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アバンダンド(見捨てられた学校で)  作者: 一天草莽


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02 三年目(2)

 校舎の正面に広がる一周二百メートルの広いグラウンドには、制服から体操服へと着替えを済ませた生徒たちが続々と集まっていた。

 一度寮に戻った山原と宗谷の二人も同様だ。


「だけど進級して一発目の授業が体育って、なんか僕たちらしいよね」


「なんだ? みんな勉強が似合わない馬鹿だって言いたいのか?」


「ややや、そういうわけじゃなくってさ、なんだか自由だなって!」


「自由も奔放すぎると問題だけどな……」


 二人がしゃべりながら歩いていると、その姿を目ざとく見つけた御手洗の声が響いてくる。


「おらおら、だらだら駄弁だべってないで早く集まれ! 時間だぞ!」


 それを聞いて宗谷は肩をすくめた。あまり急ぐつもりはないらしい。


「それにしても御手洗会長、今日は妙に張り切ってるな。まさか男の子の日なのか?」


「男の子の日? なにそれ聞いたことない」


「ふふふ、男子として欲求がたまっている日のことを俗にそう言う。ひどいときだと勉強に手が付かなくなるんだ」


「あっそ。どうでもいいけど怒られる前に僕らも急ごうか」


「だよな、それがいいと自分でも思った。男の子の日なんてないもん」


 半袖の体操服に着替えてグラウンドに集まった生徒たちは、一人だけ長袖の青いジャージを着て体育教師として立っている御手洗の前に男女で別れて整列する。

 それがチャイムの代わりとして授業開始の合図になったらしい。


「うむ、整列が早くて何よりだ。よし、先頭の人間から順番に通し番号を言ってくれ! 欠席者の確認をしようじゃないか!」


 一、二、三、四……と、このクラスは全員で何人だったか頭の中で考えながら、体育の授業を始めるべく御手洗が指示を出す。

 すると、まずは調子のいい男子の声が返ってくる。


「いち!」


「に!」


「ついて!」


「よ~い!」


「どん!」


 そこまで一人ずつ順番に言ってしまうと、何を考えているのやら、勢いよく四方八方へと駆け出す男子たち。

 頭は悪いがノリだけはいい。


「おいこら待ちやがれ! ひとまず戻って来い、お前ら!」


 突然の出来事に慌てた御手洗は両手を広げて呼び直し、集め直したところで男子どもを落ち着かせる。

 うっかり彼らが自由人であることを忘れていた。


「お前たちの意気込みはわかった。そこだけは期待通りだ。……でもな? 俺が言ったのは通し番号だぜ。通し番号を頼むぞ? よし、わかったならもう一度!」


「一!」


「二!」


「その倍で四!」


「さらに倍なら八か!」


「ならば俺は十六だな!」


「えっと、三十二!」


「ふむ、だったら六十の……四かも!」


「あー、えっと、百……二十……くらい!」


「いっぱい!」


 そこで彼らの声は終わり、頭痛がするのか頭を抑える御手洗。

 しかし、ここは心を広く持って男子を叱責しない。

 生徒会長もこの春で三年目、さすがに彼も慣れたものだ。


「まあ、通し番号を順々で倍にしていくことに対する努力は認める。……が、とりあえずやり直せ! いいか、普通にだぞ!」


 一応の注意をしておいて、彼は顔を引き締める。


「それじゃ、もう一回!」


「いち!」


「プラスいち!」


「プラスいち!」


「プラスいち!」


「以下同文だろ、それは! こんな時代だから個性を出せ! もう一度!」


「ド」


「レ」


「ミ」


「ファ」


「ソォ……」


「せめて低いドからはじめてやれよ! 高いドからスタートしちゃったら後半が声でなくて辛いから! 通し番号!」


「二!」


「三!」


「五!」


「七!」


「十一!」


「素数はいい! 途中から俺がわからないだろ!」


 野原を走り回った後の犬みたいにぜぇぜぇと息を切らせる御手洗の姿に、女子の先頭にいたリオは呆れて声を掛ける。


「ね、御手洗会長、私たち女子のほうはもうとっくに揃っているのだけど? いつまで男子の茶番に待たせられるの?」


「え? ああ、すまん。楽しくなっててな……」


 我に返った御手洗のもとに山原が駆け寄ってきた。


「御手洗会長、男子のほうは一人だけ欠席みたいだよ」


「おお、そうか。すまないな、山原。通し番号なんていらんかったな」


「いえいえ、どうも~」


 笑顔で謙遜する山原だが、報告する彼についてきた宗谷も苦笑を隠さない。


「それにしても無駄に長い前振りだったな」


「それもこれも全部、あなたたち男子の止まらない茶番のせいでしょ」


「まあまあ」


 なだめすかそうとする山原は二人の間に入り、まだまだ小言を続けたかった彼女ににらまれた宗谷は事なきを得る。

 リオは怒ると怖い。

 それを知っている御手洗はリオに気を遣いつつ授業を進行する。


「……とまあ、今回は新年度でも最初の授業だ。肩慣らしにドッジボールでもやるか」


「でも、ここにドッジボールに使えるようなボールがあったか? サッカーか野球のボールしかなかったような気がするけど。あれ当たったら痛いだろ」


 まだ当たってもいないのに痛そうな顔をしながら宗谷が言うと、そばにいた男子が反応した。

 ちっちっちっと人差し指を振っている。


「そんなことは問題じゃないぜ。ボールがなければ石を投げればいい」


「あのね、佐波さば君、それはみんな命がけで避けると思うけど、肩ならしにはハイリスク過ぎると思うよ」


 痛いどころの騒ぎじゃないでしょ、という山原の指摘にふむふむと首肯して、ではこれはどうだと佐波は別の案を提示する。

 もちろん本気かどうかはわからない。男子はみなバカなのだ。


「じゃあそうだな、それなら泥を団子状に固めて投げるのはどうだろう? 少なくとも石よりは安全だぜ」


 これには山原よりも早く宗谷が反応した。


「ずいぶんとお手軽だが、泥団子なんて俺たちが本気で投げたらすぐに崩れるだろ。空中で崩れて粉々に散らばった泥を避けろとか、なんか卑怯だろ」


「猟銃から発射された散弾に狙われる鳥獣の気持ちがわかるとサバイバルにも役立つぜ。それに泥団子なんて崩れるたびに作り直せばいいのさ。それがサバイバルの基本だからな」


「意味のわからんことを威張って言うなよ。佐波も普通にアホだよな……」


 と、そこまで黙って聞いていた山原がくすくす笑い出す。


「ふふふ。佐波君が威張ってサバ、イバル~?」


 ありふれた寒いギャグだった。巻き添えを食らった佐波は愛想笑いを浮かべた。


「……それはともかく。サバイバル研究会の会長である俺としては、こういうチャンスにサバイバル精神を広めていきたいのさ。なあ、どうだろう、御手洗会長?」


 たった一人のサバイバル研究会を会長として率いている佐波は、生徒を束ねる生徒会長にして現在は体育教師の御手洗に意見を伺う。

 問われた御手洗は即答できずに問い返した。


「泥でボールを作るって言ったか?」


「いい案だろ? サバイバル的に考えて、獲物を狩るために使う即席の武器にもなりそうだ」


「そうか?」


「手作り感はあるけどね」


 宗谷と山原の二人は、あまり乗り気ではないらしい。

 だが御手洗はそうでもなかったようだ。


「それもそうだな。手作り感か。俺たちにはそういうのが向いているのかもしれないな」


「マジかよ?」


 宗谷は不服ありげに言ったが、生徒会長で教師でもある御手洗の決定はほぼ絶対なので、単なる生徒の彼では抗えない。

 腰に手を当てて、みんなに聞こえるように御手洗が宣言する。


「よし、それなら今日は泥合戦をしよう」


 しかし山原が口を挟んだ。


「ドッジボールじゃなくて泥合戦なの? いわゆる雪合戦みたいな?」


「もう決まったならしょうがない。でもそれ意味わかんないぞ。どうやるんだよ?」


 山原を押しのけて怖い顔をする宗谷に詰め寄られて、若干引き気味になる御手洗。

 すぐに答えられないところを見るに、今からルールを考えるらしい。


「とりあえず男女混合の二チームに分かれるだろ? で、センターラインは越えられないことにしてだな、それからお互いのチームが泥団子を作って投げ合うんだよ。着ている服が泥で汚れたらアウト。時間切れになった時点で残り人数が多かったほうの勝ち。もしくは先に全員アウトになったチームの負けだ」


「わかりやすいルールだね。面白いかどうかはともかくとして」


 別につまらなくてもいいけどねと山原が笑顔で言うと、ひとまずルールがわかってもらえて御手洗もほっとしたらしい。


「泥団子の中に石を混ぜるのと、相手の顔を狙うのは禁止だからな。ま、この俺が審判をやる限り、公正で安全なゲームにさせるさ。そんじゃ、出席番号の奇数と偶数に分かれて準備しろ!」


 今度こそ反論を許さないとばかり、全員を見渡した御手洗はパンパンと手を叩く。

 さすがに宗谷も納得するしかないのか、そそくさと準備に移る。


「奇数と偶数ってことは、俺と山原は別のチームか。今回は敵になったとはいえ、お互いに健闘しようぜ」


「ほーい。それじゃね」


「おう、それじゃな」


 明確に勝ち負けの決まる勝負とあって、少なからずやる気が出てきたのか、わざとらしく腕まくりして去っていく宗谷。文句ばかり言っていたものの、彼も意外と素直ではない。


「そっか、宗谷は相手チームなのかぁ……」


 親友と別れることになって、所在無くつぶやく山原。

 そんな彼に、同じチームとなったリオが近づいていく。


「ちょっと山原、あんまり落ち込まないでよね。これって所詮は遊びみたいなものでしょうけれど、試合では活躍してね? 男子は攻撃に専念してもらうから」


「え、何……? 男子が攻撃って、それじゃ女子は防御してくれるの?」


「そうそう、こうやって前線で体を張って……って、そんなわけないでしょ。女子は後ろのほうで泥団子を生産するから、それを相手チームに投げるのは男子に任せるってことよ」


「ああ、なるほどね。納得。理解できない作戦じゃなくてよかったよ」


「わかってくれて何より。ほら、真由まゆちゃんも私と一緒に作るわよ?」


 そう言ってリオは近くにいた真由の肩を叩く。つられて山原も真由に視線を向けた。

 小柄でショートカットのおとなしい女子だ。


「もしかして真由ちゃんも僕と同じチーム?」


「うーん、そうみたい」


「そっか、がんばろうね」


「が、がんばれるかなぁ……?」


 それが何であれ、自分が活躍する姿は想像できないと自信なさげに苦笑する真由。

 そんな彼女を見て黙っていられなかったのか、誰に対しても面倒見のいいリオは真由を元気付ける。


「私たちは男子のために泥団子を作るだけだから、そんなに心配しなくても大丈夫でしょ」


「でも、まん丸にするのって、すごく難しいと思うよ。泥団子の表面を研磨するのって……!」


「研磨……」


 へんてこなことを真面目に言うので、さすがの山原も口をポカンと開いて目を丸くした。

 本気であれ冗談であれ、どちらにしても否定しておこうと判断したリオが首を振る。


「いやいや、研磨って。泥団子相手に何するつもりよ。ひとまず球状になってれば投げられるんだから、でこぼこでも文句はないでしょ。ちょっとくらい形が崩れたって大丈夫よ」


「そうそう、大丈夫だよ、真由ちゃん。もし泥団子がでこぼこになっちゃってもさ、空気抵抗で変化球が投げられて、ぼこぼこ敵を倒せるかもしれないじゃない?」


「でもでも! 変化球がききすぎて、泥団子がブーメランのように戻ってきたら?」


「うん、それはむしろ誇っていい。僕そんなボール見たことない」


「あ~、でもでも、そもそも泥が団子状に固まらなかったら……」


「そんなに心配しなくてもいいと思うよ。幼稚園児でも作れるんだから」


「でも崩れたものを投げ合っていたら、泥団子じゃなくて泥掛け試合になっちゃうんだよ? まさしく泥仕合……」


 度を越した心配性の真由がため息を漏らせば、それを見かねたリオがやっぱり彼女の肩を叩いて励ました。


「真由、とりあえず投げやすいのを頑張って作りましょう?」


「う~ん……」


「あはは。とにかく二人ともよろしくね」


 そう言って山原は笑いながら、リオと真由の二人に頭を下げる。

 彼らの会話を聞きつけたのか、そこへ学年主任の末広がやってきた。


「投げるのは俺たちで、女子が泥団子を作ってくれるんだって?」


「あ、主任じゃん。もしかして僕らと同じチームなの?」


「おお、山原か。とりま適当によろしくな。俺もほどほどにやる」


「こっちこそ」


 朝に言っていた「ほどほどに生きる」という今年度の目標は本気だったらしい。

 あまり突っ込んで聞いてもあれなので、山原も笑って流した。


「で、女子が作った泥団子はどこかに集めとくのか?」


 リオと真由の顔を見比べながら主任が尋ねると、これに答えるのはリオだ。


「いや、ある程度作ったら、前線の男子にまとめて届けてあげるわよ。試合開始までに砂を乗せた手押し車と水を入れたバケツを陣地の後方に用意しておくから、そこで作ったやつをね」


「後方で作ったやつを前線に届けるって、それは誰が?」


「私は長瀬ながせさんに頼もうと思っているけど」


「長瀬さんに?」


「おや、ワタシのことかな?」


 聞いた言葉を無意識に山原が繰り返すと、突如として背後から少女の声が響いてきた。


「なわっ! 長瀬さんか、びっくりした」


 自分の名前を聞いて、すっと姿を現した長瀬だ。どうやら近くで気配を消していたらしく、彼女に不意を付かれた山原は肝っ玉を冷やしてひっくり返りそうになった。

 情けない山原の姿を目にして、主任も納得したらしい。


「なるほど。確かに流れ作業が得意な長瀬なら、てきぱきと流れるように運搬してくれそうだ。性格的に自分の意思がないことが不安材料だが、今年からは俺もそうだからよろしくな」


 やる気のない主任であったとしても、誰かに信頼されるのは嬉しいことなのか、ふふっと穏やかに笑う長瀬。自分の意思がない、というには少年じみたあどけなさである。


「ばっちり任せてくれ。システムと化したこのワタシが運搬役をするんだからな、君たちはいつの間にか泥団子を握り締めていることになる。投げれども投げれども尽きることなくね」


 得意顔になる長瀬はピースサインまでしている。すると、彼女を横から褒める声があった。

 真面目なリオ、心配性の真由、流され体質の長瀬に続く、チーム四人目の女子だ。


「長瀬さん、さすがですね」


「あれ、もしかしてエミちゃんも同じチームなの?」


 嬉しそうに山原が言うと、エミと呼ばれた少女はぱんと手を打ち合わせた。

 無邪気な彼に負けず劣らず嬉しそうである。


「おっと、もしかして山原さんも同じチームですか? これは心強いですね!」


「そ、そんなことないと思うけど……」


 大げさに喜ばれて山原は謙遜するが、褒め褒めモードのエミは構わず前に出る。

 彼女はこういうとき、不思議なくらい強気に出るのだ。


「そんなことありますよ。私は役立たずな人間ですが、山原さんはみんなの求心力ですからね! 存在するだけで場がほんわかするんです!」


 笑顔のエミが山原を褒めちぎると、それを脇で聞いていた主任が半信半疑で相槌を打った。


「そうだったのか。山原ってすごいな」


「あー、えっと、主任は……」


 迷ったように少し考えてから、ひねり出すように言葉を続けるエミ。


「そうですね、にじみでる適当さが、みんなをリラックスさせてくれるはずです!」


「さすがにそれは、お世辞が苦しいだろ。他人をおだてるのが趣味だからって、無理に俺まで褒めなくていいぞ」


「あはは。とにかく、みんながんばろうね!」


 他にも同じチームとなったメンバーはいたが、山原の言葉に集まった全員が「おー!」と声を合わせて答えるのだった。





 それぞれの準備が整った頃合を見計らった御手洗の声が響く。


「おーい、それじゃそろそろ始めるぞ!」


 これに答えるのは、山原とは別チームになった宗谷だ。

 やる気も満々らしく、グラウンドの中央に立っている御手洗のそばに駆け寄って手を挙げる。


「ああ、はじめてくれ! こっちの準備はケーオーだ!」


「負けてるからな、それ」


「わりぃ、オーケーな」


「まぁいいか、じゃあ試合開始だ!」


 それがやりたくてうずうずしていたのか、遠慮なく高らかに笛を鳴らす御手洗。いつもより長めに鳴らしていたが、やがて酸欠になって咳き込んだ。

 それをしっかり最後まで聞き届けて、白線で引かれたセンターラインを挟んだ向こう側にいる敵の動向に注意しながら、サバイバル研究会の佐波が宗谷に声を掛ける。


「さて、宗谷。これから俺はどう生き残ればいい?」


「おい、佐波! お前は自分が生き残るためのサバイバル術より、敵に勝つための戦い方を聞けよ!」


 いつものように楽しげな動作つきで宗谷がつっこんでいると、やはり周囲から悪目立ちしてしまうようで、同じチームの男子生徒が近づいてきた。

 にやりと笑った彼は、サバイバル愛好家の佐波の肩に手を乗せる。


「よし、佐波。それならこの俺が最善の戦術を伝授してやろうではないか」


「おお、誰かと思えば千藤せんどうか。お前、いい奴だな……」


 まともに相手をしてもらえて佐波は感銘を受けているが、宗谷はそれほどでもない。


「なんだよ、千藤かよ。でもそうだな、サバイバル馬鹿の佐波にはあきれるばかりだが、お前は一応クラスの頭脳派だからな。その戦術とやらを期待して話を聞こうじゃないか」


 どうやらクラスでは成績上位の千藤は任せろと胸を張り、不敵な笑みで答える。


「……いいか? 今回の対決では、お互いにセンターラインを越えられない点を突くんだ。すなわち、敵の泥団子が決して届かない場所まで走って逃げる。全員で逃げる。すると負けることはなくなる」


「……おい。それじゃ勝てないだろ」


 期待していただけに宗谷はがっくり肩を落とす。しかし佐波は感心した様子だ。


「ほほう、こいつはすげえや。危険なところには決して近寄らない。ああ、それはサバイバルの基本だよな! やったぜ、これで無事に生き残れるぜ!」


「いや、だから戦えって! 負けてもいいから俺はちゃんと戦って勝ちたいんだよ!」


「任せてくれって、宗谷。チームの全滅だけはサバイバル研究会会長の俺が防いでみせるぜ」


「威張って言うことじゃねぇだろ! ただ逃げてるだけじゃねぇか!」


 それを聞いていた千藤だったが、じろりと挑発的に宗谷をにらんだ。


「そこまで言うなら、お前が攻撃の主力になればいいだろ。佐波は……あれだな、万が一のための生き残り要員だ」


「まあ、そうだな。佐波はドッジボールだと最後まで避け続けるタイプだよな。かくれんぼでも最後まで隠れていて、椅子取りゲームも妙に強いタイプ」


「そして俺はチームの司令塔ゆえに、安全圏の後方に下がっておく」


「おい! せめて前線で指揮を執ってくれ!」


 かっこつけて逃げようとする千藤に宗谷が待ったをかけると、足止めされて露骨にいやそうな表情を見せた彼は本音をぶちまける。


「たった一本の白線を挟んで泥団子を投げ合うだけのゲームに作戦も何もない、わざわざ俺の指揮なんていらんだろ。とにかく敵に向かって投げりゃいいんだよ! 相手より多く当てれば勝てる、それだけだ!」


「それはわかっているけどさ!」


 宗谷が言うのも最後まで聞かず、身を翻した千藤はすたすたと後方へ下がった。口や頭はともかく、あまり身体を動かしたがらない性格なのだろう。

 佐波も千藤も期待できないとあって、宗谷は嘆息せずにいられない気分だ。

 あいつらいっつも騒ぐだけ騒いで……と、しかしこれは宗谷にも思い当たる節があるため口にはしないが。


「……はあ、誰かこのチームで真面目に戦ってくれる奴はいないのか?」


 そんなことを呟いていると、そこにまた別の男子が近寄ってくる。

 これも残念ながら、ろくな人間ではない。


「おいおい、だからってオレに期待するなよ? 何をどう頼まれたって、絶対に泥団子など投げないからな」


「誰かと思えば朽木くちきかよ……」


 その朽木は聞いてもいないのに語り始める。


「そもそもオレって精神的にはもう大人だし、こんな子供じみた遊びをクラスの連中と一緒に和気藹々とやるようなタイプじゃないからな。そこんとこ勘違いしないでほしいわー」


「絶対に投げないとか言っているが、その腕に抱えた泥団子の山をどうするつもりだよ? せっせと作って持ってきたんだろ? 大事に抱えて観賞用か?」


 呆れた口調で宗谷に問われ、わかりやすいくらいに朽木は目を泳がせる。


「……こ、これは不良のオレが、お前らを困らせようと思って奪い取ったものだ。相手チームに向かって投げるつもり決してなんてないぞ? 本当だぞ?」


「いいから前を向けよ。よそ見していると当たるぞ?」


「ぐは!」


 親切心にも宗谷が言ったそばから、敵の投げた泥団子が朽木の顔に直撃した。


「あーあ、言わんこっちゃない」


 しかし自称不良の朽木はめげなかった。


「が、顔面だから今のはセーフだ! まだだ、まだ終わらんよ! せめてこれを投げ終わるまでは死んでも死にきれん!」


「お前、誰よりノリノリじゃねぇか……」


 泥団子を抱えて前線に走っていく朽木の後姿を見送って、宗谷はため息を漏らしながら肩をすくめる。めんどくさい奴だが、悪い奴ではないため嫌いにはなれない。


「まあ、この際だから俺もノリノリになって楽しむか。いっくぞー!」


 そう気合を入れ直した宗谷も泥仕合に参戦するのだった。

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