32. 告白
人も多いが、露店の数も多く王都全体が祭り会場のようになっているから、それほど密集していない。上手に区画を分けているのだろう。
広場から川へ向かって歩く途中にも、露店がずっと立ち並んでいる。
珍しいガラス細工、器、機械、植物と、どれも目新しく楽しいものばかりだ。今日はお忍びなのでなかなかあれもこれもと買えないのが惜しまれる。
一際目を引いたのは、虹色に光る貝殻で装飾された、螺鈿細工の箱だった。
「すごい、綺麗・・・」
「見るのは初めてですか?」
「はい」
前世では見たことがあるが。
東洋のオリエンタルなものはあまり見たことがない。陶磁器は見たことがあるが、漆器とか、こういった細工はこの世界にはない技術だと思っていた。どこか懐かしいような気がする。
「——少数部族の、まだ発展途上の技術と聞きました。もう少し技を磨けば、貴族の間でも取り扱われるかと」
「そうですか?十分美しいですけれど・・・」
「夜ですからね。陽の光の下で見ると、まだ荒さが目立ちます」
シンシアが手に取った箱は蝶がキラキラと羽ばたく模様が描かれていた。
「今日の記念に、買いましょう」
「あ、ありがとうございます」
珍しく見入ってしまっていたからだろうか。あっという間にライアスが店主に硬貨を渡していた。店主は確かに異国風の顔立ちをして民族衣装を着ていた。言葉は通じるようだ。
「今の店主、少しタンと雰囲気が似ていますね」
色黒で、掘りの深い顔、黒い髪。
店を後にしてふと思ったことを伝えてみると、ライアスは少し考えるようにして答えた。
「——そうですね。タンの母親の出身国と少し近いと思います」
タンの父親は執事長で、爵位のある貴族だ。それが、大恋愛の末異国からの旅人と結婚したと聞いている。そのせいでタンには爵位が相続されないが、本人は騎士になるため別にいいらしい、というのは以前、侍従を決める時に聞いた話だ。
どの国の出身かまでは知らなかった。
購入した箱を懐にしまって、ライアスは手を差し出してくる。シンシアはまたそれに捕まって、ライアスと一緒に道を進んだ。
灯篭を売っている店が川辺にいくつか並んでいる。
花灯篭は1本の蝋燭と薄い紙でできた簡単な灯篭だった。花が飾り付けられている。
「これ・・・後の処理が大変そうですね」
「そうですね。紙は溶けるものですが、ごみを回収できるよう、下流に網を張っています。毎年、祭りの翌朝は早朝から水路5か所を一斉に掃除します」
「まあ・・・」
そう聞くとちょっと躊躇ってしまう。
割のいい仕事なので、それはそれで町民のいい収入源になっているらしいが。
「この花灯篭は、恋人限定のものです」
ライアスが購入した灯篭をシンシアに渡した。
たくさんの種類の中から即座に購入したから、特に気にしていないんだと思っていたら。
シンシアは手元の灯篭を見た。確かにピンク色で、番う鳥が描かれている。
「この花灯篭を流し、お互いの愛を誓うことで、より強固な絆が生まれるということです」
「まあ。調べてくれたんですか」
「私も灯篭を流すのは初めてなので。ルーバンに聞きました」
「え、ルーバン?」
思いもよらない名前が出た。ペンシルニア騎士団で浮名を流しているあの人とか、愛妻家と名高いあの人とかじゃないんだ。
「ルーバンは・・・独身ですよね。そういう相手がいるんですか」
結構いい歳になるが、仕事に生きがいを見出しているタイプだと思っていた。
「いえ。交際したことはあっても、長続きしないと言っていました。話が合う女性がなかなかいないと」
あ、それ、すごくわかる。
シンシアはルーバンのいつもの少し面倒な口上を思い浮かべた。
「カップルでこれを流すのは、春の祭典の定番だそうです。強く勧められました」
シンシアは複雑な気持ちになった。
交際相手と長続きしない人から、強く勧められたイベントとは・・・。
いや、深く考えない方がいいだろう。今ではルーバンも、ライアスとシンシアを支えてくれている心強い腹心である。彼の情報に間違いがあったことはない。思い込みさえ省けば。
ライアスとシンシアは水の流れに灯篭を放った。
いつも遠くから見るばかりだった光の道を作るたくさんの灯り。そのうちの一つを自分が流したと思うと、何やら嬉しくなる。
人々はまばらに光の道を見つめていた。
シンシアもしばらくその美しい水の流れを見ていた。ライアスがそっと上着をかけてくれて、腰を引き寄せた。
「はー、温かい」
「良かったです」
ライアスはいつも体温が高い。くっついているだけで、春の夜の冷たい空気も気にならなった。
シンシアはライアスの大きな体に頭を預けた。
「ありがとうございます。連れてきてくださって」
簡単なことではなかったと思う。ライアスが、常日頃からシンシアと子ども達を守るために神経を尖らせているのをよく知っているから。
光の魔力を狙う者を、いつも水面下で退けてくれている。
それなのにそれを少しも大変そうにせず、今も、無理をしているのではなく本当に嬉しそうに笑いかけてくれる。
「私の方こそ。デートのお誘い、嬉しかったです」
ライアスはそっとシンシアの体を抱きしめた。
「本当は私の方から、もっと早くお誘いするべきでしたね」
ライアスの力強い腕の中で、シンシアは満ち足りた思いで水面を見つめていた。
忙しい日常を忘れて、穏やかな心情でただ時間が過ぎていく。
ふと、これまで言えなかったことを吐き出したくなった。
「ライアス・・・私、貴方にいつか話したいと思っていたことがあるんです」
「はい」
いつか言おうと思いつつ、何年も経ってしまった。
ライアスは先を促すでもなく、静かに待ってくれている。
「私、もう一つの未来を知っているんです」
前世を思い出した時。前世で死んで、この体に乗り移ったような気がして、とにかく必死でエイダンを生んだ。
そして生死の境を彷徨いながら、ゆっくりと記憶が混ざり合って——。
一体どうしてこんなことになったのか、それとなく調べてみたりしたけれど。そんな経験をしたことがあるという人も、他に前世を覚えているという人にも会ったこともなければ、記録もない。そんな魔術も存在しない。
「私は貴方とすれ違ったまま、エイダンを虐げて・・・」
考えるだけで背筋が凍る。今では、これほどまでに我が子として愛してやまない子供を、この手で痛めつけ、放置し、呪いの言葉を幾度となく投げ付けた。
シンシアが行った行為の詳細は知らない。けれど小説で語られていない部分でも、エイダンはきっとずっと傷つけられ続けてきたはずだ。
擦り傷を作っただけでも胸が痛むのに。その傷を思うと、もう張り裂けそうな思いになる。
「アルロの父親を、全く理解できないと言いましたけれど・・・私自身、同じことをしていたのかもしれないのです」
「それはあり得ません」
きっぱりとライアスは言いきった。
でも、前世を思い出していなければ、そうなっていた世界だ。
「——過去も思い出したんです」
「過去・・・?」
「この人生の前の人生です。前世というか」
シンシア思い切った告白に対しても、ライアスは動じる様子はなかった。
「もしその記憶がなければ、私はきっと、とても恐ろしいことをしていたでしょう」
あまりに思い詰めた声だったからか、ライアスはシンシアの両肩を掴んだ。言い聞かせるように、じっと見つめながら、ゆっくりと話す。
「例えそうだとしても、貴方がそうなった責任は私にあります。何度思い返しても、エイダンが生まれた頃の自分は、本当に情けなく・・・殴ってやりたいといつも思います」
「そんな・・・」
シンシアも、かつてはそう思っていた。ライアスがなんてひどい父親で夫だろうと。
けれど、ライアスのせいだけではなかった。
「以前にも言いましたよね。あなたが我が家の要です。子供達も健やかに育っているではないですか。今日も立派に。——全部あなたのおかげです」
ライアスは再びシンシアを抱き寄せた。
「本当に、ありがとうございます」
「ライアス・・・」
どれくらいそうしていただろうか。ただゆらゆらと揺れていく光の川を見つめて、黙って二人で抱き合っていた。
歯切れの悪い、蟠りのようなものはまだ胸に残ったままだった。それでもライアスのおかげで、吐き出せてすっきりする。
「そろそろ帰りましょうか。名残惜しいですけど」
シンシアがそう言うと、ライアスは頷き腕を緩めた。
自然だ。
シンシアはふと不思議に思ってライアスを見上げた。
「なんて言うか・・・全く驚かないのですね」
結構な告白だったと思うのだが。
前世とか未来とか、そもそも信じたのだろうか。
ライアスは何食わぬ顔で言った。
「貴方はエイダンが光の力を発現したときにも、さほど驚かれていませんでしたから。もともとご存じのようで。なので、貴方には千里眼があるのかと」
「また、そんな」
天使だとか女神だとか言うのはよくある事なので笑って否定しようとしたら、ライアスは真面目に続けた。
「魔力には、通常の属性を具現化する魔術とは別に、特有の力があります。土の魔力の身体強化であったり、風の魔力が遠くの音を感知する、というように。魔力によっては、限界を超えたところで初めて出現する特有の能力もあると聞きます。光は治癒力しか知られていませんから。限界能力として、未来視や千里眼があってもおかしくありません」
そう言われてみれば、各属性にはそれぞれ能力がある。治癒力しか知られていないのは光だけだ。
エイダンを出産するとき、生死の境を彷徨ったり、史上最強の激痛で呼び起こされた能力だとしたら。
「前世の記憶というのは、魂に刻まれた記憶ですから。それを復元すると考えれば、光らしい能力かと」
考え込むシンシアの頭に、ライアスが軽くキスをした。
「あなたが未来視をして、様々なことをご存知なのだとしたら・・・私の気がかりはただ、あなたが傷ついたり不安でいないかという事です」
ライアスには、魔王だとか聖女だとか、色々言っていたから。
「これからは、気掛かりは全部話してください。一緒に、万全に備えましょう」
瘴気の話をした時と同じように、ライアスはそう言ってくれた。
じっと繋がれた手を見る。大きくて、繋ぐだけで安心できるライアスの手だ。
「ありがとう、ライアス。貴方の妻でいられて、本当に良かった・・・」
「シンシア・・・」
ライアスは感動したようにシンシアの名を呼んだ。
見上げると濃茶の瞳が、じっと愛情深く見つめてくる。
「花灯篭を流したのに、愛を誓っていませんでした。愛しています、シンシア。これからもずっと」
思い悩む空気を一掃してくれるような、熱い台詞だ。何度となく言われ続けていても、これを言われると新鮮に嬉しく思えるから不思議だ。
シンシアもライアスをじっと見返した。
「私も。この先もずっと、貴方を愛しています」
いつものキスを、夜の暗がりに紛れながら軽く交わして。
きっと大丈夫だ、そう思えた。
お読みいただき、ありがとうございます!
第3章はこれにて完結です。
アルロの章、みたいになってしまいました。
第3章はマリーが思いのほかすごく嫌われて・・・戸惑いました(笑)
マリーは受ける期待と劣等感との間で、10歳の壁とはよく言いますが…この頃は難しいですね。
でも、成長過程の・・とも言っていただけて、色々なご意見があって本当に面白く、有難いなあといつも思っておりました。
ちょっと忙しくて最後らへんストックがなくなり、途中毎日更新も危ぶまれましたが、何とか一区切り。
(勝手に自分に課していた、こだわり?)
第4章に向けて、また少し準備期間を頂きます。
こうしてたくさん読んでくださっている方がいて、よおし書こう!だけではなく、今日も仕事頑張ろう!といつも元気を頂いております。
本当に、いつもいつも、皆様ありがとうございます。
では、暖かくなる前にはまた再開します、多分。
また皆様にお会いできるのを楽しみにしております!!
急に寒くなってまいりましたので、皆様ご自愛くださいませ。




