13 告白とかラブレターだとか(2)
ところ変わって、朝の三年教室。
早朝から運営会議をしていた御手洗やリーダー、今日も今日とてサボりの綺羅富士を除く全員が時間を持て余していた。
「いやー、宗谷ってば、朝から馬鹿丸出しだよね!」
「は? 山原、いきなりお前は何を言い出すんだよ?」
朝のあいさつ代わりに、元気いっぱいに馬鹿呼ばわりされた宗谷は驚いて山原に振り向く。
しかし彼が答えるよりも前にリオが反応した。
「そうなの? 宗谷、ねえ、そうなの? 馬鹿なの? あなた頭おかしいの?」
「自分では違うと思うがね!」
馬鹿にし合える親友の山原はともかく、対等に接していたいリオには不必要に見下されたくないのか、宗谷は手を左右に振って否定する。
「あはは、何言っているのさ? 宗谷ったらもう、朝から笑えないジョークで笑わかすなんてひどいよ~」
「俺はいたって真面目なんだが伝わらないかな? 朝も夕も常識人だろ」
「そう思っているのは当人だけで、お前は普段の行いがあれだからな」
「そして、ここぞというときの振る舞いがあれだからな」
などと横から言ってきたのは順番に佐波と朽木で、
「わかります。宗谷さんはたまに私でも褒めるのが難しくなってしまいますから」
「あ、あの、私が私のこと以上に宗谷さんを心配になってしまうこと、あります」
「君が真面目というのなら、ワタシはド真面目になってしまうな」
と言ったのは順番にエミと真由と長瀬だった。
次々と浴びせかけられた宗谷は一周回って楽しくなってきて笑顔で言い返す。
「いきなり話に入ってきておいて、みんなひどいな、おい!」
「もー、朝から臆面もなく馬鹿を丸出しにしている宗谷が悪いんだってば!」
「……山原、お前の言い分が一番納得できない」
「え? じゃあ、宗谷。宗谷が朝起きてからの行動をみんなに教えてあげてよ」
「いいぜ。……まず目が覚めるだろ」
「うぷぷぷぷ……!」
「おい。山原。今の言葉のどこがおかしかったのか腹を割って話せや。まるで俺が目覚めたこと事態がおかしくってたまらないみたいじゃないか、それ」
「やや、今のは本当にごめん。単なる思い出し笑いだから流して、サラーっと」
「……ったく、しっかりしてくれよ。で、ひとまず目覚まし時計を止めるだろ?」
手でアラームを止める動作付きだ。
人間として当然のことを言ったつもりの宗谷だが、佐波と朽木が話を止める。
「待て、それは目覚ましの音で起きたのか?」
「それとも目覚まし時計が鳴る前に起きたのか?」
「どっちでもいいだろ! でさ、いつものように山原がまだ眠っていたから、遅刻しないように起こしてやろうと思ってだな」
「あら、やっぱり山原ってば起きるのが遅いわねー」
「あははっ! でもリオちゃん、まずは聞いてあげて宗谷の話! その僕の起こし方ったらもう!」
あまりにも楽しそうに山原が言うので、聞いていた佐波と朽木もテンションが上がってくる。
何かとんでもない起こし方をしたらしい。
「ひょっとしてプロレス技でもかけたのか。これが本当の寝技だ! とかで」
「フライパンをお玉で叩いて騒音を鳴らしたんじゃないだろうな? 驚く山原を想像しながら嬉々として……とんだドSがいたもんだ!」
「目覚めのキスとか言ったら本気でぶつわよ? やるんなら同意がないと犯罪ね」
「くふふっ! リオちゃんだったら僕同意しちゃうかも!」
「えっ、あっ、う、うん……」
面白がっているだけで山原に他意はないだろうが、予想外のところから不意打ちをもらったリオは顔を赤くする。
それに気づいているのかいないのか、大きな声で宗谷が弁解する。
「ちょっと待とうぜ! そんなわけないだろ普通に考えてさ! 俺はただ、山原だって疲れているだろうから、なるべく優しく起こしてやろうと思ってだな……」
「うんうん」
「その……な? こいつの隣で眠ることにしたんだ……」
「はいはい、はい?」
ほんのり熱くなっている頬を冷ますため、耳だけを傾けて適当に相槌を打っていたリオは理解できないものを見るような目をした。
なんで寝たのよ、と言いたげだ。
山原も腹を抱えている。
「きひひっ、宗谷ったらおっかしいでしょ? ミイラ取りがミイラになるっていうのはこのことを言うんだね、きっと」
確かにおかしいので、今まで黙っていた千藤が不審な目を向ける。
「どう好意的に解釈を試みても、宗谷の行動には不可解な点しか残らないな。何かあるなら自首をしておけ」
「いやいや、俺は単なる善意でだなぁ……」
「言いにくいが宗谷、お前さ……。それBLって言うんだぜ、知っているか? 娯楽を禁じる今の政府が率先して禁じたジャンルな。オレは否定せんけど政府に見つかるとやばいぜ」
おっかなびっくり伝えた朽木に対して、長瀬と千藤が興味深そうな視線を向けた。
「英語には詳しくないが、ビターラブか?」
「ビッグラブかもしれない」
「どんなラブでもねぇよ! 今の話に恋愛は関係ねえ!」
至近距離で叫ばれた千藤はまあまあ、と手で宗谷を落ち着かせながら言う。
「じゃあ、どうしてお前は朝から山原の隣で寝入ったんだ? 今すぐここで納得のいく反論を展開して見せろ」
「そうだぜ、宗谷。オレだけじゃない、この場に集まった面々を説き伏せてみろ!」
「おっけ、一言でやるぜ。――俺の勘違いだった」
「それは違うよ! 異議あり! あれれ、おかしいぞ~。どうも、朽木でした」
「この期に及んで誤魔化すなんて見苦しいぞ。みんなに詰め寄られている状況に流されて白状するんだな。ワタシだったらそうする」
いつものメンバーである朽木たちならともかく、いつもは他人に何かを強要することがない長瀬までがそう言うので、ついに宗谷は折れた。
「わかったよ……。ただ、馬鹿にするなよ?」
「大丈夫、笑うだけ」
「それが嫌だって言ってるんだよ! 笑うな! というかさっきから散々笑ってるよな、山原!」
「笑ってたけど、もっと笑うんだよ」
「ひでえ!」
「まあまあ、とにかく言ってみなさいって」
立ち上がって言い返していた宗谷だったが、見かねたリオに肩をつかまれたので急速にトーンダウンした。
今後は何かあるたびにリオを使おう、そう思った山原たちである。
ともかく宗谷は椅子に座り直す。
「しょうがねえな。実はさ、ちょっと不思議な夢を見たんだ……。俺が他人の夢に干渉できるっていう、夢のような夢をな」
「まぁロマンチック」
「まるで魔法だな」
リオと長瀬がうらやましそうに相槌を打ってくれたので、単純な宗谷はちょっと気分がいい。
「……で、そんな夢を見た今朝の俺は寝ぼけたまま、それが普通のことだと勘違いしちまったらしい。だから俺は眠っている山原の体をゆすって起こすよりは、山原の見ている夢に介入して、夢の中で語りかけて起こすほうが優しいんじゃないかと……」
「お前、中二の発想かよ! 馬鹿すぎて男子寮を追放されそうになってる俺が他人の夢に入り込めるスキルで学校生活を無双しちゃった件、とか始めるつもりか!」
「宗谷も朽木だけには言われたくないだろう。始めそうなのはお前な?」
「まじ? 始められるんなら始めたいんだけど、オレ」
「こっわ。お前に無双される生活はサバイバル研究会の俺でも過酷さに音を上げそうだわ」
などと朽木と佐波が会話しているのは無視して宗谷が話を続ける。
「……ほら、他人の夢に確実に介入するためには、相手の近くで眠る必要があるだろ? 離れると効力が弱まっちまうし」
リオが首をかしげる。
「それ夢の話よね?」
「もちろん夢の話に決まっているだろ」
と言えば、仲良く言い合っていたはずの朽木と佐波がこちらの会話に戻ってくる。
「おい宗谷、間違えんなよ。夢の中の夢の話だろ?」
「いや、朽木。夢の中では常識の話だ」
「そこにこだわらなくたっていいだろ。お前ら二人、大事の前の小事って知ってるか?」
どこか馬鹿にしながら千藤が二人を落ち着かせたところで、宗谷が話にオチを付ける。
「それで、俺は山原の隣で眠りつつ、夢の中でこう思ったわけさ。おい朝だぞ、山原起きろ~ってな」
「あははっ!」
「宣言した通りに笑ってくれてありがとな。俺、馬鹿にされててもお前の笑顔好きだわ」
ここまでの話を聞いて千藤がふむふむと感慨深げに腕を組む。
「……ふむ、まずはお前が目を覚ませよってオチか。これはいろんなことに言えそうだな」
こんな雑談からも教訓を得ようとしているのか、メモ帳まで取り出している。
どこかで使えるものかしら? と勉強熱心な千藤をぼんやり見ていたリオは思い出したように宗谷に尋ねた。
「そうそう、で、山原にはちゃんと伝わったの? こうして遅刻してないってことは、起きられてはいるのよね」
「それがさ、夢の中でふと気がついたのさ。あれ、俺は何をやっているんだ? と」
「当然の疑問だな。山原を起こすつもりが、自分が寝ちゃったんだから」
「夢の中で冷静になって気づけたのは何気にすごいが、眠る前に気づけよ」
朽木と佐波がまた馬鹿にしてくるので、馬鹿にされることに慣れてきた宗谷は馬鹿にされたことにも気づかず、嬉しそうに語る。
「だから俺はパッと目が覚めたわけだ。うっかり眠ってから、五分も過ぎちゃいない」
話を聞きながらメモ帳を眺めていた千藤が顔を上げる。
「へえ、二度寝の誘惑にたった五分で打ち勝ったのか。アラームもなしにか? 俺だったら三十分は起きれない」
朽木と佐波もうんうんと感心し始めた。
「お前、馬鹿にしてたけど意外に強いな。睡魔に強い人間は人生にも強いんだぜ」
「サバイバル生活でも一番の敵は睡魔だからな」
真似をしているのか無意識なのか、長瀬とエミもうんうんとし始める。
「ワタシが人生で初めて屈した相手も睡魔だったぞ。以来この年まで眠気には素直だ」
「宗谷さんもすごいですが、人間を眠りに誘う睡魔さんはさすがです。勤勉で平等で、こなくてもいいのに律儀ですから」
宗谷を囲って頷き合う五人だが、リオは乗らなかった。
「睡魔の話はもういいけど、結局のところ宗谷は無駄な二度寝から起きた後、山原のことを普通に起こしたんだ?」
「だったら、まだよかったんだが……」
「ぐふふ……!」
漏れてしまいそうになる笑いをこらえるため口をふさぐ山原を見て、朽木も嬉しそうだ。
「おーおー、山原が楽しそうで何より。笑えばいいと思うよ。……で?」
ああ、と言って宗谷。
「目を開いた俺の眼前に広がっていたのは、勝ち誇ったような山原の嬉しそうな顔だった」
ん? と佐波が首をかしげる。
「なぜそこで勝ち誇った?」
「宗谷よりも早く起きられたからじゃない?」
というリオの言葉を肯定する山原。
とても楽しそうだ。
「うん。ここでの寮生活が始まって以来、早起き対決では僕の完敗だったからね!」
「それは……逆に初の勝ち星がついて残念だな。オレだったら意地でも負けたふりする」
「連敗記録も続けば誇れる世の中だ。何事も続けるのが一番難しいってことの表れだな」
ふむふむ言いながら千藤はこれもメモしている。何かに役立てるつもりかもしれない。
そんな周りの反応には構わずに山原は宗谷をつっつく。
「で、で! 僕に気がついた宗谷の第一声がなんだっけ? ほら、ほら!」
「おい山原、起こしに来た俺が寝ているのに気がついたら夢の中に入ってこいよ! 俺の隣で寝てくれよ!」
「宗谷、寝起きでその台詞は痛いわ」
「うんうん、リオちゃん! 僕は寝起きでね、理不尽もここに極まったと思ったよ!」
宗谷、お前……と、笑われたり呆れられたり、朝から散々な目に合う宗谷だが、正直なところ自分が話題の中心になれて喜んでいる。
それがわかっているから、みんなも楽しんでからかってしまうのだろう。
「みんな、おはよう。遅くなってすまないな」
雑談が終わったタイミングで教室の扉が開き、御手洗と主任が入ってきた。
挨拶をすると同時に宗谷はため息をつく。
「本当だぜ。もっと早く来てくれれば、余計な恥の上塗りもされなかったのに」
「恥の上塗り? お前が何を言いたいのかわからないが、文句はほどほどにしてくれ。ほら、とにかくみんな席についてくれ。今日はリーダーから話があるぞ」
「え? リーダーから?」
「……失礼する」
二人に遅れて、ゆっくりと歩いてきたリーダーが教室に姿を現した。
それを見た宗谷は近くに来ていた御手洗に尋ねる。
「これは珍しいな。今朝の運営会議で何かあったのか?」
「まあ、そんなものだ。さあ、リーダー。前へどうぞ」
自分が仕切るのも違うだろうと思ったのか、あくまでも補佐役を自任している御手洗はリーダーを教壇に促す。
今日も今日とて学生帽を浅くかぶったリーダーは教壇に立ち、教室を見渡した。
「さて。先日のテスト授業の結果は……」
「はっきり言わせてもらえれば、最悪でした」
「うむ。忌憚なき君の感想を感謝しよう」
「あ、どうも……」
宗谷が恐縮していると、その宗谷に朽木が異議を唱えた。
「最悪って、本当にそうか? オレはそれなりに満足デーだったぞ」
「朽木君は心底楽しそうだったもんね」
先ほどの雑談の余韻が残っているのか、そう言う山原も笑顔が隠れていない。
リーダーは軽く咳払いして話を再開する。
「とにかく、だ。先日のテスト授業を考慮したうえで、現状維持が最優先であると理解した。結果、今日からは今までのように予定調和な授業を繰り返してもらうことになる」
「早い話が、時間割に従うってことだ。あくまでも、ほどほどにな」
「それから近々、お前らには特別課外を受けてもらうことになるかもしれないが、そのときはよろしく頼む。リーダーとして期待しておく」
「特別課外かぁ……ふふ、よくわかんないけど」
まだクスクス笑っている山原を心配してか、生徒会長としての立場で御手洗が全員に向けて注意する。
「だが今日は決められた日程の通りだからな。だらけずに気合入れていけよ」
と言えば、男子たちから返事が返ってくる。
「へ~い」
「いいか、朽木、その返事がすでにだらけているんだよ!」
「うおおおおお! しゃあああああ! はあああああい!」
「佐波、サバイバル大変か? 返事ごときに気合入れすぎだろ」
「はい。おう。うん。へい。ほーい。合点。承知だ」
「宗谷、お前は代返のし過ぎだ! 口うるさいの度を超してるだろ!」
そばで見ていたリオが今の何? みたいな顔をする。
「…………ねえ、いいから早く授業を始めましょう?」
「そうだぞ。会長、そんなところで息を上げてないで早く座ったらどうだ? ほどほどに、ほどほどに、な?」
「くそ、そうさせてもらおうじゃないか……」
生真面目な生徒会長は今日も苦労しそうである。




