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【12/1書籍②発売】異世界で、夫の愛は重いけど可愛い子どもをほのぼの楽しく育てたい  作者: サイ
第3章

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27. 

 怖がっていたが、エイダンはそれでも年長者として立派に先頭を切った。

 マリーヴェルをアルロに任せ、ゆっくりと歩く。

 音が聞こえた、と聞いてソフィアも再び抱っこから降りて歩き始めた。灯りはマリーヴェルが持ち、アルロは二人と手を繋ぐ。

 エイダンは灯りで照らしながら進むが、いつもの温室と変わらなかった。

「——あ、あれ」

「なに!?」

 ソフィアが木の上を指さした。その先には青い実がぶら下がっている。

「いつ食べれるかなあ」

「・・・なんだ、実」

 エイダンは自分1人がビクビクしているのに気付き、段々と落ち着きを取り戻した。

 そうだよな。幽霊なんて、そうそういるもんじゃないだろうし。

「——折り返しまで来たよ」

 温室を半分ほど歩いてきた。ちょろちょろと温室の中に水が流れる音がする。人工で水を引いているのだ。

 ——き、ぎぎ、ぎ・・・。

 音は不意に、その先から聞こえてきた。

「あ、この音よ」

「ゆうれい?」

 ソフィアが嬉しそうに言う。

「あ、危ないです、ソフィア様。一緒に行きましょう」

 ソフィアは駆け出しそうになってアルロに引き止められた。

 エイダンが音のする方へゆっくりと進む。

「・・・何もない」

「確かにこの辺から・・・」

 マリーヴェルもエイダンの横に立って見渡すが、特に変わらずいつもの景色だった。水が流れて、苔が生えて、珍しい花が咲いている。

「——あ、あのきのこ」

 アルロが指を指した。その先には黄色と紫のきのこが一部群生していた。

「きのこ?」

「ヨナキダケです。名前の通り、夜になると鳴き出すきのこです」

 言った側から、またきのこの音が鳴る。

 ぎ、ぎぎ、ぎぎぎ・・・。

「やだ。誰かの歯ぎしりみたいね」

「歯ぎしりって。情緒がないねマリー」

 まさしくその音なんだけど。

「なによ、きのこに情緒って」

「あのきのこが、ゆうれい?」

「違うよソフィー、あれはきのこだよ。ただのきのこ」

「じゃあ、ゆうれいは?」

「うーん、今日はいないみたいだね」

「ええー」

 ソフィアががっかりした声を上げた。

「はぎりしのきのこだけ?」

「は、ぎ、し、り」

 マリーヴェルがゆっくりと訂正する。

「あれ、たべれるの?」

「食べられますが、特に美味しいわけでは、無いです」

 ソフィアの質問にアルロが答えた。飢えていた頃は、夜中に抜け出して食べたことがある。

「おいしく、ないの?」

「味は・・・強いて言うなら、少し古くなった水の味ですね」

 マリーヴェルとエイダンが揃ってひどい顔になった。

「音が不愉快な上に味もひどいだなんて。なんで生えてるのかしら」

「観賞用じゃない?奇抜な色だし」

「それこそ情緒がないわね」

「ゆうれい、いなかった」

 ソフィアががっかりした声を上げた。

「また探せばいいよ。今度はアルロが言ってた音楽室行ってみる?」

「うん!」

 ソフィアが嬉しそうに言う。

「なんで幽霊なの?」

「・・・ソフィーにも、おともだち、ほしいんだもん」

 ソフィアはまだ4つだし、特定の仲良しというものがいない。マリーヴェルがベラと仲良く遊び、時折出かけたりもしているのを見て、心底羨ましそうにしている。

 エイダンは騎士らと交流しながら忙しくしているし、マリーヴェルにはアルロがいる。

「そっか、寂しかったんだね」

 エイダンの言葉に頷きながら、ソフィアは目を擦った。瞼が重いようだ。

「とりあえず、今日はここまでにしようか。眠いだろ」

「んー、でもたのしかった。ね、アルロ」

 ずっと手を繋いでくれていたアルロに声をかけると、アルロは少し驚いたような表情をした。

「あ、よかった、です」

 ソフィアは首を傾げた。

「アルロ、たのしくなかった?」

 アルロは遠慮がちに、困ったような作り笑いのようなものを浮かべた。

「お誘いいただいて、ありがとうございます。感謝いたします」

 ソフィアはますます不思議そうな顔をした。

 楽しかったですね、という返答を予測していただけに。

「ゆうれい、いやだった?」

「いいえ。でも僕は、楽しんだらだめなんです」

 アルロがあまりにも自然に言うから。

 エイダンは聞き逃しそうになった。マリーヴェルの険しい顔がただならぬ様子に見えて、アルロを窺う。それを見て聞き間違いではなかったかと驚く。

「なんで?」

 ソフィアの問いにアルロは少し考えた。

 なんで、と聞かれても。漠然と、それが当然のことだと思っていたから。

 父を捨てたことで得た今の生活。

 父が苦しんでいるのに、自分が楽しんでいいはずがない。当たり前じゃないだろうか。

「僕は・・・ひどい人間だからです」

「アルロ」

 マリーヴェルがはっきりと名前を呼ぶ。

「貴方はひどい人なんかじゃない」

「あ、その・・・でも」

 事実、アルロは何もできなかった。

 そして、物心ついた頃からずっと言われていた言葉が、もう今となってはアルロのほとんどを占めているように、こびりついて離れなかった。

 役立たず、お荷物。疫病神。

 けれどそれを口に出すほどの勇気もない。この煌びやかな場所で、自分の本性をさらけ出す勇気が。

 ソフィアが不思議そうに言った。

「アルロ、いいこよ?」

「ひどい人間をペンシルニアが雇うわけないだろ?マリーの侍従なんてアルロじゃないと務まらないってタンも言ってたよ。僕もそう思う」

 立て続けに言われて、アルロは沈黙した。

「でも、僕は・・・」

 自分の周りの人を不幸にする。

 闇の力を伏せたまま、それをなんと説明していいかわからない。

「わかったわ」

 しばらくして、マリーヴェルが妙に力強く頷いた。

 何がわかったなのか、尋ねるより前にマリーヴェルは一歩踏み出した。ドン、と地面を踏み締めて腕を組んでふん、と鼻息荒くした。およそ貴族令嬢の態度ではないが、子供ばかりの場だから誰も何も言わない。

「アルロには、圧倒的に、楽しみが足りていないのよ」

「え、いえ、僕は・・・」

 楽しんでは——。そう言おうとしたところを、マリーヴェルが容赦なく遮る。

「中途半端に楽しいだけじゃだめ。もう、楽しくておかしくて、たまらなくって、もう、許してって叫ぶくらい———っ!」

 ぐっと喉に何か詰まったように、マリーヴェルが息を詰める。それがこみあがってくる涙を我慢したからだと、隣にいたエイダンは察した。

 エイダンは細かいことは知らない。ただ、アルロがあの父親との面会の度に傷ついて、少し前、ようやく決別したことは知っている。一番側にいるマリーヴェルが何も思わないはずがない。

「わかった。僕も協力する」

 できるだけはっきりと、力強く言って、差し出したエイダンの手に、ソフィアが小さな手を乗せた。

「ソフィアもー」

 わかっていないだろうが、この無邪気なにこにこの笑顔が場を和らげてくれる。

「とにかく楽しいことを沢山するのよ。毎日!」

「え、あ、いえ、そんな、僕のために」

 マリーヴェルは有無を言わさずアルロの手を取った。ソフィアの上に乗せ、その上にマリーヴェルの手も重ねる。

「——まあ、とりあえず楽しく遊びたいだけだから」

 エイダンは軽い調子でアルロに言った。

 マリーヴェルがべたべたとすることに関してはいい気がしていない。しかし、アルロが目の前で苦しんでいることに関しては、全く別の話だ。

 エイダンもアルロが殴られたのをその場で聞いている。どれほど力をつけても、成長しても、親からの暴力が蝕むものはとてつもないと思う。エイダンには想像もできない。

 誰を恨むこともなく、その理不尽さの一切の原因が自分にあるとする優しさも。マリーヴェルに向ける献身も、とても真似できないだろうと、遠くから漠然と思っていた。

 アルロがどれほど努力してこの慣れないペンシルニアで、自分の足で立ち直ろうとしているか知っている。たった一人で戦い続ける姿は、同い年として純粋に尊敬している。

 何か力になりたい。元気づけたいと、心の底から思う。

「とりあえず遊び倒そうよ。僕はボート漕ぎと、山滑りしたい。一人じゃマリーとソフィア連れてくの大変だから」

「うん!いくいく!はぎりしとか、おんがくのゆうれいとか!」

 ソフィアが歯を見せて笑う。

「もう歯ぎしりはいいわ」

「じゃあ、乗馬とか?」

 エイダンは一番無難なレジャーを提案したつもりだった。

「お兄様」

 マリーヴェルは手を腰に当てて、何を当たり前のことを、と呆れ声で言う。

「もうすぐ春よ?お花見に決まってるじゃない!」

「お花見は楽しいの?」

 エイダンにその良さはわからなかった。

「楽しいわよ。アルロは花冠を作るのがすごく上手なのよ」

 マリーヴェルが4つの時。アルロはマリーヴェルを、お姫様みたいだと言ってくれた。

「私がまだ小さい時・・・」

「いまもちいさいよ」

「ソーフィー」

 頬をつねろうとしたら、するりとアルロの背後に逃げられた。

「じゃあ、ピクニクね!おべんとね」

「分かった。用意があるから、明後日で、どう?」

 4人はそれぞれ頷いた。



 こうして、ペンシルニアの子供会が発足した。

 ただ楽しさだけを追求する、実に子供らしい目的の集まりだった。

 基本的に大人は加わらず、自分達で行き先を決め、やる事を決めて遊ぶ。

 シンシアもこの子供らしい集まりを大いに応援した。

 毎日のように遊び続け、当初の目的はアルロを楽しませる事だったのに、いつのまにかこの4人での遊びが本当に子供達にとってただただ楽しくなった頃。

 季節が進み、すっかり気温が温かくなって、草むらを走り回った子供たちの額には、汗が浮かんでいた。

 ハンデ付きの鬼ごっこをしていた。

 ソフィアとマリーヴェルが珍しく協力してエイダンを追い込み、エイダンは激しく尻餅をついて、変な声を上げた。

 その時。

 アルロが、声を上げて笑った。

4人いると色んな遊びができますね。

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― 新着の感想 ―
イイハナシダナー(;ω;`*)
泣いちゃったよ。 アルロ幸せになって!
重いお話の中に子供たちの笑顔がぁ(;ᴗ;) 子供会応援します! ソフィの曇り無き笑顔に癒されるお話に涙が出ました。 アルロが子供らしくいられる世界になって欲しいです
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