生活の隠れ家に使っていた倉庫の場所を知っているか? 寮の代わりに、いつも寝泊りしていた古い倉庫のことだが」
「ええっと、それなら何回か遠くから見たことはあるけど、中に入ったことはないよ?」
「そうか。それなら頼みたいことがあるんだ。山原、俺には何も聞かずに、何か食べられるものを倉庫の前に持っていってくれないか? できれば、誰にも言わずにこっそりやってくれると助かる。今度、俺が無事に出られたときにお返しはするから」
「……え、それくらいなら別にいいけど、どうして? 隠れ家に食べ物を?」
「何も聞かないでくれっていったよな? 頼むよ、もうあそこには蓄えがなくなっているはずなんだ。なんとかして食べるものを運ばなけりゃならない」
「う、うん、わかった」
「すまない。助かるよ」
「ううん、大丈夫。ちゃんと僕のことを頼ってくれて嬉しいから。気にしないで」
そう言い残した山原は疑問に思いつつも生徒指導室の前を離れ、ひとまず食堂に立ち寄ると、今夜の自分の分の食事を少しだけ早めに分けてもらうことにした。
頼まれた通り、食べるものを持っていくためだ。
誰にも事情を説明せず、たった一人で佐波の隠れ家に向かう。
「サバイバル生活を楽しんでいる佐波くんの隠れ家だっけ……。確か、こっちの奥のほうにあったんだよね。……あれ? 誰かいる?」
山原の視線の先、オンボロ倉庫の入り口に誰かが寄りかかって座っていた。
いつも一緒にいる三年の生徒ではない。
二年でも、一年でもない。
この学校で一度も見たことがない少女だ。
また外部の人間が逃げ込んできたのだろうかと思い、まずは身元確認をするべきだろうと判断した山原は声をかける。
「えっと、君、大丈夫?」
「……えっ? あ、あの、兄さんは?」
座った状態で目を閉じて半分眠っていたのか、自分に向けられた声に驚いた少女はびくびくと怯えたように山原を見上げて尋ねた。
すぐには立ち上がれそうにない少女の顔を覗き込みつつ、問われた言葉の意味がわからずに首をかしげる山原。
「に、兄さん? いえいえ、僕は山原さんですけど……って、なわあ! もしかして君、佐波君の妹さんっ?」
「あ、は、はい。そうですけど、兄さんを知っているんですか?」
「知っているも何も、知っているも何も!」
驚きのあまり山原は興奮と混乱で言葉にならない。
けほ、けほ、と咳き込み、なんとか声を出す少女が山原に問いかける。
「あ、あの、ところで兄さんは? もう何日も姿が見えないんですけれど、兄さんは無事ですか? 勝手に探しに行くわけにもいかなくて……」
この質問に対しても、やはり山原は狼狽してしまう。
どう答えれば彼女が安心するだろうか。
「なわわっ! 何事もないって言ったら嘘になるけど、大丈夫、怪我とか病気はしてないから安心してよ! うーん、でもどうしよう、妹さんがいるなんて知ったら僕が安心できない!」
「私が言うのも変ですけど、どうか落ち着いてください」
うっ、とふんばった少女は膝に手をつき、よろめきながら立ち上がる。
すかさず山原は彼女を支える。
「あ、大丈夫? ふらふらだけど……」
「すみません。しばらく何も食べていなくて……」
「え? ……あっ! じゃあ、これを食べてよ!」
自分が何をしに来たのかを理解した山原は冷静さを取り戻し、ここまで持ってきていた彼女のための食事を渡す。
ありがたい申し出であるのは確かにしても、見ず知らずの山原に優しくされる理由が思い当たらない少女は困惑する。
「いいんですか?」
「うん。これね、たぶん君のためにって佐波君から頼まれたものなんだ」
「兄さんが? ……私のことは今まで誰にも頼らずに一人でがんばってくれていた、あの兄さんが?」
「うん。佐波君はね、ちょっと今、いろいろあって生徒指導室に閉じ込められていてさ」
「そうだったのですか……。ええと、その、それはいつまでなのですか?」
「う、うーんと、いつまで……って言われてもね。ごめん、ちょっとすぐには答えられないな。場合によっては長くなるかもしれないし」
「そうですか、困りました……。私は今まで兄に頼りきりでしたから」
「あ、そうなんだ。それじゃ大変だよね、こんなところで一人きりなんて。……あ、でも、ここにいるってリーダーにばれちゃまずいんじゃない?」
先日の出来事を思い出した山原は表情を硬くする。
もし彼女が本当に部外者であれば、容赦なく追放だ。
それをどこまで知っているのか、彼女は山原に負けず劣らず表情を曇らせた。
「はい、そのことをいつも兄は気にしていました。私、リーダーさんに認められていない存在なので……。皆さんに遅れて、兄の力を借りてここに入ったんです」
「なわわ、それってすごく困ったことだよね。生徒指導室に閉じ込められちゃった佐波君の代わりに君のことをなんとかしてあげたいけれど、僕一人じゃあリーダーたちの目を誤魔化すことなんて無理そうだ」
「あ、あの、そこまで気に掛けていただかなくても、私は大丈夫ですから。助けが必要なのは事実ですけど、ご迷惑でしょうし」
「大丈夫、任せて。僕はね、そんなに悲しそうな顔をする人を放っておけないんだ。実は最近、同じような顔を見せていた人を助けてあげられなくて後悔していたから。今度こそ出来る限りのことをしたいの」
「そうですか……」
「でも、まずは協力してくれる仲間が必要だよね。何をやるにしても僕だけじゃ絶対に無理だもの。……ねえ、ちょっと食事でもしながら待っててくれない? どこかから頼れそうな人を連れてくるから」
「あ、はい。わかりました」
「うん。じゃあ、ちょっと待っていて!」
彼女にそう言って駆け出す山原。




