16 告白とかラブレターだとか(5)
そして、その日の放課後。
「さて、無事に放課後になったね! よかったね! なわーお!」
いきなり一人で大騒ぎし始めた山原に宗谷が白い目を向ける。
「山原どうした、お前テンションが変だぜ?」
「だって、ラブレターだよ? 午後の授業中もずっと考えていたら、なんか僕はどきどきしてテンション上がっちゃったよ、宗谷!」
待ちかねていたのか、朽木と佐波もやってくる。
「それに、相手が不良で堅物の綺羅富士だと思うと……燃える! オレ、あいつをメロメロにしてやりたい!」
「俺たちが奥手な真由の代わりになっているんだと思うと、胸が熱くなるな」
「うん、それじゃみんなのラブレターを出し合って、一番いいのを真由ちゃん本人に選んでもらおうか」
と山原が言えば、その声が聞こえた真由が驚いた顔をした。
「……え、私? 私が何かするの?」
「そうですよ、真由。とにかく、あの中から一番気に入ったものを選んでくれれば、後は私たちに任せてくれるだけでいいのです」
「ん……ん? なんかわかんないけど、わかった」
いまいち事情を理解していないまま参加している真由が了承したことで、彼らなりの議論が本格的にスタートする。
「じゃあ、まずは議長である僕のラブレターからね」
「おう、言ってみろ」
わかった、と言って自分で書いたラブレターを朗読する。
「前略、大好きです。終わり。……どうかな?」
まだ続くと思っていた宗谷はあまりに早く終わりすぎて、すぐには感想を言えなかった。
それでも山原がワクワクした様子で評価されるのを待っているので、仕方なく答える。
「要点はおさえられているが、全体的に短すぎやしないか? お前それ、肝心の手紙が一行で終わってんじゃん」
「長いと最後まで読めない人もいるからさ」
「あのさ、たった一枚ラブレターを書いて最後まで読んでもらえないくらいの距離感の相手に出すなよ。出すなら出すで自分に興味を持ってもらう必要があるのに一行で完結に書いても相手に伝わる内容がないだろ。どうして好きなのか好きだから何をしたいのかお前の手紙からは何も読み取れないぞ。特に口下手な人間が告白する手段としてラブレターを選んだのなら、それこそ長文で丁寧に自分の気持ちを書き連ねたほうが効果的だろ」
「うわ、長。最後まで聞いちゃった」
「あ、相手が長文を読めないならしゃべればいいんじゃん。手紙を渡さずに目の前で朗読してやれば解決だな!」
などと山原と宗谷がやり取りする横で、エミが真由に感想を求める。
「真由はどう思います?」
「好きってことはわかるけど、たぶん、その前略って部分が大事だと思う」
あまりに当然のことを言われてしまい、ここから逆転できる勝ち目がないと悟った山原は自分のラブレターを折り畳んでポケットにしまう。
「はい、却下~! 僕のボツ~!」
残念がっている様子もなく楽しそうだ。
「じゃあ、次は俺だな」
山原のターンが終わったと見て、順番を待っていた佐波がラブレターを読み上げる。
「……拝啓、愛するあなた。俺はもう、あなたなしでは生きられません。これが遺書となるか、ラブレターとなるか、それはもうあなたの返答次第だと思うのです」
「だから脅迫やめーい!」
「なんだよ、宗谷。サバイバルっぽくてよくなかったか?」
「いや……?」
「あのなあ、お前、今のはどっちかっていうとホラーかサスペンスだろ。恋愛はてんで駄目なんだから佐波はすっこんでろ。いいか、オレのをよく聞いておけ」
コホンコホン、と喉の調子を整えてから朽木がラブレターを読み上げる。
が、なにやら様子がおかしい。
「……あ、やばい。ちょ、ちょっとこれ、そのまま文字に起こしちゃいけない気がする。く、くそ、溢れる感情が! 駄目だ、自主規制で文字化けするー!」
「ラブレターに何を書くつもりだ、馬鹿やろう!」
「はい、二人とも却下~」
「……なあ、山原。却下するのが楽しくなってんでもなければ、こいつらの話を聞くまでもなく普通に俺のを採用するべきだと思うぜ」
「え、そう? じゃあ、宗谷、言ってみてよ」
ああ、俺に任せろ! と言って宗谷はラブレターを読む。
ちょっと恥ずかしがった風に頬を染めて、演技力もパッチリだ。
ちっとも面白味はないが真面目に長々と恋愛感情を語り、最後にはこう締める。
「……私、いつも優しくしてくれる綺羅富士君のことが大好きです」
まあ、と声を上げた朽木が手で口元を抑える。
「え、そうなの? やだ、宗谷ったら……こんなところでいきなり告白しちゃって」
「真由の代弁だよ、馬鹿やろう!」
「内容に意外性はないけど、はい、採用~」
パンパカパーン! と声で言ってから拍手する山原。
民主主義の法則を無視しがちな議長の権限により、多数決を経ずに採用が決まったらしい。
ずっと成り行きを見守っていたエミが真由の肩を嬉しそうにポンポンと叩く。
「よかったですね、真由。みんなが……いえ、宗谷君が考えてくれましたよ」
「うん。でもね、どうして綺羅富士君にラブレターを作っているの?」
「えっ?」
自分の案が採用されて喜んでいた宗谷が驚いて振り返る。
問題解決に一歩近づいたと思っていたエミも困ったような様子だ。
「だって、ほら、真由が思いを伝えたい相手がいるって」
「確かにそう言ったけど、綺羅富士君とは言ってない、よね?」
「え? 真由ちゃんが思いを伝えたい相手って、綺羅富士君じゃなかったの?」
すでにラブレターを清書する準備に入っていた山原が顔を上げて尋ねた。
なんだか申し訳なさもあり、真由がぽつぽつと話す。
「……うん。綺羅富士君には感謝しているけど、今考えているのは、別で……」
「えっと……じゃ、じゃあ、僕たちに教えてくれる? 真由ちゃんが今一番思いを伝えたいっていう人が一体誰なのか……」
「う、うん。それはね――」
「それは?」
「長瀬さん、なんだ」
それを聞いた宗谷がぽかんとする。
「……え? いや、長瀬は女子で、真由も女子だろ? それってつまり、伝えたい想いっていうのは恋愛じゃなかったってことか?」
そう言った途端、怒った朽木が声を張り上げる。
「馬鹿やろう! 宗谷、よく聞け! 今の政府が価値観の多様性を否定して同性愛を禁じているから知らないかもしれないが、世界では性の多様性が当たり前、オレにとっても女性同士の恋愛感情は尊いものだって相場が決まっているんだよ! 男女の恋愛もいいが、百合は格別に美しいものだぜ!」
「え、まじか、ごめん。確かに相手のことで言うのは配慮に欠けてたか」
「それより百合って何?」
「説明しよう! ここで言う百合とは――」
「山原、こいつのは聞かなくていいからな」
「そう? ……とにかく、恋する相手が長瀬さんなら安心だね! もう今まで以上に応援しちゃおう!」
なおさら前向きになった山原だったが、それを止めたのは当事者である真由だ。
「あ、そ、そのことだけど、私、ちゃんと自分で言おうって思うんだ。今日、これから!」
突然の決意に驚いたのはエミだ。
「え? それは本当ですか? 真由が、自分で?」
「う、うん。なんだか、みんなに応援されていたみたいだし、私、勇気を振り絞って、ちゃんと伝えてみる!」
「……さすがです、真由。あなたならそうできると、信じていましたよ」
「ありがとう、エミちゃん!」
感激のあまり手を握り合うエミと真由。ほほえましい光景だ。
実質的には何一つとして役に立てていないものの、山原も議長として誇らしげである。
「がんばってね。僕らも真由ちゃんを応援しているから」
「うん、ありがとうみんな。私、今日の放課後、長瀬さんにこの思いを伝えてくる」
「おう。がんばれよ!」
そして議会は解散し、今後は真由の見守り隊となるのであった。
その後、一人で過ごしていた長瀬のところへ向かう真由。
そんな彼女を影から見守る一行である。
「ご、ごめん、長瀬さん。ま、待ったかな?」
「ん? ああ、大丈夫。それで、何かワタシに用事があるって?」
「あう、私、長瀬さんに伝えたいことがあるの。恥ずかしいけれど、聞いてくれる?」
「伝えたいこと? ああ、いいぞ。ぜひ聞かせて欲しい」
二人は正面から向き合って立っている。
相手の顔を見つめながら、恥ずかしがりながらも真剣な目をして真由は言う。
「私ね、こんな風に自分に自信がなくて、その上心配性で怖がりだから、本来ならここに来られなかったと思うんだ。あの時はエミとも出会っていなかったから、いつも一人だった私は、苦しみながらも身動きが取れなかった」
「うん、知っている。あのころのワタシはそんな君を見過ごせなかったからね」
「……うん、でね? 私は長瀬さんのおかげで、初めて自分が望むとおりの行動ができたの。本当に、ずっと、感謝しているんだ」
「なんだ、そんなことか……。別に改まって言うことでもないだろうに」
「だからね、ありがとう、長瀬さん。私がこうしてここにいられるのも、長瀬さんのおかげなんだ。ずっと、ずっとお礼が言いたくて、なかなか言えなかった」
「真由……」
「本当に、本当にありがとう、長瀬さん。……それから、それからね、今の今までお礼の一つもいえなくて、本当にごめんなさい。私、私……」
「いや、いいんだ。謝らなくてもいいから。ちゃんと伝わったよ、真由の気持ちは。ワタシは嬉しいよ」
感極まって泣き出した真由を、優しく抱きしめる長瀬。
そんな二人を遠くから眺めていた朽木は涙ぐんで感動している。
「やっぱり、女性同士の友情は美しいなあ……。きましたわぁ……。壁になりたい……」
何を言っているのかさっぱりの朽木と距離を取るリオ。
「伝えたい思いって、感謝の気持ちだったのね。やっぱり私たちが余計なことをしなかったほうがよかったみたいね」
「うん……なんだか僕も泣けてきた。こういうの弱い。感動しちゃう」
「なあ、俺たちはもう行こうぜ。あの二人の邪魔をしちゃあ悪い」
「すごいね、宗谷。そんなことが言えるなんて、初めて気が利いたね」
「へい、へい。本当に初めてだとしたら俺の成長を喜んでくれや」
肩をすくめながらも、その場を離れることにした宗谷たちであった。
翌日の教室。
「あれ? 今日、真由ちゃんは?」
朝から真由の姿が見当たらず、疑問に思った山原がエミに問いかけた。
「真由は今日、体調を崩して保健室で休んでいます。きっと昨日のことで安心して、油断しちゃったのでしょう」
「そうなんだ。でも心配だなぁ。後でお見舞いに行ってあげなくっちゃ」
「ありがとうございます、きっと真由も安心しますよ。さすが山原さん、お優しいですね」
「でも心配だな。悪くなってなければいいんだけど……」
そんなことを話していたら、御手洗が聞きつけてきたらしい。
「なんだ、真由が風邪引いたって? 気をつけろよ。俺たちは病気が本当に命取りになるんだ。たかが風邪と言って侮るなよ?」
「そうですね、さすがのご忠告、真由にも伝えておきます」
そして授業が終わり、休み時間。
教室を一人で出た山原は保健室に向かい、風邪気味で寝込んでいる真由のもとへ顔を見せた。
「……真由ちゃん、大丈夫? 風邪だって聞いてきたけど、どう?」
「や、山原君……?」
微熱のせいか眠れず横になっていたベッドで上半身を起こし、窓際のベッドの上に座ったままカーテンに隠れて顔だけ覗かせる真由。
何かと思えば、汗でにじんだ姿を見られるのが恥ずかしいらしい。
「あ、ごめん、汗をかいているみたいだね。やっぱり辛い?」
「う、うん。……実は一人で心細かったから、来てくれてとても嬉しい」
「そう? よかった」
「ねえ、私、怖いよ。もしこのまま悪化したら、死んじゃうんじゃないかって」
「そんなことないよ、きっと大丈夫」
「で、でも、もし……」
「真由ちゃん、ちょっとごめんね、落ち着いて」
山原はベッドの上に身を乗り出して、震える彼女の手を握って優しく励ます。
「こうしていると真由ちゃんの温度が伝わってくるよ。今は不安で、怖くて、苦しいかもしれないけどさ、大丈夫。僕がついているから」
「ありがとう。怖かったけど、安心した……」
「うん、それならよかった……」
山原は真由から離れて、苦笑する。
「だって、誰か一人でも悲しい顔をしていたら、僕は苦しくて仕方がないからね」




