1. 夢
お久しぶりです。
お待たせしましたの方も、待ってなかったよって方も。
待ちすぎて登場人物忘れちゃったよって方も。(ほんとすみません)
またしばらくお付き合いいただけますと嬉しいです。
出来れば毎日更新したい。
よろしくお願いします!
ある雨の日。
幼稚園に通い出したばかりの次女、ふうちゃんは窓の外を見ながら私の膝でミカンを食べていた。
「ねえ、ままぁ」
「んー?どうしたの?ふうちゃん」
「あのね。あちたね、おしょとでね、りょちゃんとあそぶって、やくしょく」
ふうちゃんは早生まれなので、幼稚園に入ってもまだ3歳になったばかり。舌ったらずになんとか喋るのが可愛くてたまらない。
私は小さな体をぎゅっと抱きしめた。
「そうなんだー。たのしみだねえ」
「でも、あめ、あがりゅかなあ」
ふうちゃんの世界はもう、そのことでいっぱいのようだ。これは、明日雨だと幼稚園に行かないと言い出しそうな勢いだ。
そんなことを思っていると、ふうちゃんが、あっ、と言って急に立ち上がった。危うく石頭でアッパーされるところだった。今日はかわせた。
「いいことかんがえた!てうてうぼーず、ちゅくりゅの!」
てるてる、って言えてないのが可愛くて。私は口を押えた。
ああ、可愛すぎる!
「そうだね、テルテル坊主、作り方知ってる?」
「うん!こにょまえね、しぇんせ、かみで、くしゃーって。てうてうしたら、あめ、ほんとに、あがりゅんよ!」
するとその横で、スマホを弄っていたゆう君が一言。
「——あー、晴れ予報だから大丈夫だよ」
誰が天気予報を見ろと。
「いらん情報喋るんじゃないよ」
「え、なんで?」
この、まだまだねんねの赤ちゃんからヨチヨチ歩きレベルにやっとなったパパは、本気で分からないようだ。
「無駄な労力使わないように教えてあげたんじゃん」
「子供の夢壊すな。無駄言うな。いいから早く紙と紐とクレヨン持ってきて」
ゆう君は腑に落ちない表情で、よっこらしょ、と取りに行ってくれた。
信号が変わるときに、えーいって言うだけで「ママって、まほうちゅかえたの!?」と興奮するお年頃である。自分が作ったテルテル坊主で雨が上がる喜びは何にも勝るだろう。
そういう経験させてあげたいって、思わないかなあ。子供の目線で物を見るって事ができない。
そして私も、それをいちいち説明する時間もない。子供のいないときに言おうかなと思ってると、まあ大抵忘れちゃう。それも良くないなと思いつつ。
「ほら、ふうちゃん、紙だよー」
「ふん!ぱぱきりゃい」
ふうちゃんはそっぽを向いた。ゆう君は思った以上にダメージを受けて固まっている。
ふうちゃんはちょっと気が強いので。
パパのせいで何となくもやっとしただろう気持ちを、率直に伝える子なのだ。
うん、私が言わなくても、子供に教えられて学べればいいよね。
************
目が覚めて、じわりと胸が熱くなる。
久しぶりに見た、前世の夢だった。
あの頃はまだ病気も見つかっていなくて。あの幸せが、いつまでも続くって思っていた。
膝に乗った子供の感触が夢とは思えない程鮮明で。
でも、今、の前に見えるのは、白い肌、よく手入れされた艶やかな爪。白銀の長い髪の毛。
シンシアは再び目を閉じた。
今でもすべて思い出せる。肉のついた背中のぷよぷよした感触も、いつもちょっと湿ってる、小さな掌が、ペタペタと顔を撫でてくる感触も。膝の上で揺れる程よい重み、ついつい嗅いでしまう、子どもの頭の匂い。
シンシアはたまらなくなって両手で顔を覆った。
だめだ、昔の夢を見るたびに。どうしても涙が我慢できない。
——ああ、神様。どうして私はあの子達を置いて、死んでしまったんでしょう。
夢に見るのは幸せだった子供との時間なのに、起きて思い出すのは、病室で不安そうにする子供たちの顔ばかりで。不安で強張る顔も、気丈に振舞おうとする顔も、まったく子供らしくなかった。
いっそ忘れられていたら、こんなに苦しいことはなかっただろうか。
そっとベッドが揺れる。
「シンシア・・・?」
心配そうな声が降ってきて、そっと髪を撫でられた。
顔を上げられずにいると、そのまま後ろから温かい大きな腕が抱きしめてくる。
「——夢ですか?」
寝起きの少し掠れたライアスの声が、耳元でする。
時折、本当に、忘れた頃にシンシアは夢を見て涙することがある。
前世の事を打ち明けてからは、それが古い記憶のせいなのだと知って、ライアスは一層かいがいしくシンシアを慰めるようになった。
声を出さずに泣いていたつもりなのに。ライアスはいつも、すぐに気づく。
シンシアは小さく頷いた。
「ごめんなさい。夢を見ただけで。もう、過去の事なのに、こんな・・・」
「謝らないでください。我慢しないで」
抱きしめながらシンシアの髪を、優しくライアスの手が撫でる。
「悲しくて当然です」
そうして長い間、ライアスは優しく抱きしめてくれていた。
涙が止まって、しばらくぼうっとして。
目の前にあるライアスの手にシンシアは自分の指を絡めて繋いだ。
それを取り、ライアスが自分の口元まで持ち上げてキスをする。そのまま腕、肩、頭、そして後ろから頬にそっと触れるだけのキスを連続で。
愛おしくてたまらない、というような、この壊れやすい宝物に触れるような触れ方は、こうして愛を通わせ合うようになってから何年も経った今でも変わらない。
「今日は・・・ゆっくりしましょうか」
「でも今日は、商会が」
午前中は領地経営に関わる巨大取引のための、商会との打ち合わせが予定されている。
「夕方からで問題ありません。たまには、昼まで眠るのもいいでしょう?」
外は白み始めていた。見れば雨が降って、窓に小雨が打ちつけている。だからあんな夢を見たのだろうか。
ライアスが訓練に行く時間だ。それなのにライアスはシンシアを抱き締めたまま動こうとしなかった。
温かい腕の中で、次第にシンシアは落ち着きを取り戻す。現実の意識が濃くなって、夢も薄れてゆく。
夢さえ見なければ、前世を思い出して涙まで流すことはないのだけれど。夢うつつの、半ば無意識の時は、どうも自制が効かない。意識が前世に引っ張られるようで。
情けないな、と思い、シンシアはふう、と息を吐いた。
「——何か飲みますか?」
言えば温かいお茶を持ってきてくれるのだろう。前も使用人にも頼まず、厨房までそっと取りに行ってくれた。
シンシアが一人でゆっくりできるように。
「・・・もう少し、このままで」
シンシアはくるりと体を反転させて、ライアスに向き直った。
ライアスの腕を枕にするようにして、見慣れた夫の顔を見上げる。
心配そうに、その濃茶の瞳は揺れていた。
そっと頬を撫でられ、目尻に触れるか触れないかで指が通り過ぎる。
「もう泣いてないでしょう?」
あまりにライアスが心配そうに触れるから、シンシアは笑って見せた。
馬鹿なことを考えた。
前世の記憶がなかったら、今の幸せな暮らしもないのに。
ライアスと、3人の子供達のためなら、前世の記憶だって細部まで思い出してみせる。
シンシアはライアスの胸の中に顔を埋めた。
「ライアス。愛しています」
ライアスはシンシアの絡まりそうなほど細い髪を指で梳きながら、そっと耳元で囁いた。
「私もです。シンシア、愛しています。心の底から」
しんみりスタートですみません…
子供の頭でアッパーされたことありますか?
あれは攻撃力高いです。舌を高頻度で噛むのでダメージが大きいんです。
子供からの物理攻撃ベスト3くらいじゃないでしょうか。




