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【12/1書籍②発売】異世界で、夫の愛は重いけど可愛い子どもをほのぼの楽しく育てたい  作者: サイ
第3章

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24.

 もっと勉強していれば、こんな時、気の利いた事が言えるのだろうか。

 マリーヴェルは横に座ったアルロの顔を見て、そんなことを思っていた。

 長い沈黙はマリーヴェルにとってはかなり試練の時だった。

 この重い空気に耐えかねて何かを話したくなるものの、下手なことを言ってアルロを傷つけたくない。

 結局、重い沈黙をただ受け止めるしかなかった。

 この沈黙を受け止めると言うのが、かなり忍耐のいることだった。

 そうしてかなり長い間、アルロは黙っていた。

「・・・あ、すみません、手を」

 突然アルロが、今初めて気がついたように手を見て言った。

 手を握っている事を言っているのだろう。

 離そうとするアルロの手を、マリーヴェルは力を込めてさらに握った。

「せっかく繋いでたのに、離しちゃうの?」

「いけません、こんなこと」

「どうして?」

「どうして・・・」

 以前なら、身分の違いだとかマナーだとか、色々とアルロは言っただろうが。近頃のアルロはあまり思考が働いていないので、少し迷ったように考えている。

「アルロと手を繋ぐと、私が幸せな気持ちになるの。だから、お願い」

 マリーヴェルは離す気はなかった。アルロの顔色が戻るまでは、せめて手だけでも繋ぎとめておきたかったのかもしれない。

「・・・・はい」

 アルロも結局言いくるめられて、そのまま手を繋いでいる。

 小さなマリーヴェルの手は、ふわふわしていて、壊れそうで少し怖い。けれどアルロにとって触れているだけで安らぐ感触でもあった。

「ねえ、アルロ。何があったの?」

 マリーヴェルは耐えかねて、結局聞いた。

 意外とあっさりと、アルロは答えた。

「公爵様と、奥様に呼ばれて・・・」

「何か言われた?」

「——父との面会を禁じられました」

 思いがけない言葉にマリーヴェルは目を丸めた。

 父。

 あの時の、恐ろしい人の事だ。アルロを怒鳴りつける男の声が頭に響いた。

「アルロのお父様・・・と、会ってたの」

「はい」

 当然の事のように言うのは、アルロがそれを特別な事と思っていないからだろう。

 あんな暴力を振るう父親に会うのに?

 マリーヴェルはごくりと唾を飲み込んだ。

 アルロの父親の声をあれほど怖いと感じたのは、もしかすると。

 自分の中で何か覚えているものがあるとしたら。

 やはりアルロは——。

「姫様?」

 繋いだ手に力がこもっていたようだ。アルロの不思議そうな声にマリーヴェルははっとした。

「・・・アルロを殴るお父様でしょう」

「それは、僕が悪いからです」

「アルロは悪くない」

 キッパリと言い放ち、マリーヴェルはアルロを見つめた。

 こんなに大好きなアルロがいつも自信がないのは、自分なんかっていうのは。

 きっと全部、その父親のせいなんだ。

 マリーヴェルだったら、ライアスやシンシアからもし駄目な子だとか言われたら、きっと耐えられない。二人はいつも、どんなに落ちこぼれてもそんな風にマリーヴェルを評価しなかった。

 ましてや殴るだなんて。

「私はもう会ってほしくない。アルロ、傷だらけでうちに来たじゃない。あんなのはもう、絶対嫌」

 あんな暴力的な父親、会う必要なんでない。

 では、今まで外出と言っていたのは父親への面会だったんだ。前回の外出で急激に調子が悪くなったのも、そのせいだった。

 どうして会わせたりなんてしたんだろう。——いや、アルロはそれを望んだのだろうけど・・・。

「——僕のせいで、父はああなったんです」

 アルロは淡々と話した。

「僕が、あの能力のせいで父の足を駄目にしたんです」

「闇の・・・?」

 闇の魔力が人に向けられると、操るだけじゃないんだろうか。マリーヴェルが不思議そうに言うと、アルロは慌てて言った。

「あ、その・・・幼い頃に無理に使った反動で、暴走して。今まで力がなかったのもそのせいで。もう体も成長したので、そんなことにはなりません」

 安心させようとして言ったことだったが、マリーヴェルの表情は晴れなかった。

「それって、いくつの時?」

「——6つ、です」

 マリーヴェルはしばらく考え込んでいた。

 そしてまた顔を上げた。

「でも、たった6つでしょう?それも無理に力を使えって言われたからでしょう」

 6つの子供が、体に耐えきれないほどの魔力を使うなんて、聞いたことがない。

 その子の命などどうでもいいと思っているとしか。

「あの時は・・・。上手くすれば、母が戻ってきてくれるって。きっと、それで、父は何かしようとしてくれていたんです。結局、僕が失敗してそれも・・・」

 マリーヴェルは、そんな訳ない、と言おうとして、また口を閉じた。

 アルロは本当に信じている。

 何の疑いもない目をしていた。

 あんな父親が言ったいい加減な、利用するための言葉を、今日、今この時まで疑っていない。

「僕がしっかりしていないから、父さんはあそこから出られないし・・・お酒もあげられないから。結局、僕は父さんの望みを一つも叶えてあげられない」

 アルロの独り言のような台詞だった。

 アルロのお父様はひどい人だ。

 そう言ってやりたいのに、アルロを目の前にすると、言えなかった。

 間違いなく、悪人だ。

 けれど、アルロにとっては大切な父親で。

 誰よりもアルロがそれを信じているのか、信じたがっているのか。心の奥底の本心なんて、アルロ自身にもわからないんじゃないのだろうか。

 けれど、アルロと父親を会わせてはいけない、それだけは分かる。

「だったら、私も行く」

「——え?どこにですか」

「アルロのお父様の所。私と行きましょう」

「だ、だめです!」

「どうして?アルロの大切な人なら、私にとっても大切な人だわ」

「父は・・・」

 アルロは絶望的な顔をした。

 困らせているとわかっていても、マリーヴェルは譲れなかった。

「私に会わせられないっていうなら、アルロだって同じよ」

 ぐっと近づいて、マリーヴェルは意志の強い瞳でアルロを見た。

 黒い瞳が揺れている。

 優しいアルロの瞳。

 望みを叶えようと思えば、その力で好きなようにできるのに。自分の為には少しも力を使わない。

 人を傷つけるくらいなら、自分を傷つけてしまう。

 マリーヴェルは泣きそうになって、アルロに抱きついた。泣きそうな顔を見られたくなくて、アルロの体にしがみつく。

「ひ、姫様」

 いつの間にかすっかり逞しくなってきたアルロの身体。

 筋肉が増して、マリーヴェルが体重をかけてもびくともしなくなった。

 アルロの温かい体温を感じると、マリーヴェルは泣きそうになったのも忘れてその温かさに引き込まれた。

「アルロ、貴方がこれからお父様に会いに行く時は、絶対について行くわ」

「姫様・・・」

「——アルロがいないと、私は駄目なんだからね。知ってるでしょう?」

「はい、——いえ、でも」

「でもじゃないの」

 離れようとするのを、さらに力を入れて留めた。

「アルロの体は私のものでもあるのよ。私の侍従なんだから。だから、私のそばで元気でいてもらわないと困るの」

「・・・はい」

 アルロの手が、そっと、恐る恐るマリーヴェルの背に回された。

 アルロにとって、いつもなら抱き合うなんてとんでもないけれど。何故だか今は、これが自然な気がした。

 抱き合うと、一つになったような一体感と安心感に、内側から温かい何かが溢れてくるようだった。

 しばらく喋ることもせず、2人でじっとしていた。息遣いも鼓動も聞こえる距離。

 体重をかけあって、まるで元々一つだったかのような安穏とした時間だった。




 この時から、アルロはレノンとの面会をやめた。

 正確には会えなくなった、が正しいのかもしれない。

 しかしアルロ自身も会いたいと言わなくなったし、ライアスが許可しないのもそのままだった。

 シンシアが心配していたほどアルロが思い詰める様子も、傷が悪化していくこともなく、日常が過ぎて行く。

 アルロの心は今までになく安定していた。

 アルロとマリーヴェルは時々、あの時のように抱きしめ合った。

 それは二人っきりの部屋の時もあれば、散歩の途中の時もあった。

 何かのきっかけで。ふとした時。アルロがどうしようもなくなった時。時と場所を選ばず、マリーヴェルはアルロを抱きしめた。手を繋ぐ時もあった。

 安心感を得るためだけの抱擁は、家族のそれに近かった。

 だからだろうか。護衛の騎士くらいは目撃していただろうが、それをどうこう言われることはなかった。

 マリーヴェルと抱き合うだけで、あれほど痛みに依存していたのが嘘のように、ふっとアルロの心が軽くなるのだった。

 おそらく、貴族令嬢としてはあるまじき接し方ではあったが。

 アルロの心の安寧のためにと、黙認してくれているのだろう。

 ライアスが許可したかはわからないが、シンシアが許しているのだと思う。

 そうして日々が過ぎるうちに、アルロは以前のように活気を取り戻していった。

 少しの危うさは残っているものの、無茶な訓練もしない、傷もすっかり塞がった。

「——もう、父のところへは行きません」

 アルロはある日、きっぱりとライアスにそう言った。

 その言葉の通り、アルロがレノンについて語ることはなかった。

 アルロは父親と決別した。

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― 新着の感想 ―
闇堕ち回避できたかな?もう曇らせ無くていいですよ(嘆願)
アルロ、一歩前進できて本当によかった! マリーヴェルの支えがあったからですね!アルロもマリーヴェルも応援してるよ。
話し掛けたいのをじっと我慢しアルロを傷付けないよう慎重にに言葉を選び…「お父さんに会う時は私も一緒にいく」ってこれ以上ない引き留め方凄い!なる程マリーちゃんアルロのアンカーですね。そしてアルロはマリー…
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