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【12/1書籍②発売】異世界で、夫の愛は重いけど可愛い子どもをほのぼの楽しく育てたい  作者: サイ
第3章

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20. アルロと父

皆様のおかげで10万pt到達しました!!

本当にありがとうございます。

そんなおめでたい日に今日は少しつらいお話になってしまいますが…。


皆様の応援があっての連載です。

本当にいつも読んでくださり、応援ポチッとありがとうございます!

 ペンシルニアにはまた日常が戻った。

 アルロは三度目のレノンとの面会を果たしていた。

 本当はもっと来たい所だが、1人で来ては行けないと言われていて、どうしても2週間程度空いてしまう。

 そして来るたびにレノンに泣かれ、縋りつかれ、最後には怒鳴られて罵倒される。

 それでも献身的に、精一杯話を聞いていた。アルロには話を聞くしかできないから。

 レノンは呂律のうまく回らない舌で、もうアルロの名前も呼ばなくなった。

「おまえ・・・持ってきたか」

「え?」

「言ったろ。いつもの、あれだよ」

「あれって・・・。ここは、持ち込みが駄目なんだ」

 レノンはカッとなって枕を投げた。それはアルロに当たって、床に落ちる。

「隠して持って来いって言ったろ?そんなこともできねえのか!」

「む、むりだよ。ここに入る前に、荷物を見られるんだ。きちんと検査されてるんだよ」

「おまえ、のせいで、こんなになっちまって・・・どうしてくれるんだよ」

「うん・・・ごめんなさい」

 時には殴られそうになりながら、アルロはただ首肯するか謝罪するかしかなかった。何もできないからせめて、と真摯に父親と向き合っていた。

 拳を上げられても、目をつぶることもしない。殴られるのを待っているかのような様子だった。

 アルロには騎士が付き添っていたから、もちろん殴られるようなことはなかったが。

「おまえがいなきゃあ、おれぁ、いまごろ城で働いてたんだ」

「そうだね・・・」

 今度はレノンがさめざめと涙を流す。

 アルロには怒鳴られたり暴力を振るわれるよりも、泣かれる方がずっと堪える。

 たった一人の父親が、これほどつらい思いをしているのに。自分には何もしてあげられない。

 それでも、怒鳴られても、泣き叫ばれても。アルロは涙どころか、悲しい顔すら見せなかった。見せてはいけないと思っていた。

 ただずっと申し訳なさそうに、レノンに謝っていた。

「ごめんね。もう少ししたら、お金がたまるから。そしたら、一緒に暮らせるから」

「早くしてくれよ・・・早く・・・」


 レノンが眠ったので、今日の面会はこれで終わりとなった。

「アルロ君、大丈夫?」

 暗い表情のアルロに、声をかけたのはこの施設を任されている中年女性だ。

 名をフーリという。

 この前からアルロの様子を、離れたところからずっと見ていた人だった。

 実はライアスに、気を付けて見てやってほしいと言われている。

 フーリにはもう独立した息子が一人いた。少年時代の男の子というのは手に負えない暴れん坊だと思っていたフーリは、ただひたすら耐えて謝るアルロに驚き、ただならぬ事態だと思って個人的にも気になっていた。

 アルロは小さな声ではい、と答えた。

「本当は、もっと、会いに来たいんですけど・・・」

 一人では来れない。毎日来るには、少し距離があった。一日かかるから、ここまでの馬車代は払えても、仕事を丸一日休まなくてはならない。

「あたしは、今くらいがちょうどいいと思うわ。気掛かりでしょうけれど・・・アルロ君が来ない日も、いつもと変わらず過ごしているのよ」

「はい・・・」

 自分がいなくてもいいと言われているようで、それはそれで受け入れ難かった。

 何かしないと落ち着かなくて、父の着替えを手伝ったりするものの、それもうまくできない。施設の人は手際よくあれこれ世話をするのを見て、ますます情けなくなるのだった。

「あの・・・差し入れをしたら、だめなんでしょうか」

 私物の持ち込みは一切禁止する、と初めに注意事項として言われている。飲食物もだ。

「ごめんなさい、規則なの」

「そう・・・ですか」

 フーリは大きな体を揺らして、椅子に掛けた。馬車が来るまでの間待つ、施設の人の詰所のようなところだ。椅子を渡されてアルロも対面に掛けた。

「何か、持ってきたいものがあるの?」

「お酒を、ずっと欲しがっていて・・・」

「そうね」

「少しも、だめなんですか?一日一杯だけでも」

 怒られるかもしれないと思いながら聞いたが、フーリはにこにこと笑みを絶やさなかった。

「毎回欲しがってるものね」

 アルロは頷いた。お酒を持って来いと、会話のほとんどはそればかりだ。

「お酒が少しでも入れば、もっと、って言うと思うわ」

「・・・・・・」

「お父さんが来た時ね、お酒が抜けるまでに、2ヶ月くらいかかったの。体中を虫が這ってるとか、鼠や蜂が襲って来るとか、誰かに殺されるとか、とても怖がっていたのよ。お父さんにはそれが本当のように見えていたのよ。とても怖かったと思うの。——お酒を飲めば、またそれを繰り返してしまう。また体からお酒を抜くときには、同じように苦しい思いをすることになるの」

 アルロが思っていた以上に、父はひどい状態だった。

 錯乱している、幻覚があったとは聞いていたが。

 それでもフーリは随分と包み隠して言っているのだろう。きっと暴れまわって大変だったに違いない。

「——それに何より、お父さんの体は、もうお酒には耐えられないのよ。——お酒を飲んでいた頃、血を吐いていなかった?」

「とき、どき・・・」

「内臓はもうボロボロよ。消化のいいものを食べて、こうして療養することが、お父さんにとってはやっぱり1番いいんじゃないかしら」

 正論だった。

 どこかでそう言われると思っていたけれど、実際に言われるとショックだった。

 アルロが何とか黙って頷けたのは、フーリに淡々と、優しく言われたからだろう。

「すみません、馬鹿なこと言って」

 それだけ言うのがやっとだった。

 フーリはゆっくりと首を振った。

「お父さんのことを思って、あれこれしてあげたいって思うのは、何もおかしなことじゃないわ」

 アルロは深く頭を下げた。

「父の事、よろしくお願いします」

「頭を上げて頂戴。あたしは仕事でやってるんだから、そんなのはいいのよ。ちゃんと、お父さんが健康に、安全に過ごせるようにしますからね」

 変に同情されるわけでもなく、そう言ってもらえてアルロは救われたようだった。

 ただ、レノンの掠れた声は頭からこびりついて離れなかった。




 アルロはレノンに面会すると、その後数日はとりつかれたように訓練に没頭した。

 雨の中でも、凍えるような雪の日でも、アルロは剣を振るい続けた。

「だめだぞ、無理したら、まだ体が出来上がってないんだから」

 そう言って指導していた騎士が止めたが、それならと訓練場を走りこんだり、鬼気迫る目つきで身体を動かしていた。——いや、痛めつけていた、と言う方が正しいかもしれない。

 止めたところで、アルロは自室で無理なトレーニングをしてしまう。それならと、いっそ見えるところでやらせた方がいいとなって、訓練場でさせている。

 アルロは日に日に擦り傷と痣だらけになっていった。

 ライアスから聞いていたが、シンシアにもどうしていいのかわからなかった。

 きっとどこかで発散しなくては耐えられないのだろう。

 諸悪の根源はあの父親だ。父親に会いに行くから、アルロは精神的に追い詰められる。

 やめればいい。だが、やめさせていいものか。

 アルロは今、父とまた暮らす日を夢見て一生懸命働いている。——それをさせてやれる日はきっと来ないけれど。

「難しいですね・・・」

 シンシアの独り言をライアスが拾った。

「フーリによれば、よくある事なんだそうです」

「何がです?」

「アルロとレノンのような、歪な依存関係です。物理的に断ち切るのが一番だとも」

「断ち切って・・・良いのでしょうか」

 アルロの繊細な心に、第三者が強制的に入っていって、深い傷跡を残すようなことにならないだろうか。

 あれほど父親を求めている。唯一の家族で、今の原動力になっているだろう父親を。

 休みの許可を出せば直ちに施設へ行ってしまう。騎士と共にではないと行かせないと言っていることも、もどかしく思っているだろう。

 そしていつまでも父親の世話をできないことにも、焦燥感を募らせている。まだ12歳。そんなことをする必要はないのに。

「レノンは長くないと言っていましたよね」

「ええ」

 こんなことを考えてはいけないとわかってはいるが・・・。

 いっそレノンがこの世を去ったほうが、アルロが健全に成長できるのではないか。

 そんなことを考えてしまうのだった。

「引き伸ばせるだけ、引き伸ばしましょう」

 アルロが抜け出してまでレノンの元へ行ってしまう事がない程度に、面会の頻度を。

 そうして何かが解決するのを待ってみよう、と。

 ——それが甘い考えだと思い知るのは、少し先の話だった。




 この感情をどこに持っていけばいいのか、アルロにはわからなかった。

 存在するだけで害悪になるものというのは、いる。それが自分だ。

 母親に疎まれ、父の期待を裏切り。

 こうして、ペンシルニアのお情けで、生かされている。

 だったらせめて役に立とうと思うのに、自分などいようがいまいが、このペンシルニアは強固で盤石な家門で、すべての人が素晴らしく生き生きと暮らしている。

 その中で、自分だけが薄汚れて汚い、どうしようもないものに思えた。

 特に父との面会をした後は、屋敷に戻るのもためらわれるほどだった。

 役立たず。厄介者。疫病神。

 父の声を聞くだけで、何十というそんな言葉が頭を駆け回る。

 体の中からどす黒いものがあふれ出ていくような気がする。

 実際、自分は闇の能力者だ。周囲の者を不幸にすると言われている。母も父も不幸になった。

 だったら、自分がここにいてはいけないんじゃないだろうか。

 でも、どうしていいかわからない。

 お金をためて、父と人知れず暮らしていくしかない。でもお金がない。

 結局、思考はこうして堂々巡りだった。

 アルロは訓練を終えて部屋に戻り、汗と泥に塗れたシャツを脱いだ。

 シャツの下は痣と傷だらけだった。

 アルロはしばらくじっとその傷を見ていた。

 木刀が割れてその破片が腕に刺さった時、鋭い痛みと比例して、すっと心が軽くなるような気がした。

 このどす黒く汚いものが浄化されるような。

 試しにアルロはその傷に爪を立ててみた。

 薄く治りかけていた傷がまた破れて、血がジワリと出て来る。

 温かい血の感触に、アルロはほっと息を吐いた。

 久しぶりに空気を吸えたような気がした。

 ——こうすればよかったんだ。


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― 新着の感想 ―
アルロく〜ん、自分だけが汚くて役に立たない存在なんて、違うよ! ちゃんとマリーちゃん狼から守ったじゃん!マリーちゃんの心を癒してあげてるじゃん!って言ってあげたいTT
アルロ君、登場当初は薄幸の美少年かつ健気な印象でみておりましたが、ここまでくると共依存かなと思ってしまいますね。 アルロ君の新しい奉仕先が見つかれば落ち着きそうな気もするけど、そう単純なことでもない…
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