22 規則と罰(3)
明朝。
外部から来た少年を含めた三年が、一つの教室に集まっていた。
宗谷が御手洗に尋ねる。
「それで、リーダーはいつ教室に来るって?」
「きっかり九時だ」
主任が時計を見上げる。
「九時か。あと少しだな……」
一緒になって時計を見ていた山原が不意に視線を下げた。
「でも、綺羅富士君が教室に来るのってすごく久しぶりじゃない?」
「なんか文句あるか?」
「違うよ! 嬉しいから喜んでいるんじゃないか!」
「……ふん」
本物の不良として、一人だけ授業をサボり続けてきた綺羅富士との距離感を測りながら、それでも嬉しさをにじませてリオがつぶやく。
「まあ確かに、これであとはリーダーが来れば、三年が全員揃うことになるわね」
「久しぶりですね。まあ、これまでは主に綺羅富士さんだけが足りなかったのですが」
「でも、来てくれたよ?」
「そうですね、さすが綺羅富士さんです。大事なときには逃げも隠れもしない男意気、天晴れでしょう」
「そんなものじゃないさ」
吐き捨てるように言って、机に頬杖をつく綺羅富士。
今度は山原が逆の方向に顔を向けた。
「あーっと、それより君の名前ってなんだったっけ?」
「あ、はい、鈴木です」
その鈴木に佐波が声をかける。
「鈴木、お前には期待しているぞ? リーダーを説得するには、お前にしっかりしてもらうしかない」
「ぜ、善処します」
「そうプレッシャーを与えるんじゃない。なるようになるさ」
「なるようにならなければ、俺たちが援護してやるよ」
緊張を隠せずにいる鈴木を励ました長瀬と千藤。
感謝を込めて、鈴木は二人に頭を下げる。
「あ、ありがとうございます」
「おい、みんな静かにしろ! 足音がするぞ! リーダーだ!」
御手洗が声を上げ、全員が固唾を呑んで扉に注目する。
「まさか、お前たちから沈黙で迎えられるとはな……いいだろう。話を始める前に、まずはこの俺から宣言がある」
教壇に立ったリーダーは胸ポケットに手をやり、そこからサングラスを取り出す。
「三年前、お前たちを理想に引き込んでしまった俺は、しかしながら理想だけを見つめているわけにはいかない。常に希望を探しながら、片時も現実に対して目を瞑るわけにはいかない。光と同時に闇も見通さなければならない」
そこでいったん言葉を切って、続ける。
「……俺は、今後一切妥協しないと決めた。これは、その決意の表れと受け取ってくれていい」
そう宣言したリーダーは顔を隠すようにサングラスをかける。
いろいろ理由を語ったものの、本当は表情や感情を隠したいのかもしれない。
なんにせよ、リーダーは初めて見る少年へとサングラス越しの目を向けた。
「で、お前が?」
「あ、はい、鈴木です」
「よかろう、鈴木。お前がここに来た理由を話せ。時間はくれてやる」
「は、はい」
そう答える声は完全に緊張している。
隣に座っている佐波が手を伸ばして、彼の背中をさする。
「とにかく落ち着いて、言いたいことを言ってくれ」
「……わかりました」
そう言って、彼の口から説明が始まった。
「皆さんが知っての通り、今現在も外部では厳しい状況が続いています」
御手洗がうかがうように尋ねる。
「スパルタだよな?」
「はい、その通りです。スパルタ制度です」
今度は主任が質問する。
「噂では最近になって特に激しさを増してきたと聞くが、実際どうなんだ?」
「まさにその通りです。人を人とも思わないスパルタが、青少年に限らず、すべての国民に適用されています。政府やメディアはひた隠しにしていますが、死傷者だって何人出たか……。それに痺れを切らした僕たちは、政府に対して反抗しました。若者を中心として、今回は大人も参加した大規模な反政府デモになったんです。ところが……」
「お前が死にそうになってくるってことから推測するに、まさか軍か?」
「はい、そうです。近年では三年ほど前に皆様が起こしたデモに次ぐ、とても大規模なデモになったんです。しかしそれだけに、今回ばかりは政府の取り締まりも厳しく、暴動鎮圧のために警察だけでなく軍までも出動する事態となって」
御手洗が腕を組む。
「基本的には中高生だけだった俺たちのときとは違い、今回は大人もデモに参加していたっていうから、政府の対応に差が出たのだろう」
「そうかもしれません。今回は激しい衝突で死傷者も出たんです。生きながらつかまっても、より厳しい仕打ちが待っていて……。あくまでも国際的には平和的な手段で鎮圧していると宣伝しているようですが」
「なわぁ、それはひどいね」
「はい。ですから、デモに参加していた僕は命からがらここまで逃げ延びてきたんです」
「そうだったのか」
簡単に事情を語り終えた鈴木はリーダーに向かって頭を下げる。
「……お願いです。どうか僕を助けてください。もちろん多くは望みません。とにかく、ここでかくまっていただければ」
佐波も一緒になって頭を下げる。
「リーダー、俺からも頼む。こいつの願いを聞いてやってくれ」
「どうか、お願いします」
全員がかたずをのんで見守る中、リーダーは重々しく口を開く。
「……お前の話は理解した。言い分もわかる。だが、だからといってお前を受け入れるわけにはいかない」
「そ、そんな……」
願いが通じず、鈴木は絶望した表情を見せる。
これが最終決定ではないと信じたいのか、遅ればせながら朽木も頭を下げた。
「リーダー、自称不良のオレが言えることじゃないかもしれないが、もう一度考えてはくれないか? そんなばっさり切り捨てるように言わなくても」
「そうだ、頼む、リーダー。扱いは最底辺でもいい、寮の部屋がなくてサバイバルしろってんなら俺なりに教える、こいつをここの新入生として迎え入れることはできないか?」
二人の言葉を受けて、リーダーが答える、
「ふむ。本来ならば彼のことをこの場で追い返さなければならないが、ここは最大限に譲歩してやろう。彼の体力が十分に回復するまで、保健室を使うといい。だが体調が回復したと判断した場合、すぐにでも出て行ってもらう。よろしいか?」
「……え?」
この譲歩を喜んでいいものか、悲しんでいいものか、すぐには反応ができなかった鈴木。
しかし、最終的には追放すると言っているのだ。
一時的な救済は本格的な救済にはならない。
思わず佐波は声を荒げた。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ、リーダー! 今までの話を聞いていなかったのかよ! こいつを追い返すって、それは見殺しにするようなもんじゃないのか!」
「見殺し?」
「ああそうさ。違うって言えるのかよ? 受け入れられないってことは、追い出すってことは、つまりそういうことだろ!」
彼の指摘を真正面から受け止めたリーダーは表情を変えずに答えた。
「なるほど、佐波。まずお前は、その胸に、今から言うこの言葉をよく刻め。いいか、ここは決して託児所じゃない」
「わかっているよ、そんなこと。でもさ!」
まだまだ言葉を続けようとした佐波ではあるが、リーダーには通じない。
やはり重々しい雰囲気で答えるのみだ。
「……わかっているか? 今までも俺はお前たちの知らないところで多くの選択を下してきた。その選択に責任を負う以上、一度決めたことはこの身に誓って覆さない。これ以上ここに外部の人間を受け入れることは、たとえ一人であろうと絶対に認めない。すでにこの学校の生徒名簿は完成している」
「なんでだよ? なんでそんなに頑なに!」
「無論、それはお前たちを守るためだ」
ふう、とため息をついてリーダーが続ける。
「いいか? もちろん俺が政府と交渉したのも理由にはあるが、ここで俺たちが生活できている最大の理由は俺たちが子供だったからだ。外部のデモに参加した人間を一人でも受け入れてみろ、その瞬間にここは反政府グループの拠点と認識されかねない。放置される時代は終わり、攻撃を受ける。俺たちは本物の牢獄入りだ」
「それはそうかもしれないが……」
理屈は痛いほどわかるので、反論する語気が弱くなった佐波。
そんな彼に代わって朽木が恐る恐る口を開く。
「なあ、リーダー。厳しい処置が必要なことも理解できるが、やっぱり佐波の言うことにも一理あると思うんだが。あれから三年経ったんだ。みんなを守る方法だってさ、もしかしたら他にもあるのかもしれないだろ? 急いで追放しなくたって……」
リーダーが学帽のつばに手をかける。
「ほう? ……いいか、これは本来なら俺一人の心にしまっておくべきことだが、お前たちの物分りが悪いから教えてやろう。今まで三年間、お前らが知らないところで、何十人という外部の人間が助けを求めて俺に接触してきた。だが、俺はそれをすべて断ってきたんだ」
「え……?」
「理由はわかるよな? なにしろ俺たちだけでも生活はギリギリなんだ。もし全員を受け入れていたなら、俺たちはとっくに行き倒れている。俺はお前たちに責任を持つ以上、お前らを守るために手段を選ぶつもりはない。お前たち以外の人間が誰かの助けを求めているのなら、俺ではない彼らのリーダーが救うべきだ」
「……本気かよ?」
そう問うた佐波にリーダーは目を向ける。
「もちろん悔しさはあるさ。しかし一度こうすると方針を決めた以上、それを守り、徹底して守らせることが秩序、ひいてはお前たちの命を守ることにつながる。それがかつてリーダーとしてお前たちを導いてしまったこの俺の、首謀者たる責任であり覚悟だ」
「規則を守らなくっちゃならないことはよくわかる! でもさ、だからってさ、目の前の人間を守るためには規則だけを守っていちゃ駄目なんじゃないか? たまには柔軟に例外を認めたっていいだろう!」
「違うな。例外を認め始めたその先に待っているのは、すべてを終わらせる破綻だ。その場その場の判断で規則をないがしろにした組織に、人を守り抜く力などありはしない」
「ルール、ルールって、リーダーはそんなに規則が大事なのかよ?」
「大事だ。当然だな」
「当然って……本当に当然かっ! 一度決めた規則を変えようともしないくせに、いつまでその凝り固まった考え方に執着するつもりなんだよ!」
放っておいたらリーダーにつかみかかりかねない佐波の勢いに、御手洗が思わず立ち上がってなだめにかかる。
「ちょっと佐波、落ち着けって。気持ちはわかるから、穏やかに話をしよう。な?」
「そうだぜ、佐波。そんなにヒステリックになったって、何も状況は変わらないぞ」
「会長も、宗谷も、それじゃ駄目なんだって! お前らはいいかもしれないが、俺はここで引き下がったら駄目なんだよ! こんな俺にだって守りたいものがあるんだ! そのためには、規則だってなんだって変えさせてやるよ!」
そう叫んだ佐波の言葉にリーダーが反応する。
「……なんだと?」
「ルールなんて破るためにあるもんだ! 融通が利かず、馬鹿の一つ覚えでルールに縛られるようになっちまったら、それこそ本末転倒だろ、リーダー!」
「……佐波。お前は今、ルールは破るためにあると、まさかそう言ったのか? 規則を破ってもいいと、そう言ったか? ……なら、罰はそんな輩のためにあるのだろう」
そしてリーダーは堅い声色で宣言する。
「ああ、俺も今よくわかった。佐波、お前には罰を与える必要がありそうだ」
「リ、リーダー?」
不穏な空気を察して不安がる御手洗にリーダーが指示を出す。
「御手洗、そいつを生徒指導室に軟禁しておけ。鈴木がここを出て行くまで、そいつも外に出すんじゃないぞ。しっかり鍵をかけておけ」
それを聞いた佐波が激高した。
「外に出すんじゃないぞって、ざけんなよリーダー!」
リーダーの指示に戸惑っている御手洗に代わって主任が佐波の体をつかんで止める。
「だから落ち着けって、佐波! さすがに手は出すんじゃない!」
「言葉だけじゃ届かないんなら、手でも足でも出さなきゃ仕方ないだろ!」
「まあ待て。佐波、お前は黙っていろ。俺が行く」
「き、綺羅富士……」
名乗り出た綺羅富士は佐波を下がらせて、リーダーのもとへ向かう。
そして真正面に立ち、堂々とにらみつける。
「なあリーダー、それは本気で言っているのか?」
「嘘をついているように見えるのなら、俺は何度でも言い直すつもりだが?」
「ああそうか、本気ならよかった。誤解でぶん殴っちゃ悪いからな」
「ちょ、綺羅富士君!」
物騒な発言を耳にした山原が驚いて止めに入ろうとするが、その必要はないとリーダーが止めた。
そして綺羅富士を見る。
「そうか綺羅富士、リーダーの俺を殴りたいのなら別に殴ってくれてもいいぞ? それですべての不満が消えるのなら、俺は何度でも殴られていい」
「……あん?」
何が言いたいのかわからず、怪訝な顔をする綺羅富士。
リーダーは構わず続ける。
「ただし、綺羅富士。お前が単純な暴力を行使して勝ち取った結果は、お前の意思と反して更なる暴力を生み出すことになるかもしれないが、その覚悟はあるのか? 一時の感情で勝ち得た結果は、たとえそれが行き詰っても、その責任が取れるのか? お前は暴力の連鎖を望むか?」
「リーダー……」
「俺は今まで誰かに対して直接的に力を振るったことはない。俺が用いるのはリーダーとしての立場だけだ。……もし俺よりもふさわしい人間がいるのなら、そいつが俺を論破しに来ればいい。俺が屈すればこの席を譲ってやる。責任だって、取ってやる」
「……勝手にしろ」
話を聞いていて殴る意思をなくしたのか、綺羅富士は立ち去った。
それを見送って、リーダーは佐波に顔を向ける。
「佐波、お前には最後にこれだけ言っておいてやろう」
「……なんです?」
「ルールも罰も、全員に守らせるためにあるものだ。……ルールも罰も、全員を守るためにあるものだ」
そう言い残して、全員の前を去るリーダー。
残された佐波はうつむく。
「そんなの、言われなくたってわかってますよ……」
まだ動揺を隠せないでいる御手洗が声をかける。
「佐波、いいか?」
「俺はいい、俺はいいんだ……」
「じゃあ、生徒指導室に行くぞ?」
「……くそ」
そして佐波は生徒指導室に鍵をかけて軟禁されることになった。
数日後、学校を囲むフェンスのそば。
保健室で休んだことで体調が回復した鈴木は外の世界へと戻ることになった。
「みなさん、ご迷惑をおかけしました……」
「こっちこそ力になれなくて、すまない。それよりお前、本当に戻っても大丈夫なのか?」
心配そうにする宗谷の問いかけに鈴木は力なく答える。
「わかりません。わかっていたら、逃げ出したりしませんよ」
「だ、大丈夫だよ、きっと! 僕らと違って、君はまだ大丈夫だから!」
「そうですね、そうだと信じます。では……」
涙をぬぐいながら、案内役となった御手洗とともに立ち去っていく鈴木。
「ねえ、宗谷」
「なんだよ、山原」
「僕たちは大丈夫なのかな?」
「わからん。ここまできたら、もうリーダーを信じていくしかないだろ」
「うん。でもね、もしかしたら、僕らがあの立場だったのかもしれないよ……」




