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【12/1書籍②発売】異世界で、夫の愛は重いけど可愛い子どもをほのぼの楽しく育てたい  作者: サイ
第3章

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19. 聖なる力

 ライアスの執務室の前に立つと、入れ替わりでゲオルグが出てきた。

 先に報告を済ませたようだ。会釈をされて、エイダンは見送りながら声をかけた。

「ゲオルグ、お疲れ様。——今回はありがとう」

「いえ。とても楽しい行軍でした。またご一緒させて下さい」

 ペンシルニア後継者の護衛という大仕事を終え、その表情は分かりやすく晴れやかだ。

 護衛だけではなく、子守りのようなもので気苦労も多かったんだろうな、と思う。

 シンシアから十分に労ってもらったようで、足取り軽く去っていった。

 エイダンもノックをして中に入った。

「——なんだか、顔つきが変わったわね」

 シンシアがエイダンを見ると、嬉しそうに笑顔で言う。

 エイダンはライアスとシンシアが座るソファの対面のソファに腰掛けた。

「ゲオルグから報告は聞いたけれど。怪我はしてないのよね?」

「はい。怪我をするような危険なことはなかったです」

 屈強の騎士30名に守らせていたのだから、当然だ。だからこそ予定変更も許可した。

「狩りの腕も素晴らしかったと聞いたわ。すごいわね」

「はい。でも——狩った肉は苦手で」

「ふふ・・・今日は好物を用意させているわ」

「ありがとうございます」

「それで。今回の予定変更について説明してもらおうか」

 ライアスが切り出した。

 エイダンはどう言っていいのか迷ったが、結局、ありのままを伝えることにした。

「一通り見学したあたりで、近くのワイナリーからアイラが来て合流したんです。それで、アイラがハギノル湖に行くというので、同行しました」

「アイラは何の用事だと言っていたの?」

「わからない、って言ってました。——あの。アイラの事・・・何かご存じなんですか」

 シンシアとライアスは顔を見合わせた。

「逆に、エイダンは何か知っているの?アイラの思い付きにただ付き合ったわけじゃないんでしょう?」

 先に話してはくれないようだ。知りたいのなら、知っていることを先に話さなくてはならない。——話せることは少ないが。

「何が、って言うのは、僕にもわからないよ。昔から、アイラには不思議な力があって。いろんなことを言い当てたり、予知のようなものが。だから、アイラの言う事にはできるだけ従うようにしてる。けど・・・僕も、何がどうなっているのかはわからないんだ」

「それで今回も、付き合ったのね」

「マリーが行ってたし、心配で。結局・・・」

 なんだったのだろう。あれは。説明が難しい。

「ゲオルグから報告はきいた。リヴァイアサンが出た、と」

「出ただけ。結局一度顔を出しただけで、すぐに眠りについたって。探してももう見つからないと思う」

「古代龍が・・・どうして出てきたのかしら」

「あそこには、悪いものが充満してたんだ。重苦しい空気だった。説明が難しいんだけど・・・」

 ゲオルグもそう言っていた。魔力の高いものだけが察知したであろう、独特の空気だった、と。

「瘴気、とは違うのかしら」

「瘴気?」

 聞き馴染みのない単語に、エイダンは繰り返した。

「私も良くわからないの。なんというか、魔王と共にあって、人を病に、獣を魔物にする、よくないもののこと」

 魔王。——突拍子もない話なのに、シンシアが真面目に言うから、エイダンは一瞬背筋が寒くなった。

 いや、まさか。そんなとんでもない話、現実にはありえない。

「魔物はいなかったよ」

 凶暴化はした。それを魔物とは言わないだろう。

「少し淀みのようなものは感じたけど、だからって病になるほどではないし」

「——結局、湖の水が溶けたのはリヴァイアサンが暴れたから、ということか」

 リヴァイアサン——。古代の生き物がいるのなら、やはり魔王もどこかにいるのだろうか。

「あれは・・・魔力の質も量も、人智を超えた、別格の生き物です。アイラは、古代の者たちは皆深い眠りの中にあるって言ってたけど」

 それらが目覚めて凶暴化すれば、一瞬で世界は終わるだろう。

「古文書には何が書いてあるんですか」

「そんなに目新しいことはないのよ。お伽話にあるようなことだけで。魔王が現れ、植物は死に絶えた。瘴気が満ち、人は病に、獣は魔物に」

 瘴気が満ちるから魔王が出現するのか、魔王が瘴気を発するのかも分からない。

 シンシアは続けた。

「勇者が現れ、聖女と共に光の力で魔王を倒した。聖女は病を癒した」

 以上、である。

「勇者が王家の先祖とされているでしょう?わかっているのはこれだけなのよ。ファンドラグの歴史も長いし・・・古文書の解読は、そんなに進んでいないのよ」

 同じ王朝だというのに、捨て置かれた伝説のような物だった。

「今、他国の記録を調査している」

 ライアスがシンシアの手に重ねた。

「光の力を持つものが勇者で王族なのでしたら、シャーン国の闇の魔力がやはり怪しいような気がしますね。——シャーン国の方を重点的に調べましょう」

「ありがとうございます」

「それで——アイラのことだけど」

 エイダンは姿勢を正した。

 ゲオルグから、アイラが何かの力を使ったと聞いているだろう。

 あれが浄化なら、アイラは——。

「昔、マリーが攫われた時。アイラはあなたの居場所を言い当てたでしょう?だから今回も何かあるのかと思って、見守ることにしたの」

「順当に考えれば・・・アイラは聖女ということになる」

 ライアスの言葉に、エイダンはぐっと力が入った。

 魔王を倒すのは光、浄化するのが聖女。

「神殿に・・・報告するんですか」

 それはアイラの自由さを奪うことになるんじゃないだろうか。

 聖女だとなれば、神殿で暮らすことになるのだろうか。聖女としての仕事を求められるかもしれない。それが何かはわからないが。

 エイダンの心配にライアスもシンシアも首を振った。

「今すぐ、何をどうしなければと言う事ではないでしょう」

 聖女の存在を告げるという事は、不確実な魔王の存在をほのめかすことになる。時期ではない。

 それに、そもそも神殿はさほど権威があるわけでもない。

 ただ魔力を測定したり、祝福を与えたりはするが、あくまでも象徴的なものだ。

 貴族の中に敬虔な信徒は一定数いるが、それもごく一部だけ。生まれた時に洗礼をされて、成人の時にまた挨拶する、くらいの儀礼的な存在だ。

 魔力に関する仕事を担っているから、魔術師を登録したりといった、実務的な部分も担っている。しかし神官に何か特別な能力があるわけでもないし、聖女を生み出したこともない。

 神殿で魔力を測定したところで、アイラの能力がどう測られるのかもわからないが、その必要性も感じなかった。

「今はまだ何も起きてないもの。——ただ、少し遠くから見守るくらいはさせてもらいましょう」

 それは今までも行っていたことだった。

 エイダンが難しい顔になっていたので、シンシアはぽん、とその肩を叩いた。

「——友達の事で心配でしょうけど、父上と母上に任せておきなさい。貴方はまだ子供なんだから。父上が強いの、知っているでしょう?」

「はい」

 もちろん、ライアスの強さは良く知っている。少しも勝てる気がしない、王国最強だと思う。

 父がいる限り、魔王でも倒してしまえるんじゃないかと思えた。

 そして、そういう存在がいることがどれほど心強いのかもエイダンは知っている。

 いつか父を越してしまう日が来たら、それがどんなに心細いか。——ありもしないのに、そんなことを勝手に想像したこともあった。

「とにかくゆっくり休みなさい」

「はい。じゃあ、夕食までゆっくりしてます」

 エイダンはそう言って部屋を出た。


 しばらくその出て行った扉を見ていたライアスが、すっ、とシンシアの手を撫でた。

「——なんとなくですが、貴方の心配が分かったような気がします」

「え・・・?」

 ライアスがシンシアを見下ろす。穏やかな瞳と目が合った。

「瘴気、それを浄化した聖女、そして過去にないほど強い魔力を持った光の——」

 ありえないことだと、少し前なら言っていただろう。

 しかしこうして古代の生物と浄化の力を聞いたあとでは、いずれ・・・と思うことが分かるような気がする。

「心配しないでください。有事の際にこの国を守るのが、ペンシルニアであり、それは私の役目です」

「ライアス。——私は貴方の事も心配なんですよ」

 平和のために奔走するだけでは足りないのかもしれない。

 近隣諸国との仲を深めるだけでは。

 この得体のしれないものが、どこからともなく勝手に発生するというのなら、防ぎようがなかった。

 ライアスはシンシアの心配を理解していた。二度と戦争を起こしたくないと言う背景に、子供の頃の悲しい思いがある事も。

「一層の鍛錬に努めます。それでも、光の魔力でなければならないのなら、私が戦えない程打ちのめして、目の前に持ってきましょう。とどめを刺すところだけエイダンにさせますから」

「まあ。それなら、私がやりますから」

「いけません。貴方のこの美しい手が汚れるところなど、見たくありませんから」

 ちゅ、とライアスがシンシアの手に唇を当てた。

 先のことは不安だらけでも、シンシアはこの頼りがいのある夫がいて、本当に良かったと思えた。

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― 新着の感想 ―
ライアスがエイダンにとどめを刺させるということは、マリーだけでなく、エイダンが土の他に光の魔力を有することを、両親も把握していたのですね? どこまで小説のストーリーが影響を及ぼすのか、とっても気になり…
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