10 彼らなりの授業(2)
そして、いくつかの授業の試みが終わって迎えた休み時間。
「つーか、綺羅富士が今日も見当たらないぞ。なーにやってんの!」
病気でもないのに授業をサボった綺羅富士をうらやんでいる部分もあるのか、ぷりぷりと文句を言っているのは朽木である。
放っておいてもうるさくなるだけなので、これは誰にでも口出しせずにはいられない性格の宗谷が対応する。
「うるさいな、不良だからサボりだろ? なんちゃって不良のお前と違って、あいつはガチだから。頼まれたって素直に授業には出てこないんだろうさ」
「ねえ、宗谷。今日はテストだったのに休んじゃって平気かな?」
「テストはテストでも、授業のテストだったから大丈夫だろ。問題ない」
顔を見合わせた山原と宗谷でそう結論がついたが、不良としての扱いの差にも不満があるらしい朽木は納得がいかない様子だ。
「駄目だ。オレが問題にする。絶対に許さない」
「いきまり強気に出たな。不良同士だから仲良くするのも難しいかもしれんが」
いいことを思いついたのか朽木はポンと手を打ち鳴らす。
「よっしゃ、こうなったら午後の授業が始まる前に呼びに行こうぜ。佐波は同じ部屋だったよな、寮の部屋」
「……え、俺か? まあ一応はそうなっているんだが、俺は基本的にサバイバル生活を送っていて寮の部屋には行かないからな」
「そもそもあいつは寮でサボっているのか? 不良のオレもビビるくらいの不良だから、他の場所とか行ってんじゃねぇの? 今から晩飯のための席取りしているとか。食堂で」
「昼から暇なやつだな!」
ツッコミを入れたのは佐波ではなく、宗谷だ。
まあまあ、となだめながら山原。
「うーん、やっぱり部屋にいるんじゃない? 遊びに行けるところなんてないしさ。ね、とにかく見に行ってみようよ」
「行くって、誰が? 山原、お前か?」
「なわぁ! せっかくだから、ここにいるみんなで行ってみようよ! ほらほら!」
「あーもー。いいよ、行かなくて。あいつが他人の言うことを聞くとは思えんし、わざわざ喧嘩を売りに行くようなもんだろ?」
すでに腰が引けている宗谷がそう言えば、反対に前のめりとなったのが朽木だ。
「喧嘩上等だろ? かかってこい!」
「いや、あくまでも平和的に教室に来るように呼びに行くだけなんだろ?」
「いいから行こうぜ」
綺羅富士を怖がっているはずの佐波までそう言うので、ついに宗谷は観念した。
「わかったよ……俺だってクラスの団結は必要だと思ってるからさ……」
ということで、そろって教室を出て行く一行である。
そして男子寮、綺羅富士の部屋の前に来た。
四人が顔を見合わせて立ち止まると、いかにも深刻ぶって山原が腕を組む。
「さて、こうしてみんなで綺羅富士君の部屋の前に来たのはいいけど」
「誰が声をかけるんだ? ノックして、もしもしか? デトロイト警察だ! ってやるか? 地面を叩いてブラジルのみなさん聞こえますかーってやるか?」
「あーはいはい」
お前が何を言っているのかわからないといった風に、まともには取り合わずに宗谷が朽木の肩をポンと叩く。
「朽木、声をかけるんなら綺羅富士を呼びに行くとか言い出したお前じゃないのか? 常識的に考えて」
「お前の常識を押し付けんじゃねぇよ! 要出典! ファクトチェックしろ!」
「お前の常識、世間の非常識」
無駄にテンションが高い朽木に続いてロートーンで佐波まで言ってくるので、呆れた宗谷は二人に白い目を向ける羽目になる。
「いやいや、待て待て。そんなに間違ったこと言ったつもりないけど?」
「つもりがなくても宗谷ってさ、そういうとこよくあるよね」
「はいはい、ありますよ。常識を盾にしちゃうとこありますよ!」
一番の味方であってほしい親友の山原まで追い打ちをかけてくるので、振り返って叫ぶ宗谷であった。
が、そんなに落ち込んでもいないので、すぐに立ち直って話を進める。
「で、誰が声を掛ける? ただのノックじゃ絶対に無視されるぜ」
「ありえる。あいつのことだから自主的な籠城作戦を決行して、セルフサバイバル生活を送っているのかもしれん」
「あ、だったらあれはどうかな? 普通にやるんじゃなくて、リズミカルにノックするの」
「ああ、なるほど。陽気なリズムに誘われて出てきてしまうっていう?」
「論より実践あるのみだ。サバイバルで重要なのは行動力だからな」
ひとまず三人を下がらせた佐波は一人で扉の前に立ち、ライブのステージに上がったドラマーになったつもりでコンコン、ココンッとリズミカルにノックする。
すぐには返事がないので軽快なノックを続けてみれば、次第に興が乗ってきて刺激的なサウンドを両手で奏で始めた。
「やかましい! キツツキなら外の木でやれ!」
「……おお、さすがに反応はあったな。でも出てこねぇな」
「まあ、ふざけているようにしか思われないだろ」
そうは言いつつも軽く指先でリズムを取りながら隣でノックを見守っていた宗谷に、すぐ後ろから朽木が提案する。
「じゃあピッキングして入ろうぜ」
「さすがにそれは犯罪だろ? せめて声を掛けてからに……」
「ピッキングならサバイバル研究会の俺に任せろ」
「サバイバルを曲解しすぎだろ、それ!」
中にいる綺羅富士にビビッて静かにしているつもりが、思わず声を上げる宗谷。友達を犯罪者にすまいと熱が入っている。
もとから本気ではなかったのか、あっけらかんとした佐波はポケットに手を突っ込んだ。
「いや、待て。そもそも俺はここの同居人のはずだ。鍵もちゃんと持ってた。ほら」
「全然イメージにないんだけど、佐波君って綺羅富士君と同室なんだよね。といっても、サバイバル生活で佐波君はほとんど部屋に入ってないみたいだけど」
「自分でもたまに忘れるんだよな、寮生活」
「だったら拠点を寮に移せよ。ここをキャンプ地にしろよ。リスポーン地点のベッド設置しておけよ。あと――」
まだ何か続けようとした朽木を遮って、宗谷が心配する。
「それより冬は本気で無事だったのか? 今年も寒かっただろ」
「なあに、ちゃんと死なない程度に暖は取ったさ。それに、寒かったからこそサバイバル熱の出る俺は寮に戻るわけにはいかなかったからな……」
「よくわからんが、難儀な生活しているんだな」
「過酷なほどサバイバル生活は燃えるってことさ。それじゃ鍵を開けるぞ」
全員に合図を出した佐波が鍵を開けて、扉を開く。
と、そこには仁王立ちで彼らを待ち構える綺羅富士の姿があった。
ホラー耐性がないのか、実際に扉を開けた佐波よりも後方の宗谷が驚いて飛び跳ねる。
「……うわあ! な、何をやっているんだよ! びっくりするだろ!」
「何をやっているって、そりゃ自分の部屋の前で馬鹿どもに騒がれて苛立ってるんだ。見てわからないのか、くず」
「くぎゅ……じゃなくて、くずぅぅぅぅ?」
「あながち間違ってないところが、ね」
大げさにリアクションする朽木の意味不明な鳴き声に対して、似たようなことは昔から言われ慣れているのか、山原はクズ呼ばわりされたことを普通に受け入れている。
のほほんと穏やかに笑っている山原に多少は毒気が抜かれたのか、どうやら喧嘩を売りに来たわけではないらしいと判断した綺羅富士は声を落ち着かせた。
「用事はなんだ? 何かあるんなら早く済ませろ、相手にするのも面倒だ」
「そうだ、学校へ行こう!」
「私を学校に連れてって!」
「敵は学校にあり!」
「……は?」
順番はともかく、三人が思い思いの言葉で用件を言うので、あまり伝わっていなさそうだと思った宗谷が結局は代表して答える。
「まあ、つまり、なんだ……こいつらはさ、お前を学校に誘っているんだよ。なあ、面倒かもしれないけど、お前も教室に来いよ? たまにはいいだろ?」
「ふざけるな」
「ふざけてねえって」
「じゃあ真面目になるな」
「……別に真面目なわけでもねえって」
ああでもないこうでもないと、なかなか煮え切らない宗谷の返答に腹が立ってきた綺羅富士。
「ああん? ならどうしてわざわざ俺を呼びに来たんだよ?」
「それは……」
凄みを利かせた綺羅富士の剣幕にすっかり怖気づいた宗谷だったが、代わりに答えたのは意外にも山原だ。
しかも、負けないくらいに語気が強い。
「どうしてって、そんなのクラスメイトだからだよ! 綺羅富士君だって僕らのクラスメイトだからに決まってるじゃない!」
「クラスメイトだと? 俺が? お前たちの?」
「そうだよ。そして友達にも親友にもなれるよ! ううん、なろうよ!」
「何を今さら……」
「今さらって、何? そんなこと、言わなくちゃわからない綺羅富士君が悪いんだよ!」
この言葉に、綺羅富士は何も言い返せず目をそらした。
相手からの返答を待っているのか、山原も言葉を続けない。
ハラハラしながら様子をうかがっていた宗谷が気まずそうに頭をかく。
「……まあ、この三年間、今までチャンスはたくさんあったからな。それを言うと、お前を避けようとしていた俺たちも悪い」
「お前と同室の俺も、もっと付き合い方を考えるべきだった」
「同じ不良として、今からでもつるむか?」
「佐波はともかく、話がややこしくなるから朽木は黙ってろ。不良として絡んだら、せっかく仲良くなれても授業サボるから教室に来なくなるだろ。……なあ、綺羅富士。俺たち、今からでもやり直せないか?」
からかうための冗談ではなく、本心からの提案を伝えた宗谷たちは綺羅富士を見つめる。
しばらく口を閉ざしていたが、綺羅富士も無視するわけにもいかぬと思ったようだ。
「……別に俺は、お前らと学生ごっこがやりたくてここにいるわけじゃない」
「そうかもしれない。でも、これだってみんなで決めたことだろ? うまくはやれないかもしれないけど、ちゃんと高校生をやるって」
「それで、宗谷。お前らは卒業したらどうするつもりだ? 一応、建前としては今年度で卒業なんだろ? 今の政府は教育制度を大きく変えたが、それでも高校に四年生はない」
「そ、それは……」
何年も前から自分たちの頭を悩ませる難しい問題に答えられず、いい加減な嘘をでっちあげられもしない宗谷は口を閉ざさざるを得なかった。
卒業後の進路に関して、おそらくこの学校の生徒は誰一人として自信を持って答えられないだろう。
この場の五人とも何も言えずにいたが、最初に口を開いたのは山原だった。
「うん。……だったら、綺羅富士君はどうしたいのかな? 何か意見があるなら、みんなで話し合おうよ。文句があるのなら、ちゃんと聞いてあげるから。だから、逃げてないで、隠れてないで、みんなのところに来てよ」
「その言葉はありがたく受け取っておく。だが俺は別にどうしたいということもない。こんな状況では何をしたって変わらないだろう。ひとまず俺は生きていられればそれでいい」
「お前さ、それじゃニートだろ」
だから違う生き方をしろよ、と言いたかった宗谷だっただろうが、これは綺羅富士の逆鱗に触れてしまったらしい。
「は? ふざけるなよ……。ニートだろって、ここにいる奴はみんなそうだろ! 誰か一人でも違うって言えんのか!」
「それは……。確かに違うとは言えないけどよ」
「そりゃあ、そうだろうさ! 何かやってるつもりで現実から目を背けているだけだ! 俺だって人のことを言えねえが、だからこそお前らにも俺のことは言わせない!」
はあはあと荒く息を吐き出す綺羅富士を前に、しばらく流れる沈黙。
やっぱり口を開くのは山原だ。
「えっと、じゃあ僕たちは午後の授業に備えて教室に戻るよ。綺羅富士君のこと、待ってるからね……」
「勝手にしろ」
それだけを短く吐き捨てた綺羅富士は静かにドアを閉める。
「ふう、じゃあ勝手に待っていることにするか。な、山原」
「……うん」
綺羅富士との不良対決でまったく役に立てなかった朽木に背を押され、とぼとぼと教室に帰る山原であった。




