11 彼らなりの授業(3)
昼休みが終わり、三年の生徒たちは校舎の三階にある音楽室に集まった。
御手洗が困ったような顔をする。
「さて。午後の授業は音楽をやろうということになったわけだが……」
何も言えずにいる生徒会長の後を主任が引き継ぐ。
「見事なまでに音楽を指導できる教師役がいないな。今や音楽室なんて宝の持ち腐れ状態だからな」
「そうね。わざわざみんなで音楽室まで移動してきたけど、さすがに音楽の授業はなかったことにしていいんじゃない? 素人にも読めるわかりやすい楽譜もなければ、放置されてる楽器もろくなのがないし……」
音楽が嫌いなわけでも興味がないわけでもないが、今の状況でできる科目ではないと、やんわりと主張するリオ。
だが、過酷な状況ほどサバイバル熱が刺激されるのか、佐波がやる気を見せる。
「状態のいい楽器がないならサバイバルらしく、身近な道具を楽器にすりゃいいさ」
「あー、たとえば口笛とか? 僕、得意だよ。ぴゅーぴゅー」
「机を打楽器にしようぜ。オレ、両手の人差し指で熱いビートを叩けるぞ。ツッタッ、ツッツッツタッ」
と、二人は不揃いなセッションを始める。
しばらく聞いていたものの、遠慮がちに拍手で参加するのはエミだ。
「さすがの応用力ですね、皆さん」
「うむ、ここにあるものを楽器にして音を奏でる。いいじゃないか。ワタシもそれに異論はないぞ。なんだったらワタシが楽器になってもいい」
それを聞いた朽木がビートを刻む手を止めた。
興味深そうな顔で長瀬を見る。
「え? マジ? 長瀬、お前、楽器やれんの?」
演奏できる、ではなく、なれる、とはいかに。
長瀬は自信を持って頷く。
「ああ。望むならワタシの頬でもお腹でもそれ以外でも、その手でうまく叩いてみろ。自慢じゃないが、いい音を鳴らしてみせよう」
「いい音……」
その音色を確認したがった誰かが実際に動き出す前に、宗谷が止めに入る。
「ちょっと待とうぜ! それはさすがに色々まずいって!」
「ワタシはうまいぞ」
「いいや! とにかく楽器はなし! それでいこうぜ!」
これに山原が頷く。
「そうだね、宗谷。そうしておこう。じゃないとお互いに叩き合って大乱闘になって、指揮者不在の悲惨な演奏会が始まっちゃう」
確かに……と一同は納得。
だったら音楽の授業はどうすんの? ――などと考えて、しばしの静寂が訪れた。
生徒の模範を示すべき生徒会長としての責任感からか、一番最初に冷静になった御手洗が天井を仰ぎ見る。
「しかし、こうなると誰が教師役として立つか……」
と言えば、冷静さとは無縁の自称不良が御手洗の肩に手を乗せた。
「ふっふっふ。何を隠そう、ここは救世主たるオレの出番だな!」
「いつからお前が救世主になったんだ? この世が英雄だらけになるだろ」
「まあまあ、御手洗。この場の救世主ということで、ほどほどに任せてみようじゃないか」
適当主義のため投げやりな主任だが、リオは不安そうな顔をしているし、宗谷は念を押しておくことにする。
「一応言っておくが、朽木、これは音楽の授業だぞ?」
「自分が好きだからって、アイドルソングやアニメソングを歌おうとか言わないでよね?」
「な、なんだってー!」
「歌う気満々だったのかよ!」
好奇心旺盛な山原がどちらかといえば朽木の背を押す。
「でも僕、聞くだけでいいなら聞いてみたいな! どんな曲があったのか知りたいね!」
「カラオケじゃないんだ。授業をしろ、授業を」
御手洗の言葉に朽木がハイテンションになって反論する。
「異議あり! 先入観を持って決め付けることほど愚かなことはないぞ! 想像しろ、イメージしろ、だがしかしそれを他人に押し付けるな! その幻想をぶち殺す! オレが……オレたちが正義だ!」
「……いったい俺たちにどうしろと?」
「ガクガク、ブルブル……」
「ちょっと真由が怖がっているじゃないの、朽木!」
けなげな愛娘を敵から守る親の気持ちでリオが怒ったように言うと、朽木はショックを受けたように後ずさる。
「そ、そんな。女の子を傷つけるなんて! 最低だ、オレ……」
「あ、いや、傷ついてはいないので、大丈夫かも……」
「なら安心だ。無問題」
もともとショックを受けたのは演技で、ジョークの一種だったらしい。
宗谷はもう何度目だと言いたくなるくらいに呆れてしまう。
「立ち直るのはえーな」
「さすがです」
ほとにさすがか? と思いつつ、適当な雑談ばかりで終わってしまうのは時間の無駄でしかないので、意味のあるなしにかかわらず御手洗は授業を始めることにした。
「とにかく、そうだな。それぞれが好きな歌を歌う時間にしよう」
それを音楽の授業と呼んでよいものかどうかは、それこそ各々の判断にゆだねられるのであった。
ただ楽しんだだけの音楽の時間が終わり、その隣にある美術室に移動してきた彼ら。
「さて、続いては美術か。誰かふさわしい奴はいるか?」
御手洗、どうせ誰もいないだろうと思いつつも教室を見渡す。
すると、自薦ならば誰かはいた。
他薦されるまでもなく、すごくやる気のある人間だ。
「さて! 美術こそ! このオレの出番だなっ!」
「朽木か。お前、今日はやたらとでしゃばってくるな」
でもやる気があるなら任せてみるか、と思っていると、千藤が横からノーを突き付ける。
「だが却下だ。お前に任せると修羅場になる」
「オレとお前らが修羅場過ぎる件ってか。はっ、ニュータイプの修羅場が見たいぜ!」
「そんなタイプは知らんが、見たいなら勝手に見ろ。……で、朽木の他にやりたい人間はいないか? いなけりゃ御手洗に代わって俺が指名してやってもいいが」
「うーん……」
みんなが悩む中、顔を輝かせた山原が手を上げた。
声も弾んでいる。
「そうだ、みんなで絵を描こう! そうすれば教師役はいらないんじゃないかな!」
「まあ、だろうな。美術の時間って言ったら、結局はそれが一番なんじゃないか」
ついさっき終わった音楽の授業が歌うだけだったので、美術の授業も絵を描くだけでいい。
そう考えているのか、いつも口うるさい宗谷も反対する気はないようだ。
進行役みたいになっている千藤もその意見には大筋で同意した。
「一人一人に紙とペンを配って全員で絵を描くのは賛成だ。しかし普通に絵を描いたんじゃ面白くも張り合いもないから、この場にいるみんなで競争しようじゃないか」
「いい提案だと思います! さすが千藤さんですね」
はいとかうんを口にする相槌のテンポでエミが褒めるので、適当に言ったに過ぎない千藤はちょっと本腰を入れて競争を成り立たせることにした。
「では、競争の結果として最下位となった人間には罰ゲームを。勝負とは常に非情なものだ」
「なるほど!」
さすがです、さすがです、とエミが適当に褒めているのを聞いてか、そばにいた御手洗も彼の提案がいいものに思えてきたようだ。
「競争と罰ゲームか。それはいいかもしれないな。さっきの音楽は遊ぶだけで終わってしまったし、それくらい競技性があったほうが一生懸命になれるだろう」
「けどよ、罰ゲームってなんだよ?」
そんなに褒めるほどか? とエミを横目に見ている宗谷に問われた千藤はちょっぴり考えてから答える。
「じゃあ、こうしよう。放課後のホームルームまでに、寮の部屋に引きこもっている綺羅富士を教室に連れてくることだ。お前たち、昼休みにやろうとして失敗したんだろ? 罰ゲームにはちょうどいいじゃねえか」
「なん……だと……!」
「サバイバル関係なく負けられない戦いが……ここに……」
「いーや、ちょっと待とうぜ! 考え直そうぜ! 綺羅富士を呼んでくるなんて罰ゲームにしちゃきつすぎるって」
最悪の場合には実害が出かねないと騒ぐ宗谷に、冷静さを崩さない千藤が言い聞かせる。
「だからこそ、みんな勝ちに向かって努力するのだろう? 負けたくない、という気持ちを強く引き出す必要がある」
「ううーん。……でもさぁ、一体何で対決するの? それぞれに向き不向きがあるからね」
「いい質問をするな、山原。どうだろう、ここは古典にでもならって、一番早く蛇の絵を書き上げたものの勝利としようじゃないか」
「古典っていうと、戦国策にある蛇足のことか?」
「さすがです。よくすぐに思いつきましたね、御手洗会長。故事成語の知識も豊富で……」
「なあ、エミ。本気じゃないんだろうが褒められると調子に乗りかねないから、他のやつはともかく俺のことは褒めなくていい。しかもこれは中学の授業で通った話だ」
「え、でもさすがですよ。いいじゃないですか、頑張ってる人はいくら褒めたって」
「だからそういうのは……まあいい。千藤、話を進めてくれ」
「了解した。御手洗会長が困っているのを見るのは面白くもあるから、今度はクラスみんなで褒め褒め攻撃してやってもいいな」
「やめてくれ」
「わかった、やめよう。よく考えたら会長はクラスの馬鹿どもの相手をしている時のほうがよっぽど困って大変そうだからな。……さてと、それじゃ美術の授業を始めるとするか。今から描くものが蛇の絵だってこと以外に説明はいらないよな?」
「蛇の種類は? アオダイショウにガラガラヘビ、ハブにアナコンダといろいろいるが……」
「お前の得意なサバイバル知識を披露するつもりでもなければ、種類は何でもいい。ただし、不正がないように誰が見ても蛇ってわかる絵を描くんだぞ。よし、それじゃスタートだ!」
「よーっし! 僕、すごいの描いちゃうからね!」
千藤の合図に従って、いそいそと描き始める一同。
いつの間にか教師役に収まっている千藤は誰かが描きあげるのを待っている。
完成した絵の判定員を兼ねているらしい。
「ほら、できたぜ! 一番だ!」
「却下する。宗谷、お前のそれは蛇というよりもロープだろ。死んだ曲線だ」
「ほらよっと、サバイバル知識を駆使した俺のこいつはどうだ?」
「豊富な知識があっても、それを形にする技術がなかったようだな。佐波の絵はうなぎとの判別が付かない点で蛇を描いたとは言いがたい。クオリティは大事だ。厳しくいくぜ」
「やった、それじゃ僕が一番だね! すごい蛇が描けたよ!」
「山原、いいか? それは手足があるから蛇じゃなくて龍だ。蛇足って話を知ってるか? さっきの話聞いていたか?」
「スネーク、スネェーク!」
「そして朽木、お前の蛇はなぜバンダナを巻いている? あと迷彩柄じゃねえか」
「だったら、ほら、ほどほどに描いた俺の蛇はどうだ」
「ふむふむ。ちゃんと鱗があるし、クリッとした目があるし、舌がペロッと出ているし、いかにも蛇らしくグルグルととぐろを巻いてはいるが……主任の絵はどう見ても下品なあれにしか見えないからボツ」
「おいおい、お前らが蛇の絵も描けないとは愕然とするぞ。まさか一番ゆっくり描いていた俺が一番になるとはなぁ……」
「いや、会長はまだ蛇の瞳しか書いてないじゃないか。画竜点睛とはいえ、そんな彩色にまでこだわって目だけじゃ作業スピードが遅すぎる」
一通りの相手をし終わった千藤は深くため息をつく。
そのすぐそばに来てあきれ返るのは女子を代表したリオだ。
「まったくもう、さっきから男子は何をやっているんだか。ほら、女子はもうみんな描きあがっているわよ?」
「うわ、本当だ。さすが女子! 男子とのえらい違い!」
「山原、こんなにも簡単な蛇の絵を描いたくらいで驚かれても嬉しくないぞ。長いものに巻かれたがるワタシは昔から蛇が好きで描き慣れていたしな」
「むしろ蛇の絵だけであれだけ騒げた男子こそ、さすがですよ」
「こ、こんなにぐだぐだな展開で勝負は大丈夫かな?」
女子の不安を肯定するように千藤はうなずく。
「うむ、もはや誰が勝利者かもわからないな」
「え? じゃあどうするの? 僕、罰ゲームなんてやだよ?」
「……そうだな。こうなったら罰ゲームと合わせて、綺羅富士の背中に昇り竜の絵を描けたやつを真の勝者にしよう」
「マジか?」
千藤の提案を聞き、耳を疑う宗谷。朽木と佐波も同様だ。
「やつの背後に立てる人間は存在しないぞ? 綺羅富士13だぞ」
「そういえば俺、あいつの背中見たことないな。同室だったのに」
それを聞いた山原が宗谷に不安そうな顔を向ける。
「ねえ、宗谷。綺羅富士君がリバーシブルだったらどうしよう?」
「山原、お前はその言葉の意味わかっていて言っているのか?」
「んー、割と適当」
「だろうね。そんなわけないもんね。考えたらわかるよね。自分の頭使ってね?」
全員の注目を集めるため千藤がパチンと手を叩く。
「とにかく、綺羅富士が相手なら度胸試しとしてはいい勝負だろ?」
即座に宗谷が首を横に振る。
「むしろ肝試しだろ。素直に負けたほうがいいくらい怖いって」
「だが断らない! 実に面白い。オレ、気になります!」
「朽木もこんな時ばっかり調子いいよな。本当に大丈夫か? 不良のくせに同じ不良の綺羅富士のこと怖がってたじゃねえか。でも、ま、やるってんならやってやるぜ」
「よし、言質は取ったぜ。それじゃスタートだ。あいつが自分から寮の部屋を出てくる夕食時を狙うぞ!」
宗谷が反対しなかったことで決定事項となり、威勢のいい千藤の合図で勝負は始まった。
その後、寮の食堂において、綺羅富士を前に倒れている男子たちの姿があった。
「ぜ、全滅? たった綺羅富士一人を相手に、俺たち男子が全滅? 一切の描写もなく、か?」
やけに芝居がかった朽木のセリフに、襲われたはずの綺羅富士はあきれ返っている。
「で、お前らは何がやりたいんだ? 俺の背を取りたいのか? だったら諦めろ」
「うむ……」
これは確かに勝てそうにないなと判断した千藤。今にもファイティングポーズを取りそうな綺羅富士を前に、狙いを自分に向けられては困ると顔をそらす。
もうこちらには戦意がない、ということを遠回しに伝えるらしい。
「自分から言い出しておいてあれだが、綺羅富士の背中にたどり着くのは難しいな。勝負はなかったことにしよう。ノーサイドで終了だ」
「くそ、さすがに綺羅富士が相手だと諦めるしかないのか?」
「待って! 宗谷、ほら、見てよ! 真由ちゃんが!」
ふざけている男子を尻目に、おっかなびっくりといった足取りをした真由が綺羅富士のもとへ歩み寄っていく。
「……あ、あの!」
「ああ?」
先ほどから馬鹿な男子連中に背後を狙われ続けている綺羅富士はストレスが溜まっているらしく、苛立ちを隠さずに声の主へと振り返る。
とっさには誰が声を掛けてきたのか気付かなかったのだろう。
「あん、ごめんなさい!」
当然、臆病な真由は怖がって身じろぐ。自分の胸を抱きしめるように小さくなる。
それを見ると綺羅富士は鼻白んだ。
「……いや、なんだ。別に話だけなら聞いてやってもいいぞ」
「なんだよ。やっぱり綺羅富士の奴、真由に対しては異様に優しくなっているな」
宗谷が言う通り、苛立ちや不機嫌さはなくなっている。
おかげで真由の緊張も取れたようだ。
「あのね、背中に絵を描いてもいい?」
「背中だと? つまり俺の学ランの背に絵を描くってことか?」
「だ、だめだったら、別にいいんだけど……」
「……脱いでやるから、さっさと描きたければ描け」
ぶっきらぼうに言った綺羅富士は自分から学ランを脱いで真由に渡す。
「あいつ優しいぞ! あれが伝説のツンデレか!」
「で、ツンデレって何? なんかこれ聞くの二回目な気がする」
「説明しよう! もはや伝説となったツンデレとは――」
「山原、前にも言ったかもしれないが、いちいち朽木の言葉に反応しなくていいぞ。知ったところで特に得るものはないからな」
何が描かれるのか興味があるのか、男子たちの話は無視して綺羅富士は真由に尋ねる。
「ふん。……ちなみに何の絵だ?」
「えっとね、昇り竜なんだよ」
「ほほう。竜か。俺にはちょうどいい」
「ほんとにほんと? よかった。それならがんばって描くね」
「勝手にしろ。特別に終わるまで黙って待ってやる」
そう言うと、本当に黙って待つらしく腕を組み目を閉じる綺羅富士。
男子が相手のときとは違い、とても協力的である。
そんな彼の姿を見た宗谷は思わず声を漏らした。
「可愛い女子が相手だと手が出せないって、ジョークじゃなくて本気だったんだな」
「でも安心だよ。僕、いつかは綺羅富士君とも友達になれそうな気がするもん」
「しかし、これで勝負は真由の一人勝ちか。まさに可愛いは正義だな。不良のオレも可愛さを極めておくとするか?」
「けれど納得の判定だ。他の誰が勝つよりいい。実際のサバイバルでは可愛さよりも胆力が大事な気もするが」
そうこう言っているうちに彼女の作業も終わったらしい。
「……できた。はい、これでどうかな……?」
「そうか。見せてみろ。……ふむ、これか」
何があったのか、綺羅富士は真由から学ランを受け取ったまま黙り込んでしまう。
「……とりあえず俺は黙ってこれを着るから、俺の代わりに彼女の絵を評価してやってくれ」
綺羅富士はそう言って学ランを着ると、その背を山原たちに向ける。
そこには真由の絵が大きく色鮮やかに描かれていた。
それを見た山原が代表して声を上げる。
「真由ちゃん、それは昇り竜じゃなくて、こいのぼりだよ! こどもの日だよ!」
「代理ツッコミも様になってきたみたいだな」
自分の間違いに気が付いた真由はすっかり恐縮して頭を下げる。
「ご、ごめんなさい! 勘違いしちゃって!」
「安心しろ。俺は器量の大きな男だからな。こいのぼりだとしても受け入れるさ」
「綺羅富士の奴、まさに男だ。敵とはいえ、泣けてくる……」
本当に泣き出す朽木だった。




