20 規則と罰(1)
校舎を挟んで正門とは逆の反対側、グラウンドに比べると小さな裏庭がある。
そこに三年の生徒が数名ほど集まっていた。
「うーむ、今日は裏庭の畑の様子を見に来たわけだが……」
「くはー。やっぱりほとんど枯れちまっているな」
残念がっている御手洗と宗谷が顔を見合わせて、深々とため息を漏らす。
彼らはここで野菜の栽培に挑戦していたのだ。
「サバイバル研究会の俺がいながら、情けない……」
「仕方ないよ。ろくな肥料もないし、農作業の知識も技術もなかったから」
「そもそも十分な土地がないからな。オレたちがどんなに頑張ったって、無理に耕して畑にしているだけで土が発育に向いてないんだ。学校の敷地だけじゃ無理だろ」
「そうだよなぁ。やはり外部からの支給に頼るしかないのか……」
自分たちの無力感を噛みしめ、再びため息を漏らす御手洗である。
その後、彼らと別れた御手洗は一人だけで校長室に向かった。
そこで待っていたのはリーダーだ。
「さて、御手洗。裏庭における農作業の成果を聞いてみたいのだが。やはり俺たちに自給自足の生活は無理か?」
「そうですね。土地も肥料も、農作物の種や苗も十分にありませんから、ここで本格的な農業をするのは難しいです。餌がないから大規模な畜産は不可能ですし、敷地内に川も湖もないですから魚を釣るってわけにもいきません」
「そうか。ならば、今後はより規則や管理を厳しくしていくしかないか」
「心苦しいですが、ある程度は仕方ないかと……。限られた物資でこの学校の全員が生活していく以上、必要最低限のレベルで規則を厳しくして、無用な混乱が生じないようにしないといけないでしょう」
「無論だな。最近は外部から得られる援助も雲行きが怪しくなっていることも考慮せねばなるまい。……よし、一度俺が全生徒の前に出て注意を促しておこう。今後一切、規則に対して甘い考えは持つな、とな」
「はい、お願いします。ただし、必要以上に彼らを威圧しないように気をつけましょう」
そう結論する彼らであった。
学校の外、とある山の中。
複数の追っ手たちから逃げるため、命からがらに走り続ける三人の少年がいた。
「はあ、はあ、やばいって、このまま見つかったら殺されるって……」
「わかってるよ、だから逃げているんだろうが、馬鹿!」
「おい、お前ら! 追っ手がこっちに来てるって! 立ち止まらずに逃げないと!」
「いたぞー!」
「畜生! 見つかったぞ!」
「ど、どうすんのさ! 安全な場所ってまだ先だよね? あとどれくらい逃げれば大丈夫なの? というか、本当にゴールはあるの?」
「わかんねえよ! ちっとは自分で考えろ!」
「あっちだ! 一人残らずひっ捕らえるんだ!」
「くそ、このままじゃ駄目だ。おい、ここでみんな別の方向に分かれるぞ」
「そんな! ちょっと待ってよ!」
「みんなで一緒につかまるよりはましだろ! もう駄目だ! 俺はあっちにいく!」
「おう! お互い無事を祈ろう!」
「ちょっと二人とも! う、うう……! 僕も一人で行くしかないのか!」
残された少年は一人で走り出す。
数日後、彼は目の前に出現したフェンスに手をかけて、そのまま力尽き倒れた。
「こんなにも山奥だなんて……。でも、これで助かったのかな……」
そろって寮を出て、巨大なフェンスに囲まれた校舎の周りをうろうろする四人の男子。
山原、宗谷、朽木、佐波、この四人で休日の散策をしているのだ。
……いや、実際にはサバイバル訓練をやる、という名目があったのだが。
「あーあ、せっかくの休日が!」
「おい、宗谷。残念がるんじゃなくて、ちゃんと喜べよ。この俺が今後の生活に役立つ最強のサバイバル術を教えてやろうって言うのにさ」
「ほんとに教えてもらえるんなら喜ぶよ。でもお前あれだろ、なんちゃってサバイバーだろ。なんちゃって不良の朽木とおんなじな」
「おいこら、宗谷。佐波を馬鹿にするのはいいけどオレを巻き込むな。つーか、佐波も佐波だろ。お前の技術を教えてもらわなくたって、もはやここの生活がサバイバルみたいなもんだからなぁ……」
「なはは、さすがに自給自足ってわけにはいかないけどね」
そう言って苦笑する山原。
笑いたい気分でもなかったのか、今朝のことを思い出した宗谷は真面目な顔をする。
「リーダーや御手洗は俺たちに自給自足をさせようと思っているみたいだったけどな」
「不良のオレだってそれが理想だとは思うけどよ、さすがに無理だぜ。無理無理の無理ちゃんだぜ。無理無理無理ぃ! ムリー!」
「サバイバル研究会の俺でも、この環境じゃ本気のサバイバルは無理だな。周囲を高いフェンスに囲まれて土地が限られていて、野生動物もほとんどいない。とてもじゃないが難しいぜ」
「だよねえ……。なんとなくフェンス際に来てみたけれど、やっぱりここを越えて学校の外に行こうとは思えないもん。監視員が常駐しているっていう検問があるのは正門のほうだけみたいだけど」
特別な感情もなく山原がフェンスの向こうを見る。その先は山や森になっている。
ここは都市部から離れており、舗装された道路があるのは正門の前だけだ。
宗谷が空を見上げる。
「でもさ、いつまでこの内側でこんな風に生活できるんだろうな、俺たちって」
「だから、そのためのサバイバル術だろ? 俺が教えてやろうってんだ」
「まったく。宗谷ってば、本当に馬鹿だよね」
「そうだぜ、宗谷。オレと違って人望がないんだから、お前が落ち込んでいても誰も助けやしないぞ?」
「ひどいな、お前らは。だったら二度と落ち込まないことにするわ。いつもいつも俺の心を強くしてくれてありがとな」
とか言いながら、すでに落ち込んでいそうな宗谷に山原が向き直る。
「あのね、宗谷、もしも僕がいなくなったらどうするつもり? 一人で生きていける?」
「いいか、山原。それはこっちの台詞だ。お前、一人になったら生きていけないだろ」
「おいおい、宗谷。お前はサバイバルを極めずに、何を極めるつもりだよ」
「サバイバル以外のその他もろもろに決まってるだろ」
「わかった、わかった。まずはこのオレを見習え、宗谷」
「ああ、お前のことは反面教師にするぜ」
などなど言っていたら、山原が怒った。
「ああ、もう! 宗谷ってば本当に小うるさいよね」
「本当にひどい言われようなんだな、俺。……くそ、もういいさ。お前らに見放された俺は、いっそこのフェンスに頼って生きるぜ」
ガシッとフェンスに寄りかかる宗谷。
その姿があまりに情けなく見えたため、思わず朽木が叫ぶ。
「自分の足で立てよ! 大地に立てよ!」
「やだなあ、もう。冗談でも怒ったのは悪かったよ。謝るから自分の足で立とうよ。宗谷ってば本当に情けないんだからさ~」
しかし宗谷は頑なだ。
ますますフェンスに体重をかける。
「人間なんてものはなぁ、みんな何かにすがっていなくちゃ生きられないんだよ!」
「だからってフェンスはないだろ。アサガオかよ。お前の生態小学生に観察されちゃうのかよ」
「外敵から自分の身を守るため四方を囲われて生きるのも、確かにサバイバル術としてはありなのかもしれないが……」
「あ、そうだ! だったら宗谷は僕に頼って生きなよ。僕、頼りになるぜ~?」
「山原、お前って自分が頼りがいある奴だと思っていたんだな、なんか泣けてくる」
「なわっ? 泣けてくるって何さ!」
「子の成長を喜ぶ親心ってやつさ」
「なわぁ! 子じゃないやい!」
などなど、四人で楽しく会話する宗谷たち。
騒がしさのせいか、フェンスの外側で少年が目を覚ました。
「ん、んん……?」
という小さな声が出たが、それに気づいたのは山原だけだ。
「……あれ? ねえ、今、どこかで何か声がしなかった?」
それを聞いた朽木が身をよじる。
「ふぇ~! やめろよ、山原。オレ、怖い話だけは無理だって! 不良だけど怨霊はノーセンキュー! 肝試しで試されるほどの肝はないんだって!」
「いやいや、たぶん幽霊の声とかじゃなくて……人間?」
と山原が推測して言えば、幽霊の可能性を考慮したのか佐波が考え込む。
「ふむ……。しかし、実体のない幽霊という存在はサバイバル研究会にとってはとても興味深いな。究極のサバイバル術だとは思わないか、幽霊って。地縛霊とか、飲まず食わずで三百年くらいいるだろ」
「すでに死んでしまっていることが最大の欠点だがな」
「宗谷も佐波君も、そんなことどうでもいいよ! 声だってば! 誰かの声がしたんだよ!」
「声がしたって? どこからだよ?」
「あっち! フェンスの外から!」
「ん、どれどれ……」
いまいち信じていない宗谷はのんびりとフェンス際に近づいていく。
だますために嘘をついているとまでは言わないが、どうせ山原の勘違いで野生動物か何かだろうと思っている。
だが、不用意に近づいた宗谷に少年が声をかけた。
「だ、誰かそこにいるの?」
「のわっと! こ、声だ! 誰かいた!」
いきなり声がして驚いた宗谷はひっくり返って尻餅をついた。
つられて転んだ山原である。
「なわわ! い、いたでしょ、本当に!」
すぐには動けない二人に代わって佐波がフェンス際まで駆け寄って声をかける。
「だ、大丈夫なのか!」
「それより、どこの誰だ? オレたちの仲間じゃないだろうし、フェンスの外にいるってことは部外者なんだろ?」
敵か味方かもわからず様子をうかがっている朽木にフェンスの外から少年が言う。
「よ、よかった。助けて……!」
「あ、ああ……」
困惑する朽木に対して、佐波がフェンスに手をかけた。
「待ってろ。俺が今すぐ助けてやるから」
それを止めるのはようやく立ち上がった宗谷だ。
「助けるのには賛成だ。……でも、いいのかよ? こういう場合、まずはリーダーに報告するべきだろ?」
「そ、そうだよな。こいつを中に入れるにしても、リーダーの許可がないと。オレたちの独断で動いていい問題じゃない」
「うん、そうだね。じゃあリーダーのところに行ってくるよ!」
きっと校長室にいるだろうと、慌てて走り出そうとする山原。
しかし、それを呼び止める声があった。
それも、かなり焦った声だ。
「ちょっと待て!」
「……え? ど、どうしたの佐波君?」
意図が理解できない宗谷が佐波に不審な目を向ける。
「お前、まさかこいつを見捨てようって言うつもりじゃないんだろうな? リーダーには報告せず、見なかったことにしようって言うのか?」
佐波は首を横に振る。
「違うって、その逆だよ。お前たちは覚えていないのか? つい先日、俺たちに向かって宣言されたリーダーの言葉を。……言ってただろ、これからは規則に厳しくしていくって」
「ああ、言ってたな。体育館に生徒を集めた全校集会で……」
「だろう? だとしたらさ、こんな外部の人間をリーダーが受け入れるはずがないだろ」
「え……でも……」
「でも、じゃないぜ、山原。お前らだって覚えているだろ? 三年前だって、リーダーは一度でもここを離れた人間には、誰一人として戻ってくることを認めなかった。ここは一方通行なんだ。出て行くやつを引き止めることはしないけど、外部の人間は誰一人として迎え入れようとはしない」
どちらに味方するというつもりもなく、ただ佐波の意見に賛同するのは朽木だ。
「それはわかる。受け入れすぎて大きくなりすぎると、さすがに外の連中も黙っちゃいないだろうしな。今はオレたちの影響力が無に等しいから見逃されているだけでさ」
「でも、こいつは見るからに弱っているだろ? 非常事態だろ。ちょっとの間だけ中に入れて休ませてやることぐらい……」
軽い気持ちで宗谷が言えば、そんなことは許されないと佐波が声を荒げる。
「そういう考え方が馬鹿だっていうんだよ、宗谷! あのリーダーが俺たちの前で言ったことだぜ? それは何があってもひっくり返らない! それが、それこそがリーダーだよ!」
「落ち着けよ、佐波。オレみたいにクールになれよ。リーダーのことはわかった。この学校の事情だって知ってる。……じゃあ、お前はどうするって言うんだよ?」
問われた佐波はしばらく考えた後、慎重に口を開く。
「まずは御手洗会長だ。会長なら、リーダーよりもずっと穏健派だ」
「御手洗会長か。確かに、リーダーよりは話を聞いてくれそうだな」
うなずき合う佐波と宗谷に山原がそわそわと声をかける。
「じゃ、じゃあ早く行こうよ。早くしないと彼がかわいそうだよ」
「そうだな、急いだほうがいい。見張りもかねてオレがここで待っていてやるから、お前たちは会長をここに呼んできてくれ」
佐波が感謝を込めて頷く。
「ああ、すまない、朽木」
「ほら、佐波、行くぜ。朽木もそこの少年も、すぐに戻ってくるから待ってろ!」
宗谷たちは朽木と少年を残し、どこかにいるであろう御手洗会長を呼びにいく。
もしリーダーと一緒に校長室にいたら呼び出すのは難しいが……。
しかし運のいいことに、彼は一人で校舎の見回りをしていた。
その姿を発見した宗谷たちは詳しい事情を語ることなく、非常事態だと告げて彼を朽木が待っている場所へと連れていく。
わずか数分後のことだ。
「なんだよ、お前らから俺に話って? しかも校舎じゃできない話だって? こんな人がいないところに連れてきて……」
「いいから、会長! こっちだ!」
「うんうん、そこで話すから! とにかくついてきてよ!」
「あー、わかった、わかった。だから引っ張るなって!」
そして彼らは少年のもとにたどり着く。
「朽木、待たせたな! 会長を連れてきたぞ!」
「お、宗谷! 思ったよりも早かったじゃないか。もっと待たされるかと思っていたぜ」
何かと思えば朽木が待っていたので、何をされるのかと御手洗は不安がる。
「こんな人気のない場所で俺に何の用事だ? まさかお前ら、今の生活に不満があるからって、ストレス発散のために俺を殴るつもりじゃないだろうな?」
「なわあっ! そんなことしないよ!」
「そうだぜ、会長。それより、俺たちが相談したいのは彼のことだ」
冗談を言っている暇はないと、佐波はフェンスの外側に座り込んでいた少年を指差す。
「彼? ……って、おい、外部の人間じゃないか……」
その姿を見た御手洗は頭を抱えた。
対応が難しいことを知りつつも、なんとかならないかと思った佐波が近寄って声をかける。
「彼を助けることはできないか? リーダーは……その、どうせ反対するだろう?」
「ああ、だろうな。……だが、彼を見殺すわけにもいかないだろう」
今度は宗谷が尋ねる。
「ここでかくまうことができるのか?」
「ううむ……どうだろうな。なんにせよ、とりあえずリーダーには内緒でやるしかないだろう。最近のリーダーは、その、少しナイーブになっているんだ」
それを聞いた山原がひとまずは安心する。
「よかった。……ねえ、君を助けてあげられるかもしれないよ」
「あ、ありがとう……」
ようやく、といった様子で少年から声が出た。
見た目からわかる怪我はないが、空腹や疲労もあり、ひどい状態のようだ。
心がうずいた御手洗は決断する。
「よし、じゃあ彼は保健室にでも運ぶことにしよう。お前らは先に行って待ってろ。彼を内側に入れるためにはフェンスの抜け穴を通る必要があるんだが、お前たちに知られるわけにはいかないからな。彼一人ぐらいなら、なんとか俺が背負っていける」
リーダーに無断で彼を助けると決めた御手洗に佐波が頭を下げた。
「そうか? すまないな、助かる」
「気にするな。これも生徒会長の仕事だ」
「わかった。じゃあ、先に行って待っているからね!」
「ああ」
御手洗を残して保健室に向かう一行である。




