17 文化祭とか体育祭(1)
三年の教室にて、運営委員の三人が前に立っていた。
何か報告があるらしい。
最初に口を開くのは、全体をまとめるリーダーだ。
「お前たちには今週末、体育祭と文化祭の予行練習を同時にこなしてもらおうと思う」
「いきなりで悪いが、これも運営会議で決まったことだ。予行練習というところが、せめてもの救いだろ?」
「なんたって本番じゃないんだぜ。ほどほどにやっても許される」
三人が立て続けに言ったので、驚いた山原が声を上げる。
「なわっ? どうしていきなり?」
援護射撃のつもりはないものの宗谷も追撃する。
「本番じゃないからほどほどにって言われてもな。予行練習にしたって突然すぎやしないか?」
「その疑問、答えさせてもらうことにしよう」
クラスを代表して意見した形となった宗谷を指差すリーダー。
どちらかと言えば御手洗や主任に向けて言ったつもりだった宗谷は恐縮する。
「リーダーである俺はお前らの可能性にかけてみたい。これまで計画してきた行事は失敗に終わってきたが、それでも挑戦することに意味があると信じている。それが前触れもなく今日になってしまったのは……すまん、俺なりの思いつきだ」
申し訳なさそうに頭を下げるリーダー。
宗谷はますます恐縮した。
「あ、いや、別に俺は文句があったわけじゃ……」
これに喜ぶのは、質疑応答していたリーダーよりも隣の御手洗だ。
「そうか、よかった。何かにつけて小うるさい宗谷がいいって言うなら、他に文句あるやつもいないだろう?」
「だな。本番だろうが予行だろうが、面白そうな行事ならオレはなんだって楽しんでやるよ」
「僕もリーダーたちの決定に文句なーし!」
元気よく声を上げた朽木と山原だが、意外にも今のやり取りで宗谷は気に病んでしまったらしく、近くにいたリオに尋ねた。
「なあ、俺って小うるさい?」
「ツッコミ役の宿命よ」
「だったらツッコミなんて捨てて、そろそろ俺もなんかボケようかな……」
そのつぶやきを聞き逃さなかった山原が真剣な表情をして腕を組む。
「意識してボケる必要ないよ。だって宗谷はボケっていうか馬鹿なんだから」
「うんうん、小うるさい馬鹿だから。サバイバルなら熊除けの鈴の代わりに連れていける」
「最悪だな! それが本当なら相当うざいんだろうな、俺!」
二人そろって腕を組んで納得している山原と佐波だが、それに対抗して宗谷が教室中に響くくらいの大声を出すので、腕を組む人間が増えた。
ほどほどに生きることを目標としている主任だ。
「まったく。元気があるのはいいが、お前ら大丈夫だよな? 準備から当日まで、お前らに任せることになるが……」
「安心しろ。もしものときには俺がこいつらを先導してやる」
「千藤か。……まあ、俺たち運営委員が前に出なくても、まとめるのが好きな千藤とかがいれば大丈夫だろ」
「ああ、大丈夫さ。千藤だけじゃなく、このオレもいることだからな」
なにやら信頼されているらしい千藤に負けじと、自称不良の朽木がどんと胸を張る。
その思いは届かず、直後に御手洗が首を振る。
「悪い、お前はどちらかというと不安材料なんだ」
「な、なんだってー!」
「そこで驚けるところがすげえよ。なんとなく自覚してんだろ」
馬鹿にしているというか、もはや感心して苦笑する御手洗である。
ともかく話を続けるべく、これまたクラスを代表する形となって宗谷が誰にともなく尋ねる。
「それにしても、どうしていきなり文化祭と体育祭なんだ? 突拍子がなさすぎるだろ」
「それは僕も疑問かな。今は初夏だよね? どっちもシーズンじゃないよ?」
「その疑問、御手洗が答えよう」
「……俺が答えるんですか?」
山原や宗谷の疑問に答えるよう、いきなりリーダーに名指しされて苦笑する御手洗。
別にリーダーでも主任でもどっちが説明してもよさそうなものだが、任されたからには結局は説明役を受ける。
「なんだかんだと春のうちに体育祭ができなかったからな。そうなると秋に体育祭をやることになるわけだが、もともと秋は文化祭の季節でもあるだろ? そのときになって体育祭、文化祭と立て続けにやったって、どうせ俺たちのことだから、めちゃくちゃになるのが目に見えているだろう。だから暇な今のうちにまとめて予行練習をしておくんだ」
「そういうことだ」
「なるほど」
ひとまず宗谷が納得したことでクラス全体が納得したと受け取って、御手洗は話を終わらせにかかる。
「というわけで、文化祭にやるクラスの出し物と、体育祭での競技種目を予行練習をやる今週末までに考えてくれ」
「学年主任の権限で、今週の授業はそのためにすべて変更するぞ。だから万全の状態で取り組んでくれ」
「うむ、全員の善処を期待している」
そして朝のホームルームが終わった。
午前の授業はいつもの教室で始まる。
「さてと、今日から本番までの一週間で文化祭と体育祭の準備をしていくんだが、まずは文化祭のほうから決めていこうじゃないか。たぶんそっちのほうが準備に時間がかかるだろうからな」
話し合いの進行役になった主任に対して、宗谷が声を上げる。
「反対するわけじゃないが、文化祭の準備ったって、具体的に何をするんだ?」
今日は主任の補佐役になった御手洗がふむ、とうなずく。
「そうだな。まずは文化祭で俺たちが何をするのか決めるところからだろう」
「うーん。あのさ、僕よくわからないんだけど文化祭ってそもそも何をするの? やっぱりあれかな、クラスみんなで何かを研究して発表するって感じ?」
「今の俺たちには研究のしようがないけどな。本は図書室にあるだけで、ネットもテレビもないから大変だ。実体験をもとにしてサバイバルの手記を冊子にするってんなら全力で協力してもいいが」
「そこはあれだろ。何を研究するにしても『出典はなく、独断と偏見による』という注意書きを加えればいい」
「ちょっと待とうぜ、朽木。それは研究というより妄想とか主張だろ」
想像で自由に書いていいなら、それはもう何でもありになってしまう。
最終的にはそうせざるを得ないとしても、最初からその姿勢で取り組むのは不健全だ。
けれど山原は面白さを優先する性格なので朽木を応援する。
「いいじゃん。この際だから、どんどん主張を言っていこうよ! ザ・青年の主張!」
「そんなもん文化祭以外でやってくれ!」
今日はお前が議長じゃなくてよかったよ、と伝えておくのも忘れない。
話の流れとは別に何かを思いついたのか、会話を遮るように千藤が手を上げる。
「待て。文化祭なら全員で合唱や劇なんかしたらどうだ?」
「おっ、ずばり歌劇団だな! 浪漫だな! ロボットも出そう!」
「なあ、朽木。せめて歌か演劇のどっちかにしようぜ? あとロボットは頭の中だけで解体しとけ」
大変さを考慮するあまり否定的な宗谷だが、その隣では山原がぶーぶーと不満を言う。
「えー? ミュージカルいいじゃん、ミュージカル! ついでにロボットだけじゃなくて三角関係みたいなドラマも組み入れてさ!」
「いいな、山原。よくわかっているじゃないか。好きなのか?」
「え、よくわかんない。適当に言っただけ」
「才能……!」
適当に言って面白い要素を組み合わせられた山原に感動している朽木だが、実際には普段から彼が適当に言っていることを山原が無意識に口にしただけに過ぎない。
ミュージカルの実現可能性を検討していた御手洗が会話に割り込む。
「山原と朽木の二人で盛り上がっているところ残念だが、ここにいる俺たちが一週間で歌って踊れるとは思えないな。週末までに劇と歌とダンスを練習して披露するのは無理難題だから、ここは一つに絞って劇にしたらどうだ?」
という提案に、自分の意見が半分却下されたはずの朽木が盛り上がる。
「なるほどね、劇か。うし、それじゃオレが脚本作るぜ!」
「……お前が? いやいや、かなり考え直そうぜ?」
「なめてもらっちゃ困るぜ、宗谷。そいつはオレの素晴らしい劇の筋書きを聞いてから言うことだな。……なあ?」
「困ったからって俺に聞くなよ。こちとらサバイバル人生やってるんでスポンサーになれるだけの支援はお前にしてやれねえよ」
「まあまあ、お前たち落ち着け。そもそも人生なんて、極論を言ってしまえば壮大な演劇みたいなものだろ。社会の望む筋書き通りに動ける人間がスポットライトを当てられ、脱落者は舞台袖においやられるのさ」
千藤の見解に、ふむふむと納得するのは主任だ。
「すなわち演劇における演技力とは、人生における応用力にも通じるということだな」
そうか? と感じるのは宗谷くらいなものらしい。
生真面目な生徒会長の御手洗も千藤の意見には一理ある、と言いたげだ。
「そうだな、本物の人生も文化祭の劇も同じかもしれない。一つの物語を協力してつむぐことで、連帯感や協調性も生み出されることだろう。演じることも、裏方で支えることも、どちらも生きる力につながるのだから」
「というわけで、朽木。お前の脚本を期待してやるぞ」
「千藤、よく言った! オレ、やるよ!」
朽木は感激のあまり涙ぐんでいる。
ネガティブな意味で泣きたいのは俺たちのほうかもしれんだろ、と思う宗谷だが、全体の流れは朽木に任せる方向に進みそうなので強く反対するのをやめておいた。
「……決まったんならしょうがないさ。で、お前は何か名案があるのか? 脚本なんてさ」
書いたことないのに書けるのか、それも一週間で――。
というニュアンスを込めて問えば、執筆の経験がないはずの朽木はえへんと胸を張る。
「よくぞ聞いてくれた。こんなのはどうだ? その名も、山原記」
「なわわ、僕?」
「そうだ。山原の記録だ。山月記は知ってるよな? 主人公が虎になるやつ。あれのパロディ」
「パロディって、具体的にはどんなんだよ」
「えーっと、実は勢いだけで言っちゃったから内容なんて考えてないけど……逆に虎が人間になるってどう?」
「どうって言われてもな……」
「狩りに自信がなくて挫折して、人間になっちゃった虎の話。もちろん山原以外の人間はみんな虎として出てくるから、お前らには週末までたっぷり虎の練習をしてもらうぞ」
「え、私たち、虎?」
リオが自分の顔を指さして尋ねる。
どうやら自分たちは人間の役ではないらしい。
「そうだぞぉ……そして、この設定の素晴らしいところは、すべてのセリフを虎語で書けるってところだ。物語を作る才能がなくても、最初から最後まで全員にガオガオ言わせとけばいいしな! ガハハ、勝ったな! 風呂入ってくる!」
「駄目だろそれ」
ほんとにこいつに脚本任せていいのか? みたいな顔で宗谷が他の面々を見る。
評判の悪さを感じ取ったのか、そそくさと朽木が別案を提示した。
「だったらこれはどうだ? その名も『宗谷、ツッコミやめるってよ』だ」
「……俺か?」
「ああ。お前がツッコミをやめる話」
「やめたらどうなるんだよ?」
「黙る。だからお前に出番はない」
「……くそっ! それおかしいだろって本当はツッコミたいけど、口うるさい俺の出番がなくなって他の連中は喜びそうだな! ちくしょう!」
自分で言っていて悲しむ宗谷である。
なんなら文化祭もボイコットしたいくらいの気分だ。
「待って。問題があるわ」
ところが、そう言ったのはリオだ。
朽木はニヤリと笑う。
「よく気づいたな。問題としては、ボケを止める役がいなくなるから、話が暴走して収集つかなくなりそうってところだ」
「それ一番の問題じゃね?」
「そうね……。うるさいって言われがちなのは事実にしても、いなかったらいなかったで困るというか……」
言葉を濁したリオに代わり、御手洗が肩を叩く。
「誰も嫌っているわけじゃないから勘違いしないように。少なくともクラスに不必要な存在だとは一人も思ってないぞ」
「あ、ああ……」
いや、そんなことわざわざ言わんでも――。
照れていいのやら、ふざけて返せばいいのやら、感無量になって黙ってしまう宗谷であった。
なんだかんだと周りも宗谷に温かい目を向けている。
それとなく自分の案が否決された空気を感じ取った朽木は次の案を出す。
「んじゃ、これだ。バトルサバイバル」
「ガタッ!」
と、音を立てて立ち上がったのは一人だけだ。
しばらく黙っているつもりだった宗谷はその方向を見てつぶやく。
「佐波の反応は上々だな。他の連中は下々だが」
その一人、御手洗が首を傾げた。
「バトルサバイバルだって? ロイヤルじゃなくて?」
「ロイヤル? ううん、ロイやらない。オレたちがやるのはサバイバルだ。仲間同士で戦っている場合じゃないぜ、生き残らないとみんなやばいぜ、っていう」
「でもそれ……劇になる?」
「やろうと思えば劇になる。たとえばオレにいい案があるぞ。サバイバルでみんな極限状態だから、舞台の上で誰もしゃべらないし、動かない。ひたすらじっと助けを待つ」
「素晴らしい……! 観客席まで巻き込んで緊張状態が演出されるに違いない! 何もセリフがないことで、目線や手の動きといった繊細な演技が求められるしな!」
「感動してるとこ悪いけど、佐波、お前以外の反応はからっきしなんだわ」
事実上、却下である。
「それじゃあ――」
と、何度ボツを食らってもめげずに提案し続ける朽木ではあったが、この日は何も決まらずに終わってしまうのだった。
脚本がないのでは、劇をやるプランは白紙になるかもしれない。




